特集 鉄鋼業におけるモノづくり
圧延・熱処理・表面処理プロセス
はじめに
本稿では、溶鋼を固める連続鋳造によって製造された鋳片をさまざまな形状に加工したり、その熱履歴などを制御しながら鉄鋼材料が有する種々の特性を引き出したり、錆から鉄鋼材料を守るめっきを施したりする、圧延・熱処理・表面処理プロセスについて述べる(1)(2)。
圧延は回転するロールの間に材料を通し、高い圧力を加えて延ばす塑性加工法の一つである。圧延によって造られる形状は図1(3)に示すように、薄鋼板、厚板などの矩形断面形状だけでなく、H形鋼や山形鋼、レールなどの複雑な形状も含まれる。これら形鋼は孔型と呼ばれる溝がついたロールで圧延される。パイプも圧延で製造することができる。鋼板を曲げて溶接する方法もあるが、石油掘削などに使われる高級な鋼管は継ぎ目が無いように太い高温の丸棒(ビレット)に穴をあけ、これを太さと厚さをコントロールしながら延伸して製造される。圧延の最大の特長(4)は、加工領域が狭いため鍛造(プレス)などに比べて荷重が小さくて済み、極めて効率が高いことである。また、加工と搬送を同時に、かつ連続的に行えるため、大量生産に適している。薄鋼板の熱間圧延工場の中には、年間500万t以上もの製造能力を有するものもある。
高強度の鉄鋼製品を製造するには、Nb、V、Moなどの元素を添加して固溶強化や析出強化を図る方法があるが、近年これら強化元素の価格上昇が著しく、製造コストを押し上げる要因となっている。別の方法として、熱処理(加熱・冷却)と圧延との適切な組み合わせによる鋼の組織制御がある。どの程度の温度でどれだけ圧延し、どれだけ急速に冷却するかが重要となる。鋼を赤熱した高温状態からゆっくり冷やすと比較的軟らかい製品になるが、急速冷却すると硬く強い鋼になる性質がある。日本刀を鍛冶で鍛え、水で焼き入れして強くするのは、この原理を用いている。これを大量生産の圧延ラインにおいて加熱・冷却による緻密な温度調整で実現するのがTMCP(Thermo-Mechanical Control Process)と呼ばれる技術である。
大気中で鉄は安定状態の酸化物に戻ろうとするので、鉄のままでは錆(酸化)から逃れることができない。そこで耐食性を得るためにめっきなどの表面処理を行う。自動車や家電、建材などのめっきには亜鉛が使われることが多い。これは亜鉛が鉄よりも酸化しやすく溶けやすいため、優先的に腐食することで鉄の腐食進行を防ぐ犠牲防食の作用があるからである。めっきの方法には溶けた金属に鋼板を浸して表面にめっき金属を付着させる溶融めっきとめっきイオンを含む水溶液中を通る鋼板の両側に電極を配置して表面にめっき金属を付着させる電気めっきがある。錆びやすい環境で厚めっきを求められる用途には溶融めっき、薄めっきで外観要求が厳しい用途には電気めっきが主に使われる。
次節以降では、圧延・熱処理・表面処理プロセスの具体例としてJFEスチールが比較的最近開発した三つの技術、①インテリジェント調質圧延制御技術(圧延)、②圧延と連動した厚鋼板の均一強冷却技術(圧延・熱処理)、③溶融亜鉛めっき鋼板の非接触通板制御技術(表面処理)について紹介する。なお、これら3技術はすべて一般社団法人機械振興協会の機械振興賞(5)〜(7)を受賞している。
インテリジェント調質圧延制御技術
完全自動運転による世界最高速での安定製造
熱延鋼板(熱間圧延により製造される薄鋼板)の最終製造工程である調質圧延では、鋼板に対して、わずかな塑性ひずみを加えることで平坦度や伸び率などの最終品質を造り込む。品質に対するお客様からの要求の高まりに応えるため、当社ではインテリジェント調質圧延制御技術を開発した。
本技術では、CPS(Cyber Physical System)のコンセプトに基づき開発した、各種センサデータと最適化・シミュレーション技術をリアルタイムに融合したインテリジェント制御技術(8)により、鋼板の形状(平坦度)、伸び率、テレスコ(蛇行量)などを高精度に自動制御している(図2)。従来は平坦度制御と伸び率制御を個別に構築していたが、平坦度への影響を考慮せず、一定の伸び率目標値となるように圧延荷重を調整すると平坦度が悪化することがあった。そこで「予測される平坦度分布」と「目標とする平坦度分布」との偏差を最小化する伸び率目標値と各種操作量を最適計算(2次計画法)により制御周期ごとに算出し、それらを圧延機に設定する制御手法(9)を開発した。図3(5)は本最適制御による平坦度の改善効果例を示しており、長手方向の平坦度が大幅に改善していることが分かる。また高速圧延を実現させるには、オペレータの経験に基づく圧延機レベリング調整で対応していた鋼板蛇行抑止の自動化も不可欠である。本開発では3次元蛇行シミュレーションにより、蛇行を誘発する外乱に対して圧延機出側での板幅方向の鋼板差張力が零になるようレベリング制御するのが有効なことを検証し、高速圧延時の自動蛇行制御(10)を実現した。
これらの開発により手動介入がない完全自動運転を達成するとともに、鋼板全長にわたる形状や伸び率などの品質が向上し、従来以上に高品質な熱延鋼板を製造できるようになった。さらに、世界最速である800m/min(従来調質圧延機での最高速度550m/min)での安定した圧延も可能となり、生産性の向上にも寄与している。本技術は2021年度日本塑性加工学会の学会大賞も受賞している。
圧延と連動した厚鋼板の均一強冷却技術
圧延機直近での均一強冷却による生産性向上
近年、構造物の大型化に伴う軽量化ニーズなどにより、厚板高張力鋼(以下、ハイテン)の需要は拡大の一途にある。厚鋼板は連続鋳造された厚さ250mm程度の鋼片を加熱炉で1100℃程度に加熱後、圧延機により所定の厚さまで往復圧延して製造される。我が国では、オンラインでの制御圧延とその後の急速な冷却で金属組織を調製して機械的性質を改善する加速冷却を用いたTMCP技術により、省合金での厚板ハイテン材製造を実現しているが、一般材の通常圧延が1000℃前後で行われるのに比べ、ハイテン材の制御圧延では850℃程度まで温度を下げて圧延する必要があるため、温度調節のための待ち時間(圧延機の空き時間)が発生し、生産能率が低いことが問題であった(図4)(6)。そこで、当社ではこれを解決する圧延機直近での均一強冷却および冷却と圧延を同期化する新技術(11)(12)を開発した(図5)(6)。
均一強冷却設備開発のポイントは、強冷却を大量の冷却水の噴射で実現することと冷却を終えた水(滞留水)が鋼板上を漂わないよう工夫して温度ムラを回避することである。強冷却は冷却水を供給する際に発生する蒸気や蒸気膜を吹き飛ばすことで実現できるが、ここでは鋼板表面に達するまでに速度が減衰しない棒状の冷却水を噴射することで、冷却能力を向上させた。また、棒状の冷却水流を多列配置して噴射方向を工夫することで、十分な流体圧と整った水流を両立させ、一定の冷却面積での安定した冷却と効果的な排水を実現した。冷却と圧延との同期化には、時々刻々変化する圧延時の鋼板温度を正確に把握・制御し、圧延条件へ反映させる必要がある。そこで、鋼板表面での強冷却とその後の鋼板内部での熱拡散による温度変化を的確に捉えるための高精度温度計算モデルと温度制御ロジックを開発し、最適な冷却回数や圧延速度を自動設定できるようにした。
本技術では圧延機と冷却設備をほぼ一体化して設置し、圧延と水冷とを同期化させることに成功した。さらに、従来の低速のシャワー冷却設備に比べて、高速・均一な冷却を実現した。これにより厚板ハイテン材の生産能率が大幅に改善するとともに、強度に影響する所定の圧延目標温度の的中精度向上により、鋼板強度のばらつきも低減できた。これまでの常識を打ち破る画期的な高精度・高能率厚板ハイテン製造設備として、お客様からも評価いただいている。本技術は第48回(2015年度)市村産業賞貢献賞も受賞している(14)。
溶融亜鉛めっき鋼板の非接触通板制御技術
電磁石による鋼板の反り・振動の非接触制御
溶融亜鉛めっき鋼板は電気亜鉛めっき鋼板に比べ、めっき層が厚目付けの製品を作りやすく、製造コストが低いなどの利点があるため、高い防錆性能と経済性が求められる自動車用防錆鋼板の主流となっている。連続溶融亜鉛めっき鋼板製造ライン(CGL: Continuous hot-dip Galvanizing Line)では、高温で溶融した亜鉛のポットに連続的に鋼板を浸漬して引き上げ、過剰に付着した亜鉛をワイピングノズルからの高速ガス噴流により非接触で掻き落として目標のめっき付着量に制御している。めっき付着量の均一化のためには、ワイピングノズルと鋼板の間隔を一定に保つことが重要であるため、ノズル上方に設置したサポートロールにより、鋼板の反り形状矯正と、振動防止を行っている。ただし、この時点で鋼板表面の亜鉛は半溶融状態であるため、サポートロールと接触する際に発生した亜鉛粉が鋼板に付着し、表面欠陥の原因となっている(図6)。用途が自動車車体の外板の場合、外観を中心とする表面品質は特に重視されるため、重要な課題となる。
当社では鋼板に対峙して設置した電磁石の吸引力を適切に制御することで、非接触で鋼板の反りや振動を抑制する電磁力利用非接触鋼板制御技術を開発(13)し、サポートロール不使用(開放)でもワイピングノズルと鋼板の間隔を一定に保ち、通板を安定化させることに成功した。ただし、製造する鋼板の板厚や板幅によっては、反りや振動の抑制が不十分な場合もあった。例えば、一般に板厚が大きくなると鋼板の反り量が大きくなり、かつ剛性も高くなる傾向があるので、反り矯正には大きな吸引力を必要とする。電磁石のコイルの巻き数を多くすれば吸引力は大きくなるが、この場合、振動制御に重要な応答性が低くなる問題がある。さまざまなサイズの鋼板に要求される吸引力と応答性を両立することは困難であった。
この問題を解決するため、巻数が異なる2系統のコイルからなるデュアルコイル電磁石(7)を考案した(図7)。巻数の多いコイルと巻数の少ないコイルを同心コイルとして形成することで、鋼板反り制御と鋼板振動制御をそれぞれのコイルで実施する。要求される性能が異なる制御を役割分担することで、吸引力と応答性の両立を実現した。また、同心円状に2系統のコイルを配置したことで、コイル間で生じる誘導電流の影響で制御性が低下する問題解消のために、反り制御用の回路にコイルを直列に接続した相互誘導防止回路を設置した。
デュアルコイル電磁石の導入により、CGLワイピング部における鋼板の振動と反りを非接触で制御することが可能となった。これによりサポートロール起因の表面欠陥やめっき付着量ムラ発生の抑制、さらには通板安定化によるライン速度上昇を達成し、溶融亜鉛めっき鋼板の品質・生産性向上に寄与している。本技術は2013年度日本機械学会賞(技術)も受賞している(14)。
おわりに
本稿で紹介した三つの具体例にも見られるように、圧延・熱処理・表面処理プロセスは塑性加工、伝熱、振動、制御など機械工学のさまざまな分野の技術をベースに成り立っている。これをさらに発展させるには、機械工学とITやAIなどの周辺先端技術をより高いレベルで融合させ、適用する必要があると考える。それが従来を凌駕する高強度・高加工性など優れた材料特性を有する新たな鉄鋼製品を生み出すとともに、高効率で安定に製造するプロセスを実現し、生産性と歩留の向上によるCO2排出削減も達成され、社会に大きく貢献することが期待される。
参考文献
(1) 三宅勝, 木村幸雄, 壁矢和久, 圧延加工プロセス技術の進展と今後の展望, JFE技報, No.42(2018), pp.1-8.
(2) 伊木聡, 三宅勝, JFEスチールのTMCP技術の進歩と高性能鋼材, JFE技報, No.46(2020), pp.1-7.
(3) JFE21世紀財団, 鉄鋼工学《プロセス編》(2018), pp.165-246.
(4) JFEスチール圧延技術研究会著,曽谷保博監修.トコトンやさしい圧延の本(2015).
(5) 世界最速を実現する調質圧延装置の開発, 一般財団法人機械振興協会
http://www.jspmi.or.jp/system/file/3/1320/N54-04.pdf (参照日2021年10月1日)
(6) 圧延と連動した厚鋼板の均一強冷却設備, 一般財団法人機械振興協会
http://www.jspmi.or.jp/system/file/3/1171/n12-1.pdf (参照日2021年10月1日)
(7) 表面処理鋼板の非接触通板制御装置, 一般財団法人機械振興協会
http://www.jspmi.or.jp/system/file/3/1204/N14-05.pdf (参照日2021年10月1日)
(8) JFEグループ DX戦略説明会資料, JFEホールディングス株式会社
https://www.jfe-holdings.co.jp/investor/zaimu/g-data/jfe/2021/2021-dx210826-01.pdf (参照日2021年10月1日)
(9) 小笠原知義, 舘野純一, 浅野一哉, 福山4SKPにおけるインテリジェント多変数最適制御技術の開発, JFE技報, No.42(2018), pp.22-27.
(10) 青江信一郎, 北村拓也, 小笠原知義, 三宅勝, 調質圧延ラインにおける蛇行抑止のための圧延評価技術の開発, 塑性と加工, Vol.61, No.712(2020), pp.107-114.
(11) 中田直樹, 黒木高志, 藤林晃夫, 宇高義郎, 高温鋼材の高水量密度での水冷における冷却特性, 鉄と鋼, Vol.99, No.11(2013), pp.635-641.
(12) 上岡悟史, 中田直樹, 日野善道, 高水量密度冷却の制御圧延への適用, JFE技報, No.42(2018), pp.40-45.
(13) 壁矢和久, 石田匡平, 鈴木秀和, 石垣雄亮, 石野和成, 石井俊夫, CGLワイピング部における電磁石を用いた鋼板の振動および形状制御, 鉄と鋼, Vol.99, No.10(2013), pp.610-616.
(14) 西名 慶晃, 石田 匡平, 石恒 雄亮, 永井 肇, 小澤 悠一, デュアルコイル電磁石による表面処理鋼板の非接触通板制御装置, 日本機械学会誌, Vol.117, No.1146(2014), pp.295.
<正員>
壁矢 和久
◎JFEスチール(株) スチール研究所 副所長
◎専門:機械工学、振動制御
キーワード:鉄鋼業におけるモノづくり