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2020/1 Vol.123

表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館

表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。

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令と和の産学連携

多種多様な産学連携プロジェクトをどうまとめ上げるか? COI拠点研究リーダーのマネジメント手腕

10年後の目指すべき社会像を見据えたバックキャスト型の研究開発を国が支援する「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」が2013年度にスタートした。それから約7年、同プログラム拠点の一つである「活力ある生涯のためのLast 5Xイノベーション拠点(以下、Last 5X)」では、京都大学を中核機関として、大学と企業が専門分野・業種を超えて連携した研究開発を行い、社会実装を目指してきた。数あるCOIプログラムのなかでも同拠点は、多種多様な産学連携プロジェクトが並行して進められていることが特徴だ。プロジェクト期間が終了する2021年度に向け、現在は社会実装を目指す最終フェーズに入っている。複数のプロジェクトをどうまとめ上げ、形にしていくのだろうか。Last 5Xの研究リーダーを務める京都大学 小寺秀俊名誉教授(現 特定教授)のマネジメント手腕に迫る。(聞き手 周藤 瞳美)

約20の研究開発プロジェクトが同時にスタート

——まずはLast 5Xの概要について教えてください。

京都大学 小寺 秀俊 名誉教授(現 特定教授)

COIは、バックキャスティングで研究開発プロジェクトを実施し、イノベーションの創出を目指すプログラムです。京都大学では2011年頃に、大学の若手研究者や学生を中心とした100名程度の関係者を集めて、10年後のあるべき社会の姿や暮らしのあり方を議論しました。その議論で挙がったさまざまな意見を俯瞰的に見ると、「しなやかほっこり社会」という京都らしさを込めたキーワードでまとめられると考えました。人々が生涯にわたって尊厳を持ち、社会の一員として充実感を得ながら挑戦できるような社会を目指し、現在では、女性・子育ての支援、ヘルスケア、災害インフラという三つのテーマを軸に置いています。

「Last 5X」という言葉には、家庭での壁から5mのコードレス化、屋外における50mから5kmの見守り、遠く500km離れて暮らす家族・仲間との日常の共有を可能にすることで安心を提供したいという思いを込めています。例えば、皆さんが持っている鞄の中にはコードやバッテリーがたくさん入っていると思います。それは、情報やエネルギーが自分に届かなくなるという不安があるから。情報やエネルギーがコードレスで自由に伝わるようになれば、私たちの生活は安心でとても自由なものになります。Last 5Xでは、そうした世界の実現に向けて、複数の研究開発プロジェクトを同時並行で進めることにしました。スタート時には20ほどのプロジェクトが動いていましたね。プログラムのフェーズが進むにつれて取り組むべきテーマも変わるため、新たに立ち上げたプロジェクトもあります。早めに研究開発や技術移転が完了したプロジェクトもあれば、他のプロジェクトの予算が獲得できたために途中で終了したプロジェクトもあります。

強いマネジメントに必要なのはマインドセットやビジョンの共有

——Last 5Xには多くの企業も参画しています。こうした産学連携プロジェクトにおいては組織の壁のもどかしさがあると思うのですが、どうやってそこを乗り越えてきましたか。

そもそも企業によって壁の種類・高さ・大きさ・厚み・色……全てが違います。それは自治体も同様。さらに研究テーマによっても異なります。どうやったらこの壁を取り壊せるだろうと悩んだ結果、壊せない壁もある。正直、それで諦めている案件もあります。相手の企業や自治体とじっくり対話して、食い違いが起きている原因や相手の判断基準を地道に明らかにしていくしかありません。

例えば企業や自治体の場合は、現場の担当者の意見とトップの意見とが異なることがあります。それぞれの判断基準も違います。その齟齬を解決するためには、それはもう、いろんな手を尽くしますよ。トップ、ミドルマネジメント層、現場……すべての関係者と話し合いの場を設け、例えば現場から「トップが全て認めてくれさえすれば、自分たちでできる」という声があがったら、私たちがトップを説得しに行ったり、現場の人たちにトップの説得方法を伝えたり。それぞれの課題をどう解決していけばよいか、一つひとつ膝詰めで議論してきました。

——大学の研究者が産学連携プロジェクトに参画するというところにも壁があると思います。

大学の研究者のモチベーションは、「研究がしたい」「論文を書きたい」「学生を育てたい」。企業とは見ている方向が違います。しかしCOIプログラムの目的は、研究成果を事業化につなげること。私たちは社会実装を前提として、それに向けて必要な関係者を集めてチームを作り、各テーマの状態を見ながらダイナミックに動かしていく、というマネジメントを心がけていました。時には、ある研究者やある企業に終了してもらうという判断も必要になります。そうした、企業からも研究者からも恨みを買うようなマネジメントを行わなければならないのは一番しんどいですよね。

——プロジェクトから外れてもらうという判断のポイントはどこにあるのですか。

私も研究者ですから、自分の興味に基づいた研究を行いたいという研究者のマインドはよく理解しています。しかし、COIプログラムはあくまで研究成果を社会実装してイノベーションを創出することを目的としたものですから、目的達成に向けたベクトルが揃っていなければならない。複数の多様なプロジェクトを並行して進めているということもあり、それぞれが大きな一つのビジョンの達成に向けて動いているという意識と責任感がなければ、次のフェーズへは進めません。そうしたマインドセットやビジョンに対する考え方を理解して共有できている人たちにプロジェクトを続けてもらう必要があります。大学の研究者に関して言えば、自分の研究を社会の役に立てたいという意識の強い方のほうがこうしたプロジェクトには向いていると思います。

——さまざまな人たちがさまざまなテーマに取り組むなかでは、マインドセットやビジョンをうまく共有することは難しそうです。

本気で議論をしなければならないですよね。例えば、企業は自分たちの状態をオープンにすることを避ける傾向にあります。しかしこのプロジェクトにおいては、機密保持契約を結び、会議室の中では全てディスクローズしてアンダーワンルーフで議論していただく。そうして情報や意識を共有します。企業や研究者の意見を別々に聞くこともあります。時には叱咤激励もするし、リップサービスもする。さまざまな手段を使って意識を揃えていく必要があるんです。今でもすごくエネルギーを使っていますよ。

「純国産の復活」を目指す

——研究者や企業から恨みを買うような辛い役回りを担うには、強いモチベーションが必要だと思います。小寺先生はLast 5Xにどのような思いを持っていらっしゃるのですか。

最近、私たちの身の回りは海外製のサービスや商品で溢れていますよね。日本は良い技術を持っているのに、商品やサービスになって自分たちのところに戻ってきていないということです。こうした現状を打破すべく「純国産の復活」をやりたいんですよね。そこが一番のモチベーションです。日本の科学および産業界が成長してきたのは、材料からシステム、サービスまでを一気通貫で作ってくることができたから。でも今は日本の体力が落ちてきたために、それができなくなってしまっているんですよね。個々の体力は維持されていても、それを統合するための体力が落ちている。Last 5XではCOIという枠組みを活用することで、材料からデバイス、システム、サービスまでを全て純国産で担うモデルを実現したいと考えています。

——そのためにはCOIの終了後にも継続した取り組みが必要になると思います。今後の展望について教えてください。

社会実装までにはまだ時間の掛かりそうなテーマもありますので、それらをどうやってフォローしていくかは重要ですよね。大学の研究者と企業または企業同士が共創してオープンイノベーションに取り組んでいけるよう、COIが終了するまでにフレームワークを作り込んでいかなければならないと思います。そのためには、やはり一つの仕組みとして動いていくことが大切です。マネジメントオフィスを設け、そこが責任を持って後継プロジェクトを運用していく必要があるでしょう。そうした機能を大学の産学連携本部に頼ろうとすると難しいですが、京都大学の場合、学際融合教育研究推進センターという組織にLast 5Xのプロジェクトを推進するためのユニットが用意されています。現在は教員だけの組織ですが、企業からの参加もお願いしながら運営することで、企業からの資金の流れを作っていくことも重要だと考えています。

図 Last 5X拠点が目指す社会(ビジョン)

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