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2020/2 Vol.123

表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館

表紙の説明: これは、1955年頃まで町工場で使われていたベルト掛け段車式の普通旋盤用の換え歯車である。今は電動機が付いた全歯車式であり、レバーやダイアルを操作するだけで簡単に送り速度やねじのピッチを換えることができるが、当時は表を見て、その都度、歯車を付け替える必要があった。

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特集 機械・インフラの健全性評価の現状と展開

2019年度年次大会 公開パネルディスカッション

「機械・インフラの健全性評価、その現状と展望」

(理事会・日本非破壊検査協会 企画)

司会・コーディネーター:井上 裕嗣〔東京工業大学〕

パネラー:木村 嘉富〔国土交通省〕、牧野 一成〔鉄道総合技術研究所〕、西沢 孝壽〔東京電力ホールディングス(株)〕、永井 浩昭〔三菱ケミカル(株)〕、近藤 浩一〔東芝インフラシステムズ(株)〕


2019年度年次大会では、トップダウン型の分野横断的な理事会企画OSを設置した。その一つ、OS「機械・インフラの健全性評価」では、53件の講演発表がなされ、当日の会場では立ち見が出るほど盛況で、当該分野の関心の高さを伺うことができた。本OSでは、日本非破壊検査協会との合同企画として、土木構造物、化学プラント、電力設備、鉄道車両、ビルなど各分野のキーパーソンを招き、パネルディスカッションを実施した。


井上:今回パネルディスカッションに参加いただく皆さまの取り組みには共通部分がいくつかあるように思います。最近はどの分野でもAI、ビッグデータに興味があるようですが、それについていかがでしょうか?

木村:土木分野でのAIという観点でいいますと、昨年ぐらいからAIの応用が検討され始めたという状況です。とりあえず橋を中心に共同研究が始まっています。実は、人間の診断と橋の診断は似たところがあって、まず進めようとしているのが「検査技術」です。大腸がんを画像から見つけるAIがありますが、土木ではコンクリートの床の中に水が入ったことを見つけるために、電磁波レーダーの波形から異常を見つけるというAIの研究が進められています。もう一つは「診断技術」です。お医者さんで言えば、処方箋を書くという行為です。これについては、ディープラーニングではなくて昔のエキスパートシステムを使って取り組んでいます。

永井:私は化学の会社で設備保全をやっていますが、保全は「き(良い状態)を保つ」とも言われるように、信頼性の点から新技術の導入には非常にネガティブなところがあります。事故を起こさないことが第一なので、素晴らしい技術でメンテナンスしましたと言ってもそれほど評価されません。保全では、測定したり、人が見たものを数値化したりといったデータを取ることが非常に大変で、「クラウド化なんて無理です」とこれまでは言ってきました。しかし最近、コストに見合った測定技術がようやく出てきて、姿勢がガラッと変わってきたと感じています。保全の人たちはそういう状況の発信をあまりしてこなかったのですが、これからは積極的に発信していくべきだと思っています。

西沢:電力設備では送電線点検へのAI活用に取り組んでいます。送電線は総延長が非常に長く、膨大な量の映像データの評価には労力がかかるので、異常の自動検知技術による作業効率化を目指しています。あと、火力発電ではビッグデータを活用したプラント故障予兆検知技術の実機導入が始まり各社競争している状況です。

牧野:鉄道インフラでは、良い言葉かどうか分かりませんが、昔から「経験工学」という言い方で、新しい技術を積極的に取り入れることは少なかったです。そういった中でも、AIを使った取り組みは部分的に始まっています。化学設備の状況に似ていますね。鉄道事業者が、特に鉄道車両の足回りのデータを通勤電車や新幹線でも取り込んでいて、ビッグデータ化を進めています。また、研究所レベルでは、エンジンの回転数や振動などをセンサで取り込んで、そのデータを機械学習で判断して営業中の車両で異常を見つけるということを、実用化に向けて進めています。もう一つは、トンネルや橋梁の下の部分のひび割れの画像を取り込んでいわゆる画像診断でどれほどひび割れが進んでいるかということを抽出する取り組みです。今後もそういうAI研究がさらに増えていくと思います。

近藤:我々のお客さまはインフラ系のプロフェッショナルなので、データを集めて機械学習やって何かすごい結果が出ましたと言っても、「理由が分からないものを使えるわけがない」と言われることが多々あります。やはりディープラーニングってブラックボックスなんですよね。大量のデータを突っ込んだら何か答えが出て、確かに素晴らしいような気がするんですけど、精度をお客さまに説明できて納得していただけないと、ミッションクリティカルなシステムでは使っていただけません。我々としては、研究開発の視点で進めていますが、本当に使っていただいて効果を上げてオペレーションやメンテナンスのコストを下げるといったメリットを享受していただくのは、まだまだ難しい状況です。先ほどの他分野の状況を聞いて、意識を変えていかなければと感じています。

井上:近藤さんがおっしゃったとおり、①データを入れると何かすごい結果が出るんですけど、クリティカルなところで使ってもらえるかという課題、それから②データを集めるのにも結局コストがかかるので使えないデータをいくら集めてもしょうがないという課題、この二つがネックになっているように思います。その辺りは正直、機械屋にはまだあまり馴染みがないのですが、いかがでしょうか?

近藤:私はもともと機械屋で、だんだん情報屋に移ってきたのですが、やはりデータを集めるのは大変です。ビルもそうですし、インフラ系、例えば鉄道分野にしても上下水道のプラントにしてもデータを集めるのはすごく大変です。一方で、コンピューターサイエンスの人からは、データを集めないと始められないと言われます。データを集めるコストをどうするかという課題と、お客様にデータをとらせて欲しいとお願いしても、どのようなメリットがあるかを事前にお約束できなくて、なかなかご了解いただけないという問題があります(笑)。仕方がないので、我々は自社ビルから始めてみました。監視制御システムで集めている通常のデータに加えて、空調機の内部ログなども一部クラウドに上げています。まだまだ不十分ですが、データを取り始めることで我々のようなメーカーサイドの人間と実際に運用されている方やサービスをされている方の相互理解が進んでいくことが大事だと思っています。集めたデータは貴重なので、すでに取ったデータを提供頂きたいと言われることがありますが、自社ビルでとりあえずとっているだけでも3万5千点以上のデータを次々と全部クラウドに上げていますので、とてつもない容量なんです。

井上:データを集めるのは大変だけど、先駆けて取り組まれているわけですよね。そうすると、どうデータを集めればいいかというノウハウが蓄積されて、それがビジネスにつながるのではないでしょうか?

近藤:一点補足させていただくと、自社ビルと言っても借りているビルで、このプロジェクトを始める前にビルオーナーにビルの運用で何に困っているかヒアリングを行いました。いわゆるビルの3大クレームは、空調とトイレと昇降機だそうです。そういう部分でビルの毎日のサービスを良くするために、ビル管理会社の運用コストを下げるという目的も含めてお誘いをしました。残念ながら、まだ我々のデータでビジネスがうまくいったという話は出ておりませんが、やはり人手不足に対応するための重要な取り組みになりそうです。あとは、社員食堂の食材廃棄の問題があって、来客数を予測するためにリアルデータとしての在館人数と機械学習での来客売上予想を、食堂会社に午前中3回送っています。そういうサービスをしながら仲間を増やしていくというのを3〜4年かけてやってきました。

井上:健全性評価と来客予想は一見関係ないように思えますが、データを取得してAIで診断するという意味では同じアプローチだと思います。一方で、牧野さんからご紹介いただいた鉄道車両の重要部品の検査は、おそらく検査員が一つ一つ手作業で検査をされているところがあると思います。また、発電所の重要機器になればなるほど、スペシャリストの検査員の人が活躍されていると思います。そこではやはりAIとは相容れないものとしてこれからも同じようにずっと続いていくのでしょうか?AIやビッグデータに向いている分野とそうではない分野がある気がするのですが…。

牧野:鉄道においてはどうしても公共性から運賃・料金を考えなくてはいけなくて、どれだけのコストをかけられるかという問題があります。鉄道の中でも、例えば新幹線N700系や山手線E235系のような最新型の車両では、センサを付けてモニタリングしてCBM(Condition Based Maintenance)やビッグデータ解析などを進めていて、故障の余地を減らしているのが大きな方向です。その反面、地方の鉄道では全く進んでいないのが実状です。それ相応の非破壊検査とか、手作業のメンテナンスはまだまだ残っていくと私個人的には感じています。結局、運賃に跳ね返ってしまうことへのコンセンサスを得られるかが、技術のすみ分けになってしまっています。

西沢:電力設備の現場でもあまり点検の自動化が進んでいません。AI活用はまだごく一部の試験導入に限られています。実際の現場では、熟練した職人が一生懸命汗水垂らして点検しています。ただ、職人の方々を見ると高齢化は間違いなく進んでいて、このままでは頼める人がいなくなるという危機感を持っています。私は研究者として、自動化技術の開発によって貢献できたらと思っています。

井上:近藤さんがおっしゃった、機械屋だったけど情報屋になったっていうお話なんですが、私の周りの大学関係者ではほとんど聞いたことがありません。しかし、最近は機械系で教員を採用したくても、AIのようなキーワードをちりばめないと、人を採用させてもらえないんですよ…。要するに材料力学とか言ったって、そんなのもう要らないでしょうと言われてしまいます。しかし、機械の基本知識があって機械のことが分かる人が、情報技術を取り入れたり、協力したり、というやり方でないとうまくいかないと思うんですよ。

近藤:はい、そう思います。数学がすごくできて機械学習ないしは統計学のエキスパートでも、おそらくそれだけでは成果は出ないでしょう。当社の例でいえば、例えば絶縁関係の劣化診断をやろうと思うと、どうしてもそこで使われている樹脂材料の劣化の話が付いて回りますので、それぞれの分野の人間が一緒に学際的にやることが必須です。このような連携をして最終的にお客さまのコストが下がるとか、信頼性が上がるということにつながります。

井上:学際的にやることが大事だというお話が出ましたが、例えばメンテナンスやモニタリングで、もっと土木と機械で連携できると思うのですが、いかがでしょうか?

木村:私にも共通の知人がいっぱいいたりして、土木と機械って近い分野ですよね。非破壊検査となると、機械屋さんだけでなくて、電気屋さんやセンサ、モニタリング系のノウハウがないと分からないことが多くて、AI関連では情報屋さんが必須です。ベースに土木屋がいて、ニーズや使う目的、精度、コストを明確にして議論することが大事です。私は数年前に理化学研究所と「中性子線装置による透視」の共同研究を進めた経験があるのですが、そのときにまず「何をもって見える」かというところから議論をはじめました。私はコンクリートの中の鉄筋が見えれば良いと言ったのですが、計算上の「見える」の議論がかみ合わなくて1〜2年ぐらいかかった記憶があります。地域の方言みたいに、分野が変われば言葉が全然違うんですよね。

井上:永井さんのところでは、大きく分けて機械系と化学工学系の専門の方がいらっしゃると思いますが、分野間のコミュニケーションについてはいかがでしょうか?

永井:化学の会社なので全体としては機械系が少ないのですが、研究開発にも機械の人間が入っています。例えば反応槽の中の流れ解析をしても、化学の人はやはり化学反応を見たがって、機械の人は機械設計を見るという感じで、志向が異なります。化学の人はプロセスの運転条件をこうやったらもっと良くなると言うんだけど、機械の人はここの装置のここを改造したらもっと良くなるとか、それぞれ全然違う方向を見てしまっています。でも、それが悪いわけではなくて、最終的にうまくやってるんですよね。ただ、AIの話になると、化学系の人はまったく興味がなくて、機械の人が電気・土建・制御の人に話をつけるという感じです。今、機械の人間がある意味生き生きしている印象を受けています。

井上:ありがとうございます。機械屋が活躍できていて良かったです。会場から「高齢化や人手不足に関連して、組織として維持管理の重要性の認識が変わってきましたか?」という質問がありますが、いかがでしょうか?

木村:やはり、目の前の問題として橋が落ちてしまう危機感があるので、維持管理の予算は増えているのが実情です。その代わり、新規工事は後回しになっていますね。役所でいう管理ってこれまではいわゆる「苦情処理係」だったので、なかなか行きたがる人はいなかったんですよ。しかし、最近は構造物の異常で人を巻き込む危機感は高まっていて、機転が利くような人材を管理に持っていくようになっていますし、新しい組織も拡充しています。しかし、まだ2〜3年なので、この取り組みを続けていかないといけないと思っています。

永井:これまでの企業では、維持管理や設備修繕よりも新規事業を優先してきたと感じています。ただ、最近は特に国土強靭化みたいな話があるので、経営層にも理解されてきています。メンテナンスや設備の維持管理に対してある程度コストと技術をかけないと、事業競争力の根幹が揺らいでしまうという認識が広まっているのではないでしょうか。ただ急に、「予算取ったからAIやれ」と言われても何をやればいいのかわからないという問題があります。良い提案をすればやりやすくなっているのは間違いないですね。

西沢:電力は昔から健全性評価の重要性は身に染みて感じている業界です。特に原子力については健全性評価制度が導入され、合理的な方法で維持管理を行っています。なお、現状は多くの労力、費用がかかっているので、設備の安全をしっかりと確保しつつコストミニマムに維持管理できるように、知恵を絞って健全度評価の技術力アップを図り、電気料金を下げる努力をしています。

牧野:電力と同様に鉄道関係も、安全や構造物の維持管理が鉄道運賃に関係してきます。また、どの構造物も歴史があるので、なんとか要素的に維持して持たせていこうというスタンスです。定年延長・雇用延長や技術継承とか言われますが、鉄道会社では輪軸もできて台車もできて主電動機もできてというような多能工が求められてきていて、自動化や自動判定の技術が今後必須になってくると考えています。組織としては、ICTの専門部門やそういったプロジェクト、画像解析とかITを専門にする研究部署も立ち上がっておりまして、今後も重点施策としてやっていくようです。

近藤:インフラ系では国内と海外では違うところがありますが、やはり国内では高度な技能・技術を持った人が少なくなっていて、インフラを維持管理してきちんと運用していくことが厳しくなってきます。お客さまのこのような状況から、我々は保全とかオペレーションの効率化といった部分に、行かざるを得ないですね。それをいかに効率的にやるか、ないしは間もなく退職になる方の高度な技能をどう取り込ませていただくか、お客さまと一緒に形にしていかないといけないと考えています。

井上:皆さん十分危機感を感じられていて、もう前に進めるしかないというご様子ですね。今回、非破壊検査協会にも加わっていただいて分野横断のOSを企画しましたが、こういった取り組みを続けていかないといけないですね。例えばAI関連の何かを進めるときは、機械学会も、情報処理学会や電子情報通信学会とコラボレーションして勉強する機会を作っていけたらと思います。それから土木はもともと機械と近いわけですから、方言は違えど基礎のところは一緒なので、是非土木学会との連携も進むと良いと思います。本日は有難うございました。

(2019年9月10日 秋田大学にて)

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