統計で読む“経済・産業の動き”
第1回 機械屋にもわかる経済統計の読み方
はじめに
2018年12月、勤労統計不正で世の中が大きく揺れた。経済統計に従来以上の注目が向けられ、統計の精度の低下が心配されている。
経済統計には「報告」「作成」「利用」の三つの側面があるが、「報告」の側面については語られることが少なく、議論されることはほとんどない。経済統計の解説書も「作成者」(=政府・法人等の作成機関)または「利用者」(=行政・研究者等)によって大半が書かれている。統計について精度が低いと声を大にして叫ぶのは「利用者」であり、それとは反対に企業の報告者は黙々と官庁等に統計数値を記載した調査票を送付している。
ほとんど注目されていない統計の「報告者」の目を通して経済統計を見てみると、統計数値の中身や問題点、さらには統計作成上の限界が見えてくる。これが統計の精度向上につながる。
本連載では、「報告」「作成」「利用」の三つの側面からバランス良く経済統計を読み、日本経済、産業を見ていこうと思う。今回は統計数値の読み方を取りあげる。
カバレッジの問題
例えば、○○産業の鉱工業生産指数といえば、その産業に属する全ての企業の製品の生産が含まれていると考えてしまうが、実際はそうではない。統計作成上の負担や限界、公表までの時間の制約があるため、実際は従業員○○人以上の工場を報告の対象としたり、対象品目を生産高○○億円以上と限定したりする。全体の規模に対してどれだけカバーしているかというのがカバレッジである。
例えば、経済産業省の鉱工業指数のうち、生産能力の規模を表す「生産能力指数」(141品目)や鉱工業生産指数の当月や翌月の予測を示す「製造工業生産予測指数」(186品目)は、「鉱工業生産指数」(412品目)に比べて採用品目が約3分の1と絞られているうえ、製造工業生産予測指数は報告者の負担を考えて調査対象が大企業のみであるので、個々の産業に対するカバレッジはかなり低い。指数が経済実態と違った動きを示すことが少なくなく、専門家の間でも統計数値の読み間違いがよく生じているのが実状である。
また、採用品目には「見込品」と「受注品」がある。カバレッジが低くても採用品目に偏りがなければそれほど問題とはならないが、報告が容易な「見込品」が主体で、報告が困難な「受注品」があまり含まれていないなど、採用品目に偏りがある。例えば、「見込品」の生産が好調で、反対に採用品目が少ない「受注品」の生産が低調であると、「見込品」が中心の製造工業生産の予測数値の伸び率が実際の伸び率よりも高いものになる。しかしながら、実際のところこれら指数の動きがおかしいと気が付いて調べたりする人は少ない。つまり、統計数値を鵜呑みにして、数値が正しいものとしてもっともらしく分析、コメントしている専門家が多いのが現状である。
名目値と実質値
内閣府のGDP統計をみると、GDPには名目値と実質値がある。一般的にGDPの成長率(伸び率)の評価に使われるのは実質GDPの方である。名目GDPがその時々の時価表示の値であるのに対し、実質GDPは前年度や前期に比べて何%伸びたかという前年度比伸び率や前期比伸び率の形をとる。実質とは、物価の上昇分を除いたいわゆる数量ベースに相当するもので、これによりどれだけ数量的に伸びたかがわかる。
また、GDP統計は四半期ごとに1~3月期、4~6月期のGDPという形で公表され、一次速報、二次速報という形をとる。四半期GDPについては年間でどれだけ伸びたかという年率表示も使われる。これは四半期の伸びが1年間続いたら何パーセントの成長率になるのかを見たものである。
名目GDPと実質GDPとの間の関係は、次の式で示される。
名目GDP/実質GDP=GDPデフレーター
GDPデフレーターはGDPの物価上昇率と考えてよく、名目GDPを実質GDPで割って得られる。また、伸び率の形であらわすと次の関係が近似的に成り立つ。
名目GDPの伸び率= 実質GDPの伸び率+GDPデフレーターの伸び率 |
これを2018年度のGDPの実績についてみると次の通りとなる。
名目GDPの伸び率(0.5%) =実質GDPの伸び率(0.7%) +GDPデフレーターの伸び率(-0.2%) |
実質値は実質GDPだけではなく、実質賃金指数や実質利子率、これらはそれぞれの指数を消費者物価指数で割って実質化したものであるが、いろいろなところで使われている。経済分析を行う際の基本は実質値である。
原指数と季節調整値
原指数とはデータに何の調整も施していない生のデータのものをいう。データは季節性を有しているので、原指数から毎年規則的に繰り返される季節的な変動を除去した数値を季節調整値(「季調値」)という。具体的には原指数を季節指数で割って算出する。
例えば、鉱工業生産指数でいうと、正月やお盆である1月と8月は稼働日数が少ないため原数値が減少し、反対に決算月である3月と9月は稼働率が高く原数値が増加するため、そのままでは両者を比較することができない。そのため原指数から季節指数を用いて季節性を排除する次の作業を行う。
季節調整済指数=原指数÷季節指数×100 |
例として、表1の実際の数値で見ると、原指数は2019年3月の方がはるかに高いが、季節調整を行うと両者はほぼ同じとなる。
表1 鉱工業生産指数
季節調整済指数の伸び率は変化(スピード)を、原指数の伸び率は水準(高さ)を示しており、経済統計はこの両者をみて動きを判断する。また時系列のグラフは季節調整値によって描かれる。季節調整値のため前月、三カ月前、三年前などとの比較が可能となる。
前月(期)比と前年同月(期)比伸び率寄与率
マクロ経済統計の場合、季節調整をした季節調整値で前の月(期)と比較する前月(期)比伸び率により変化がどうなっているのか、生のデータである原指数で1年前の同じ月(期)と比較する前年同月(期)比伸び率で水準がどうなっているのか、このように変化と水準の両方で見るのが必要である。アメリカではもっぱら季節調整をした前月(期)比で変化をみるのが一般的で、しかも年間ベースの年率表示の数値が利用されている。日本の場合は前年同月(期)比、前月(期)比の両方か、前年同月(期)比、前月(期)比のどちらかで見る。
一方、産業機械や工作機械の受注統計、自動車などの生産統計など業界団体が公表している業界統計は、あえて季節調整をせずに季節性を加味しながら原数値を前年同月(期)比で読むのが一般的である。
ミクロのデータである業界統計は、受注でも生産でも、ある月に大きな大型案件が計上されるとその月の数字が大きくはね上がるなど、月毎に大きく変化することがあるため、たとえ季節調整を行い前月比で比較して読んだとしても傾向がはっきりと出て来て読みやすくなると言うものではない。むしろ、前年同月(期)比で読んだほうが素直に読める。少なくとも前年同月(期)比でみることにより季節変動を排除できるからである。
寄与度と寄与率
いくつかの構成項目からなる経済統計において、各構成項目の当年度(当期)の前年度(前期)に対する増減額が、当年度(当期)全体の前年度(前期)全体に対する増減額に対してどれだけ影響(寄与)しているかを求めることは経済分析上非常に重要である。要因分析が的確にできる、役に立つ分析道具である。
寄与度は、各構成項目の当年度(当期)の前年度(前期)に対する増減額を前年度(前期)全体の数値で割り、増減率を求めたものである。各構成項目の寄与度を合計すれば、当年度(当期)の前年度(前期)に対する増減率となる。寄与度計算は、GDP統計、貿易統計、企業物価指数、消費者物価指数等多くの指標でその統計数値の前年度(前期)に対する変化を説明する手段として使われる。
寄与率は、各構成項目の当年度(当期)の前年度(前期)に対する増減額を当年度(当期)全体の前年度(前期)全体に対する増減額で割り、それを100%表示したもの。各構成項目の寄与率を合計すれば100%になる。
表2により2018年の中国と米国の地域別輸出寄与度を求めてみると、2018年の日本の輸出総額の伸び率は前年比4.1%増で、中国向けの寄与度は1.3%と輸出のほぼ3分の1を占め、米国向けは0.5%で、両国向け輸出合計で1.8%と全体のほぼ半分を占めていることがわかる。
表2 日本の地域別輸出寄与度
中国向けの前年比伸び率は6.8%、米国向けは2.4%となっているが、寄与度計算をすることにより実際の貢献度がわかる。
近藤 正彦
◎中央大学 経済学部兼任講師〔元 三菱重工業(株)〕
◎専門:経済統計学、経済分析、日本経済論
キーワード:経済・産業の動き
表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館
表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。