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2020/1 Vol.123

表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館

表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。

バックナンバー

特集 プロフェッショナルとしての技術者 -子供たちが夢見る職業か?-

大学・大学院における技術者教育(電気系の事例)

佐藤 之彦(千葉大学)

はじめに

本稿では、電気系の大学・大学院における技術者教育に関して、電気電子工学の専門分野としての特性を踏まえ、国内の標準的なカリキュラムの実態をもとに現状を概観する。さらに、今後の電気系の技術者教育において検討や対応が必要な事項について整理する。

本稿の内容に関連して、日本学術会議において、大学教育の分野別質保証に向けた教育課程編成上の分野別の参照基準が策定されている。その中の電気電子工学分野の参照基準(1)では、電気電子工学の学術分野としての特性や、学生が身につけることを目指すべき基本的知識・能力などについて取りまとめられている。本稿では、この参照基準で示されている考え方をベースに、現状の電気系のカリキュラムの典型例に考察を加えることで、議論を進める。

専門分野としての電気電子工学

電気電子工学の全体像と専門分野としての特性

電気電子工学は、現代社会のあらゆる場面で不可欠な「エネルギー」と「情報」を取り扱う対象とし、その手段を創出して提供する専門分野である。この手段の創出の理論的原点は物理学、中でも電磁気学であり、それを取り扱うための数学の役割も大きく、これらを専門分野の基礎としている。電気電子工学が取り扱う諸現象は微分方程式で記述されるが、その定常状態については複素数を、過渡状態についてはラプラス変換を用いた計算手法が広く用いられ、電磁気学現象を簡便に取り扱う体系が構築されている。

また、電気電子工学が提供する手段の中核には電気回路や電子回路(以下、まとめて「回路」という)があり、扱う対象がエネルギーであっても情報であっても、さまざまな種類、規模の回路がその中心的役割を担っている。回路は、半導体デバイスをはじめとしたさまざまな回路素子により構成されているが、これらは実用的な形態で目的とする機能を実現するために、電磁気学現象を限られた空間に閉じ込めて利用するものと見ることができる。一方、電気回路そのものは単独で実用に供されることはなく、さまざまな機器やシステムに組み込まれて、その機能の実現の中核部分を担っている。さらに、その機器やシステムは単独で用いられるものもあれば、電力系統や通信システムのようにさまざまなネットワークを構築して社会インフラの中核を担うことも多い。このような場面では、他の工学分野や工学以外の専門分野とも深く関わっている。

以上のように、電気電子工学は、電磁気学を基礎として、回路を中心とした実現手段に関して、その取り扱いや考え方の体系を構築している。一方、電気回路から応用面を見渡すと、民生分野から産業分野、社会インフラに至るまで広範に広がる応用分野とも連携した発展を見せている。このように、電気電子工学は、科学としての電磁気学から社会実装に至る重層的で幅広い内容を包含した専門分野を形成している。

電気系では学生に何を学ばせているのか

電気電子工学のカリキュラムの現状

前述のような電気電子工学の専門分野の特性を踏まえ、現状の一般的な学士課程のカリキュラムについて考える。図1は、一般的な電気電子工学分野の学士課程で提供される専門科目と、その標準的な開講学年の一例を示したものである。この図は、前述のように、電気電子工学において回路が実現手段の中心的役割を果たしていることを踏まえ、縦軸の最下段の区分には、「回路」を最上部として、その構成要素である「素子」と、さらにその原理に関わる「基礎理論」を下方向に整理した。また、中段には、回路を実現手段として、電気電子工学が扱う対象である「エネルギー」と「情報」に区分して応用に関連した授業科目を整理した。最上段には、電気電子工学に総合的に関与する科目を整理している。なお、図1における授業科目名は、取り扱う内容を直接的に示す一般化した名称で示している。

図1 電気電子工学分野における学士課程の一般的なカリキュラム例

 

電気電子工学の分野では、長年にわたって電磁気学と回路理論を最も基礎となる授業科目と位置づけており、最下段の区分では、これらの授業科目を最初に履修させることが一般的である。電磁気学については、前述のように電気電子工学全体の最も根底の理論的基礎を与えるものであると同時に、高等学校から学んでいる物理学との連続性の観点がその理由と考えられる。一方、回路理論については、電気電子工学の実現手段の中心であり、比較的簡単な数学的手段で取り扱え、理解が容易であることが理由と考えられる。さらに、回路を構成する素子に関しては、これらの次の段階で、量子力学や電気電子材料物性などを経て半導体工学へと学び進む。

また、応用に関する授業科目については、電気電子工学が扱う対象である「エネルギー」と「情報」のそれぞれに特化した回路などのハードウェアに関する授業科目や、応用に関する理論や実践を扱う授業科目が配置される。また、多くの大学の電気系の学科では、所定の科目の単位を取得することで電気主任技術者の資格を取得する際の学科試験が免除される認定を受けており、その要件を満たすための電気法規や電気機械設計に関する授業科目が開講されている。

電気電子工学に総合的に関わる授業科目としては、電気電子工学を学び進めるにあたり、その全体像を理解させるための入門科目が開講されるケースが多い。さらに、電気電子工学を学ぶ上で必要となる数学に関する科目や、シミュレーションや数値計算に関する科目も開講される。また、電気電子工学においても、実体験を伴った実践的な理解が重視されるため、かなりの時間を割いた実験科目が開講されることが一般的であり、その基礎を支える計測に関する科目も開講される。また、産業界に関する理解を深めるためのインターンシップや、電気電子工学関連の産業界の状況に関する授業科目が開講される。最後に、学士課程での専門分野での学修の集大成として、プロジェクト科目や卒業研究が設けられる。

また、大学院における教育は、学士課程のカリキュラムにおける基礎理論から応用に至る体系性の上に、教員の研究内容に関連深い授業科目が開講される傾向にあり、図1のような一般性のある体系図を描くことが難しいのが現状である。

今後に向けた電気電子工学分野の教育

今後さらに強化が必要な教育内容

以上で述べたように、電気電子工学における技術者教育は長年にわたる歴史の中でその体系性が確立されてきた。しかし、一方で、国際的に求められる技術者教育の要素(2)の観点からは、さらに強化が必要な点もある。そのひとつは、種々の制約の中で専門分野での知見を活かして解決策を生み出していくエンジニアリングデザインの観点からの教育である。この点については、プロジェクト型の授業科目などが広く行われるようになってきているが、全体への波及はまだ十分ではなく改善の余地が残される状況にある。さらに、分野横断的なチームワーク力を育成する教育も求められるようになってきているが、その対応もまだ十分とは言えない状況にある。前述のように、電気電子工学は他の専門分野との深い関わりの中で社会実装されており、専門性と関連づけた分野横断的なものの見方やチームワーク力の涵養は非常に重要な要素であるため、その強化を加速していく必要がある。

さらに、次代を担う若い人たちに電気電子工学の存在や重要性を理解してもらう多面的な取り組みを推進し、より多くの思いのある人材が電気電子工学を志す状況を作ることも重要である。

 


参考文献
(1)大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 電気電子工学分野,日本学術会議 電気電子工学委員会 電気電子工学分野の参照基準検討分科会,
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-h150729.pdf
(参照日 2019年10月21日)
(2) Graduate Attributes and Professional Competencies,International Engineering Alliance,
https://www.ieagreements.org/assets/Uploads/Documents/Policy/Graduate-Attributes-and-Professional-Competencies.pdf
(参照日 2019年10月21日)


<電気学会 会員>
佐藤 之彦
◎千葉大学大学院工学研究院 研究院長 教授
◎専門:パワーエレクトロニクス

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