特集 日本のモノづくり再興Part1 -ポストコロナのモノづくり-
座談会 ”ものづくり”からの卒業
かつて“Japan as Number One”と呼ばれた日本のものづくり。製造だけでなく開発・設計拠点の海外への移転による製造業の空洞化、さらには製品のコモディティー化による価格競争の中で、日本のものづくりの弱体化が指摘されている。しかし、我が国の産業構造において製造業に依存する割合は依然大きい。コロナ禍で不透明さを増している社会で、日本のものづくり復活のために何が必要か、その中で日本機械学会が何をすべきかを考える。
(左上)川田 宏之 <フェロー>第98期会長(早稲田大学 教授)
(右上)佐田 豊 <フェロー>第98期筆頭副会長〔(株)東芝 執行役員 研究開発センター所長〕
(左下)足立 正之 <正員>〔(株)堀場製作所 代表取締役社長〕
(右下)森 雅彦 <正員>〔DMG森精機(株) 代表取締役社長〕
ポストコロナの事業方針
川田:このようなご時世にあって、オンライン形式で企業のトップの方にお集まりいただきました。どういう方向性を見据えて企業活動されていくのか、企業が学会に対して何を期待されるかについて、意見交換したいと思います。まず、リーマンショック以降の最大の危機と呼ばれているコロナ禍について、企業としての状況を教えて下さい。
足立:我が社には、自動車、環境、半導体、科学研究の5つのセグメントがあります。その中で自動車が一番大きい部分ですが、やはり世界的に人々の移動が減り、新車販売が減り、大きなインパクトを受けたことで設備投資も落ち込んでいます。逆にITの需要が増え、半導体の方は顕著に伸びています。メディカルライフサイエンスの部分はこういう状況なので興味は持たれてはいるのですが、通院する方が減っているので活発ではない状況です。
森:当社の売上は3分の1程度落ち込んでおり、かろうじて最終損益が黒字という状況です。4月~6月が底で、第3クォーターは盛り返しています。
佐田:当社は、電力や交通等の社会インフラが落ち込んでいますが、パソコン需要にともないハードディスク事業が伸びているので、全体として大きな落ち込みというわけではありません。私が所属している研究所では、特に情報通信系の社員は在宅で業務を行えている状況です。
川田:どの組織もそうですが、うまくいった面、そうではない面がありますね。終息が全然見えないわけですが、企業としてはどれくらいの時間のスケールで対策をお考えになっているのでしょうか?
足立:当社にはもともと効率が上がる場所で仕事をする『Good Place勤務制度』を導入していた背景がありますので、緊急事態宣言期間はスムーズにリモートでの業務に移行できました。しかし、社会インフラや医療などのエッセンシャルな分析計測を担当している部門はやはり現場に出勤していました。
森:当社もやはり製造の現場は出勤しています。ただ、伊賀・奈良に工場がありますので、都市部に比べて3密を避けやすく、国内では操業をほとんど止めずに対処しました。また、全世界の市場に参入しているので、アジア・ヨーロッパ・アメリカなどの各地域の多様な視点で全体を俯瞰できたことが功を奏しました。今後はヨーロッパの視点が非常に参考になると考えています。
川田:ヨーロッパの視点というのは具体的にはどういうことですか?
森:ヨーロッパではグリーン規制が広がっています。アフターコロナでは、カーボンニュートラルの方向に一気に進むと予測して、当社もグリーンディールに準じた生産体制の確立を進めています。これは、アジアや北米だけを見ていては気づかないことで、コロナのその先の準備が必須と感じています。例えば、当社は日本製の機械も来年度からは全て400ボルトにします。日本やアメリカのマーケットではトランスをつけて200ボルト対応にします。電力効率が10数%変わるので、コロナ禍の期間を利用してその対応をしているところです。
川田:なるほど、アフターコロナとして、この先の産業の大きな流れを見ていかないと経営的には太刀打ち行かないということですね。
森:私は大学受験で一浪していまして、このコロナ禍で浪人時代を思い出しました。今年は浪人だと思って仕込んで行こうと。
佐田:当社はアメリカ、イギリス、インド、中国、ベトナムにも開発・研究拠点があるので、海外のメンバーとディスカッションを行う中で、2021年1月のダボス会議のテーマが「グレート・リセット」になるという話題に注目しています。ヨーロッパを中心にこのコロナ危機のタイミングで、一気に自分たちの考えを押し出そうという流れを感じます。それに合わせて、私たちの技術をさらにシフトさせる必要性を感じています。
足立:森社長に伺いたいのですが、ヨーロッパのグリーン化・電動化をどう捉えていますか?マスコミや政治家の言及が加熱している印象を受けるのですが。
森:ドイツを例に上げると、化石燃料での発電はまだまだありますし、原発は稼働しています。しかし、化石燃料を使うと罰金になり、グリーンやリニューアブルな設備投資を点数化してグリーンマシーンとして認定するという制度が考案されています。女性活躍について実際そうでしたが、期間をかけてもやりきるのがドイツだと認識しています。経営者の中でもそういう準備を進めようという会話がドイツの工業会などで話されていますよ。
企業からみた学会
川田:2020年9月の年次大会でのIEEE会長 福田敏男先生の特別講演で、「IEEEは会員が42万人、JSMEは3万人台で、アメリカでは学会が吸収合併して大きくなる一方、日本では細分化が進んでいる」という指摘がありました。企業から見た、専門学会とは異なる機械学会の魅力を打ち出したいのですが、足立さん、森さんは本会の正員の立場からどのように感じられていますか?
森:実際、我々は機械学会より精密工学会の方に主軸を置いていますが、社会人ドクターとして毎年2人を大学に送り込んでいますので、成果発表の場として学会は重要だと考えています。また、工作機械やFAに興味をもっている学生を発見する場所としても重要ですし、産学連携や論文の動向を掴んだりと、フルに活用させてもらっています。アメリカのように人材の流動性が出てくると、学会で知り合った人をベンチャーに勧誘したり、プロジェクトに勧誘できるようになって、さらに魅了的になりますよ。
川田:欧米の国際会議はイエローページ的な役割がありますよね。オンラインでは顔が見えず、その魅力が減ってきている状況とは言え、本会として出会いの場をもっと設定する必要がありますね。
足立:かつては、『機論B』にも投稿していましたが、最近は当社から機械学会にはあまり論文投稿できていません。やはり専門学協会が増えたことが要因の一つだと思いますね。当社では自動車技術会やSAE(米国自動車技術者協会)は明確なリターンがありますし、展示会、委員会、企業間の交流が活発なんですよね。間口の広さが魅力である機械学会が苦しんでいるのは見ていて感じます。
川田:ご指摘の通り、学術ベースの大所帯であることの魅力が落ちているんでしょうね。土木や建築は今でも活況ですが、機械学会や電気学会は会員数が減少しています。アメリカのように吸収を模索することも考えてないといけないのかもしれません。他方で、小さい学会のジャーナルは今後維持が難しく、機械学会で管理してもらいたいという話も耳にしました。やはり、企業から見た魅力はもっと考えてないといけないですね。
佐田:東芝でも機械学会の論文数は減っています。これには様々な理由があります。自省を込めて言えば,企業側には学会から離れるデメリットとして、論文を書く語学力がおちるということを痛感しています。それから、やはり企業所属会員や特別員の減少が示すように、学会が企業にとって魅力のあるコンテンツを発信できていないという点もあります。2019年度に会員部会が特別員を対象にアンケート調査したところ、法人会員の8割が「基礎講座の必要性を感じている」と回答され、多くの企業が人材の獲得、機械技術の継承や技術者の育成に悩みを抱えているというような実態が明らかになりました。学会はこういうことに耳を傾けないといけません。
足立:こういう話は結局、日本では産学連携が弱いということに行き着くと思います。当社は、敷居の低さや目的の共有のしやすさといった点から、結果的に海外の大学との付き合いが増えています。制度面が理由で、日本国内のアカデミアの価値をうまく利用できないのがもったいないと感じています。コア技術では日本は全く負けていないんですよ。日本国内の大学の魅力はもちろんある。しかし、イギリスでは当社の敷地内に大学院大学を作ったり、カリフォルニア大学でも我が社の名を冠した研究所を作ったりと、日本とは制度面でずいぶんと異なります。
川田:なるほど。行政の協力がかなり必要になってきますね。国内でも新たな取り組みが増えているので、それがうまくいって海外への投資が日本国内に戻ってくることを期待しています。
新たな時代の人材と競争力
川田:国内の産学連携の課題について指摘がありましたが、大学側は博士人材の確保に困っており、企業側の活用も全体としてはうまくいっていません。博士人材を今後どのように育てていけば良いでしょうか?
足立:欧・米・中のアカデミアの共同研究を見ていると、研究者が大局的な経済インパクトを重視する姿勢を感じます。ビジネスを狙うような研究モチベーションがあって、それが経済を動かす原動力になっています。ここが一番の違いではないでしょうか?
川田:国が助成して養成コースという形で博士課程を充実させてもうまく進んでいませんからね。
足立:成功例が少ないのでは?海外では大学でしっかり勉強して経済的に成功を収めるという意気込みを感じます。
森:私自身、社長に就いた後の2005年から5年間大学に通って、ほとんどの週末を費やして論文を書いて、ドクターを取りました。現在、社内には博士取得者が約40名在籍しています。当社は博士向けの給与制度を用意していて、毎年ドクターを採用しています。また、森記念製造技術研究財団では毎年、修士課程から博士課程に進む学生5名に月20万円の奨学金を出して、精密加工の分野に進む人の支援を行っています。
川田:企業として、モチベーションがあがるような待遇をきちんと用意されているということですね。
森:待遇面のインセンティブはやはり重要ですよ。欧米では寄付金を集めると教員のサラリーになりますが、日本ではそうではない。
佐田:東芝の研究所としては、機械系だけでなく半導体や材料も含んでですが、ドクターの比率は4割を超えています。しかし、東芝全体で見ると採用率は高くありません。お二人が大きな企業の社長の立場でありながら、そのドクターの価値を重視されているのに感銘を受けました。事業によってはやはりドクターのニーズが高くないところもありますが、世の中の変化についていくには博士人材は今後より重要になりますね。
川田:競争力という視点では、人材の他にどのようなファクターが挙げられるでしょうか?
佐田:日本はこれまで“もの”をつくることで成長してきました。しかし、日本の成長の源泉であったものづくりと、これから必要となるものづくりは異なります。これからは、最先端のハードウェアとしての価値と、ハードウェアが生み出すデータやシステム連携などの付随する価値、の二つが重要です。機械という従来の定義からサービスやデータというところまで広げて、機械工学のポテンシャルを発揮できることが重要だと思っています。
森:真面目なものづくりのエンジニアほど、目の前の課題に熱中して周りが見えなくなるので、当社では「見えないものを見る」ということを意識しています。今は、機械・電気・ソフトウェアの知識をバランス良く身につけて、さらに職人であり商人であることを重要視しています。
足立:当社もやはり高付加価値で違いを生み出す必要があると考えています。第4次産業革命と言われて変化が激しい中で、コロナ禍でさらに加速されたと感じています。スピードと高付加価値が求められる中で、日本でもアカデミックな価値が求められる社会になってくるはずです。
森:ものづくりでは負けていなかったのに、工場での改善改良だけやっていて、マーケティングとかデザイン面でおいしいところを全部取られたっていうのが日本のいわゆる「ものづくり」だと認識しています。海外で販売していると言っても代理店任せでサプライチェーン全体を見ておらず、日本企業全般として売り方が良くなかったんだと思います。特にBtoBの場合は直接お客様が使われている現場にエンジニアが行くことが大事なんですけれど、お客様の声を直接聞いてこなかったのが問題です。
川田:レクサスがアメリカの西海岸で最高のブランドとして認められたという例もありますが、全体としては工場が中国に移ってものづくり力が低下し、デジタルではアメリカに負けたということが象徴ですね。
足立:新興国の人件費が上がり、全世界同一賃金というような世の中になってきて、そういう意味でいくと今後自動化とか、いわゆる品質管理という側面も日本の勝ち残るところはかなりあると思います。
「ものづくり」は時代遅れ
川田:そういった競争力を復活させるために、企業としてはどういう人材を求められますか?
森:学部4年生時からインターンシップでコツコツ見ていくしかないですね。あとは、ドイツやアメリカの親交のある大学から迎え入れたり、工業高等専門学校の専門課程の学生にも非常に注目しています。中途半端な文系人材は要らないですね。30~40代の技術部門経験者に経理や営業をやってもらう方が会社としてはビジネスに繋がるという考えです。
足立:私もまさに同感です。技術屋といってもバランス感覚が大事で、当社は経理も営業も技術出身が多いです。求められる人材も変化しているので、「ものづくり」という言葉が過去の栄光の再現を願っているように感じますね。日本はまた将来への新しい価値を創造すべきですし、できると思います。
森:私も「ものづくり」という言葉が良くないと多方面で指摘しています。「製造業」でいいじゃないですか!「ものづくり」を卒業するというのを機械学会から率先してやってもらいたいです。
佐田:世の中の変化のスピードに産業界は必死で付いていかなければならないので、大学と産業界が一体となって変化できれば新しいチャンスになるでしょう。「ものづくり」という過去の栄光を忘れて、学会が産業界も大学も引っ張って変わっていくと非常に頼もしいです。
川田:2020年は本当に大変な年でしたが、本日のお話では、コロナ後はさらに大きく早く変化することが予想されます。学会も今後どういう運営をするか問われます。大学と産業界が一体となって、世界的な変化に対応できるよう、学会を挙げて取り組んでいきたいと思います。是非、会員の皆さまには積極的な参加をお願いしたいと思います。皆さん、本日は有難うございました。
(2020年10月2日)
キーワード:座談会
工部大学校の「機械学」教育機器(機械遺産第 100号)
機構模型 ねじ
年代未詳/真鍮、鉄、木製台座/ H270, Dia.130(mm)/東京大学総合研究博物館所蔵
ねじは基本的な機構の一つ。機構模型は近代化の進められた機械学教育に用いられた。本模型の年代は未詳であるが、東京大学総合研究博物館には工部大学校を示すプレート付きのものを含め、近代的な機械学教育のために明治期以降に導入された機構模型が現存する。
上野則宏撮影/東京大学総合研究博物館写真提供/インターメディアテク展示・収蔵