新会長座談会
新会長座談会「学会横断テーマ」が導く新しい学会の姿
【学会横断テーマとテーマリーダ】
1. 少子高齢化社会を支える革新技術の提案 佐久間 一郎(東京大学)
2.持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装 近久 武美(北海道職業能力開発大学校)
3.機械・インフラの保守・保全、信頼性強化 井原 郁夫(長岡技術科学大学)
4.未来を担う技術人材の育成 山本 誠(東京理科大学)
<2020年度会長> |
<2020年度副会長> |
<2020年度常勤理事> |
日本機械学会は人とつながり合える場所
川田:本会の課題を比較的長期で審議・検討を行う組織として、2018年度に経営企画委員会を設立しました。本日は、経営企画委員会のメンバーであるお二人と、これから本会が進めていくべきことについて議論したいと思います。はじめに、これまですでに何度も意見をぶつけあっていますが、学会の価値について意見を聞かせて下さい。
私は常々、学会は新しいことの発信の場であり、学術の成果を公表していろんな批判を受けるところだと捉えています。
福本:企業人としては、ソサエティーとして人や情報のつながりを提供する場であるべきだと考えています。インターネットの時代だからこそ、専門家集団に繋がることができる役割は非常に大きいです。
風尾:若手の頃、企業・大学の組織を越えて私を育ててくれた人たちが機械学会にいました。今もそうだと思いますが、学会というコミュニュニティを通して所属組織の枠を超えていろんなことを学ぶことができます。
川田:ただ、以前とは違って、今の若手の企業人が学会に出て同業他社の人と話をすることが難しくなっていますね?
福本:明らかに変わりました。
川田:でも、若い技術者が社内や顧客以外で人と接する場は学会ぐらいではないでしょうか?
風尾:企業の中で同じことを何年もやっていると、自分がその道の大家になったような気分になってしまいます。学会の場に出てみると、実際は井の中の蛙だったと感じたのを覚えています。
川田:コミュニティーとしての交流の場を提供できる仕組みは、学会以外にあるでしょうか?そういう意味では学会って独特の存在だと思うのですが。
福本:企業では、独占禁止法などの関係で同業他社との接触が以前のように自由ではなくなりました。だからこそ、制約された中でも学会の講演会や研究会の活性化を通して、企業と大学などとの交流の新しい形を作ることが必要だと思います。先日も当社に機械学会の歯車の分科会の人たちが数十社100人ぐらい見学に来られました。そういうアクティビティーが機械学会に存在していることは、とても貴重です。
川田:なかなか他にはないですよね。
福本:ないでしょうね。一般的には展示会やビジネス講演会流行りなので、そういうところに行って情報を取得することはできますが、あくまでも一方通行の売り手の情報が多いですから。
学会に求められる「人材育成」と「技術」
川田:では、学会のポテンシャルと比較して、本会の現状をどう感じますか?
風尾:経済が右肩上がりの時代は、目の前の技術開発が新しい研究成果にもなる時代でした。しかし、今は企業の事業目標が純粋な技術開発という枠組みからは離れつつある中で、企業が機械学会に求めるものが見えにくくなっています。
川田:確かに、企業の研究も情報系の方に力を入れていて、生産的な研究が飽和してきたように感じますね。
福本:機械が差別化の最前線にいた時代は終わりつつあると感じています。例えば、建設機械の機械としての差別化が、操作性・信頼性・燃費であったのは5年前ぐらいまで。それも重要ですが、今は機械を一手段と捉えて、どんなソリューションを提供するかが主戦場になりつつあります。でもそのためには、シミュレーションを当たり前に使って、信頼性も当たり前につくり込まないといけない。要するに、従来の機械開発からさらに効率を上げて、その上でデジタル化など新しい技術も駆使して機械を手段とするソリューション開発にも対応していかなければなりません。
川田:機械がその製品のいわゆるキー要素になることが少なくなってきていますよね。そういう状況を踏まえて、機械学会はどういうふうに変わっていくべきでしょうか?
福本:やはり、機械学会を通じて企業が求めるものは、昔と変わらず「人材」と「技術」の二つですよ。
川田:学会に期待されることとして「人材育成」が必ず挙がります。
福本:私は、8年前に学会誌で「グローバル化する日本企業が求める機械系人材とは」という特集を企画しました。そこでは、企業の著者のほとんどが「言語はなんとでもなるからとにかく基礎を身につけて欲しい」と書かれていました。四力や数学などの素養をきちんと修める重要性は今も変わらないと思います。
川田:昨年度、会員部会が特別員を対象にアンケート調査したところ、法人会員の8割が「基礎講座の必要性を感じている」という回答でした。特別員のニーズとして明確に挙がってきているので、特別員に対するサービス向上策の一つとして検討を進めています。
福本:しかも、企業の採用側としては、新卒採用だけではなく中途採用の比率が高くなっていて、そういう社会状況に合わせていくのも大変な状況です。
風尾:キャリアを積んだ人材の採用は人物を見抜く上でもすごく難しいですよね。しかもこれからは優秀な人間がどんどん流動化してくると思います。
川田:人材を送り出す大学側から見ると、博士人材の質はここ数十年ほとんど変わってないと感じています。ただ、母数が増えていないんですよ。欧米では、ほとんどの中堅技術者が学位を取得しているわけで、学会を通じて博士を優遇できるようなアクションができると良いと考えています。
では、本会に求める「技術」については、いかがでしょうか?
福本:先ほども申し上げたように、技術の幅が広がってきたので、機械学会だけで完結することは非常に少ないですよね。四力の専門技術というよりは、企業はソリューションとして頼りたいと考えているでしょう。そういう意味で、経営企画委員会で設定した四つの「学会横断テーマ」は、システム志向・課題志向なので、どんな有機反応が起きるかとても期待しています。
「学会横断テーマ」が導く新しい学会
川田:2018年度から経営企画委員会で議論を進め、日本機械学会としてこの四つの「学会横断テーマ」を設定しました。SDGsのような社会的課題に学会として取り組むために、経営企画委員会のメンバーでキーワードを出し合って、それを大きな切り口でカテゴライズしたものがこの四つの「学会横断テーマ」です。
風尾:しかも、今までとは異なる切り口でカテゴライズしましたよね。例えば、「持続可能社会の実現に向けた技術開発と社会実装」は、いま本当に世の中に求められている旬の話題です。少子高齢化の問題もまさに社会問題です。機械学会がこの社会問題にどういう形で取り組んでいくのかを、社会に向けてわかりやすく発信する狙いがあります。
福本:企業へのSDGs圧力は相当なものがあります、そこまで言うかというぐらい。でも、それは真摯に受け止めないといけなくて、SDGsに向けたイノベーションに挑戦しない企業は生き残れません。企業人として、この「学会横断テーマ」にものすごく期待しています。この四つのテーマは全て、企業が抱えている最先端の課題そのものです。
川田:しかもこれらのテーマは少しずつ重なっています。ものすごく幅の広いテーマに対して横断的に取り組めるところが機械学会の魅力なので、どんどん進めていきたいです。
福本:おそらく機械学会の先生方が持っておられるテーマはこの中のどれかには当てはまると思っています。ある意味こじつけからでもいいので、そこから広がっていけばディスカッションの機会も、課題解決の機会も増えていくと期待しています。
川田:その実験として、秋田で開催された2019年度年次大会で3番目のテーマを理事会企画OSでやったところ、応募件数が54件と大盛況でした。
福本:ひも付けが本当に大事で、企業人にとっても、この4テーマを学会活動の入口に使ってもらえると、学会の見方が変わりますよ。
川田:この「学会横断テーマ」を、それぞれの部門がどれを選んで、フォーカスするかということに注目したいと思います。それぞれの部門講演会でひも付いたOSを企画してもらいたいです。
新部門制の試行
川田:2020年度から新部門制の試行が始まります。趣旨としては、部門間交流の促進です。
福本:30年間も変わってこなかったんですね。もちろん変わらなくて済むのなら変える必要はないのですが、企業がものすごいスピードで変わってくのはそうしないと生き残れないからです。今回の制度変更で、どれくらい危機感・切迫感を持てるのかが大事だと思います。
川田:例えば、「学会横断テーマ」は部門単独ではできないですよね。トップダウン的に設定した「学会横断テーマ」を、複数の部門が自発的に一緒に取り組んでもらいたいという狙いもあります。
風尾:それぞれの部門がそれを進めるモチベーションはどういうところになるのでしょうか?
川田:今、企業からあまり講演会に聴講しに来てもらえていないので、これらのテーマを掲げることで、企業の参加者数が増えることを期待しています。企業の参加者数が増えることは、研究者にとってメリットになるはずです。「学会横断テーマ」のどれもが、一つのディシプリンでは解決できなくて、共同で問題に取り組まないと進みません。
福本:新しい制度をうまく進めていくためには、成功事例を積み重ねることが大事です。それをどうやってつくっていけるか。企業側も一緒になって変革に協力しないといけません。
川田:その成功事例の一つとして期待していたのが、同じ日に同じ会場で開催する「生産システム部門」と「情報・知能・精密機器部門」との部門講演会でした。しかも、電子情報通信学会も交えた合同の特別講演もセットされていたんです。 しかし、今回の新型コロナウィルス感染症の関係で、講演会が中止になってしまいました。非常に残念ですが、次の機会に期待したいと思っています。例えば、IoTの視点で「生産システム部門」と「情報・知能・精密機器部門」が、「機械・インフラの保守・保全、信頼性強化」のテーマに共同で取り組めば、企業から見て非常に面白いと思います。
福本:そういうポジティブな結果を共有できるような仕掛けをつくるのが重要だと思います。
川田:経営企画委員会で2年間議論を進め、「学会横断テーマ」を打ち出すことができました。ある意味で、学会の運命を託せるものができたと思っています。また、「新部門制検討委員会」での2年間の議論を経て、新しい部門制度を梶島委員長にまとめていただき、今期から新制度の試行を始めることができます。
新たな時代に相応しい学会になるために、これらを実行することが、今期我々に課せられた役目です。是非、会員の皆さんのご協力をお願いしたいと思います。
<2020年度会長>
川田 宏之
◎早稲田大学
基幹理工学部機械科学・航空学科 教授
◎専門:複合材料工学、材料強度学
<2020年度副会長>
福本 英士
◎日立建機(株)執行役常務、
CTO研究開発本部長、顧客ソリューション本部長
◎専門:原子力工学
<2020年度常勤理事>
風尾 幸彦
◎(一社)日本機械学会 常勤理事
元(株)東芝上席常務
◎専門:機械力学、回転機械、エネルギーシステム
キーワード:新会長座談会
表紙の説明:これは、1931年に米国のブラットフォード社で製造されたベルト掛け段車式普通旋盤の親ねじ(上)と送り軸(下)部分である。親ねじの根元には、ねじを切るときの指針となる手作りの薄鋼板製星形ダイヤルが付けられており、親ねじもしくは連動する歯車と噛み合わせて使う。
[日本工業大学工業技術博物館]
表紙写真 北原 一宏