技術のみちのり
変速機・燃費向上への挑戦 ダイハツ工業(株)
2020年度技術賞 「新世代スプリット駆動CVTの開発」 ダイハツ工業(株)
技術のみちのりー日本機械学会賞受賞技術の開発物語ー
CVTの課題
世界的に自動車の電動化が進んでいるが、EVは高価であるため、国内や新興国では将来も、安価な小型ガソリン車の需要があると予想される。そのため、多くの小型車に搭載されている金属ベルト式無段変速機(CVT)には、更なる燃費向上が必要だ。ダイハツ工業(株)は2019年に、世界初のスプリット駆動を採用したD-CVT(Dual mode CVT)を開発し、低燃費を実現した(図1)。しかし、その開発の道のりは長く険しかった。
CVTの仕組みは非常にシンプルだ。プーリ(滑車)のピストンに油圧を送ると、プーリが金属ベルトを挟み込み、発生した摩擦力でトルクを伝達。油圧を制御することでプーリの幅を変え、変速する。ギヤを使わないので変速をスムーズに行うことができる反面、ベルト駆動することで、ハイ変速比領域の動力伝達効率が低下し、燃費が悪化してしまう。
また、一般的に車の発進時の駆動力を向上させ、高速走行時にはエンジンの回転数を低減させ静粛性能と燃費を向上させることが望ましい。そのために、変速比幅を拡大したいのだが、これが非常に難しい。プーリ径を大きくすれば、変速比幅を拡大できるが、変速機が大型になってしまう。それに変速比幅を拡大すると、動力伝達効率が低下してしまうのだ。そのため従来CVTの変速比幅は5〜6程度に留まっていた(図2)。
図1 新開発のD-CVT |
図2 従来CVTの変速比と伝達効率 |
課題解決への鍵
2013年、ダイハツの駆動・HV開発部では新CVTの先行開発をスタートした。技術者たちは、動力伝達効率の向上・変速比幅の拡大・コンパクトな設計を目指して、CVTの課題解決に取り掛かった。
そもそも、なぜCVTはベルト駆動によって、ハイ変速比領域の動力伝達効率が低くなるのだろうか。金属ベルトは、数百枚のエレメントと呼ばれるスチール板と、それを両側から挟む数枚のリングとで構成されている。各リングは周長が異なるため、1周する間にどこかで滑る必要がある。またエレメントとリング間にも滑りが発生する。この滑りによりトルク損失が発生する。ロー変速比領域とハイ変速比領域では、駆動側と従動側の金属ベルトの巻掛け径差が大きくなるため、滑り摩擦損失が大きくなってしまう(図3)。特にベルトの回転速度が速いハイ変速比領域は、通常走行時に多く使われるので、燃費悪化の大きな原因となる。
またオイルポンプ(以下、ポンプ)部では、プーリのピストンに送る油圧を発生させているため、トルク損失が生まれる。従来CVTのハイ変速比領域では、変速機全体のトルク損失のうち、ポンプ部とベルト部の損失が約8割を占めていた。これらの損失を低減する方法を見つけなければならない。
設計担当の松本たちは、ベルトに入る動力を減らすことに着目した。ベルトの伝達トルクを減少させれば、ポンプの必要発生油圧を減少させることができ、ベルト部とポンプ部のトルク損失を低減できるはずだ。
図3 金属ベルトの構造とベルト内部の滑り
スプリット機構の確立
いくつかの案を検討した結果、低速時は通常のベルトモード(ベルトのみで駆動)で、高速走行時は湿式多板クラッチを切り替えて、スプリットモード(ベルトとギヤの両方で駆動)で走行する方法を考案した(図4)。
ギヤの伝達効率はベルトより高いので、スプリットモードではトルク損失を低減できる。トルクをベルトとギヤに分割するには、遊星歯車機構を使った。遊星歯車は安価・小型・高効率のシングルプラネタリを選んだ。遊星歯車の各要素をどの伝達要素と連結するか、いろいろな組み合わせを考え、その中から、変速比幅が拡大可能で、ベルト分担率の小さいものを選んだ。
D-CVTの開発は苦労の連続だった。松本たちは2013年にスプリット機構の原理検証を行い、変速比幅や伝達効率を確認した。2014年には車両での燃費実測検証、そして量産検討に入り、軽自動車に搭載可能な構造での信頼性と商品性の評価を行った。この時点の開発品は、想定より燃費が悪かった。松本たちは、「スプリット機構をあきらめようか」という気持ちに傾いていった。しかし「もう1度、試そう」と考え直し、構造を再検討することになった。
すると、スプリット機構が加わることで、動力伝達をする要素数が多くなり、損失発生部位が増え、効率が低下することがわかったのだ。そこで動力伝達要素を極力減らして、各要素部品をどのように配置するかを検討し、最も小型で伝達効率の良い配置に決定した。
ここでD-CVTのコンパクト化に重要な役目を果たしたのが、平行軸式前減速ギヤだ。ダイハツの従来CVTは3軸構造だが、これにスプリット機構をそのまま取り入れようとすると、動力分割駆動用ギヤの回転方向合わせ、出力の回転方向合わせのために5 軸になってしまう。しかし、平行軸式前減速機構を応用することで、それぞれ回転方向合わせが可能となり、4軸で構成できるようになった(図4)。
図4 D-CVTの基本断面と各軸回転方向
小型ギヤでポンプ部の損失低減
実はポンプ部では油圧を発生させるトルク以外にも、損失トルクが発生していた。ポンプのギヤの外側がハウジングになっているのだが、ハウジングとギヤの境界で、オイルのせん断抵抗が発生していたのだ。そこでギヤを小さくして、せん断抵抗を低減することにした。
しかし従来は、インプットシャフトの外側にポンプを設置しているので、ギヤが大型になってしまう。そこで小型のギヤが使えるように、ポンプを前減速ギヤとプライマリプーリの間のスペースに置くことに決め、そこに設置するクランク同軸シャフト駆動の小型オイルポンプを開発した。
量産への長い道
2016年に再び量産検討を行った。「軽く・小さく・効率良く」という制約の中で、機能と同時に信頼性を確保しなければならない。量産があやぶまれるような不具合が次々に生じる。しかし開発評価担当の米田は「この技術でCVTの弱点を払拭する。絶対できる」と信じていた。
2016年半ばから量産開発を始めた。その頃、ダイハツでは新型車の性能を高水準に引き上げる新技術「DNGA」を立ち上げることに決まり、全構成要素を刷新した新型車を発売することになった。そして、それらの車両にD-CVTを搭載することが決定したのだ。もう後戻りはできない。松本や米田たちに気合いが入った。「やるしかない!」あとは、どれだけ信念を持ってやれるかだ。
量産開発はとても時間がかかったが、一つ一つ不具合を直し、なんとか量産にこぎつけた。
発想を実現する力
こうして2019年7月に小容量D-CVTの量産化に成功して、新型タントに搭載した。次いで11月には中容量D-CVTを新型ロッキーやライズに搭載。この技術によって、従来CVTでは5.3だった変速比幅は7.3(新型車両では6.7まで使用)に拡大し、変速比幅は約25%向上した。さらにハイ変速比領域の動力伝達効率は約8%向上した(図5)。
図5 変速比と伝達効率
「量産開発が一番苦労した。配置や構造を工夫して、いかに安価で軽く作るかが、とても難しかった」と松本は言う。遊星歯車を使ってトルクを分割する手法は昔から行われているため、スプリット機構自体は変速機の技術者にとっては画期的なアイデアというわけではなかった。しかし、それを小型化し、量産化することはとても難しく、実現したのはダイハツが初めてだ。「やるしかない!」という技術者たちの強い心が、量産化成功への大きな力となったのだ。
動力伝達効率向上・変速比幅拡大はCVTの永遠の課題だ。終わりの見えない険しい道のりだが、技術者たちの挑戦心は決して揺るがない。
(取材・文 山田ふしぎ)
キーワード:技術のみちのり
機構模型
工部大学校の「機械学」教育機器(機械遺産第100号)
機関車模型
年代未詳/ボールドウィン社製/フィラデルフィア(米)/真鍮、鉄、木製台座/
H250, W610, D180(mm)/東京大学総合研究博物館所蔵
「Baldwin Locomotive Works Philadelphia, USA Compound Locomotive Cylinder and Valve Gear S.M.Vauclains Patents 4o6o11, 4o6o12, 471836」の金属プレート付。このような模型が近代化の進められた機械学教育に用いられた。本模型の年代は未詳であるが、東京大学総合研究博物館には工部大学校を示すプレート付きの機構模型を含め、近代的な機械学教育のために明治期以降に導入された機器が現存する。
上野則宏撮影/東京大学総合研究博物館写真提供/インターメディアテク展示・収蔵
[東京大学総合研究博物館]