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2022/1 Vol.125

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やさしい流体力学

第1回 流体の性質

本連載にあたって

機械工学に携わる技術者にとって「材料力学,機械力学,熱力学,流体力学」の4力学は,必須の重要な学問分野である.大学や高等専門学校等の機械工学教育プログラムで扱う学問領域の多様化によりこれらに割り振られる時間は減少傾向にあり,初学者が学びやすい教科書への要望が高まっている.さらに機械工学を学んでいない電気系や材料系の技術者が手に取りやすい教科書を望む声もある.これらの要望を受け,本会では上記の4力学に制御工学を加えた5分野について「やさしいシリーズ」と題する教科書の出版を計画した.これに関連する企画として2019年から「やさしい材料力学」「やさしい熱力学」「やさしい機械力学」が連載され,2022年は「やさしい流体力学」の連載となる.

本連載では,大学や高専で最初に流体力学を習うことを想定し,流体の性質,静水力学,流れの表し方,支配方程式である連続の式やNavier-Stokes方程式など,最低限必要となる内容について取り扱う予定である.「やさしい流体力学」であることから,誤解のない程度に説明のわかりやすさを優先する.特に断りのない限り,ニュートン流体の非圧縮流れを取り扱う.

0. はじめに

野球においてバッターが打ったホームランボールは放物線を描き飛んでいくが,正確に落下地点を予測するためには,単純に放物線から計算される位置ではなく,ボール周りの空気から受けうる抵抗を考慮に入れる必要がある.ボール周りの空気の流れは複雑な動きをするため,空気の流れを説明する流体の力学も知る必要がある.このように,自由に変形できる流体である気体と液体がどのように流れているかを調べる学問を流体力学という.

例えばゴム塊を床に落とせば,変形した後,いずれ元に戻る.一方,水の塊を床に落としたら飛び散り元に戻らない.ゴム塊を水差しに入れることは至難の業であるが,水であれば自由に変形できるので流し込むだけで,簡単に水差しを水で満たすことができる.このようにゴムやバネなどは力をかければ変形し,やめれば元に戻る.これらは変位に対して復元力が働く弾性体という.それに対し力をかければずっと変形しっぱなしのものを流体という.後で説明するが,流体では変形速度に対して抵抗力が生まれる.
流体がどのように運動しているかを流れという.我々の一番身近な流体は,水や空気であろう.最近ではコロナ禍ということもあり,部屋の中の換気やマスクによる飛沫感染の防止効果が注目されるが,これらは「流体」である空気の「流れ」に関する問題である.流体と流れは区別して使われるので,混同しないよう気をつけよう.

1. 流体の性質

流体において,密度と粘性はとても大切な性質である.密度は単位体積当たりの質量であり,

$$ \rho = M/\mathcal{V} \mathrm{[kg/m^3]}$$

で定義される.密度 $\rho$ は物質の種類や温度,圧力で決まる状態量である.なお$M$ は質量,$\mathcal{V}$ は体積である.水の密度は,1気圧かつ4 $^\circ$C の条件で $\rho=\mathrm{1000\ kg/m^3}$ であり,乾燥空気では1気圧かつ20 $^\circ$C で $\rho=\mathrm{1.205\ kg/m^3}$である.

空気は力をかけると縮む,すなわち体積変化することはよく知られ,密度も変化する.水も縮みにくいものの,わずかに体積変化する.このように流れによって流体自身の体積,密度が変化する性質を圧縮性という.ただし圧縮性が顕著になるのは高速空気流など非常に早い流れであり,身の回りの流れ現象の多くは非圧縮流れとして取り扱える.そのためこの連載シリーズでは,密度変化はないとして非圧縮として取り扱う.したがって特筆ない場合,密度は一定とする.

もうひとつ大切な性質は粘性である.口語的にいうなら流体のサラサラもしくはネバネバの程度を数値化したものが粘性係数であり,値が大きいほどネバネバしていることを示す.この粘性の作用について,図1.1に基づき説明しよう.

一様な速度$U_\infty$で流れる水面に,非常に薄く広い板が乗っているとする.流れるプールの水面にビート板が浮かんでいる状態を想像しよう.この板が流されないようにするために,力$F$ [ N (ニュートン)]で引っ張ることとする.直感的には,流れの速度$U_\infty$が大きくなれば大きな力$F$が必要になることから,速度と力には関係のあることが容易に想像できる.またサラサラした流体では力は小さく,ネバネバした流体では力は大きくなりそうである.

図1.1 水面上の板

板が流されないために力$F$で引っ張っているということは,作用・反作用の法則から流体が板を力$F$で引っ張っていることになる.板の面積を$A$とすると単位面積あたりの力は

$$\tau_w=F/A $$

である.ここで単位面積あたりの力を応力といい,単位はPa(パスカル)(=$\mathrm{N/m^2}$)である.この応力は板と流れの摩擦により生じるので摩擦応力という.ところで板は静止していることから,図1.1に示すように板の表面近くの流体の速度は低下し,板と接している流体の速度はゼロである.これを滑りなし条件と呼ぶ.
摩擦応力$\tau_w$は速度$U_\infty$で決まるのではなく,板の上での速度勾配と比例関係にあることが知られており

$$\tau_w =\mu dU(y)/dy\mathrm{|_{wall}}$$

で表される.この比例係数が粘性係数$\mu$[Pa$\cdot$ s]であり,ネバネバ度を数値化したものである.この関係式から,壁面での速度勾配が大きく,もしくは粘性係数が大きくなれば(ネバネバした流体であれば),摩擦応力は大きくなる.ここでは板を原点として,板から垂直に離れる方向を$y$座標とした.一般に粘性応力は壁面上だけではなく,速度勾配があれば生じ

$$\tau = \mu dU(y)/dy$$

で表される.なお流れに対する粘性の影響は,粘性係数$\mu$を密度$\rho$で割った動粘性係数$\nu=\mu/\rho$も用いられる(単位は$\mathrm{m^2/s}$).

この比例関係が成り立つ流体をニュートン流体と呼び,我々にとって一番身近な流体である空気や水はニュートン流体である.本記事ではニュートン流体のみを取り扱う.比例関係が成り立たない流体を非ニュートン流体と言い,例えば歯磨き粉,マヨネーズ,ケチャップなどがある.
本連載記事では初学者にも学びやすいよう議論を簡単にするため,密度と粘性を一定としたニュートン流体を取り扱う.

演習問題1-1\ 粘性応力の計算

図1.2のように2枚の平行な板が距離$h$を隔てて置かれている.上側の板が速度$U$で$x$方向に移動しており,板の間の流体の速度分布が図1.2に示すような直線分布となっている状況を考える.このとき,下の板が流体から受ける粘性応力$\tau$を求めなさい.ただし,流体の粘性係数を$\mu$とし,粘性応力の正負は図1.2に示す座標に基づくものとする.

図1.2 平行に置かれた平板間の流れの模式図

 

 

解答

流体の速度を$u$とすると速度勾配 $du/dy$ は

$$\frac{du}{dy}=\frac{U}{h}$$

と表せる.粘性応力 $\tau$ は

$$\tau=\mu\frac{du}{dy}=\mu \frac{U}{h}$$

となる.


<正員>
守 裕也
◎電気通信大学 大学院情報理工学研究科 准教授
◎専門:流体力学,熱流体制御

<正員>
中 吉嗣
◎明治大学 理工学部 機械工学科 准教授
◎専門:流体力学,乱流計測

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