技術のみちのり
小惑星に人工クレーターを作れ! JAXA 「小惑星探査機はやぶさ2における未踏天体地下探査技術の開発と運用」
技術のみちのりー日本機械学会賞受賞技術の開発物語ー
2020年度技術賞「小惑星探査機はやぶさ2における未踏天体地下探査技術の開発と運用」
(国研)宇宙航空研究開発機構
はやぶさ2らしさを求めて
2020年12月、JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」は小惑星リュウグウの表面と地下の物質を採取して、地球に帰還した。小惑星の地下物質採取は世界初の偉業で、そのミッションで重要な役割を果たしたのが、衝突装置(SCI:Small Carry-on Impactor)と小型分離カメラ(DCAM3:Deployable CAMera3)(図1)だ。
「はやぶさ2」は、基本設計は「はやぶさ」と同じだが、「はやぶさ」に起きた数々のトラブルを検証して大幅に改良することになった。ミッションは「はやぶさ」と同じ、小惑星表面のサンプルリターンだったが、新しいことを取り入れようという議論が2009年に起こった。
「はやぶさ2」の向かう小惑星(2015年にリュウグウと命名)は、水や有機物を多く含んでいると考えられており、表面物質を調べれば、生命誕生の謎に迫れると期待されていた。しかし、小惑星の表面は太陽風や宇宙線などにさらされ、熱変成や宇宙風化をしている可能性があるのだ。一方、地下だと、その影響は小さい。そこで、小惑星の内部構造を直接探査し、地下物質も持ち帰るという世界初の試みに挑むことになったのだ。
図1 SCI(直径30cm、質量14kg)とDCAM3(直径約80mm、高さ80mm、質量580g)©JAXA
SCI開発へ
だが、どうやって地下を調べたらよいのだろう。JAXAはやぶさ2プロジェクトチームの佐伯たちは、いくつかのアイデアを比較検討した。そして、小惑星表面に衝突体を高速でぶつけて、人工クレーターを作り、内部を露出させる方法を選んだ。問題は、衝突体をどのように加速するかだ。燃料を噴射する方法だと、加速に時間がかかるため、小惑星から離れた場所から加速し始めなければならない。そのため、目標地点に衝突させるには、誘導と姿勢制御装置が必要になり、システムが大型になってしまう。
銃のように一瞬で加速し、かつある程度の大きさのクレーターを生成できる質量の衝突体を発射できる方法はないだろうか。
そこで考え出したのがSCIだった。爆薬部の円錐形のケースの中に特殊な爆薬を充填し、起爆すると、ライナ(純銅製の皿状の衝突体)が前方に打ち出される仕組みだ。起爆後、ライナは徐々に変形して約2kgの中空の塊(直径13cm)になり、1/1000秒後には速度2km/sに達する(図2)。
打ち上げが迫るなか、新規の技術でノウハウもなかった。SCIの開発責任者となった佐伯は、試行錯誤で開発を行った。
図2 SCIの爆薬部(左)と100mの飛翔試験で確認されたライナの形状(右) ©JAXA
DCAM3の登場
SCI案は大きな欠点を抱えていた。爆薬は非常に強力で、起爆するとSCIは破壊され、大量の破片が飛散する。破片を避けるため、「はやぶさ2」はSCIを分離後、安全な領域まで避難するので、本体のカメラは使えない。
「DCAMを使ったら?」と澤田が提案した。DCAMは、2010年に打ち上げた小型ソーラー電力セイル実証機「IKAROS」に搭載した小型分離カメラだ。小型・軽量化を実現するために、アナログテレビのNTSC形式を使っていて、30fpsの動画を撮り、探査機側で静止画にする。低解像度だが、データが軽く、リアルタイムにデータを探査機に送れるという利点がある。IKAROS ではDCAM1と2を開発したので、今回作るのはDCAM3という名称に決まり、澤田が担当になった。
さて、DCAM3の搭載とおおよその大きさや質量が決まった後、「はやぶさ2」チームに理学系のメンバーが大勢加入したことで議論が巻き起こる。理学系メンバーたちは、衝突の瞬間に発生する飛散物を詳細に観測するために、DCAM3に高解像度のデジタルカメラを載せてほしいと切望したのだ。
プロジェクトエンジニアの津田は反対した。アナログ系はIKAROSで成功している技術だ。一方、デジタル系は新規開発になり、打ち上げに間に合わないかもしれないからだ。話し合いを重ね、アナログ系とデジタル系の両方を搭載することに決まった。デジタル系が間に合わない時は、元のアナログ系のみになるだけだ。とはいえ、カメラに使えるスペースは既に決定していた。しかし澤田は、困難な開発ほど燃えるタイプだった。自身で組立を行い、小型の筐体にアナログ系とデジタル系の両方を必死で詰め込んだ。筐体内部や、電子基板のサイズを0.1mm単位で削るなど設計では苦労の連続だったが、結果的に2種類あることで、互いのバックアップにもなり、良いシステムができ上がった。
運用訓練
「はやぶさ2」は2014年12月に打ち上げられた。リュウグウ到着は2018年だが、やることは山積みだった。特にSCI運用では、「はやぶさ2」は非常に複雑な動きをしなければならない。そこで、探査機システム担当の武井が開発した「はやぶさ2運用シミュレータ」を管制室に接続し、小惑星の模擬画像を映し、訓練を繰り返し行った。さらに、さまざまなトラブルを出題し、それを運用にかかわるメンバーが解決していくという訓練も行った。
津田は、理学メンバーもこの模擬訓練に参加するようにした。科学的成果を一番と考えるサイエンティストたちと探査機の運用で成果を出したいエンジニアたち。理学と工学の垣根をこえたチームの一体化が重要だと考えたのだ。到着するまで、リュウグウの姿も地形もわからない。技術的に無理な運用だからと安易に妥協すると、科学的成果は出ないし、科学成果のために無鉄砲に運用すると、探査機を危険にさらすことになる。お互いの事情を理解し合って、思いやりながら刺激し合う関係性が必要だった。
訓練を重ねることで、コミュニケーションが生まれ、しだいに理工の垣根が消えていくのを武井は感じた。
いよいよ本番
2019年4月5日、人工クレーター生成実験を開始した。SCI分離時に、「はやぶさ2」の位置や速度に誤差があれば、リュウグウに着弾しないことも起こり得る。佐伯は、「クレーターをあける前に、自分の胃に穴があきそう」だと思った。
すべてが、航法誘導制御担当の三桝たちの腕にかかっていた。リュウグウ到着後、三桝たちは運用を通じて、探査機制御の精度を高めていった。
地球からの指令が「はやぶさ2」に届くまでに約15分かかる。このため、高度500mまでは地球からの遠隔操作で運用し、SCI分離から退避完了までは「はやぶさ2」の自律動作にまかせることになる。「はやぶさ2」は非常に複雑な動きをするので、設定が必要なパラメータが数百個もある。それら一つひとつの適切な値を見つけなければならなかった。
当日、「はやぶさ2」は高度500m付近でSCIを切り離した後、事前に設定したシーケンスに従い、水平、そして垂直方向に移動し、DCAM3を分離。リュウグウの裏側へ移動した。そして分離から40分後、SCIは予定通りに起爆した(図3)。
図3 衝突装置運用シーケンスの概略図 ©JAXA
チームワークの勝利
JAXA宇宙科学研究所の管制室に届いたDCAM3のデジタル系画像では、ライナがみごとに着弾し、飛散物が噴出し始める様子がとらえられていた(図4)。
3週間後には、「はやぶさ2」からの撮影で、直径10mを超えるクレーターが形成されていることも確認できた(図5)。クレーターの位置は目標地点から20m程度しかずれておらず、「はやぶさ2」の制御とSCIの分離が高精度で行われたことがわかった。ミッションは大成功をおさめたのだ。
成功の大きな要因は、理学と工学が一体となり、素晴らしいチームワークを築けたことだ。一人では大きなプロジェクトを実現できない。柔軟に対応し、落としどころをみんなで見つけることが重要なのだ。津田は言う。「仲間を信じ、楽しもう」と。それこそが、新しいものに挑戦し、創造力に富んだ技術を生む原動力になるのだ。
(取材・文 山田ふしぎ)
図4 SCI作動の約3秒後の様子(DCAM3のデジタル系で撮影)©JAXA、神戸大、千葉工大、高知大、産業医科大
図5 衝突前(左)と衝突後(右)。直径約14.5mの半円形の人工クレーターができている。(「はやぶさ2」の光学航法カメラONCで撮影)©Arakawa et al.,2020
キーワード:技術のみちのり
表紙
機構模型
工部大学校の「機械学」教育機器(機械遺産第100号)
回転斜板
年代未詳/フォイト社製/ベルリン(独)/真鍮、鉄、ガラス、木製台座/
H220, W320, D145(mm)/東京大学総合研究博物館所蔵
ハンドルに「GUSTAV VOIGT BERLIN. S. W.」の刻字あり。工科大学もしくは工学部の備品番号「工キ學ニ四九八」の木札付。本模型の年代は未詳であるが、東京大学総合研究博物館には工部大学校を示すプレート付きのものを含め、近代的な機械学教育のために明治期以降に導入された機構模型が現存する。
上野則宏撮影/東京大学総合研究博物館写真提供/インターメディアテク展示・収蔵
[東京大学総合研究博物館]