特集 日本のモノづくり再興Part2-日本機械学会の役割-
〈コア技術〉学会をハブとする産学連携とモノづくり
はじめに
産学連携は、国の政策もあり、先端技術開発などで個々の企業、大学間の連携はすでに十分に検討され、その仕組みも構築されている。しかし、工学系の学会は、産学連携に必要なステークホルダがすべて集まっているにもかかわらず、従来の産学連携の枠組みに含まれていない。
一方、我が国の企業の研究開発は、協調領域と競争領域に分類して取り組む習慣に乏しく、協調領域の研究開発の仕組みが十分ではない。そこで筆者らは、学会がハブとなり、企業会員とアカデミアの会員が協力し、協調領域の技術開発を行う仕組みができるのではないかと考えた。
筆者らは、産業競争力懇談会(Council on Competitiveness-Nippon、以下COCN)(1)の推進テーマとして「学会をハブとするオープンイノベーション」(2)(3)を提案し、2年間の活動を行った。ここでの検討結果を基に本学会内に「協調領域技術懇談会」を設置し、3年間の活動を行い、調査報告書を作成した(4)〜(6)。
本稿は、COCNと「協調領域技術懇談会」の活動経過について述べ、学会における産学連携のあり方について改めて提案する。
学会をハブとするオープンイノベーション
COCNでの活動
COCNは日本の産業競争力強化のため、産業界の有志により、科学技術・イノベーション政策や官民の役割分担などを政策提言としてとりまとめ、その実現を図る一般社団法人である(1)。
COCNプロジェクト「学会をハブとするオープンイノベーション」は2016年度、2017年度に活動を行い、COCN会員9社、本学会を含む4学会が参加した。
本プロジェクトでは、学会がハブになって複数の企業が参加できるテーマ、特に産業界での協調領域(非競争領域あるいは競争前の基礎研究)での連携を検討の柱とした。
まず、複数の企業が出資し、特定の研究テーマを遂行する仕組みについて、国内外の事例の調査を行った。その結果、学会が中心となって企業に研究テーマの提案と出資を依頼し、大学などで研究開発を遂行した事例はなかった。
そこで、一つの仮説として、本プロジェクトで実現する目標を以下のように纏めた。
・ 協調領域で複数の企業が出資し公的研究機関で研究開発するテーマについて、学会の企業会員が中心となって議論する。
・ 提案されたテーマについて、学会のネットワークで企業会員、法人会員に周知し、参加企業を募るとともに、研究開発を遂行する研究機関を選定する。
・ 学会がハブになって、企業、大学の研究開発部署、産学連携部署をチーミングし、研究開発を推進することで、産学連携、産産連携のオープンイノベーションを達成する。
この目標を参加各学会で達成するため、それぞれの学会へ訪問して課題を検討した。本学会に関しては、下記の状況であった。
・ 学会内で対応可能な既存組織に関して:イノベーションセンター(2019年3月で廃止され、研究協力事業委員会、技術ロードマップ委員会などの委員会が独立)では、革新技術の提案をしたことがある。研究協力分科会では、特定テーマに関して企業と大学が情報交換をしている。
・ 研究テーマの発掘に関して:イノベーションセンターのロードマップ委員会の検討結果からテーマを設定することはできる。いくつかの具体的候補は考えられる。テーマを見つける人材(専門家)とテーマ遂行の可否を決断する人材(会社経営層)が必要。部門で趣旨に沿ったテーマを提案し、検討することも可能。
・ 実務を行う上での課題:テーマを重要と企業が判断すれば、出資は可能ではないか。テーマに係る度合いで参加金額が変わるシステムが海外にある。参考にすべき。自動車業界でのオープンイノベーションも参考になる。
各学会の課題がある程度明確になったので、企業メンバーと学会メンバーからなる学会ごとのワーキンググループ(WG)を結成し、個別の検討を開始した。以下、本会WGの活動経過について説明する。
当時本会にはイノベーションセンターが設置されており、本プロジェクトの活動に対応できる組織であることがわかった。そこでイノベーションセンターに「協調領域技術懇談会」を設け、企業会員が中心となって議論する場とすることを学会に提案し、認可された。
本会は、専門分野を運営する部門が21分野(当時)から構成されていることからわかるように、専門領域が非常に広い。そこで、議論の発散を防ぐため、協調領域技術懇談会の専門分野としてトライボロジー・強度信頼性を取り上げ、モノづくり企業5社から専門家を集め、議論を開始した。
次に、協調領域技術懇談会で提案された研究テーマを実行する仕組みについて検討した。学会側から、新しい組織を作らなくても、研究協力事業委員会が運営する研究協力分科会が本プロジェクトで目指すオープンイノベーションに適用できる、との提案があった。この分科会は学会内ではRC(Research Committee)分科会と呼ばれており、1958年に設置された歴史のある組織である。学会のホームページには、「その目的は、産業界において現に直面している数多くの重要研究課題の中から、『機械工学各専門分野における比較的共通な問題で、各社が単独で研究するよりは、学会が採り上げて共同研究を行うほうが適切である』と考えられる課題を選定し、その分野における各社のご参加ならびに学識経験者のご協力を得て、課題ごとに分科会を設置して、解決を図ろうとするもの」と記載されており、本プロジェクトの趣旨に適した組織となっている。今までは企業と研究機関の情報交換、共有化が主体であったので、本プロジェクトの趣旨に沿って、企業の出資を集め実際の研究開発を行うRC分科会の運営を目指した。
本会WGの活動と並行して協調領域技術懇談会も活動を開始した。
COCNの活動目的である政策提言の趣旨に沿って、本プロジェクトの活動内容を関係府省(内閣府、文科省)に説明に伺い、またプロジェクト全体の意見交換会議である府省別懇談会でも提言を行った。今まで産学連携の議論の外にあった学会に着目した点を評価いただいた。
2017年度の報告書(3)の最後に産・学会・官に向けて本プロジェクトからの提案を行った。その内容を以下に引用する。
・ 産への提案:日本の企業は自前主義の傾向が強く、これがイノベーションを妨げていると指摘されてきた。本プロジェクトはこれを解決する一つの手段として活動を行った。すなわち、非競争領域の技術開発は協力して行うことにより効率を上げ、個々の企業は競争領域の技術開発に集中することで競争力を強化することである。
そもそも非競争領域の技術とは明確に定義されたものではなく、技術競争を行っている複数の企業の認識で決まるものである。本プロジェクトの活動で、その認識も企業や学会、技術分野により異なることも分かった。したがって、まずは非競争領域の議論が必要であり、それには本稿で述べているように学会を活用することが最も有効である。今回参加した学会の事例から日本の各学会には本プロジェクトの趣旨に対応できる組織が既にあると思われる。このような活動を通じ、企業会員による学会の活性化を提案する。
・ 学会への提案:前述のように非競争領域を決めるのは複数の企業であるが、これを議論する場として学会が最も相応しいことがわかった。学会の事業として定着することが望まれる。
・ 官への提案:学会をハブとするイノベーションは、学会、企業、研究機関のリスクを低減するため、スモールスタートせざるを得ない一面もある。実施した研究をさらに発展させるためには、公的資金の導入が有効である。学会から研究テーマの提案があった場合は、是非ご検討いただきたい。また、学会は今まで高額の研究費を扱った経験が乏しい。この点に関してもご指導ご支援を賜りたい。
協調領域技術懇談会の活動
協調領域技術懇談会はモノづくり企業5社からトライボロジー・強度信頼性の専門家が参加し、2017年度から3年間の活動を行った。メンバーが非競争領域あるいは競争前領域の研究テーマをフリーハンドで持ち寄った。1テーマずつ議論し、さらに深掘りしたいテーマを調査テーマとして各社が手分けして調査を行った。さらにその中で実際にRC分科会のテーマとして取り挙げたいテーマを選出し、各社で予算化した。
本会が扱うべき協調領域のテーマとして今後の参考になると思うので、各年度の調査テーマを概説する。
2017年度の調査テーマ
(1)超低摩擦摺動面:水素環境下で特定材料を摺動させることで極めて低い摩擦係数を得ることが報告されている。現象発現メカニズムの解明とロバスト化により、摺動部を有する機械装置の運転効率を飛躍的に向上できる可能性がある。
(2)接着メカニズムの解明:接着力の発現メカニズムは、機械的結合、物理的相互作用、化学的相互作用によっていることが判っており、現時点での技術課題に対し、接着メカニズム自体は解明されていると考えられるが、定量的な予測手段はない。
(3)摩擦力の解明:摩擦力の発生メカニズムは、摺動表面状態の同定の困難さもあって、全貌解明への道のりは遠い。シンプル化した表面状態に対するシミュレーション技術をマクロ領域へと援用することがブレークスルーとなる可能性がある。
(4)フラクトグラフィの高度化:破面解析は技術の属人化傾向が強いため、AIなどを活用した評価の自動化に対する期待が大きい。
(5)摺動シミュレーション技術:第一原理分子動力学解析、フェーズフィールド法などミクロな解析で摺動現象を解明する研究が進められているが、工学的には、更なるマクロ領域の現象解明に対する期待が大きい。
(6)FRPの疲労メカニズムの解明:個別材料、構造に対する寿命評価研究は膨大であるが、統一的な理論の構築にはいまだ到っていない。また、環境の影響が強いことも問題を複雑にしている。
(7)材料の残存強度、残存疲労寿命の推定法:切り出し試験片を用いたミニチュア材料試験やさまざまな非破壊検査が提案されているが、実働機械へ適用可能な簡便な評価手法への道のりは遠いと思われる。イノベーションが必要。
2018年度の調査テーマ
(1)マルチフィジックス連成数値最適化技術:複数の物理現象を扱うには、既存の解析ソフトを用いる弱連成解析が現実的と考えられるが、それぞれの現象を支配する時間のスケールが異なっていることが課題となっている。また、マルチフィジックス最適化は開発途上と思われる。アカデミアでは、多くの研究者がこの課題に取り組んでいる。
(2)接触熱抵抗の解明:接触熱抵抗に及ぼす表面粗さ、圧力などのパラメータの影響に関しては、実験ベースで過去から数多くの研究が行われ、推定式として纏められている。しかし、メゾ、ミクロ領域に踏み込んだメカニズムの解明は十分でない。計測技術が進展しており、新たな手法によるメカニズムの解明が期待される。
(3)微細凹凸表面による流体抵抗の低減:リブレットと超撥水による流体抵抗の低減の研究が行われている。また近年ではバイオミメティクスの研究も盛んになっている。本年度の RC分科会で進めている超低摩擦のような画期的な表面構造の発見、開発が望まれる。
(4)高圧下の二相流挙動:高圧下で問題となるキャビテーションに関しては、溶存空気や微粒子の影響など未解明な現象が残っている。キャビテーションに関しては市販ソフトである程度の現象解明が可能であるが、これに起因するエロージョンを予測する数値解析技術は不十分である。気泡の計測に関してはアカデミアで多くの研究者が存在する。
(5)シールメカニズムの解明:オイルシールの封止メカニズムに関しては既に解明されている。フローティングシール、メカニカルシールに関しては、流体膜の連続性・不連続性など未解明な現象が残っている。
(6)3次元空間温度計測:メカニズムの異なるいくつかの3次元空間温度計測技術が研究されている。それぞれ特徴はあるが、2次元温度計測であるサーモグラフィのような汎用性はない。むしろ計測技術に合致した技術課題の発掘が必要となる。
(7)メタマテリアルを用いた輻射・音の制御デバイス:メタマテリアルを用いた輻射・音の制御デバイスに関しては、多くの研究者はアカデミアに存在している。ただし、非競争領域の研究テーマとするには、基礎的な研究段階であるテーマを選ぶ必要がある。
2019年度の調査テーマ
(1)断熱材料:現在エネルギー源として電動化の大きな流れがあるが、当面動力は熱機関に依存していくと考えられる。断熱材料のメカニズムは十分に検討されており、さまざまな材料、断熱メカニズムが開発されている。特に高温で稼働するタービン用の断熱材料の進歩は著しい。今後は熱機関で多く用いられている鉄系材料に容易に適用できる断熱材料の開発が望まれる。
(2)内部欠陥を有する材料の強度に対する寸法効果:内部欠陥が避けられない鋳物などの信頼性、経済性向上のためには、材料の強度に対する寸法効果の解明と評価法の開発が必要である。計測・モデル化技術では、X線CTで取得したデータと数値解析を組み合わせた手法の開発が進んでいる。統計的手法による欠陥評価が鋳物、セラミック、複合材料のそれぞれで進められている。しかしこれらの手法を実際の製品に適用するにはギャップがあり、企業と大学の協力による安全性を合理的に保障しうる簡便な手法の開発が望まれる。
(3)表面硬化材料の疲労強度推定技術:ショットピーニングなどにより表面層の圧縮残留応力を増大させ、高強度を得ることがよく行われている。疲労強度の絶対値に関しては、深さ方向に分布する硬度の影響、硬度増加に伴うき裂感度の上昇、介在物の影響、熱処理による残留応力分布の影響などの研究が行われており、精度良く疲労強度を推定する技術開発が進められている。一方、強度評価に必要な材料検査技術として、介在物および残留応力の分布評価が挙げられるが、まだ製造現場において手軽に精度よく実施できる段階にはないと思われる。要素技術の高度化と統合された簡便安価な評価手法の構築が待たれる。
(4)マイナー則に関する考察:累積疲労損傷値Dを応力レベル、その繰返し数と疲労強度データで定義し、Dが1に達したときに破壊が生じることを推定するマイナー則は広く用いられているが、実際は破壊が生じるときのDの値は材料や条件で広くばらつくことが知られており、個別検討を要するのが実情である。今後IoTを活用したリアルタイムモニタリングによる損傷評価が進展すると考えられるので、マイナー則の高精度化を目的とした研究開発が望まれる。
(5)機械工学への現代数学理論の応用:近年発達した数学理論を機械工学に積極的に取り入れた解析制御技術を確立できると飛躍的な発展が期待できる。この分野の研究は大学が中心となって進められている。科学技術振興機構の「さきがけ」、「CREST」など大型プロジェクトも動いているが、機械工学への応用はまだ端緒であり、今後の動向に注目する必要がある。
(6)バイオミメティクスと3DPによる製造技術:生体のメカニズムを模倣するバイオミメティクスは、製造技術がネックとなっていたが、3DPがブレークスルーとなり、さらにX線CTの技術により開発が加速している。現状小型の部品などへのバイオミメティクス適用がなされているが、プリンタの開発による大型構造物への適用が望まれる。
COCNプロジェクトで提案した複数企業の出資による協調領域の研究を実行するため、三つのRC分科会を提案し、認可され、2018年度から遂行した([RC281]産業競争力を強化する基盤技術開発のための超低摩擦表面設計手法に関する研究分科会、[RC285]産業競争力を強化する基盤技術開発のためのFRP破壊メカニズム解明に関する研究分科会、[RC290]産業競争力を強化する基盤技術開発のための革新的超低摩擦化手法に関する研究分科会)。
協調領域技術懇談会でのこれまでの議論で分かったことを簡単にまとめると以下のようになる。
・ 各企業の技術的な悩み事は似通っており、特に秘匿することはない。
・ 最先端の競争前領域の研究に関しては、国プロなどで複数の研究機関が共同で研究開発を行う機会は多いが、各企業の悩み事的なテーマの深堀研究の機会は少ない。
・ 企業が抱えている技術的課題をそれぞれの企業が個別に社内研究、共同研究などで解決しようとするのは非常に非効率である。
おわりに
協調領域技術懇談会は、2019年度末に開催された会議にて、3年の活動を経てひとまず終了することにした。
本稿で紹介した協調領域技術は、モノづくり企業が普段使っているけれども、メカニズムがまだ十分に解明されていない技術であり、しかもアカデミアのメインストリームから外れている技術が多かった。モノづくり再興のためにはこのような協調領域の技術開発を産産連携、産学連携で行うのが効率的であり、本学会が後押ししてくれれば企業会員としてはありがたい。
JSMEのEは「Engineers」である。今後も産官学の機械系エンジニアが本学会内でざっくばらんな意見交換ができる場を設けていただくことを希望する。
参考文献
(1) 産業競争力懇談会HP,産業競争力懇談会
http://www.cocn.jp(参照日2020年10月26日).
(2) 学会をオープンイノベーション推進の場とするための方策,産業競争力懇談会
http://www.cocn.jp/report/thema96-L.pdf(参照日2020年10月26日).
(3) 学会をハブとするオープンイノベーション,産業競争力懇談会
http://www.cocn.jp/report/theme99-L.pdf(参照日2020年10月26日).
(4) 協調領域技術懇談会2017年度技術調査報告,日本機械学会
https://www.jsme.or.jp/innovationcenter/uploads/sites/6/2018/05/COCNchousa180531.pdf(参照日2020年10月26日).
(5) 協調領域技術懇談会2018年度技術調査報告,日本機械学会
https://www.jsme.or.jp/activity-com/uploads/sites/6/2019/04/2018COCNhoukoku.pdf(参照日2020年10月26日).
(6) 協調領域技術懇談会2019年度技術調査報告,日本機械学会
https://www.jsme.or.jp/activity-com/uploads/sites/6/2020/06/2019COCNhoukoku.pdff(参照日2020年10月26日).
<フェロー>
北野 誠
◎元 (株)日立製作所 研究開発グループ 技術顧問、早稲田大学非常勤講師
◎専門:機械工学、材料力学
工部大学校の「機械学」教育機器(機械遺産第100号)
機構模型:差動歯車
年代未詳/真鍮、鉄、ガラス、木製台座/H310, W245, D235(mm)/東京大学総合研究博物館所蔵
工科大学もしくは工学部の備品番号「工キ學ニ一八五」の木札付。本模型の年代は未詳であるが、東京大学総合研究博物館には工部大学校を示すプレート付きのものを含め、近代的な機械学教育のために明治期以降に導入された機構模型が現存する。
上野則宏撮影/東京大学総合研究博物館写真提供/インターメディアテク展示・収蔵
[東京大学総合研究博物館]