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2021/1 Vol.124

工部大学校の「機械学」教育機器(機械遺産第 100号)
機構模型 ねじ

年代未詳/真鍮、鉄、木製台座/ H270, Dia.130(mm)/東京大学総合研究博物館所蔵
ねじは基本的な機構の一つ。機構模型は近代化の進められた機械学教育に用いられた。本模型の年代は未詳であるが、東京大学総合研究博物館には工部大学校を示すプレート付きのものを含め、近代的な機械学教育のために明治期以降に導入された機構模型が現存する。
上野則宏撮影/東京大学総合研究博物館写真提供/インターメディアテク展示・収蔵

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エキスパートの知恵と経験

第1回 水中エンジン(リサイクルおよび密閉サイクルディーゼル機関)

技術開発の経験を語る

開発の動機と背景

当社宛に米国の某調査会社からリサイクルディーゼル機関についての情報がもたらされたのは1970年であった。当時、海洋開発に必要な動力源として、動力搬送用ケーブルを必要とせず、海中で独自に動力を発生する装置の需要が増すものとの国内での調査分析結果もあり、電池と原子力の中間の出力域に対する動力源として再びリサイクルおよび密閉サイクルディーゼル機関が注目されていた。当社は、外国からの技術導入ではなく、独自開発の方針を決定し、開発プロジェクトチーム(以下、PT)を、開発事業本部、舞鶴工場、技術研究所から編成した。

試作前の技術調査研究

リサイクルディーゼル機関とは、既成のディーゼル機関において、その排気を冷却して燃焼によって生成される水蒸気を凝縮除去し、同様に生成される炭酸ガスに相当する余剰ガスを圧縮機によって水深相当の圧力まで圧縮して水中に放出し、残りの冷却排気に純酸素を混合して動作ガスとして機関へ給気し空気遮断下で運転されるディーゼル機関である。したがってこの機関を成立させるための課題として、①動作ガス組成によるエンジン性能、②排気の冷却、③循環動作ガスと酸素の混合、④酸素供給量制御、循環動作ガス量制御などの制御方法が上げられる。一方、燃焼によって生成される炭酸ガスを化学的に吸収させて運転する密閉サイクルディーゼル機関の場合は、これらの課題のほかに、⑤炭酸ガス吸収剤の吸収性能と吸収制御方法、が問題となる。そこで、これらの課題に挑戦した国内外での過去の研究の調査や、機関サイクルシミュレート計算などを行い、本機関の計画・設計データをまず求めた(国内外に特許出願手続開始)。

第1次試作実験と実用装置HIRUPの試作

上記研究によって明らかとなったこれらの課題①~④を解決し、実用装置設計ための水中の環境、条件を模擬したプロトタイプ陸上実験装置を舞鶴工場で製作した。1971年8月から1972年1月まで、酸素の扱いに最大の注意を払いながら第1次試作実験を行い、実用装置HIRUPの最適システムを考案した。

次のステップとして、実用装置の最適設計データ、最適運転調整データの取得を加速するため、第1次試作実験装置を実用装置構造の第2次実験装置に改造して(舞鶴工場から技術研究所に装置を移設)、第2次実験研究を同年7月末まで行った。その結果は逐一、舞鶴工場で製作中の実用装置HIRUP-30(正味出力33馬力)の設計、試運転に利用され、本装置は10月の国際海洋開発展に出展され、当時の新聞にも大きく報道された。

その後、本装置の「企業化PT」が活動を始めるとともに、研究所では、引き続き、課題⑤の解決のため、炭酸ガスを化学的に吸収する装置を試作して、密閉サイクルディーゼル機関の開発研究を進めた。

水深100メートル海底実験にのぞむ

海洋科学技術センタ(科学技術庁外郭団体)が計画の「水深100メートル海底実験」に、水中動力源装置として当社の水中エンジンHIRUPが採用されることが1974年6月に決定された。企業化PTは拡大され、新たに「水中発電機PT」が発足した。〔このシートピア計画では、アクアノート(潜水技術者)が水深100 メートルに潜水、水中動力源を使い、水中倉庫をつくるなどの海中作業を行う計画(実施予定は1975年10月)〕

(1)実用装置HIRUPの第2号機

PTでは、上記の開発展に出展された油圧出力の実用装置HIRUP-30の油圧ポンプ仕様を発電機仕様のHIRUP-30E(実用第2号機、正味出力16kW)に改装し、シートピア実験に備えた。分解点検のやり易いカプセル挿入前の状態で各種試験(①繰返し起動・停止試験、②作業パターン負荷模擬試験、③制御機器信頼性試験など)を行った後、カプセルに挿入し、水槽を用い最終確認試験を行った。図1に、HIRUP-30Eのカプセル挿入前の外観を示す。

図1  HIRUP-30Eカプセル挿入前

(2)舞鶴工場における浅海域での模擬操作実験

1975年8月には、舞鶴工場において、海洋科学技術センターのアクアノート4名による水深10メートル浅海実験が数日間行われ、遠隔起動、機側起動、電動工具使用実験などが本番同様に実施された。さらに、9月には、実験本番に予想される負荷運転を水槽カプセル状態で行いカプセル内圧力、温度などを確認した。一連の運転は夏場の海水温度で実施されたので、最後に、100メートル海底実験時に予想される海水温度以下まで、水槽水温を下げても(多量の氷投入)確実に起動できることを確認した。

(3)100メートル海底実験

シートピア実験本番は静岡県沼津港南西4キロの内浦湾で1975年10月25日から30日まで6日間行われた。図2にHIRUP-30Eの沈設作業をしめす。沈設用クレーンの制限能力が3tであったので、水中重量を減じるため、浮力4.28tの浮力タンク2個をボンベラック上に配置し、水中重量を2.8tとした。

運転実績は、海底沈設期間200時間、運転回数5回、運転時間3.5時間であり、海洋科学技術センターニュース(広報誌No.18)にも詳細な報告が記載された。

図2  HIRUP-30E シートピア実験100m海底へ沈設作業

その後の状況

シートピア実験後、HIRUP-30Eを用いて運転時間200時間の陸上での模擬耐久限界試験を行い、水中ディーゼル機関の実用機を製作し得るデータを整えた(1977年9月)。さらに、市場開拓に向け、用途調査、電池との比較調査なども行い、具体的なニーズとして「水中掘削機」について某土木工事会社と検討を進めた(海外からの引き合いはあったが具体的なものは少なかった)。その間、海外を含め、論文発表なども積極的に行い宣伝につとめたが、その後の世界情勢の変化-第4次中東戦争勃発1973年10月、石油危機による世界的な不況、円高再燃などで造船業界も大きな影響をうけ、やがて構造不況業種に指定される-も加わり、海洋開発は発展せず、このエンジンの製品化はなされなかった。

技術トランスファーについて

水中ディーゼル機関を成立させるための吸気加熱制御、動作ガス量制御、酸素供給量制御はじめ、機関の動特性、最適運転制御などの技術開発成果は、その後の研究開発「ディーゼル機関電子油圧制御システムの開発」など、マイクロプロセッサーを用いる当社製品のメカトロ化研究開発および実用化に有効に活用されていった。

また、リサイクルおよび密閉サイクルディーゼル機関を成立させるためのサイクル条件を求めるために(従来の空気-燃料サイクルの圧力、温度、容積に対する熱機関サイクル解析に)動作ガス組成の要素を導入して一次元拡大した解析法を開発したが、この解析方法は、動作ガスとしてアルゴンなどの高比熱比のガスを使用した最高効率機関の開発や、温暖化ガス排出ゼロの水素機関の開発ツールとして期待されているものである〔機械学会論文賞受賞1979年、参考文献(1)〕。

この記事を書きながら、目的とした水中エンジンの製品化には至らなかったが、技術開発に伴う技術的困難に挑戦していく経験こそが、会社の技術力を高める基盤となって行ったことを改めて感じた次第。

 


参考文献
(1) ①永井 将, 浅田 忠敬, リサイクルおよび密閉サイクルディーゼル機関の研究(第1報, 熱力学的解析),②永井 将, 浅田 忠敬, 山川 政志, 常次 正和, 三輪 一仁, リサイクルおよび密閉サイクルディーゼル機関の研究(第2報,リサイクルディーゼル機関の性能),③永井 将, 浅田 忠敬, 平野 進作, 山川 政志, リサイクルおよび密閉サイクルディーゼル機関の研究(第3報,密閉サイクルディーゼル機関の性能),日本機械学会論文集, Vol.44, No.386(昭53-10), pp.3543-3574.
(2) Tadataka Asada and Masashi Nagai, Investigation on Recycle and Closed-Cycle Diesel Engines,Society of Automotive Engineers,INC 75th Anniversary(1980), International Off-Highway Meeting and Exposition MECCA Milwaukee September 8-11, pp.2967-2986.
(3) 永井 将, 浅田 忠敬, 平野 新作, 松本 通雄, リサイクルおよび密閉サイクルディーゼル機関の研究, 内燃機関, Vol.19, No.235(1980), pp.19-31.
(4) Masashi Nagai, Michio Matsumoto and Tadataka Asada, Recycling Diesel Engine As An Underwater Power Source, Diesel & Gas Turbine Progress Worldwide, October 1977, pp.69-70.
(5) M.Nagai and T. Asada, Investigations on Recycle and Closed-Cycle Diezel Engines, 12th International Congress on Combustion Engine, Tokyo, May 1977.


<フェロー>
浅田 忠敬
◎元 日立造船(株) 技術研究所
ロボット電子事業部 所長、兼事業開発統括部長
◎専門:熱力学、流体工学

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