特集 第100号を迎えた「機械遺産」
機械遺産候補の調査を経験して
はじめに
本稿では、2015年より機械遺産委員会の委員として機械遺産候補の調査に携わってきた経験の中から、調査業務(事前調査・現地調査)について簡単に紹介する。
事前調査
機械遺産候補は、「機械遺産候補推薦のお願い」(1)にある機械遺産申請書で日本機械学会会員などから推薦されたものが機械遺産委員会に届く。
これら機械遺産の候補として申請されたものの価値を機械遺産委員会で公明正大に判断し、機械遺産監修委員会に上申するため、機械遺産委員会の委員はそれぞれが手を尽くして調査(資料の収集および整理)を行っている。申請書に詳しい資料が添付されていることもあるが、そのような場合でも、情報に偏りがないことを確認する必要があり、各種資料の収集は欠かすことができない。しかし、これがなかなか難しい。
機械遺産の認定基準では、対象となる時代を次のように指定している。
✓原則として産業革命以降の工業化がなされた時代を対象とするが、必要に応じて範囲を遡及的に拡大することを妨げない。また、年代の下限は設けない。
この記述からも想像できるように、調査では極めて古い資料を調べる必要があり、作業は多くの手間と時間を要することになる。最近では、適切なデータベースを検索することで、所望の資料を簡単に入手できることもある。しかし、すべての資料が電子化されているわけではないため、コンピュータの前でキーボードを叩くだけでは、判断に足る十分な資料を集めることはできない。結局、現在においても、従来通り、時間を割いて資料が集積された施設へ足を運び、各資料のページをめくって丹念に調べるという地道な作業を行っている。
これまでに述べた情報収集は、機械遺産の認定指針で「機械遺産は次の2点のいずれかに合致したもの」としていることから、それぞれの視点で行うこととなる。
✓機械技術の「発展史上」重要な成果を示すもの(工学的視点から)。
✓機械技術で「国民生活、文化、経済、社会、技術教育」に対して貢献したもの。
一つ目の視点は、機械遺産候補が持つ機械技術そのものであり、特許や論文などの技術資料を調査することになる。二つ目の視点については、機械遺産候補が各方面に対して与えた影響を明らかにする必要性から、調査すべき範囲が多岐にわたる。例えば、当時の新聞や雑誌などに取り上げられた記事や広告なども、その当時の様子を知るうえで重要な資料となるが、事実関係を明確にすることのできる資料に辿り着くのは、一筋縄ではいかない。
現地調査
事前調査を丹念に行った上で、機械遺産候補を複数の委員の目で直接確認する現地調査を行う。現地調査では現地を訪れ、さまざまな確認を行うことになるが、なかでも製造年の特定は重要な項目の一つである。製造時の銘板などがあれば分かりやすいのであるが、そうでなければ、所有者の許可を得て、機械遺産候補の内部の調査も行う。装置に組み込まれた部品から得られる各種情報も重要な判断材料となる。ほかにも申請者へのインタビュー、関係書類(設計書、図面、カタログ、社史など)の調査を限られた時間のなかで行うこととなる。
おわりに
調査業務は総じて楽な仕事ではないが、技術と社会との関わりを考える良い機会となり、楽しみながら活動してきた。今後も微力ながら「機械遺産」の活動に取り組んでいきたい。
参考文献
(1) 「機械遺産」候補推薦のお願い, 日本機械学会
https://www.jsme.or.jp/kikaiisan/suisen/index.html (参照日2020年10月1日)
<正員>
神谷 和秀
◎富山県立大学 工学部 知能ロボット工学科 教授
◎専門:計測工学
キーワード:第100号を迎えた「機械遺産」
表紙の説明:これは、推力5tonターボファンエンジンFJR710形で、右からファン、圧縮機、燃焼器のケーシング部分である。1975年に通商産業省工業技術院の大型工業技術研究開発制度によって開発された。ブラッシュアップしたエンジンは、短距離離着陸ジェット機(STOL)飛鳥に4基搭載され500mで離着陸できた。
[日本工業大学工業技術博物館]