特集 第100号を迎えた「機械遺産」
福岡県における機械遺産の保存活用
筆者は、当事業開始2年目の2008年度から機械遺産委員会の委員を担当し、2015年度からの5年間は委員長を拝命した。本稿では、筆者の在住地である福岡県の機械遺産のうち、次の2件に対する保存活用の姿を報告する。
「ウォシュレットG((温水洗浄便座))」(認定番号No.55、2012年認定)
本製品が世に出た1980年当時、「おしりだって、洗ってほしい!」のキャッチコピーのCMにびっくりした。ウォシュレットが設置された親戚の家に行き、動作の様子が知りたくてたまらず、便座スイッチを停止して作動させ、「噴水」が筆者の顔にかかり、慌てた記憶がある。メーカであるTOTOは、この製品で企業イメージを大きく変えたが、社会もこの製品で「便所」に対するイメージを大きく変えた。もはや「和式か、洋式か」「水洗か、汲み取りか」ではなく、「ウォシュレット付か、否か」である。「温水洗浄便座」とわざわざ言わなくても、「ウォシュレット」で通じる。「樹脂製密閉保存容器」が「タッパー」で通じるのと同じである。TOTOは以前から社内に博物館を持ち、自社の歴史のPRとともに、トイレに対する種々の市民向け啓発事業を行っていたが、機械遺産認定5年後の2017年に、近接する社内敷地に「TOTOミュージアム」として拡充移転した。外国人観光客の受け入れ態勢も強化されている。「ウォシュレットG」も、2階の受付付近に、機械遺産認定証とともに展示保存されている(写真1)。
写真1 TOTOミュージアムのウォシュレットG
「アロー号((現存最古の国産乗用自動車))」(No.36、2009年認定)
これは、矢野特殊自動車が所有し、福岡市博物館が同社からの寄託を受けて保存展示しているものである。矢野特殊自動車の創始者である矢野倖一が1916年に完成させた、手作りの国産乗用車である。アロー号が極めて興味深いことは、動態保存されていることである。これは、「ものづくりの工場立地」を原則認めていない福岡市が運営する博物館が、「自動車産業のルーツは福岡だ」などをPR するものではなく、国産の手作り自動車という遺産を題材に、「文化財は保存が目的でない、活用するために保存する。しかし…」という、博物館の本質的課題に真剣に取り組んでいる証だからである。実際、械遺産認定を受けてからの福岡市博物館は、認定を記念したアロー号の実走行イベントを行っているし(写真2)、2016年には、「機械遺産・アロー号からみた近代文化遺産の保存・活用」と題したシリーズ物のイベントを行っている。このイベントには、本会会員である国立科学博物館(当時)の鈴木一義氏、九州大学(当時)の市原猛志氏、それに筆者も講演者として協力した(1)。アロー号は、同博物館2階の常設展示室(有料)内に、機械遺産認定証とともに展示されている。
本稿の終わりに、委員として現地調査の失敗談を述べておく。ある組織内の歴史的工作機械について、書類では機械遺産級と判断されたものを、現地調査に行ってみたら、現物がなかった、と言うことがあった。原因は、機械遺産の認定申請をした職員が定年退職し、後任がその事実を知らずに工作機械を廃棄して、それを組織が知らなかったことである。産業遺産に対する思いは組織内でも温度差がある。本会においても認定事業には温度差がある。が、マスメディアにおける本会関連記事の7割が機械遺産関連である。本事業に対する会員のご理解をお願いしたい。
写真2 アロー号の公開走行イベント
参考文献
(1) 吉田敬介, 矢野倖一とものづくりと福博の町, 機械遺産・アロー号からみた近代文化遺産の保存/活用, 福岡市博物館, (2017), pp.17-26.
<フェロー>
吉田 敬介
◎九州大学 大学院工学研究院・キャンパス計画室 教授
◎専門:機械工学、熱工学、産学官連携社会学
キーワード:第100号を迎えた「機械遺産」
表紙の説明:これは、推力5tonターボファンエンジンFJR710形で、右からファン、圧縮機、燃焼器のケーシング部分である。1975年に通商産業省工業技術院の大型工業技術研究開発制度によって開発された。ブラッシュアップしたエンジンは、短距離離着陸ジェット機(STOL)飛鳥に4基搭載され500mで離着陸できた。
[日本工業大学工業技術博物館]