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2020/1 Vol.123

表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館

表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。

バックナンバー

特集 プロフェッショナルとしての技術者 -子供たちが夢見る職業か?-

技術者は面白い!-女性にとっての職業選択肢-

川上 紀子〔東芝三菱電機産業システム(株)〕

はじめに

私は、大学では理工学部で物理学を専攻した。卒業後、電気機器メーカに就職し配属されたのは、パワーエレクトロニクス部というインフラ向けにパワーエレクロニクス(以下PEと略す)技術を応用した大容量電力変換装置を開発設計する部署で、大学の専攻とは関連しない技術分野であった。また、客先、関連部署、上司・同僚には女性の技術者がほとんどいなかった。そのような環境下で仕事を継続し、2000年に技術士(電気電子部門)、2008年に博士(工学)を取得し、2018年にアメリカに本部を置く世界的な電気電子分野の学会であるIEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc.)の最高会員グレードであるFellowに任命された。一般的にはハンディキャップと考えられている「異分野」、「女性」という課題について、私自身はそれを意識して特別な努力をしてきたわけではない。仕事をする上で当たり前の努力を積み重ね、目の前の仕事に自分なりに真摯に取り組んだ結果、自然に乗り越えていた、というのが実感である。このような私の経験を紹介することによって、女性の不安を払拭し、一人でも多くの女性が技術者を職業として選択し、そのキャリア形成を考える上での一助となれば幸いである。

パワーエレクトロニクス(PE)技術とは

私が従事しているPE技術について簡単に説明する。PEは、電力(パワー)を半導体デバイス(エレクトロニクス)で制御し、電気の形(電圧・電流・周波数)を変換する技術である。さまざまな機器の電化の進展に伴い、PE技術の適用範囲も拡大している。現在では、家電(エアコン、冷蔵庫など)、情報機器(パソコン、コンピュータなど)、自動車(ハイブリッド車、EV)などの身近な分野から、鉄道、産業用モータドライブ、データセンタの高信頼電源、太陽光・風力などの再生可能エネルギー、電力系統制御などのインフラにも広く適用されており、生活になくてはならない技術となっている。私の部署では、主に産業・インフラ向けにPE技術を応用した電力変換装置の開発・設計をしている。1台の装置で、一般家庭の契約電力の1千軒~10万軒分くらいの電力を扱う。

配属時の衝撃から立ち直る

私は、あらかじめ配属先部署と仕事がある程度決まった上で入社したのではなく、入社後に事業部レベルでの希望を出した上で、偶然、電力変換装置の開発・設計・製造をしている部署に配属された。PEという技術分野も聞いたことがなく、開発・設計部門がどのような仕事をするものかも、知らない状態であった。配属初日に、製造現場に案内された際は、見たこともない大きな装置の中で、作業服・ヘルメット・ごつい耐電靴を履いた人たちが働いていて、一つ上の女性の先輩が同じいでたちで、装置の奥からにっこりと笑いかけてくれた。きれいなオフィスでスーツを着て仕事をするもの、と漠然と考えていた私は、想像していなかった光景に、衝撃を受けたことを覚えている。

技術面でも、電磁気や物性は大学で学んでいたものの、電気回路理論は何も知らず、PE技術でキーとなるパワー半導体デバイスは、名前も回路図上のシンボルも知らない状態で仕事を始めた。何がわからないのかがわからず、最初は質問すらできない状況であった。

そのような中で、新しく開発する電源の動作シミュレーションをする、という仕事に取り組んだ。シミュレーションという仕事が、電気回路や制御回路の動作を自分のものとして把握する上でとても役立った。シミュレーション上では、パラメータの変更が簡単にでき、回路内の波形や、制御装置内の信号の動きも自由に観測できる。疑問があれば、回路内の各部の動きを確認でき、パラメータを変えた時の動きからその影響度を見ることでさらに理解が深められる。その際に、単に波形を出力するだけでなく、どうしてそのような波形になるのか自分で考えて答えを出していくことが重要である。

私の場合は、初期の技術的な勉強に、シミュレーションに携わったことがとても役立ったが、そのきっかけは人それぞれであると思う。どんな仕事であっても、自分で考えることで技術を自分のものとしていくことが重要である。

技術者は面白い!

私が、研究部門ではなく、製品開発・設計・製造部に配属されたことは前述のとおりである。この部門では、自分が開発・設計に携わった装置が、客先に納入され実際に稼働する。自分のアイデア、技術的な検討結果、自分で描いた図面により製品が完成し、それが実社会で稼働し貢献する、ということが大きなやりがいとなった。もちろん、稼働に至るまでには、当初考えたように動かない装置に四苦八苦しながら検討・設計変更する、さまざまなトラブルに遭遇してそれを解決する、納期とコストの制約の中で実使用に耐える信頼性を備えた製品に作り上げていく、などの苦労がある。そのような中で、自然に、現場でヘルメット・耐電靴・作業服を身に着けることを当たり前のこととして受け入れていた(図1)

図1 入社4年目開発した装置の前で

私が担当した製品では、最初のキーポイントが、電力系統に電力変換装置を接続して(系統連系)電力変換を開始する試験である。最初の系統連系試験は、いまでも最も緊張する瞬間である。問題なく装置が動いた時は一安心し、何らかの問題があった場合は、原因究明と対策の探求に向けて緊急に対応する。どちらにしても最終的には問題を解決し、その後の性能試験を経て製品として完成させ、客先で実稼働する。産業の客先の場合は、その製品製造ラインを、インフラ系の客先の場合は、そのインフラの一部を、開発した製品が支える。自分が携わった装置が実稼働し社会に貢献する、これが、私の技術者としてのやりがいの原点である。苦労が9割、喜びは一瞬という感じではあるが、製品が完成した時の喜びが、次の仕事の取り組みへの原動力になっている。

技術者としてのやりがいは、その部署によってさまざまであるが、社会に貢献する技術に携わる、という点は共通している。

自分の可能性を広げる学会活動

私は、現在、一般社団法人電気学会の産業応用部門の部門長を務めている (図2)。また、IEEEのPower Electronics Societyの最高意思決定機関であるAdministrative Committeeのメンバーも務めている。学会活動のきっかけは、会社の先輩から電気学会の調査専門委員会に誘われて委員として参加したことである。そこから、次の委員会、委員長、産業応用部門の役員会へ、と活動の範囲を広げてきた。

図2 2019年電気学会産業応用部門大会での挨拶

 

実際のところ、これらの活動はボランティアで、出張などの必要経費は会社で負担してもらえるものの、通常の会社の業務に加えて時間を費やす場合も多い。個人の経済性だけを考えると、見合っていないかもしれない。しかし、私は、学会などの活動に二つの意味を感じている。一つは、学会は、国の技術面におけるファンダメンタルズの一つであり、それを支えることはその分野の技術で生きているものの義務である、という点である。もう一つは、個人的なもので、仕事だけでは出会えない人たちと出会え、直接的な利害関係なく技術的な意見を交換でき、技術的にも人間関係的にも世界が広がり、純粋に楽しい、という点である。

学会活動にどう取り組むかは、会社の方針もあるし、個人の価値観による部分もあると思われる。しかし、多くの情報や貴重な出会いがそこにあることは確かで、積極的に取り組めば、多くのものを得られるはずである。

女性の職業選択肢としての技術者

技術者の仕事は何であろう。いろいろな技術課題や要求を解決し、新しい価値ある製品・機能を世の中に提供することである、と私は考える。仕事の評価は、純粋にその製品・機能に対して行われ、そこに性別のファクターは加味されない。

家事・育児においては、まだまだ、女性の負担の方が大きい傾向にあると思う。開発・設計はチームで仕事をするが、ファイル・データの共有ができれば、遠隔(家、サテライトオフィス)での作業も可能である。対面しなければできない仕事の割合が比較的少ない。その意味でワーク・ライフバランスを取るための環境整備がしやすいと言える。これは女性に限らず、男性にとっても同じ恩恵が得られる。

技術者という職業は、女性にとって(男性にとっても)なかなか魅力的な選択肢ではないであろうか。

おわりに

「異分野」「女性」という課題を特に意識しないで、仕事をして来られたことは、客先、上司、同僚に恵まれていたことも大きな要素であると感謝している。

今、目の前にあるやるべき仕事に、誠意をもって、真摯に取り組むことが、自然にいろいろな課題を乗り越える秘訣のひとつであろうと考えている。


<電気学会 会員>
川上 紀子
◎東芝三菱電機産業システム(株)パワーエレクトロニクスシステム事業部 技監、博士(工学)、IEEE フェロー 技術士(電気電子部門)
◎専門:電気工学、パワーエレクトロニクス

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