日本機械学会サイト

目次に戻る

2022/1 Vol.125

バックナンバー

特集 機械工学、機械技術のこれからのあり方

日本機械学会のこれからのあり方

風尾 幸彦(日本機械学会)

日本機械学会は1897年(明治30年)に創立された。本会が創立100周年を迎える1996年には「第二世紀将来構想」が答申され、それを受けた「第二世紀将来構想実施計画(1998年)」により現在の本会の姿が形づけられた。創立120周年を迎えた2016年には、その後の10年間を見据えた「新生『日本機械学会』の10年ビジョン」を策定した。その意図は、技術革新が著しい中で産学の交流の場である本会の存在意義は大きいものの、一方で会員数の減少には歯止めがかからず、本会が社会の要請に応えていくためには中長期のスパンで変革を進めて行かねばならないことにある。この10年ビジョンでは、「日本機械学会は、国際的な視野から学術界・産業界をリードし、今後ますます複雑化する社会の要請に応えていく。広範な分野を取り込みイノベーションへとつなげていく横断的総合技術としての機械工学の強みを活かし、社会を変革する場であり続け、それを担う人材育成に貢献する。」と謳っている。

部門間連携を促進する新部門制の導入

世界を見渡すと気候変動やSDGsなどの社会的な関心の高まりと共に、社会活動にも大きな変化が訪れている。このような社会の変化を敏感に察知し、本会が学術界・産業界をリードし続けるためには、本会そのもののあり方も変革していく必要がある。

本会における現在の部門制は、1932年に設置された部門委員会を起源としている。当時の部門委員会は12の委員会から成り、その後も追加されて1958年までには29の部門委員会が設置された。さらに幾つかの変遷を経て、1991年度には20の部門に再編されることになる(図1)。これが現在の部門制の原型となっているが、その後は30年近く大きな変更なく現在の22部門に至っている。部門は学術や技術的な活動において本会の中心的な役割を担っており、本会の発展に大きく寄与してきた。一方で設立当初から部門は専門領域で細分化され独立した部門運営がされてきており、このことが現在においては急速な社会変革や技術革新への俊敏な対応に課題を投げかけている。

図1 部門の変遷(1932年〜1991年)

本会以外にも機械工学の特定分野を専門にする学協会は多く存在するが、本会がこれらの学協会との違いを語るとすれば、例えば昨今の脱炭素化の大きな潮流のように急速な社会情勢の変化に対応して、総合工学としての機械工学全般を俯瞰しながら技術革新を先導する役割を担える立場にあることと言える。この優位性を確たるものにするためには、10年ビジョンに掲げられたとおり「社会の変化に対応可能な柔軟な部門制の実現」が必須である。2018年度〜2019年度に設置された新部門制検討委員会「新部門制検討委員会(梶島岳夫委員長)」の答申を受けて、2020年度から試行(2023年度より本実施)に入った新部門制は、部門間の交流を促進することで新分野の創出や社会課題の解決に貢献していくことを目指している。

新部門制では現在の22部門を「中大規模部門(ML部門)」「既存分野の小規模部門(S1部門)」「新規分野の小規模部門(S2部門)」に分類すること、そして新たに「分野連携委員会」と「部門評価委員会」を設置した。分野連携員会で複数部門の連携企画を促進し、複数の部門が共同で開催するイベントや同一会場での同時開催などが数多く企画・実施されることにより、部門間の連携が強化され、開催行事の魅力度をより高めることを期待している。また部門評価委員会では部門の活動度評価にあたり、部門間連携など意欲的な取り組みを高く評価し推奨する役割を担う。この新部門制は2020年度から3年間の試行の間に改革の趣旨を徹底すると共に部門評価の仕組みを明確化し、2023年度からの本実施に備える。本実施では2023年度から3年間を対象に部門評価を行い、その評価が基準に満たない部門には改善要請を行い次の2年間で再評価する。それでも基準に達しない場合、さらに1年間の再々評価を経て統廃合か形態変更(ML部門→S1部門、S1、S2部門→専門会議(新設))の選択となる。

学会横断テーマの設定

部門間の交流や他学協会との連携を促進し、学術界と産業界の共通のテーマ設定で時代を先取りした魅力ある行事企画を進めると共に、産学連携によるイノベーションの機会をより多く提供していくため、「学会横断テーマ」による企画検討を2020年度から開始した。現在4つのテーマでそれぞれテーマリーダーを中心に企画チームが設置され、具体的な検討が進められている。その中で最初の目標として2021年度の年次大会において先端技術フォーラムなどの特別行事を企画した。

「少子高齢化社会を支える革新技術の提案」

リーダー:佐久間一郎(東京大学)

少子高齢化に伴う人手不足、QOL(Quality of Life)の維持は先進国共通の課題である。ICT、AI、ロボット、自動運転、医療、モビリティ、健康など、広範な技術分野・産業分野にわたるテーマで、広範な技術分野を内包する本会がこの分野のイノベーションをリードしていくことが求められる。その中で医療や介護の面で機械工学に求められる技術や未解決問題に焦点を当て、議論を進めている。2021年度の年次大会の特別企画フォーラムでは、「介護福祉」「医学と音声言語学」「先端医療」を例に、それぞれの分野の専門家と機械工学の専門家が集まり、異なる視点からの問題提起とディスカッションを行い、新分野創生のための新たな課題と視点を議論した。今後は他部門や他学会との連携を推進しながら、産学連携により新たな工学の起点となるべく検討を進める。

 

「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」

リーダー:近久武美(北海道職業能力開発大学校)

CO2削減は緊急かつ非常に重要な課題で機械学会の分野を横断のみならず、経済を含めた広い分野の連携が必要である。本テーマではCO2排出の少ない持続可能社会実現のための情報交換を目的とし、他学会とも協力しながらシンポジウムなどの企画を行う。

2021年度の年次大会では特別企画フォーラムを開催し、2050年カーボンニュートラルに向けて今後選択すべき技術の方向性について世界経済、電力、運輸部門の視点で広い視野で議論した。今後とも経済や雇用の視点も入れながら機械工学に軸足を置いた議論の場を設け、新たな技術課題を見出す活動を進める。

 

「機械・インフラの保守・保全と信頼性強化」

リーダー:井原郁夫(長岡技術科学大学)

インフラ構造物、大型プラント、交通・機械システムなどの予防保全は、安全安心な社会を維持するための基本である。しかし、その実施には莫大な費用と人手を要し、維持・管理手段の抜本的な技術革新が喫緊の社会的課題となっている。本テーマでは本会の強みを最大限活かし、機械学会だからできること、機械学会にしかできないことを意識した取り組みを立案、実施する。2021年度の年次大会では特別企画フォーラムを開催し、社会インフラ、産業インフラ、ものづくりなどの業界において、デジタル変革の動向を絡めて現状の確認とその解決に向けた本会の役割を議論した。今後の部門講演会やセミナーなどの学術行事を通じて「機械・インフラの保守・保全、信頼性強化」という視点で各分野に潜在する学術的課題を見出し、来年度の年次大会などで部門の枠を超えた議論の深化を求めていく。

 

「未来を担う技術人材の育成」

リーダー:山本誠(東京理科大学)

人材育成・活躍支援委員会の活動の中で本テーマを議論し、これからの時代に大学(小中高も)、企業、学会が連携し、総合的かつ広い視野に立って人材育成に取り組んでいくための議論を進めている。2021年度の年次大会では特別企画フォーラムを開催し、コロナ後のオンラインが常態化した大学教育のあるべき姿について、大学教育の質保証と卒業生の質保証の両面で議論した。今後とも大学、企業、学会が連携し、総合的かつ広い視野に立った人材育成のあり方について議論を進める。

2021年度の年次大会において公開されたこれらの特別企画フォーラムは、オンライン配信とその後のアーカイブ配信を含めると最大で900名近い視聴があった。今後は関連する部門との次回の年次大会における連携企画や、他学協会との連携を進めるとともに、新たな社会的課題も次のテーマに取り上げて、学術と社会の面から本会の取り組みを広く発信していく。

これからの技術者像と本会の役割

経済産業省が2018年4月に発表した「理工系人材需給状況に関する調査結果」(1)によると、社会人を対象にしたアンケートでは、機械工学は「業務において重要な専門分野」と「大学で学んだ専門分野」の双方で選択した人が最も多い。また、企業を対象にしたアンケートで2017年度の採用予定人数と実績を比較すると、機械工学は採用予定より実績が16%下回り、いずれの調査でも機械技術者のニーズが高いことを裏付けている。さらに5年後に技術者が不足すると予測される分野に機械工学を選んだ企業が最も多く全回答数の12.4%であった。

機械技術者は学習や実践において現象を感覚的に捉えるスキルを備え、広い視野を持ってシステム思考で取り組むことができると見なされている。機械工学を学んだ人材は総合工学的な業務でも活躍が期待できることが、採用に当たっても機械工学を学んだ学生のニーズが高い理由であると考えられる。

昨春から世界を襲ったCOVID-19感染拡大は、人々の生活に大きな影響を与えた。我が国においても、テレワークやWeb会議が当たり前になり、その意味で一気にデジタル変革が進むことになった。このような環境において企業活動においても変革が加速し、これまで自前で育成してきた社員を活用する姿から、必要な知識やスキルを持つ人材を採用して即戦力を求める姿に変りつつある。経済成長が持続していた時代には、定期採用した社員を社内育成して活用するメンバーシップ型がむしろ企業の競争力を安定して強める方向に作用していたが、市場が飽和し、イノベーティブな技術を起点に短期に市場を開拓せねば勝ち残れない現代社会においては、欧米のように職務に応じて必要なスキルを有する人材を調達するジョブ型に変わるのはむしろ必然とも言える。産業界における技術者に焦点を当てると、自らのキャリアアップのための転職が容易になり、人材の流動化が進む中で、個々のキャリアパスの多様化も進んで行くものと推察される。このような中で日本機械学会に求められる役割もまた変わって行くと考えられ、そのための変革を10年ビジョンに沿って進めている。

本会の特別員の中でもいわゆる大企業においては、その社内において充実した技術教育の制度を有しているが、技術教育の機会を社外に求める企業も少なくない。また業種が機械系の製造業でない企業でも、機械系技術教育の機会を求める企業は多い。本会においてはそのような期待に応えるべく、部門や支部を中心に講習会だけでも年間80件も開催されている。2019年度には特別員へのメリットとして、サテライト講習会の制度が検討された。これは部門などで企画された講習会を、オンラインでもライブ配信し、特別員企業の会議室などに集めた従業員に受講戴くもので、何回かの試行を重ねてその有効性も確認された。また同年度には特別員企業664社に「特別員企業向けの若手技術者・研究者を対象とした基礎教育的な講義の実施」に関するアンケート調査を行い、198社から回答を得た(回答率30%)。これによると、95%以上の企業が本会による技術教育を希望し、72%の企業は従業員個人の希望で教育を受講させたい、26%の企業は社内の教育システムとして取り入れたいとの回答があった。

その後COVID-19感染拡大を経験してオンラインでの会合やセミナーが当たり前のように開催されるようになると、会員の利便性を追求したオンライン教育についても議論されるようになった。またコロナ後の社会を見据えると、技術者のキャリアパスが多様化し、自らのスキルアップのために技術教育への要望がますます高くなってくると考えられる。

このような背景のもと、会員部会や人材開発・活躍支援委員会でも技術者教育についてそれぞれ独自に検討が進められ、これらの検討を統合する目的で経営企画委員会の下に「技術者継続教育検討ワーキング(中山良一委員長)」を立ち上げて検討を開始した。その目的は、各部門や支部が独自に企画・実施している講習会を技術領域や対象者のレベル別に体系化すること、今後必要と思われる領域やレベルを明確化すること、オンラインを活用した会員目線での効果的な開催方法や、受講者終了者への本会としての認証付与のあり方などである。

本会は、教育界はもとより産業界からも会員が集う場である強みを活かし、大学教育では得られないより実践的な技術教育を新人のみならず経験を重ねた技術者へも提供し、キャリアパスの多様化に貢献していく。

会員と社会のための学会を目指して

日本機械学会は会員数3万4千人を抱える我が国有数の学術団体である。会員は学術界や産業界を牽引する研究者・技術者で、8支部と22の部門を中心に多くの行事を通して社会に貢献している。そして新分野の創出や社会的課題の解決に向けた貢献を促進するため、前述のとおり新部門制は2023年度の本実施に向けて試行を開始し、学会横断テーマによる産学連携の議論を進めている(図2)また学術図書の販売から、本会の所有する情報コンテンツの電子配信への展開を検討する「情報の事業化検討ワーキング(荒井政大委員長)」、本部企画の大型行事である年次大会をより活性化して魅力度アップを図る「年次大会活性化検討ワーキング(綿貫啓一委員長)」も活動を開始するなど、社会の変化に即した学会のあるべき姿を求めて議論を重ねている。また他学協会との連携も強めており、電気学会とは2004年以来、会長同士の懇談会を毎年重ねてきたが、2022年月号会誌には会長対談と連携記事を掲載する予定である。電子情報通信学会とは2019年以来、会誌の特集企画や年次大会などでの合同企画フォーラムを開催しており、情報処理学会とも2022年度3月の同学会全国大会での合同企画フォーラムを皮切りに連携を深めていく予定である。さらに日本クレーン協会とは、2020年度と2021年度の年次大会で合同企画のフォーラムを開催している。

会員の皆さまが相互の理解と援助によって、誇りを持って社会に貢献するための場を提供するのが本会の使命である。1897年の創立以来、時代は大きく変わっても本会の使命は変わることなく、会員の皆さまが世界に誇れる日本機械学会であるべく取り組みを進めていく。

図2 学会のあるべき姿を目指した取り組み


参考文献

(1) 「理工系人材需給状況に関する調査結果概要」 平成30年4月20日,経済産業省産業技術環境局大学連携推進室,https://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180420005/20180420005.html (参照日2021年11月10日)


<フェロー>

風尾 幸彦

◎日本機械学会 常勤理事

◎専門:機械力学、電気機械、発電システム

キーワード: