日本機械学会サイト

目次に戻る

2020/8 Vol.123

表紙の説明:これは、1925年頃に米国のヘンディー社で製造されたベルト掛け段車式普通旋盤の主軸台の換え歯車装置部分である。右下には3段の送り速度群変換装置を装備し、さらに奥には12段のノルトン式送り速度変換装置を装備する。2つのレバー操作で簡単に36段変速できる。
[日本工業大学工業技術博物館]

表紙写真 北原 一宏

バックナンバー

with コロナ・ポストコロナ-機械屋のできること-

<特別寄稿>東京都の新型コロナウイルス感染症流行に関する解析と抑圧対策について


『withコロナ・ポストコロナ-機械屋のできること-』

コロナ禍における機械屋の取組み、課題解決、社会貢献に関する記事を募集致します。

https://www.jsme.or.jp/activity-to-covid19/

問合せ先:kaisi@jsme.or.jp


小野 京右・菊地 勝昭

新型コロナウイルス(COVID-19)の出現により、人類が、世界が、そして日本が歴史的な試練に陥っている。日本は早期の自粛要請により感染爆発を免れ、約一ケ月半の社会・経済活動の自粛により3月半ば以前の状態に収束した。5月末以降、長期自粛による社会・経済活動の疲弊と破綻を止めるために、新生活様式と社会的距離を守りながら、感染率を下げて再燃を防ぎつつ社会・経済活動の段階的復帰が探索されている。しかし7月中旬現在、東京都の日毎の新規陽性者数は200人を超え、感染経路不明者も50%前後で増加しつつある。この感染拡大の第2波を自粛強化かまたは検査・隔離体制の強化により再燃を防ぐことができるのか、さらに如何にすれば市中感染者数を十分に抑圧し、正常な社会・経済活動を取り戻すことができるかが最大の問題となっている。

筆者らは感染症流行に関しては素人であるが、感染症対策は感染症流行現象に対する数理解析により必然的に得られるとの信念から、これまで機械工学研究で培った知見を基に、東京都の新型コロナの流行現象に対する解析を行ってきた。小野は感染率と検査・隔離率の市中感染者数に及ぼす基本的な数理モデルから、感染症流行現象に関する最も基本的な式を導き、感染率の低下とともに検査・隔離の強化の重要性を明らかにした。また菊地はSIRモデル(1)に基づき、東京都の日毎陽性者数とその累計の3月から5月末にかけての変化に対する曲線適合を行い、感染拡大・縮小期における感染率と検査・隔離率の推移を同定した。この同定結果を用いて小野は、6月以降の陽性者増加による再燃現象に対する対策について考察し、これらの内容を論文「東京都の新型コロナウイルス流行に関する解析と今後の抑圧対策について」としてまとめブログに掲載した(2)。ここではその論文を紹介させていただく。

まず第2章「新型コロナウイルス感染症流行の数理モデルとそれに基づく感染症抑圧対策の在り方」では、感染症流行の基本モデルから市中感染者および検査・隔離される日毎陽性者数の式を導き、感染症の抑圧の基本的考え方を論じている。まず、期日dにおける未知の市中感染者I(d)の増分ΔI/Δdが感染率 β (市中感染者I(d)が1日に新たに感染させる人数の割合)と検査・隔離率 γ(市中感染者I(d)から1日に新たに検査・隔離される陽性者数の割合)の差(β−γ) に比例することからI(d) = I0e{(β−γ)d}で表わされる。また日毎に報告される新規陽性者 Rd は検査・隔離率γの定義からRd = γI(d)で表わされる。この基本式から、市中感染者I(d)を減少させるには、3密を避ける自粛行動により感染率βを下げることが必要であるが、同時に検査・隔離率γを高めることも重要で、しかも γを高める方が経済的に有利である。

第3章「SIR理論による東京都における感染率βと隔離率γの同定と市中感染者等の推定」では、感染症流行に関するSIR理論に基づくシミュレーションにより、東京都における日毎陽性者Rdとその累計数Rの実際値に曲線適合できる感染率 βと検査・隔離率γを同定した。図1は日毎陽性者Rdとその累積数Rの変化に曲線適合させた最良計算結果である。緑のプロットがRdの実際値、太い黒実線がその適合曲線、青のプロットがRの実測値、細い黒実線がその適合曲線である。Rdを経過日数dに対して片対数グラフに描くと、自粛行動が行われる前の感染拡大最後期の3/24~3/26の期間ではβ−γ= 0.11の一定とみなすことができ、 3/24以前の特性への曲線適合から、感染率は β0 = 0.14, 検査・隔離率はγ0= 0.03であると同定された。自粛行動により、βは3/26より低下し始め4/15には 0.05β0 まで低下した。一方γはPCR検査数の増加により5/4には4.57γ0まで増加した。このため5/16にはRdは10人以下となり3月中旬頃に近い収束状態を得た。赤線で示す市中感染者数 Iは3/26にはRdの約30倍であったが、5/16には7倍程度に低下している。

しかし問題は、新型コロナ感染症流行が収束した5月25日の緊急事態解除後に、まだ多くの集団活動が自粛解除されていないにもかかわらず日毎陽性者が増加する再燃状態にあることである。これは新規感染者が発症し検査・隔離するまでの期間に他人に感染させ、無症状の感染者も他人に感染させるのでβ>γとなっているからである。紫線で示すように日毎陽性者の実際値は β−γ = 0.05で1.4倍/週の速度で増加している。γ= 4.57γ0が維持されていると仮定すると、β =0.186=1.33β0となり感染率は3月の自粛前より増加している。青線で示すRdの予測減少特性はβ=0.8β0とした場合であるが、実際のRdの1.4倍/週の増加はβ0の20%の自粛によっても抑圧できないことが分かる。

第4章「新型コロナ感染収束期における再発の制御・抑圧法」では、6月以降の東京都の日毎陽性者の増加状況に対して、再燃しないために必要な検査・隔離率の条件を考察している。日毎陽性者数Rdの増加率は 基礎式よりe{(β―γ)d} で決まる。そこで1週間 (d=7 )当たりのRdの増加率 e7(β―γ)(これを再燃度とよぶ)が、それぞれ1, 1.2, 1.4, 1.6, 1.8, 2になる場合を考え、これらの再燃度を相殺・抑圧できる(β−γ)の値が、0,−0.026,−0.048,−0.067,−0.084,−0.099になるような自粛率と検査・隔離率γの関係を、それぞれ黒、赤、紫、茶、緑、青の直線で図2に示した。ここで横軸の自粛率は、自粛前の感染率β0=0.14、現在の感染率をβとして1−β/β0で定義し、β = β0ならば自粛率ゼロ(0%)、β= 0ならば自粛率1(100%)である。

図2に示す黒、赤、紫、茶、緑、青の各直線は、再燃度が1.0, 1.2, 1.4, 1.6, 1.8, 2.0になっているとき、この効果を相殺して再燃を防ぐために必要な自粛率(1−β/β0)と検査・隔離率γの関係を示している。図1に紫線で示した再燃度が1.4倍/週の場合には、図2の紫線より上の領域が再燃を抑圧できる。例えば検査・隔離率がγ = 4.57γ0 =0.137の場合、その交点である0.36以上の自粛率が必要である。しかしもし、検査・隔離数の増加および優れた接触検知、経路追跡等のアプリの導入により、検査・隔離率がさらに1.5倍になり、γ =1.5×4.57γ0 = 0.206 になれば、再燃度が1.4倍/週の場合は勿論、1.6倍/週であっても自粛率をゼロにでき、3月24日頃の社会・経済活動が可能になる。これから分かるように、図2は日毎陽性者の増加率を観測することにより、再燃させないために必要な検査・隔離率と自粛率の在り方を予測できる線図である。

4.2節「限られた検査・隔離率条件下において自粛率の変化による小さな感染拡大・縮小の制御」では、図2を用いて、自粛率を高めてβをγより低下させる期間を作り、その間に市中感染者を検査・隔離する対策を定量的に評価する方法について論じている。また4.3節「発症後に検査する因果律を克服し、γ ≧ βを実現する検査・隔離方法」についても考察し、このためには感染検査数を大幅に拡大する必要があるが、この方法を追求することによってのみ社会経済活動の復活も可能になると予想している。

本稿を本会員諸兄をはじめ、行政、医療等に携わる多くの方々にも御一読していただき、今後の対策の参考にしていただければ幸いである。なお、本稿で紹介した論文の要約版を機械学会のWEB(3)に掲載させていただいた。是非ご一読いただきたい。

図1 感染拡大・縮小期における日毎陽性者数Rd、累計数Rの実際値とその適合曲線、市中感染者数Iの計算値、感染率βと検査・隔離率 γの同定値、および収束期におけるIと Rd の予測特性

図2 再燃を抑圧できる自粛(=1-感染率比β/β0)と検査・隔離率の関係(β0=0.14、γ0=0.03)


参考文献

(1) 西浦博・稲葉寿, 感染症流行の予測:感染症数理モデルにおける定量的課題, 統計数理, Vol. 54,No. 2 (2006), pp. 461−480

(2) 小野京右・菊地勝昭,東京都の新型コロナウイルス流行に関する解析と今後の抑圧対策について(2020年6月15日)

https://blog.hatena.ne.jp/KyONO

(3) https://www.jsme.or.jp/activity-to-covid19/20200810


<名誉員>

小野 京右

◎東京工業大学 名誉教授

◎専門:機械力学、トライボロジー

<名誉員>

菊地 勝昭

◎専門:機械力学

キーワード: