特集 機械工学、機械技術のこれからのあり方
エレベーターのメンテナンス
はじめに
建物が高層化する現代において、エレベーターはいわば「縦の交通手段」として、社会に必要不可欠なインフラとなっている。そのため、常に利用者が安心して利用できるよう安全性と快適な運行に加え、点検や故障による停止時間の削減(稼働率の向上)が求められている。当社では、メンテナンスを提供する保守点検業者として、専門技術者が現地に訪問して実施する機能点検・手入れ保全などに加えて、情報通信技術を活用した自動点検や遠隔診断機能をエレベーターに搭載することにより、社会の要望に応えている。
建築基準法について
日本の法体系において、昇降機は建築基準法をはじめ国土交通省告示等で管理されており、建築基準法上、昇降機は建築物(建築設備)と定義されている。
所有者が昇降機を常時適法な状態に維持することを建築基準法第8条に、また適法な状態であることを昇降機等検査員の資格を有する者が年1回検査を実施し特定行政庁に報告することが建築基準法第12条に定められている。なお検査項目および判定基準については、国土交通省告示第283号にて具体的に明記されており、この判定基準を満たす状態に維持することが必要となる(1)。
エレベーターのメンテナンスに求められること
エレベーターの所有者は、法的な要求、および法的な要求を受けた製造会社が提供する情報などに基づき、①点検・保全、②定期検査を行い報告する必要があり、これを所有者に代わって保守点検業者が、法的な要求に基づく点検項目、および製造業者が設定した点検項目と自社のノウハウに基づいたメンテナンスを行っている。また、万が一の③故障・災害への対応も保守点検業者が提供するメンテナンスの重要な要素である。
従来保守員の訪問によって現地で点検していた項目を、情報通信技術の発達により、遠隔からの点検によって代替することが可能となり、保守点検業者は、「より短い停止時間」で、「高い品質」のメンテナンスを提供していくことが求められている。
昇降機リモート点検による現地作業の代替
遠隔からの点検仕様に関しては、人の手を介さずに24時間365日連続で点検することにより、国土交通省による「昇降機の適切な維持管理に関する指針」の「エレベーター保守・点検業務標準契約書、標準仕様書」に点検項目として示されている内容をクリアする必要がある。
点検項目の例として「機械室の機器の状態」、「昇降路内の状態」、「かごの運行状態」、「戸の安全装置及び戸の開閉装置の状態」などがあり、当社ではこれらの点検を機械化により代替し、さらに人と機械のそれぞれ優れた点を活かし、遠隔での点検内容を構築している。
システム概要
当社では、情報センター、通信装置、エレベータープログラムによってエレベーターの運行状態を常時監視・点検する「リモート点検」を展開している。また、情報センターから定期的に現地エレベーターのデータを採取することで現地の状態を把握し、未然に故障を防いでいる。図1に遠隔監視システムの概要図を示す。
図1 遠隔監視概要
現地作業とリモート点検の比較
「リモート点検」を導入した当社の例では、毎月保守員が訪問しエレベーターを停止して行っていた点検を、最大2/3の点検機会を遠隔から行う点検(停止回数を年12回→4回)とし、利用できない時間を削減できた。また、エレベーターの状態を常時監視・点検する「リモート点検」によりエレベーターの細かな異常をリアルタイムに検出可能であり、メンテナンス品質の向上に加え、情報センターで収集したデータを蓄積、分析することにより、保守点検周期の最適化を行い故障の低減が可能になる。
故障発生時早期リカバリ機能
最新機種においては、エレベーター故障発生時に遠隔から早期にリカバリし、エレベーター停止時間の短縮や、利用者の早期救出を図っている。代表的な機能について以下に説明する。
遠隔故障復旧機能
従来はエレベーター故障発生時に保守員による現地での確認・復旧作業が必須であったが、サーバに蓄積した過去の故障データを基に故障時の採取データを自動解析し、その結果をもって遠隔から復旧することを可能とし、お客様がエレベーターを利用できない時間を短縮している(図2)。
図2 遠隔故障復旧システムフロー
遠隔閉じ込め救出機能
エレベーターでは「閉じ込め」防止や早期救出が利用者に安心感を与えるためにも重要な技術となっている。今まで当社では「遠隔閉じ込め救出運転」を展開しており、閉じ込め発生時に遠隔からエレベーターが自己診断機能で復旧可否を確認するよう指令を送信し、診断結果を確認したうえでシステムリセットを行うなどによって、早期の閉じ込め救出を行ってきた。
さらに、最新機種においては、エレベーターが目的階に正常に着床するも自動戸開できない閉じ込めに対し、遠隔からの「戸閉力解除」で戸開を可能とする機能や、機器故障により階間停止した閉じ込めに対して、「遠隔ブレーキ制御」にて救出運転を行う機能を追加で搭載し、遠隔からの救出率を大きく向上している。
地震時エレベーター自動診断&復旧システム
地震への取り組みは主に二つある(2)(3)。まず「地震時管制運転」では、地震の初期微動(P波)を感知すると自動でエレベーターを最寄階へ着床させ、本震(S波)到達前に乗客を避難させることで、かご内への閉じ込めを防止する。次に「地震時エレベーター自動診断&復旧システム「ELE-Quick」」では、地震後に地震の揺れが耐震設計内であることを判断したうえで、図3で示すようにエレベーターの異常有無を自動診断し、安全性を確認して保守員の点検を待たず早期に運転再開する(4)。
図3 地震後の自動診断概要
なお、最新機種では、地震の揺れ推定精度を向上することで、より強い地震まで自動診断を可能としている。これにより、早期に運転再開することで利便性向上とあわせて、地震直後の点検作業削減による保守員の省力化も期待される。
おわりに
以上、建築基準法に基づくエレベーター点検と、それに関わる当社の遠隔化や自動化についての技術を紹介した。今後も、引き続き社会の要望に応えるため、新たな技術を取り入れながら、更なる機能開発を進めていく。
参考文献
(1) 宮野 一輝, 濱田 恭平, 昇降機設備のメンテナンス, 電気設備学会誌, 2020年40巻12号, pp.727-730.
(2) 堀田 貴之, 森 昭太,連続停止期間ゼロ日でのエレベーターリニューアル技術,Elevator Journal No.15(2017), pp.14-17.
(3) 日本建築設備・昇降機センター, 日本エレベーター協会, 昇降機技術基準の解説 2016年版.
(4) 西山, 饗場, 渡辺, 福井, 地震時エレベーター自動診断&復旧システムの開発, 昇降機・遊戯施設等の最新の技術と進歩 技術講演会(2007), pp.23-26.
大森 陽太
◎三菱電機ビルテクノサービス(株) 技術開発本部 保守技術開発部 主任
◎専門:ソフトウェア
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宮川 健
◎三菱電機(株)先端技術総合研究所 メカトロニクス技術部 専任
◎専門:機械工学、シミュレーション
キーワード:機械工学、機械技術のこれからのあり方