特集 プロフェッショナルとしての技術者 -子供たちが夢見る職業か?-
日本の技術士
緒言
戦後の日本の技術に関して、自動車産業と航空宇宙産業、半導体産業を中心に現状を述べた後、日本の技術士を紹介し、他国の技術者資格と比較しその特徴を述べる。最後に少ない経験ではあるが、技術士・博士としての活動事例を紹介した後、結言を述べる。
日本の技術
輸送機器の主軸である自動車産業での2018年度世界シェアは、VW(1083万台)、ルノー連合(ルノー・日産・三菱自)(1075万台)に続きトヨタ自動車(1059万台)が3位、ホンダ技研が8位(1)と、上位の多くが日本企業であり、その根拠は高い生産性と品質管理にある。2011年の東日本大震災による機能不全が世界に波及し、ドイツ自動車メーカも生産停止に追い込まれるほどに、日本の自動車産業の市場支配力は当面維持できるが、家電化する自動車の将来は産業内の異分野融合に依存するであろう。
一方、国産航空機の復活が話題の航空宇宙産業においても、国際共同開発の好例であるボーイング社旅客機の製造における日本の担当割合がB767の15%、B777の21%、B787の35%と伸びており、我が国の技術力が高く評価されている証である。また、国防自前化を前提とした、欧米を凌駕する性能も備えたステルス戦闘機(2)も開発され、トランプ米大統領も乗艦したヘリ専用護衛艦「かが」(3)も実践配備されるなど、航空宇宙関連機器の開発は、国家間の政治動向に今後も大きく依存していくであろう。
また、かつて1980年代にJapan as No.1と言わしめた半導体産業も自動車産業に続く我が国が誇る技術である。1970年代から今日に至るまでの半導体産業における日米間競争を図1に整理した。IBM高集積メモリを目標とした我が国の「超LSI共同研究所」の発足(4)が競争の発端となり、米国も規制緩和・産業政策の一環で現在も強力なコンソーシアムを持つ公的機関「SEMATECH」を設立した。欧州でも1984年に共同研究を目的とした公的機関「IMEC」を発足させたが、国境は設けておらず今でも日本の有力企業の参画が継続している。半導体製造装置の中でも最先端技術の結晶であり、高生産性(ウェハ処理能力)と高密度(パターン線幅)を高次元で両立する「半導体露光装置」のメーカは、我が国2社(キヤノンとニコン)のほかに欧州オランダ1社(ASML)があり、地元の大学や先の公的機関「IMEC」との産学官連携により市場シェアを伸ばしつつある。
図1 日米半導体競争
戦後急成長を遂げた自動車産業や、戦後復活を夢見る航空宇宙産業、そして敗柳残花な半導体産業の現在に至る経緯概略を述べた。我が国は、これまでの主力産業のほかに、水素・太陽光蓄積利用によるエネルギー産業(機器とサービスの融合)や、遺伝子治療や介護支援ロボットによる医療・福祉産業(工学と医学の融合)などの新たな産業への進出も積極的である。つまり、今後の日本の産業・技術の発展・創造には、専門分野の知識・経験は当然ながら、工学内異分野である、機械工学と電気工学、機械工学と原子力工学との融合や、工学外異分野である、工学と医学、工学と法学、さらには工学と経済学・政治学との協調が必要となるであろう。加えて、我が国がこれまで苦手だった、「産官学連携」「国際連携」や市場支配力の源泉となり得る「標準化戦略」も積極的に取り入れていく必要がある。技術士部門の最上位にある「総合技術監理部門(略称:総監部門)」は、組織内の相反する利益・利害の俯瞰的最適化だけでなく、社会的規範や国際的ルールを包括した倫理観や国際的視点が要求されており、専門部門は勿論必要な上に、今後我が国の技術の発展に欠かせない技術士部門である。
日本の技術士
概要
技術士とは、「科学技術に関する技術的専門知識と高等の応用能力および豊富な実務経験を有し、公益を確保するため、高い技術者倫理を備えた優れた技術者」と文部科学省で定義されている。その起源は、第二次世界大戦後の荒廃した日本の復興に尽力し、世界平和に貢献する「社会的責任をもって活動できる権威ある技術者」の切望にあった。国際的視野に立って公正かつ誠実に行動するための、遵守すべき倫理要領が日本技術士会ホームページ(5)に定められているので参考にして頂きたい。
特徴
表1に米国PE、英国CEと我が国の技術士との資格比較(6)を示す。米国PEは資格維持のため更新手続きが必要であるが、日本では資格取得のための実務経験が必要である。表記を省略したが、参考までに合格率(1998年度)は技術士16%、米国PE35%、英国CE65%であった。登録者総数と合格率とから、日本の技術士試験の難易度が米国PEより高いものと推測される。この技術者資格は、医師や弁護士のような業務独占ではなく名称独占であること、つまり資格がなくても技術業務が行える特徴がある。ただし、昨今の度重なる不祥事の是正や分析・判定には、倫理的問題を多く扱った経験者が不可欠であるとの要望から、技術士を業務独占にすべきとの声を特に最近聞くようになり(7)、他国よりも基礎知識(筆記試験)と経験(資格条件と面接)を重視する我が国の技術士に与えて然るべきかと考える。
表1 技術士と海外の技術者資格との比較
活動事例
私は技術士・博士共同出版研究会(代表:高橋 政治氏)に属し、以前に共同出版した書籍(8)の中で、「技術コンサルタント体験記」なる連載ものを執筆した。活動事例のいくつかは同書に記載しており、本稿では、それ以外のユニークかつ意義のある活動を紹介する。
1) JABEE(一般社団法人 日本技術者教育認定機構)審査活動
大学卒業生が国内外の実社会で、「実践力を備えた優良な技術者」として活躍できるよう、在学中の学生に対する大学側のJABEE認定教育実効性を、他の大学教授や技術士と共に、書面審査および実地審査する活動である。企業だけに属していては決して体感できない、大学教授との連携や、大学教育のカリキュラム判定など貴重な経験をさせて頂いた。これまで審査した2校はとてもJABEEプログラムに熱心であり、事前準備も怠りなく予定よりも少ない日数で審査を終え、結果も良判定であった記憶がある。
2)NIER(国立教育政策研究所)による大学教育のグローバル質保証のためのテスト問題バンク委員活動
大学卒業生が国内外の実社会で、「倫理観を備えた優秀な技術者」として活躍できるよう、全国の大学教授および技術士が共同でテスト問題を作成・採点・共有し、学修結果を共通理解し改善していく活動である。知識よりも考え力を高い精度で測定できるような問題を目指し学生の質向上を図る。
3)ピンポイントアドバイザ
一般企業や研究機関から、例えば、微細加工や位置決め計測の技術とトレンドを知りたいという問合せを仲介業者経由で受ける。案件に対する知識・経験を持ち合わせている場合は、先方の会社に直接出向いて1時間程度の会合を開くこともあれば、単に電話で30分程度の会話で済すこともあり、概ね満足して頂いている。
結言
日本の技術および技術士の特徴を述べ、活動事例を一部紹介した。サービス産業やことづくりが次世代ビジネスになると持て囃されており、GEのエンジン診断サービス(9)といった新しいビジネスモデルも胎動しているが、産業の根幹は“ハードウェア”、つまりものづくりにあると考える。これからも技術士の活躍を期待する。
参考文献
(1) 日本経済新聞, 2018年度世界販売台数, 2019.1.30.
(2)産業経済新聞, 【軍事ワールド】見えてきた次期国産戦闘機F-3「ここまで“出来て”いる」, 2019.1.8.
(3)毎日新聞, 政治一般, 「トランプ大統領 空母化予定の海自護衛艦「かが」乗艦」, 2019.5.8.
(4)垂井康夫, 世界をリードする半導体共同研究プロジェクト, 工業調査会, 2008.12.10.
(5)https://www.engineer.or.jp/c_topics/000/000025.html
(6)公益社団法人 日本技術士会, 技術士制度改革について(提言)「最終報告」, 2019.5.8.
(7)https://www.engineer.or.jp/topics/kaizen/chap1.html
(8)技術士・博士共同出版研究会, 技術士・博士から技術者・研究者への提案, 2015(第1号), 2016(第2号).
(9)みずほ銀行, 米国のイノベーション創出力-GE エンジン事業にみるイノベーション戦略, みずほ産業調査, Vol.45.
<正員>
田中 慶一
◎アプライド マテリアルズ ジャパン(株) 川崎オフィス 代表、博士(工学)、技術士(機械、総監)
キーワード:プロフェッショナルとしての技術者特集
表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館
表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。