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2022/8 Vol.125

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学会賞受賞論文のポイント

水噴射を巧みに操り超希薄燃焼ガソリンエンジンの熱効率を大幅アップ

2021年度日本機械学会賞(論文)受賞

Thermal efficiency improvement of super-lean burn spark ignition engine by stratified water insulation on piston top surface

Tsuyoshi Nagasawa, Yuichi Okura, Ryota Yamada, Susumu Sato, Hidenori Kosaka, Takeshi Yokomori, and Norimasa Iida

International Journal of Engine Research, Vol. 22, No. 5, pp. 1421–1439.

DOI: 10.1177/1468087420908164.


研究の背景と目的

全世界的な二酸化炭素排出量の削減が求められる中、将来のカーボンニュートラル液体燃料導入も見据え、乗用車用ガソリンエンジンの熱効率向上は喫緊の重要課題であり、これを実現する技術として超希薄燃焼が近年注目を集める。通常の理論空燃比(空気過剰率λ=1)と比較し、λ=2程度となる超希薄燃焼においては比熱比向上および低温燃焼による冷却損失の低下に伴って熱効率の大幅な向上が期待されるが、持続可能社会に適合する高熱効率の達成には、高負荷領域におけるノッキング抑制と冷却損失低減が欠かせない。

ガソリンエンジンの効果的なノッキング抑制・冷却損失低減手法として、水噴射により筒内ガス温度を低下させる手法が以前より研究されている。従来のガソリンエンジン水噴射の多くは水を吸気ポートに噴射しており、この場合、空気・燃料の混合気は比較的均一に冷却される。しかし、これにより燃焼速度は大きく低下するため、超希薄燃焼においては燃焼を不安定化させてしまう。

そこで今回、日本機械学会賞の受賞対象となった論文においては、図1に示すように燃焼室内のピストン表面近くに水を噴射して低温水蒸気層を形成することにより、超希薄燃焼においても燃焼を悪化させることなく水の冷却効果が得られる新たな燃焼法(層状水蒸気遮熱燃焼)を提案し、実験的に検証している。本方式により、ピストン近くの未燃領域で多く発生するノッキングとピストン表面から外部への大きな冷却損失を効果的に低減できると期待される。

図1 ガソリンエンジン筒内水噴射の概略図

実験手法と装置

本研究は国家プロジェクトであるSIP革新的燃焼技術・ガソリン燃焼チーム(1)の課題の一つとして実施され、実験にはチームの共通設備である慶應義塾大学SIPエンジンラボラトリー内に設置された単気筒エンジンを使用した。図2(左)が熱効率実証試験に使用した単気筒メタルエンジンの写真である。本エンジンは安定した超希薄燃焼実現のために筒内流動と点火系を強化した仕様であり、ボア径75mm、ストローク/ボア比(S/B)1.7、幾何圧縮比εは15~17である。また図2(右)に示す石英ガラス製可視化エンジン(S/B=1.5,ε=13)を使用し、筒内水噴霧の可視化も実施した。

図2 単気筒メタルエンジン(左)と可視化エンジン(右)

結果と考察

図3は可視化エンジンにて計測した、筒内水噴霧挙動の一例である。本図に示すように上死点前150deg(-150deg.ATDC)に水噴射した場合、水は時計回りのタンブル流に乗って吸気側からピストン表面近くに輸送され、成層化される様子が確認できる。一方で-60deg.ATDC噴射の場合は水の一部が点火プラグ近傍に分布し、0deg.ATDC噴射では燃焼後期でも水が一部蒸発せずに残る。単気筒メタルエンジン試験においても、-150deg.ATDC噴射の場合は燃焼安定性を保ちつつノック・冷却損失低減効果が得られ、熱効率が上昇する。これに対し-60deg.ATDC噴射では燃焼の悪化、0deg.ATDC噴射ではノックの増加によって熱効率の向上は見られない。また図4には、ピストン表面およびエンジンヘッドの熱流束計測から得られた水噴射による平均気体温度低下率と壁面熱流束低下率の関係を示す。これより同一の平均気体温度の低下に対して、ピストン側の熱流束低減割合はヘッド側より大きいことから、ピストン表面近くに水蒸気層が形成されて低温となる温度成層化が起きていることが示唆される。

上述の結果を基に、単気筒メタルエンジンにて更なる水噴射条件の最適化を行うことで熱効率の向上を図った。図5にその結果を熱バランスの形で示す。圧縮比15、λ=1.9にて水噴射時期を-120deg.ATDCとし、燃料質量比(W/F)39%まで水噴射量を増加させることにより、ノック発生率と燃焼変動率(COV)を5%以下に抑えた状態でグロス図示熱効率(機械損失やポンプ損失を含まない効率)が48.7から50.2%まで上昇した。ここでさらに圧縮比を17まで増加させたところ、W/F=50%の水を噴射することで、ノック発生率とCOVを5%以下に抑えたうえで排気損失、未燃損失、冷却損失が低減されることにより、グロス図示熱効率は最大52.6%まで上昇した。これは0.5Lクラスのガソリンエンジンとしては世界最高水準の値であり、次世代の超高熱効率ガソリンエンジンの一つの可能性を示したといえる。

図3 上死点前150deg噴射における水噴霧可視化結果

図4 水噴射による平均気体温度低下率と壁面熱流束低下率の関係

図5 高圧縮比・超希薄燃焼における水噴射の効果

おわりに

本研究は、ベースとなる超希薄燃焼の安定性が(水噴射をしても失火しないほど)大きく向上したことによって初めて可能となったものであり、これは本受賞論文の共著者である慶應義塾大学の飯田訓正先生、横森剛先生をはじめとするSIPガソリン燃焼チームの皆様によるところが大きい。また、実験の際にはSIPエンジンラボラトリーのスタッフの方々に多大なご協力を頂いた。この場で深く謝意を表する。

 

参考文献

(1) SIP革新的燃焼技術 ガソリン燃焼チーム ウェブサイトhttp://sip.st.keio.ac.jp/ (参照日2022年6月14日)


<正員>

長澤 剛

◎東京工業大学 工学院システム制御系 助教

◎専門:熱流体工学、燃料電池、内燃機関

<フェロー>

小酒 英範

◎東京工業大学 工学院システム制御系 教授

◎専門:燃焼工学、内燃機関、熱工学

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