技術のみちのり
新時代到来! 金属3Dプリンタ 三菱重工工作機械(株)
ー日本機械学会賞受賞技術の開発物語ー
2020年度学会賞(技術)
「パウダDED方式3次元金属積層造形機の開発」
三菱重工工作機械(株)
パウダDED方式で行こう!
金属3Dプリンタは、切削や研削加工では不可能な形状を実現し、異種金属の造形などを可能にするため、次世代の加工機として注目されている。2019年、三菱重工工作機械(株)は、世界初の技術を搭載したパウダDED(Directed Energy Deposition)方式3次元金属積層造形機「LAMDA」(図1)を開発し、市場投入した。
図1 パウダDED方式3次元金属積層造形機「LAMDA200」
はじまりは2013年にさかのぼる。三菱重工工作機械では、二井谷をリーダーとする技術本部の技術者たちが、金属3Dプリンタの事業化を目指して、製品開発にチャレンジしていた。開発対象に選んだのは、3DプリンタのなかでもパウダDED方式だった。パウダDED方式は、ノズルから金属粉末を造形箇所に供給し、レーザで基材と一緒に溶融・凝固させて、3次元形状を造形していく方法だ(図2)。造形速度が早いことや、造形サイズに制限がないため大型部品の造形に適しているなどの特徴を持つ。この方式を選んだのは、長年培ってきたレーザ加工技術を活かせると考えたからだ。大型部品を作ることができる3Dプリンタは海外でも非常に少ない。開発に成功すれば、航空・宇宙、エネルギ-、自動車部品など幅広い分野に適応できるのだ。
図2 パウダDED方式の原理
TRAFAMへの参加
当時は金属3Dプリンタの市場がほとんどなかった。参考にする製品もなく、市場の声も聞けない状況の中で、方向性や目標が見えずに研究開発を進めていくのはとても厳しい。その上、二井谷たちは二つの大きな課題を抱えていた。チタン合金などの活性金属を造形するために必要な酸化防止技術と、大型部品を高精度に安定して造形するための制御技術の獲得だ。
しかし、彼らの悩みが聞こえたかのように、2014年に国家プロジェクトが立ち上がった。世界に通用する産業用金属3Dプリンタの製造企業を育成し、事業化を支援するために、経済産業省の技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構(TRAFAM)が設立されたのだ。
プロジェクトには、装置製造、ソフトウェア、粉末材料製造、ユーザーなど、3Dプリンタのサプライチェーンに関わる多くの国内メーカーや大学が集まる。開発段階で情報やユーザーの評価が得られるので、開発の方向性を確認しながら、開発を進めることができる。三菱重工工作機械はTRAFAMへの参加を決めた。
ローカルシールドノズルの開発
航空機などの大型の部品には、軽くて強いチタン合金が使われることが多い。部品は軽量かつ高強度であることが要求されるため削り出しで製作されるが、加工時間が⾧くなり、大量の切りくずが発生する。あるいは精密鋳造で加工を極力低減した場合、鋳造品の納入までに時間がかかる。3Dプリンタでの造形が可能になれば、加工時間を短縮し、製品コストを低減できるのだ。
だが、チタン合金は活性金属である。造形中の溶融・凝固の過程で酸化して、金属劣化を発生するおそれがある。そのため、酸化を防止する技術が必要だった。
最初は3Dプリンタをチャンバ構造にして、内部の空気を追い出して低酸素環境にするか、もしくは不活性ガスに入れかえる方法を検討した。だが、いずれの方法も空気の排気や置換に時間がかかり、設備が大きくなるのでコストが高くなる。さらに、造形物のサイズはチャンバ寸法に制限されてしまうのだ。
制御系設計の倉本たちは、試行錯誤の末、造形部のみを不活性ガスで遮断して、酸素濃度を下げる方法を思いついた。これはアーク溶接で従来から使われている手法だ。ただしアーク溶接では通常1方向にのみ移動するので、3Dプリンタではあらゆる形状の造形に使えるように工夫しなければならない。そこで、ノズルの外周から不活性ガスを噴射して、造形部の周りにシールドを作り、空気の流入を遮断した。ノズルは、移動方向に制限がかからない円環状構造にした(図3)。
図3 ローカルシールドノズル
アイデアの実現への課題となったのは流体技術だ。ガスの流れを均一化して安定したシールドを作る必要があるが、工作機械の技術者たちは流体技術を持っていない。そこで、三菱重工の研究所に所属する技術者をチームに引き入れた。何度もシミュレーションで流体解析を行って性能を評価し、模索した。そして、ようやくローカルシールドノズルが出来上がったのだ。
モニタリングフィードバック機能の開発
パウダDED方式の造形では、レーザ出力を一定にしても、基材が充分に冷却されていない状態で積層を続けると、熱がたまり、形状が崩れることがある。金属粉末の種類や供給量、造形物の形状も、金属の溶融状態が変化する要因になる。安定して造形するためには、刻々と変化する状態に合わせて、リアルタイムに造形条件を制御することが必要なのだ。
そこで開発したのが、モニタリングフィードバック機能だ。基材の状態変化は金属溶融部(メルトプール)の変化として表れるため、レーザ光と同軸上に設置した近赤外線カメラで、メルトプールを真上から1秒間に300枚の割合で撮影する。撮影した画像をリアルタイムに分析し、メルトプールの状態を即座に計測。検出した変化量に基づいて、レーザの入熱量と送り速度を制御して、メルトプールの状態を安定化させる(図4)。これにより、造形精度が飛躍的に向上した(図5)。
図4 モニタリングフィードバックの仕組み
図5 フィードバック効果
この開発も倉本たちには、困難の連続だった。メルトプールを観察するためのセンサ探しだけでも2年かかった。多くの画像を取り込んで、高速でメルトプールの情報を処理する方法も非常に難しかった。作っては試し、アルゴリズムがだめなら、また1から考えた。
制御系設計の石井は、送り速度を制御すれば、造形物の高さのばらつきを改善できることを思いついた。この制御を行うためには、造形物の高さがどのくらい理想から外れているのかを知る必要がある。石井は1年もの間、トライアンドエラーを繰り返して、その方法を考案した。
技術革命への大きな一歩
こうしてLAMDAが開発された。通常は熱をかけると、酸化して変色してしまうチタン合金だが、LAMDAで造形したチタン合金製品は、銀色だった。開発者たちから、驚きと歓喜の声が上がった。
「開発を始めた時は、ここまで優れたものができるとは思わなかった」と二井谷は感動した。開発に携わった多くの技術者たちの顔が浮かんでくる。「新しい世界を作ることにかかわれたので、やりがいがあった」とポジティブな倉本。「指標がなく思いついたアイデアで結果を生むしかないので、かえって自由に行えた」と話す石井。開発した技術を使って造形を担当したのは、加工技術グループの若名と吉村だ。彼らは前例のない中で、レーザの出力や粉末の供給量などさまざまな要素のノウハウを蓄積し、性能を評価する要となり、開発を支えた。そして機械や制御、材料や流体、AIなど、さまざまな分野の技術者たちが集まって知恵を出し合ったのも、成功への大きな要因だ。
開発した二つの技術は、どんなサイズの部品にも対応できる。LAMDAはこれからどんな進化をするのだろうか。
3次元金属積層造形技術は、産業革命に匹敵するほどの大きな変化をもたらし、人類の技術は大きく変わるだろう。プログラムと金属粉があれば、世界中のどこでも高品質で均一な製品を作ることができる。そのうえ、サプライチェーン分断のリスクは低減され、生産・輸送の時間は短縮される。これまでとは全く異なる生産システムが生まれ、私たちの生活も一変する。人類はそんな技術革命への大きな一歩を踏み出したのだ。
(取材・文 山田ふしぎ)
キーワード:技術のみちのり
機構模型
工部大学校の「機械学」教育機器(機械遺産第100号)
材料試験機
年代未詳/エリオット・ブラザーズ社製/ロンドン(英)/真鍮、鉄、木製台座/
H537, W354, D282(mm)/東京大学総合研究博物館所蔵
本体に「PORTER'S PATENT / ELLIOTT Bros. LONDON」の刻字あり。本資料の年代は未詳であるが、東京大学総合研究博物館には工部大学校を示すプレート付きの機構模型を含め、近代的な機械学教育のために明治期以降に導入された機器が現存する。
上野則宏撮影/東京大学総合研究博物館写真提供/インターメディアテク展示・収蔵
[東京大学総合研究博物館]