日本機械学会サイト

目次に戻る

2022/1 Vol.125

バックナンバー

特集 機械工学、機械技術のこれからのあり方

機械工学発イノベーション事例 マッスルスーツ®の可能性

小林 宏〔東京理科大学/(株)イノフィス〕

世界で一番売れているExoskeleton?!

産業ロボットの製品化と外骨格

Exoskeleton(外骨格)は、装着型パワーアシスト装置の一般名称で、産業用ロボットが製品化された1960年代から開発が始まった(1)(2)Hardimanはコーネル大学とGEの共同開発で、油圧を駆動力に用い、30自由度、総重量680kgで、両手、両足共に着用者の力を25倍に増幅することを目的としていたが、実現できたのは握力だけであった。非常に挑戦的な開発であったが、筋力補助や動作支援などの身体機能拡張の困難さを明確にした事例であった(3)一方で、産業用ロボットは、世界の高度経済成長の下支えとなり、産業として成長していった。

Exoskeletonは主に、健常者用とリハビリテーション用に分けられるが、Hardimanは前者に関する研究事例である。後者、すなわちロボットを用いたリハビリテーションに関する研究開発は、下肢と上肢に大別され、それぞれ活発に行われているが、いまだに大きなビジネスには至っていない。

これまでは、モータ、油圧、空圧などでアクティブに動作を補助する研究開発が主流であったが、最近は、健常者の作業支援用で、ゴムや素材の弾性力を用いるパッシブなExoskeletonが注目されている(4)(5)。アクティブな場合は、重い、大きい、高価、思い通りに動かせない、動きを妨げる、などの問題がある一方、パッシブな場合は、一般的に補助力は弱くなるものの、それらを解消できるからだと考えられる(とはいえ、価格に関しては、安くても20万円、50万円以上が主流)。加えて、労働者保護の観点からも注目されている。また、2018年までは腕補助が主流であったが、最近は腰補助も増えてきた。紙面の都合上、それらの紹介は省略するが、本稿では、筆者が開発・製品化・量産化した、マッスルスーツにしかない特徴を中心に紹介する。

現時点で、総合的な視点からのマッスルスーツの特徴は、大きく三つあると考えている。まず一つ目は、上述のようにさまざまなExoskeletonが開発・製品化されている中で、初の量産品であり、最も出荷台数が多いと思われる点である。他製品の出荷台数が多くても数千までにとどまっているなかで、腰補助用マッスルスーツは、日本初の作業支援用ウェアラブルロボットとして、2013年に110台のサンプル出荷、2014年9月に正式販売を開始し、2021年4月時点で、シリーズ累計出荷台数20,000台となっている(6)

本当に使えて売れるマスプロダクトにするには、論文発表に留める場合や原理試作とは異なる非常に高いハードルがある。しかもそれにより新規市場を創出する、さらに人体に直接装着する装置となると、これまでにない難しさが存在する。マッスルスーツは発売以来、ユーザの声を反映するために、ほぼ毎年モデルチェンジを行い、世界的にも圧倒的な安価(136,000円)を実現した普及モデル:マッスルスーツ『Every』(図1)を2019年11月から販売開始し2万台突破に至っている。そして現在は、韓国、台湾、中国、マレーシアなどのアジア、スペイン、フランス、イタリア、ドイツなどのヨーロッパ、そしてロシアなどに輸出している。

図1 普及モデル マッスルスーツ『Every』

空気圧式McKibben型人工筋肉を採用

Exoskeletonでは唯一の製品

二つ目の特徴は、アクチュエータとして、空気圧式の人工筋肉を採用していることである。

アクチュエータの選定は、開発のための最も重要な要素の一つである。他社製品や研究レベルでは、モータ、ガススプリング、バネが多く用いられているが、マッスルスーツでは空気圧式のMcKibben型人工筋肉(7)を採用している。

McKibben型人工筋肉は、1957年にJoseph McKibben氏が、四肢疾患のリハビリテーションや装具用のアクチュエータとして発明した。ゴムチューブをPET線維で編み込まれたスリーブで覆い、両端を加締めるだけの簡単な構造で、ゴムチューブに圧縮空気を入れると非常に大きな収縮力を発生する。コンプレッサが必要であり、空気圧は圧縮性があるため精密な位置制御は難しいが、軽量で柔らかく、人間の動きを滑らかに力強く補助するためには適していると考えた。

現在使用しているMcKibben型人工筋肉は、直径1.5インチ、自然長280mm、重さ115gで、図2に示すように、0.5MPaを入れると最大約2.45 kN(250 kgf) の引張り力を発生し、1700N程度の負荷時の試験において、100万回以上の耐久性を確認している。また、収縮率は全長の30%程度が最大となるが、図2からも分かるように、縮むほど引っ張り力が弱くなるため、マッスルスーツでは-5〜8%程度を採用している。自然長より伸びた状態では大きな収縮力が期待でき、これが、後述する受動的な使用を可能にする。

図2 McKibben型人工筋肉の出力

マッスルスーツ開発のきっかけ

生きている限り自立した生活を実現したい

筆者らは、人間の動作を物理的に支援することを目的に、マッスルスーツの開発・製品化を2000年から行ってきた(8)〜(11)。開発を開始した2000年当時は、ASIMOに代表される人型ロボットは万能だという風潮であったが、その技術的限界を感じていた筆者は、本当に役立つ技術の社会実装を目指し、生きている限り自立した生活を実現できるような、人間の動作を直接支援する装置が必要だと考え、マッスルスーツの開発を開始した。動作支援というと、まず歩行補助があげられるが、常に転倒の心配があることから、上半身の動作補助を目的にした。また、非健常者用の動作支援を行うつもりであったが、労働環境改善の要望が大きかったため、健常者用(肉体労働者用)で、まず腕の補助を行う装置の開発を始めた。

ところで、農林水産業、製造業、建設業、介護など、幅広い分野において、依然として機械化困難な重労働作業や、無理な姿勢を要求される作業が多く存在しており、特に腰痛の問題は深刻である。そこで、2006年から、腰の補助を主な対象とすることにした。詳細は省略するが、図3に形状の変遷を示す。2013年にほぼ現在の形状となった。なお、歩行支援に関しては2004年から開発を始め、2009年には製品化している(製品名:ハートステップ(12)(13)

図3 腰補助用マッスルスーツの形状変遷

アクティブタイプのマッスルスーツ

マッスルスーツは背中フレームとももフレームからなり、ももフレームは回転軸に固定している図4。人工筋肉の一端は背中フレーム上部に固定し、他端に設置したワイヤの一端を回転軸に固定する。人工筋肉に圧縮空気を供給する能動的(アクティブ)な使い方の場合は、使用者が呼気スイッチなどで電磁弁を開閉して人工筋肉に圧縮空気を供給し、その収縮に伴い回転軸周りに背中フレームが①のように回転し、それにより発生する②の方向の反力をももパッドで受ける。実際に使用する場合は、人工筋肉に圧縮空気が送られると、まず腿パッドに大きな力を感じ、そこを支点として上半身が起こされるような感覚となる。この構造では、膝を曲げずに上半身を起こす動作、および、上半身を直立状態にして腰を落として脚の力で物を持ち上げる動作のどちらでも補助ができ、結果として腰や脚への負担を軽減する。

図4 腰補助用マッスルスーツの構成

2014年の販売開始当初の腰補助用マッスルスーツには、人工筋肉を左右2本ずつ合計4本用いているタイプ(標準)と、左右1本ずつ合計2本用いているタイプ(軽補助)があり、0.5MPaの圧縮空気を供給すると、前者では最大トルク140Nm(回転中心から0.4mの位置で350N:35.7kgの力を発生)、後者では最大トルク100Nm(同250N:25.5kg)の補助力を実現した(価格はどちらも税別60万円)

これらのマッスルスーツは、呼気やタッチスイッチにより着用者がオン・オフで補助力を制御する。これは、着用者の動きの意図検出が困難なこと、および、体をマッスルスーツに預ける(スイッチを入れてマッスルスーツが動き始めたら、着用者がそれに合わせて一緒に動く)ことで、大幅に使用者が使用する筋力を減らすことができるためである。

また、着脱の容易さは、実使用においてとても重要な要素である。マッスルスーツは、リュックサックのように背負い、腰ベルトを締め、ももパッドを腿の前にもってくるだけなので、慣れれば10秒程度で装着できる。この際、重さはすべて腰で受け、肩ベルトには重さがかからないように緩める。

アクティブタイプからパッシブへ

売れるようになった転換

アクティブなマッスルスーツは、補助力は十分で腰は楽になると利用者から評価されていたが、

①コンプレッサとコンプレッサから空気圧を供給するチューブ、もしくはタンクが邪魔

②スイッチなどのインタフェースの扱いが面倒くさい、もしくは適していない

③重い

④値段が高い

と常に指摘されていた。そこで、これらの問題を解決した「パッシブモデル」を開発した。簡単に原理を紹介する。

マッスルスーツで使用しているMcKibben型人工筋肉は、上述の通り、自然長より伸びる特性を持つ(図2)。マッスルスーツを装着している場合、体を屈曲すると、図5に示すように人工筋肉は伸ばされる。この時の人工筋肉内部の体積は半分以下となる。したがって、直立時にある程度の空気圧を入れて空気の出入りを遮断すると、屈曲により体積が減るため、(圧力)×(体積)が一定であることより、内部の圧力は増加する。例えば、直立時に0.2MPaの空気圧を入れておけば、屈曲により体積が1/2.5になると、圧力は2.5倍の0.5MPaとなり、外部から0.5MPa供給する場合と同等の引張力を発生し、100Nmの伸展トルクが実現できる。

図5 人工筋肉の体積変化

これまでのマッスルスーツでは、McKibben型人工筋肉に外部から圧縮空気を供給していたが、このパッシブモデルでは、上記の通り最初に空気圧を入れるだけで、外部から圧縮空気を供給する2本タイプのモデル(軽補助)と同等のトルクが発生できる。つまりパッシブモデルでは、コンプレッサもチューブもタンクも不要になる。また、しゃがむ際は、人工筋肉を伸ばして人工筋肉内の圧力を高くするために力が必要だが、その力が起き上がる際の補助力となるため、補助力発生のタイミングは、自分で動きの方向を変えるだけで良い。したがって、スイッチなどのインタフェースを使う必要が無い。さらに、バッテリー、電気回路、電磁弁なども必要が無いため、使用環境を選ばず、連続して使い続けることができる。これらにより、先述の①、②を解決し、量産化した『Every』では、本体重量3.8kg、税別136,000円を実現し、③、④に対応した。

アシストだけでなくヘルスケアにも使える

姿勢矯正や体幹強化に

マッスルスーツは作業支援用であるが、三つ目の特徴として、機能回復訓練にも非常に有効であることが分かってきた。

マッスルスーツは、体幹の伸展(下半身に対して上半身をまっすぐに伸ばす)を行う機能があるが、回転軸に対するワイヤを回す方向を変えることで、屈曲(上半身に対して下半身を曲げ、腿を上げる)が可能となる屈曲補助モデルも新たに用意した。そして、図6に示すように、A.前屈からの起き上がり運動、B.スクワット運動時の立ち上がり補助、C.腿上げ運動、をそれぞれ10回程度、合計で10分程度行うだけで、自立歩行ができるようになる、膝の痛みがなくなる、腰痛がおさまるなど、これまでにない効果が明らかになってきた。YouTube「フォルテシモチャンネル」で検索すると、さまざまな症例が紹介されている。

図6 機能訓練

この効果は、マッスルスーツにより、股関節の位置と骨盤の傾きが矯正されたためだと考えられ、健常者で同様の訓練をすると、姿勢が良くなる、足を運びやすくなるなどの効果がある。フレイル(健康な状態と要介護状態の中間に位置し、身体的機能や認知機能の低下が見られる状態)にも効果があると考えられ、今後、このようなヘルスケアの市場も広げていきたい。

体幹も鍛えられる?!

筋力補助をするマッスルスーツは、逆に筋力を弱めるのではないかと言われてきた。これまでのところ、使用者からのクレームは無いが、逆に、パッシブにマッスルスーツを用いた作業において、体幹が鍛えられている可能性がある。パッシブな場合は、前傾や腰を落とす姿勢をとる場合、使用者は体の重さと筋力を用いる必要があり、股関節前部の腸腰筋やインナーマッスルを使うことになる。普通は鍛えることができない部位だが、体幹を安定させるために必要な部位でもある。

図7に、原木椎茸収穫作業において、作業前、20分の作業後、さらに、マッスルスーツを装着した20分の作業後の、1分間の重心動揺軌跡(サンプリング20Hz)の重心動揺軌跡の外周面積を表す。面積が小さいほど動揺が少ないことから、マッスルスーツ使用により、体幹が安定した、もしくは疲労が軽減されたことが示唆される(14)

なお、マッスルスーツによる作業支援効果については文献(15)に述べているが、この論文では筋電位の低下と疲労軽減効果のみ取り上げており、体幹強化の認識・可能性は、最近分かってきたことであるということを追記しておく。

図7 重心動揺軌跡の外周面積

おわりに

マッスルスーツのさまざまな可能性を紹介した。作業支援だけでなく、ヘルスケアにも使える唯一の製品として、さらなる研究開発を進めていきたい。


参考文献

(1) Mosher, R. S., Handyman to Hardiman, Society of Automotive Engineering International, Detroit MI, Technical Report(1967), Paper 670088.

(2) Gilbert, K. E., Exoskeleton prototype project: Final report on phase I, General Electric Company, Schenectady, NY, GE Technical Report(1967), S-67-1011.

(3) Dollar, A. M. and Herr, H., Lower Extremity Exo-skeletons and Active Orthoses: Challenges and State-of-the-Art, IEEE Transactions on Robotics, Vol. 24, No. 1 (2008), pp.144-158.

(4) The Wearable Robotics Association (WearRA ) HP,

http://www.wearablerobotics.com/ (参照日2021年11月8日)

(5) exo-berlin HP, DEMACH GmbH,

https://www.exo-berlin.de/#(参照日2021年11月8日)

(6) マッスルスーツ®の累計出荷台数が2万台を突破, (株)イノフィス, https://innophys.jp/wp-content/uploads/2021/05/298fa72159b5cf5d8be3c4afb75c0656-3.pdf (参照日2021年11月8日).

(7) Schulte, H. F., The Characteristics of the McKib-ben Artificial Muscle, The Application of External Power in Prosthetics and Orthotics, National Academy of Sciences – National Research Council, Publication 874(1961), pp. 94-115.

(8) H.Kobayashi, J.Aoki, H.Hosono, T.Matsushita, Y.Ishida, K.Kikuchi and M.Koseki, Concept of Wear-type Muscular Support Apparatus (Muscle Suit), Proceedings of the 2002 IEEE International Conference on Robotics & Automation(2002-05) , pp.3236-3241.

(9) Kobayashi, H., Uchimura, A., Ishida, Y., Shiiba, T., Hiramatsu, K., Konami, M., Matsushita, T., and Sato, Y., Development of Muscle Suit for Upper Body – Realization of Abduction Motion, Advanced Robotics, Vol. 18 No. 5(2004), pp. 497-513.

(10) 佐藤裕, 何佳欧, 小林寛征, 村松慶紀, 橋本卓弥, 小林宏, 腰補助用マッスルスーツの開発と定量的評価, 日本機械学会論文集C編, Vol.78, No.792(2012), pp. 2987-2999.

(11) 佐藤千恵, 横矢重治, 渡邊博美, 梅原英之, 中村裕紀, 小林宏, 腰補助用マッスルスーツ(R)のフィールドテスト(物流の作業現場への適用), 日本機械学会論文集C編, Vol.79, No.806(2013), pp.3525-3538.

(12) 小林宏, 唐渡健夫, 中山総, 入江和隆, 全身麻痺でも歩けるアクティブ歩行器の臨床実験, 小児の脳神経, Vol.33, No.1 (2008), pp101-106.

(13) Kobayashi, H., Hashimoto, T., Nakayama, S., and Irie, K., Development of an Active Walker and its Effect, Journal of Robotics and Mechatronics, Vol.24 No.2(2012), pp. 275-283.

(14) Fujiko Someya, Tomomi Hamada, Hitoshi Asai, Munehiro Ikuta, Fatigue Effect on the Center of Gravity of Body during Dynamic Exercise, MEMOIRS HEALTH SCI. MED. KANAZAWA UNIV, Vol.24, No.1 (2000), pp.151-153.

(15) Miyu Ide, Takuya Hashimoto, Kenta Matsumoto, Hiroshi Kobayashi, Evaluation of the Power Assist Effect of Muscle Suit for Lower Back Suport, IEEE Access, Vol. 9 (28 Dec. 2020), pp. 3249-3260.


<正員>

小林 宏

◎東京理科大学 工学部 機械工学科 教授
(株)イノフィス 創業者 取締役

◎専門:機械工学

キーワード: