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2020/12 Vol.123

表紙の説明:これは、推力5tonターボファンエンジンFJR710形で、右からファン、圧縮機、燃焼器のケーシング部分である。1975年に通商産業省工業技術院の大型工業技術研究開発制度によって開発された。ブラッシュアップしたエンジンは、短距離離着陸ジェット機(STOL)飛鳥に4基搭載され500mで離着陸できた。
[日本工業大学工業技術博物館]

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特集 第100号を迎えた「機械遺産」

「機械遺産」顕彰と役割

鈴木 一義(国立科学博物館)

機械遺産設立の経緯と目的

「機械遺産」は2007年に企画、制度化されたが、実はこの機械遺産以前、すでに1997年に創立110周年記念事業の一つとして、映像・資料委員会の中の技術文化資料の保存活動小委員会(前田清志委員長)が日本各地の企業、大学、関係機関への調査を行い、2007年までに「機械記念物」(工作機械編1冊、鉄道篇4冊)がまとめられている。筆者も委員として関わった機械記念物は、1971年に「歴史と遺産」認定事業を開始したASMEの“LANDMARKS in MECHANICAL ENGINEERING”(1)を参考としたもので、その目的は具体的に、①技術的遺産を機械技術者およびその他の人々に知ってもらう事、②社会に技術が果たした貢献について知ってもらう事、③歴史的に重要な技術上の成果物の保存を促進する事、④機械技術の歴史的遺産、遺跡、収集物についてリストを作成して注釈を加え、これを技術者・学生・教育関係者・歴史家・研究者・旅行者の使用に供する事、⑤そのような業績に関する情報を一般大衆向けのガイドブックや地図に掲載していく事、⑥発明、開発、生産に関して優れた技術的業績をあげた著名な機械技術者に対し注目を集める事である。⑥に関しては『日本の機械工学を創った人々』(前田清志編、オーム社、1994)が刊行され、①~⑤について機械記念物が企画されたのである。機械遺産は、不定期に行われていた機械記念物の目的をさらに明確にすべく、学会として制度化して認定を行うこととしたものである(2)

ちなみに「機械の日」の制定にあたり、筆者が当時の田口裕也会長から相談を受けて「機の日(七夕7月7日)」を推薦し、次の笠木伸英学会長の時に機械遺産と合わせて「機械の日・機械週間」制定記念講演会や国立科学博物館で「日本の先端科学技術の紹介」展が開催された(3)。当時の議論を思い起こせば、機械の日によって機械技術への社会的な注目を得るとともに、機械遺産の顕彰を通して技術者にとっての「自信」を、社会そして次世代の若者に技術に対する「信頼」や「夢」を持ってもらおうというのが、機械の日、機械遺産の大きな目的であった。

機械遺産の役割と今後

認定数が100件を超え、社会的にも注目されるようになったのは機械遺産監修委員として喜ばしいが、戦時下の技術や、公害などに関わる負の技術、学ぶべき価値のある試行錯誤や失敗に関わる技術など、委員会でもたびたび話題となり、議論の末に当面は対象としない事となった推薦候補もある。ただしそれは現時点での事で、「設計上特筆すべき事項のあったもの」や「機械技術の継承を図る上で重要な教育的価値を有するもの」という機械遺産の指針もあり、特に教育的、社会的に見れば、例えば1995年にスミソニアン・国立航空宇宙博物館(National Air and Space Museum)で行われた「エノラ・ゲイ(広島に原爆を投下したB29爆撃機)」展は、米国内だけでなく内外に大きな反響を引き起こした。館長であったM・ハーウイット氏によれば、「エノラ・ゲイを単に技術進歩の一つのしるしとして展示することはできなかった。この飛行機は多くの人々の心の中に、はるかに多くの意味合いをもっていた。」(4)のだが、結局この意図での展示が中止となり、日本でも話題となった。戦後50年という歳月の中で、「英雄的な努力を物語ることで航空を賛美してきた。これらの物語は確かに真実ではあったが、より大きな説明の一つでしかなかった。」ことを、エノラ・ゲイという産業遺産を通じてアメリカや世界の人々に訴えようとした。技術の在り方を問う産業遺産が持つ力である。

機械遺産の持つ価値とは、過去の古ぼけたものではなく、近代の産業や技術が我々の社会や生活と密着して発達してきたものであるが故に、一部の人たちだけでなく、より多くの人々が過去から現在、将来を理解するための手段として最適のものである。機械遺産に対する理解と議論がさらに深まっていく事を願ってやまない。

図1 「機械の日ポスター」(デザイン山中俊治)
機械遺産となったからくり人形「弓射童子」がモデル


参考文献
(1) ASME International History & Heritage, LANDMARKS in MECHANICAL ENGINEERING, 1997.(委員会による訳)
(2)日本機械学会機械遺産https://www.jsme.or.jp/kikaiisan/index.html
(参照日2020年9月24日)
(3) 2006年8月7日(月)日本機械学会「機械の日・機械週間」制定記念式典
https://www.jsme.or.jp/kikainohi/2006/houkoku.htm
(参照日2020年9月24日)
(4) 拒絶された展示~エノラ・ゲイの歴史をめぐるロビー活動(原題: An Exhibit Denied : Lobbying the History of Enola Gay, Copernicus, 1996), マーティン・ハーウィット, 橋本毅彦(訳), みすず書房, 1997.


<正員>
鈴木 一義
◎国立科学博物館 産業技術史資料情報センター長
◎専門:機械工学、科学技術史

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