特集 プロフェッショナルとしての技術者 -子供たちが夢見る職業か?-
米国のプロフェッショナル・エンジニア(P.E.)制度
米国PEとは
筆者の勤務先が関与する米国事業では、建築物や公共インフラストラクチャの工事図面や仕様書等にProfessional Engineerと書かれたスタンプが押されていることがよくある。このスタンプにはエンジニアの実名が現れており、そのエンジニアが図面や仕様書に関する最終責任を負うことを明示するものである(図1)(1)。
図1 PEスタンプが押された図面のイメージ
これが米国のプロフェッショナル・エンジニア(P.E.)制度であり、2018年時点で約49万人が各州でPE登録を行っている(2)。米国のエンジニア人口は現在170万人であるため(3)、その3割がPE登録を行っていることとなる。技術分野別では、機械(Mechanical)は土木(Civil)に次いでPE登録者が多い。
州PE法の概要
米国の各州は、PE法を持っており(4)、その目的は「公共の安全、衛生、福利を守るため、エンジニアリングを行う特権はPE登録した個人にのみ与える」といったことである。また、「エンジニアリング」を「数学や科学の原理を応用して、創造的なサービスを提供すること」と定義している。
PE登録者は、知識と経験を裏付けにしてスタンプのある図面等を発行するほか、自治体や企業へのコンサルティング、公共的な工事の監督、あるいは法廷での鑑定証言といった幅広い業務を行っている(5)。
19世紀半ば以降、新たな技術を多数生み出してきた米国は、一方で多くの技術事故、事件を生んできた歴史も持つ。PE法は各州における事故などを教訓として1907年から1950年まで40年以上の時間をかけて各州に普及した。全米で最初にPE法が成立したワイオミング州では水灌漑(かんがい)を考慮した土地の測量が行われるよう土木エンジニアと測量士を州が認定する者に限るとした。カリフォルニア州ではダム決壊事故、テキサス州では小学校でのガス爆発事故がPE 法成立の直接の契機となった(6)。各州PE登録者の総数は1937年の4万人から80年間で10倍以上に増えている(2)。
米国では“Engineer”という職種と“Drafter, Technician”という職種とを区別しており(3)(7)、“Engineer”は医師や弁護士などとも比肩し得るProfessional(専門職)であるとみなされている。
技術規格と倫理規程を重視
技術的な図面へのスタンピングを合理的に行うためには、社会的に認められた技術規格の裏付けが必要となる。米国にはASME圧力容器コード、ASCE土木コード、IEEE電気コードなど世界的に認められた規格が多数あり、これらの策定には大学教授だけでなくPE登録を持つ実務者(Practitioner)も多く参画している。
輸出工事の多くで米国流のプロジェクトマネジメントが適用されるが、その世界的標準であるPMBOK®Guideの策定にはPE登録者も関与している。
スタンプ付図面の発行は多くの利害関係者(Stakeholder)との事前調整も必要とし、そのための行動規範が各州PE法や関係団体の倫理規程(Code of Ethics)として定められている。これらの倫理規程に共通する原則は「エンジニアリングにより公共の安全、衛生、福利を守る」ことである。
筆者は、2007年にオレゴン州PE登録を行い、NSPE(全米プロフェッショナル・エンジニア協会)(8)の会員ともなっているが、参加した年次総会においては出席者全員で“Engineer’s Creed”(エンジニアの誓い)を唱和する。技術規格や倫理規程を重視することは、PE登録者個人へ専門職責任保険が適用される要件でもある。
西欧共通の“Engineer”概念を受け継ぐPE制度
英語の“Engineer”はラテン語の“Ingeniare”を語源とし、少なくとも中世から続く西欧各国共通の職種概念である。産業革命が起こるまで、“Engineer”は武器や城塞を造る軍事技師という意味に限定されていたが、18世紀末の英国において民間インフラも造る“Civil Engineer”へと拡大され、次第に社会に欠かせない専門職であるという認識が定着していった(9)。そして英国では、分野別エンジニア協会を国王が勅許(ちょっきょ)する形で各協会所属のエンジニアが一定の公共的な役割を担うこととなった。
英国から独立した米国でも、当初分野別エンジニア協会を基盤とする全米共通職業資格の確立が模索されたが、米国憲法が連邦政府の権限を制限していることもあり、各州にPE法を普及させるという流れとなった(10)。
こうした経緯からPE制度を支える米国の諸団体には、州基盤、全米横通し基盤という二つのタイプがある(図2)。ABETは、全米共通資格が模索されていた1932年にECPD(全米専門職発展協議会)という名称で設立され、NCEES及びNSPEは各州基盤の団体を横通しする役割を担って発展してきた。毎年2月22日を含む週はEngineer Weekとされ、米国各地で子供たちとPEとが触れ合い、中高生による“MathCount”(数学コンテスト)も行われる。2月22日は測量士及びエンジニアであった初代大統領ワシントンの誕生日である。
図2 PE制度を支える米国の諸機関・団体
日本国内のPE登録者
PEはあくまで米国各州の制度であり、PE登録のためにはABET認定又は相当学科の修了/ FE試験とPE試験の合格/ 4年以上の発展的実務経験及びそれを証言するPE登録者等5名の確保/米国社会保障番号(SSN)の保有/各州へ居住していることといった要件が課される。
しかし州によっては、SSN保有や居住の要件を緩和し、諸外国のエンジニアをPE登録者として受け入れるところがある。日本はこうした諸外国の先駆けとして1994年からオレゴン州ボード(Osbeels)主催のFE、PE受験を東京で行うようになった。主催がNCEES(米国技術測量業試験協議会)とJPEC(日本PE・FE試験協議会)とに代わり現在に至っている。
JPEC集計によれば、これまでに約5,000人のFE合格者、約1,000人のPE合格者が日本試験により生まれている(11)。筆者が所属する日本プロフェッショナルエンジニア協会(JSPE)には上記PE合格者のうち、約200名が加入しており、後進エンジニアへのPE登録助言やPE登録の定期更新に必要なCPDセミナー機会などを提供している(図3)(12)。
図3 日本人エンジニアがPE登録する場合の流れ
米国PEと日本の技術士との間には現時点で相互承認制度が無く、PE登録者が国内でPEスタンプを押すという明示的な業務を行うことは殆ど無い。しかし、輸出工事では米国以外の国においてもPE制度が認識されていることが多く、日米双方の制度に通じたPE登録者が橋渡し役となり、業務の円滑化などに貢献している。
日本でのFE受験が開始された1994年は、新たに制定される製造物責任法(PL法)成立へ対応できる人材確保などが受験を奨励する企業、大学の動機となっていた。現在は、国内での国際的プロジェクト人材確保といった動機も加わっているようである。
まとめ
PE制度はあくまで米国各州の制度でありながら、現在日本、韓国を含む九つの国でもFE、PE受験が行える(2)。
日本と米国との間では過去160年以上にわたって、多くの技術交換、技術者/エンジニアの交流が行われてきた。技術者/エンジニアの資格制度についても、終戦直後や1990年代に制度の導入や相互承認などが模索された(13)(14)。
このレポートが米国のエンジニア制度の現状を知って頂く一助となり、ひいては、若い人たちがエンジニアや技術者になりたいという動機付けになるのであれば幸いである。
参考文献
(1) Proper Use of Texas Professional Seals, (2009).
(2) NCEES Squared 2018 , https://ncees.org/about/publications/
(3) 米国労働統計局職業雇用統計, https://www.bls.gov/oes/
(4) 例えば Texas Engineering Practice Act.
(5) Career Success in Engineering, B.R. Berson and D.E. Benner, (2007), Kaplan AEC Education.
(6) 100 years of PE, NSPE Magazine, (2007-6).
(7) 大橋秀雄, 工学者と技術者,第24回混相流シンポジウム, (2005-8).
(8) https://www.nspe.org/
(9) 三輪修三, 工学の歴史-機械工学を中心に, (2012), ちくま学芸文庫.
(10) Professional Engineering Organizations, B.Newberry, (2015).
(11) https://www.jpec2002.org/exam/data.html
(12) https://www.jspe.org/jspe-summary/
(13) 夏目賢一, 初期の日本技術士会における二つの倫理規程,技術と文明, Vol.19, No.1(2013), pp.1-20.
(14) 夏目賢一, 1990年代における技術士の国際整合性問題と技術者倫理, 技術と文明,Vol.19, No.2 (2014), pp.17-42.
<正員>
川村 武也
◎三菱重工エンジニアリング(株)勤務
日本プロフェッショナルエンジニア協会会員(前会長)、米国オレゴン州PE(Mechanical)、米国PMP、NSPE会員、JABEE国際委員
◎現業務:輸出交通システムの社内技術基準策定
◎連絡先:takeya_kawamura@mhieng.mhi.co.jp
キーワード:プロフェッショナルとしての技術者特集
表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館
表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。