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2020/12 Vol.123

表紙の説明:これは、推力5tonターボファンエンジンFJR710形で、右からファン、圧縮機、燃焼器のケーシング部分である。1975年に通商産業省工業技術院の大型工業技術研究開発制度によって開発された。ブラッシュアップしたエンジンは、短距離離着陸ジェット機(STOL)飛鳥に4基搭載され500mで離着陸できた。
[日本工業大学工業技術博物館]

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特集 第100号を迎えた「機械遺産」

機械工学教育の観点からみた機械遺産

門田 和雄(宮城教育大学)

はじめに

毎年8月7日の機械の日に開催される機械遺産認定式や9月に開催される年次大会でのパネル展示は、日本機械学会の活動が広く一般の方々にも注目される機会である。この間、機械遺産委員会のメンバーとして、書類審査から現地調査、そしてパネル作成の文章検討など、さまざまな活動に携わってきた。機械遺産では乗り物関連などの輸送機械のコレクションに注目が集まることが多いが、機械工学教育に関連するドキュメントや機構模型群や製図器具群などもある。ここでは機械工学教育の観点から見た機械遺産について述べることにする。

機械工学史料としての機械遺産

機械工学史料としての機械遺産には、ドキュメントとして、第24号の機械学会黎明期の学術図書(機械学会誌創刊号、機械工学術語集及び機械工学便覧)、第25号の東京帝国大学水力学及び水力機講義ノート(真野文二/井口在屋教授)、第69号の国産機械製造の礎『国産機械図集』があり、いずれも日本機械学会事務局図書室で公開されている(現在は図書室閉鎖中)。そして 2020年に、工部大学校の「機械学」教育機器およびC.D.ウエスト関連資料群が機械遺産第100号に認定された(1)

ウエストは工部大学校の外国人教師として来日した後、1886(明治19)年に合併した東京帝国大学工科大学でも教鞭をとり、後に工部大学校の卒業生である真野文二や井口在屋などが教育を担うことになる。機械遺産の認定年は前後するが、真野文二の提唱で創設された機械学会の「機械学会誌創刊号」および、井口在屋とともに担当した「水力学及水力機」の講義ノートがある。なお、工部大学校の学科は「機械科」であり、工科大学発足に伴い「機械工学科」となり、現在に至っている。また、当時の授業は英語で実施されており、ウエストや真野・井口の講義ノートは英語で記されている。日本語で教科書が書かれるのは、真野や井口らに教育された、内丸最一郎ら次世代による。機械遺産として、モノができあがるに至る背景や過程を語る文書もまた歴史を証する史料として大切な遺産である(2)

展示物であるドキュメントの内容をその場で理解するのは難しいが、精緻に描かれた文字や図面だけでなく、当時の機構模型群や製図器具群を見学することで、当時の機械工学教育についての思いを巡らせることができる。

工部大学校機械科の学科課程

工部大学校機械科における1885(明治18)年頃の学科課程では、1、2年次には英語や数学、物理、化学などを学び、3、4年次には応用重学(材料力学)、蒸気機関、機械学(機構学)、機械図学(機械要素の製図)、機械工学(機械設計法)などの機械系科目を学び、5年次には工部省所轄の工場や造船所での実地研修、6年次には引き続き実施研究および卒業論文に取り組んでいた(3)。これらより、機械の基礎力学と並んで設計・製図や実習が重視されていたことがわかる。また、当時の卒業研究の題目は蒸気機関や水力機械に関するものが多い。その後の帝国大学工科大学では、機械学は機構学と機械力学に分離するなど、学問の細分化が見られる。

ここで工部省所管の工場とは、日本で最初の機械製作の官営工場である赤羽工作分局であり、蒸気機関や製鉄機械が製作されていた。筆者は港区の工業高校勤務時、この付近にある港区白金の町工場の方々と交流があり、そこでこの官営工場のために付近に金属加工の町工場が集積し、現在でもいくつかが残っているというお話を伺った。この官営工場で工部大学校の学生たちによる実施研修が行われていたことは、機械遺産を調査しながら知ることとなる。

まとめ

機械工学の初学者が機械技術史を学ぶことは、残念ながらそれほど多くない。しかし、機械工学は歴史のある学問であり、その内容も蓄積されている。機械工学教育の各場面において、関連する機械遺産を通して機械技術史を学ぶことにより、この学問の奥深さを実感してほしいと思う。

なお、機械遺産第100号に認定された、工部大学校の「機械学」教育機器は、東京駅からほど近いミュージアム内にあり、入場無料である。ぜひ訪れていただきたい。


参考文献
(1)日本機械学会誌,2020年認定機械遺産 Vol.123, No.1221(2020), pp.18-19. https://www.jsme.or.jp/kaisi/1221-18/(参照日2020年10月8日)
(2)出水力, 日本の機械工学の開拓者・井口在屋(1) ―機械工学教育の形成過程を通して-, 技術と文明, 日本産業技術史学会, 第1巻第1号(1984) , pp.55-76.
(3)三輪修三、機械遺産が語る日本の機械技術史 第9回機械技術史, 日本機械学会誌、Vol.121, No.1200, (2018), pp.48-49. https://www.jsme.or.jp/kaisi/1200-48/(参照日2020年10月8日)


<正員>
門田 和雄
◎宮城教育大学 教育学部技術教育講座 教授
◎専門:機械技術教育、デジタルファブリケーション

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