特集 プロフェッショナルとしての技術者 -子供たちが夢見る職業か?-
技術者のキャリア形成と資格制度
はじめに
日本機械学会の英文名はThe Japan Society of Mechanical Engineersであり、意味としては、機械技術者協会である。本会創立の提唱者である眞野文二は、英国を訪問した際にInstitution of Mechanical Engineers(IMechE)の権威と会員(優れた技術者の証)であることが、学位以上の尊敬を与えられていることに驚嘆したとされている。本会の設立に当たってIMechEにならって英文名は機械技術者協会としたものの、我が国の状況を反映して和文名は機械学会としたものと推察される。
技術者を国語辞書で引くと、「職業として特殊な技術を身につけている人」(新明解国語辞典)あるいは「技術を役立てることを職業とする人」(大辞林)などの説明がある。一般には、自然科学や工学に立脚しない職業においても、スキルを持つものを技術者と呼んでいる。一方、国際的には国際エンジニアリング連合(International Engineering Alliance: IEA)(1)においては、技術的な業務を担う人材をエンジニア、テクノロジスト、テクニシャンの三つに区分している。それぞれの要求される職業能力の違いに応じて教育期間や内容、到達目標が異なっている。本稿では、技術を担う者のなかで、高度な工学系の科学知識と応用能力のもとに企画・開発・設計力が求められる技術者として位置付けられるエンジニアを対象とする。そのような技術者の定義をコラム1に示す(2)。
コラム1 高度専門職としての技術者の定義(日本技術者教育認定機構JABEE(2)による定義)
技術者とは技術業に携わる専門職業人
・技術業とは、数理科学、自然科学および人工科学等の知識を駆使し、社会や環境に対する影響を予見しながら資源と自然力を経済的に活用し、人類の利益と安全に貢献するハードウエア・ソフトウエアの人工物やシステムを研究・開発・製造・運用・維持する専門職業。 ・専門職業(profession)とは、社会が必要としている特定の業務に関して、高度な知識と実務経験に基づいて専門的なサービスを提供するとともに、社会の要請に応える倫理規範を備えている職業。単なる職業(occupation)とは区別される。 |
そのような者に対して、諸外国では、下記のような名称で技術者資格が認定されている。
-米国:PE(Professional Engineer)
-英連邦:CEng(Chartered Engineer)
-欧州:EurIng(European Engineer)
-豪州:CPEng(Chartered Professional Engineer)
-カナダ:PEng(Professional Engineer)
我が国では技術士がこれらに相当する資格となっている。技術士は、技術士法により「科学技術に関する技術的専門知識と高等な応用能力および豊富な実務経験を有し、公益を確保するため、高い技術者倫理を備えた技術者」であることを認められた者に与えられる名称独占資格で、技術者にとって最も権威のある国家資格と位置付けられている(3)。
技術者資格に関する国際的枠組み(2)(3)
国際エンジニアリング連合は、2001年に結成された国際的な組織で、エンジニアリング教育認定に関する3協定(Washington Accord、Sydney Accord、Dublin Accord)と専門職資格認定の4枠組(IPEA、APEC Engineer、IETA、AIET)によって構成されている。IEAは高等教育機関における教育の質保証・国際的同等性の確保と、専門職資格の質の確保・国際流動化は同一線上のテーマであるという観点のもとで運営されている(図1)。
図1 国際エンジニアリング連合の枠組み(2)
我が国は、教育認定についてはワシントン協定に日本技術者教育認定機構(JABEE)が、技術者資格に関しては、技術士教育会がAPECエンジニアとInternational Professional Engineer Agreement(IPEA)の枠組みに加盟している。図2は、技術者資格の相互認証制度のモデルを示したものである。IEAはこのような制度が各国で整備され、技術者が、その持つ能力の認定を公的に受けて、それが国際的に通用する形で、国境を越えて活躍できるようにすることを目指している。このような枠組みが機能していくためには、(1)高等教育課程の認定、(2)初期能力開発(Initial Professional Development、IPD)、(3)技術者資格の認定、および(4)継続研鑽(Continuing Professional Development、CPD)の仕組みを整備することが必要となる。
図2 技術者資格の相互認証制度モデル
図3は、この枠組みで想定する技術者(エンジニア)の成長モデルである。すなわち、まず、認定基準に適合した高等教育プログラムを学修することで、修了生に求められる資質能力(Graduate Attributes、GA)を身につけて技術者としてスタートする段階、続いて、実務による経験とIPDによる研鑽を行うことで技術者に求められる高度専門職としての能力(Professional Competencies、 PC)を身につけて、技術者資格を獲得する段階、その後は、継続研鑽を行いつつ技術者として活躍する段階、で構成される。国際的な同等性の確保の観点からは、卒業生としての知識・能力(GA)と専門職としての知識・能力(PC)の内容・水準を合わせることが相互認証の要件となる。
図3 技術者の成長モデル(2)
IEAではエンジニア、テクノロジストとテクニシャンに対してGAとPCを提示している。その中で、エンジニアについては、複合的(Complex)なエンジニアリング問題に対しての解決能力が要となっている。テクノロジストは大まかに示された(Broadly-defined)問題、テクニシャンは明確に示された(Well-defined)問題への解決能力を求めるといった違いがある。IEAの加盟団体はGA、PCを模範にして教育認定ならびに技術者資格の認定を行うことが義務付けられている。高等教育に関しては日本技術者教育認定機構によりコラム2のような基準が国際的に適合する形で定められている。
コラム2 卒業生として身に付ける知識・能力観点(日本技術者教育認定機構JABEE(2)による基準)
(a)地球的視点から多面的に物事を考える能力とその素養 (b)技術が社会や自然に及ぼす影響や効果、及び技術者の社会に対する貢献と責任に関する理解 (c)数学、自然科学及び情報技術に関する知識とそれらを応用する能力 (d)当該分野において必要とされる専門的知識とそれらを応用する能力 (e)種々の科学、技術及び情報を活用して社会の要求を解決するためのデザイン能力 (f) 論理的な記述力、口頭発表力、討議等のコミュニケーション能力 (g)自主的、継続的に学習する能力 (h)与えられた制約の下で計画的に仕事を進め、まとめる能力 (i) チームで仕事をするための能力 |
技術士法は「社会的責任をもつて活動できる権威ある技術者」を確保するために1957年に制定され、その後、1983年と2000年の2回にわたって大幅な改正が行われた。特に2000年の改正では、APECエンジニアやIPEA国際エンジニアに代表される国際的な技術者登録制度と技術士資格の同等性を確保するとともに、質が高く十分な技術者を育成・確保することに重点が置かれた。また、JABEE認定課程の修了生の第一次試験免除も導入された。現行の技術士の資格獲得までの仕組みを図4に示す。技術士試験は第1次試験と第2次試験とで構成されている。技術士資格の国際通用性を担保する観点からは、それぞれの試験は、GAあるいはPC獲得の確認を行うものであることが求められる。図4には、このことを付記している。このような観点から、技術士試験の内容の見直しをしていくことが求められている。2019年の第2次試験の改定にはこのような背景がある。
図4 技術士資格取得までのしくみ(3)
技術者に求められる資質能力(4)
技術士に求められる資質能力(コンピテンシー)としてコラム3のような内容のものが定められている。これらは技術士であれば最低限備えるべき資質能力であるという意味を持っているが、IEAのPCを踏まえて制定されたものであることから、国際的に専門職としての技術者(エンジニア)に求められるものとの同等性がある。したがって、このような資質能力を身に付けた技術者は、国際的に通用する技術者であるということがいえる。技術の進展とともに、技術者に求められる資質能力が高度化、多様化し、技術分野ごとの専門的な業務の性格・内容、業務上の立場もさまざまであるものの、ここに示された資質能力には共通性・普遍性があり、これらを身に付けた技術者は「実務経験に基づく専門的学識および高等の専門的応用能力を有し、かつ、豊かな創造性を持って複合的な問題を明確にして解決できる技術者(技術士)」としての活躍が期待される。このようなことから、若い人達が技術士資格の獲得を通じて技術者としてのキャリア形成がなされることが期待される。一方で、そのためには我が国の技術士制度がそのような期待に叶うシステムとなっていることも求められる。
コラム3 技術士に求められる資質能力(4)
専門的学識 ・技術士が専門とする技術分野(技術部門)の業務に必要な、技術部門全般にわたる専門知識及び選択科目に関する専門知識を理解し応用すること。 ・技術士の業務に必要な、我が国固有の法令等の制度及び社会・自然条件等に関する専門知識を理解し応用すること。問題解決 ・業務遂行上直面する複合的な問題に対して、これらの内容を明確にし、調査し、これらの背景に潜在する問題発生要因や制約要因を抽出し分析すること。 ・複合的な問題に関して、相反する要求事項(必要性、機能性、技術的実現性、安全性、経済性等)、それらによって及ぼされる影響の重要度を考慮した上で、複数の選択肢を提起し、これらを踏まえた解決策を合理的に提案し、又は改善すること。マネジメント ・業務の計画・実行・検証・是正(変更)等の過程において、品質、コスト、納期及び生産性とリスク対応に関する要求事項、又は成果物(製品、システム、施設、プロジェクト、サービス等)に係る要求事項の特性(必要性、機能性、技術的実現性、安全性、経済性等)を満たすことを目的として、人員・設備・金銭・情報等の資源を配分すること。 評価 ・業務遂行上の各段階における結果、最終的に得られる成果やその波及効果を評価し、次段階や別の業務の改善に資すること。コミュニケーション ・業務履行上、口頭や文書等の方法を通じて、雇用者、上司や同僚、クライアントやユーザー等多様な関係者との間で、明確かつ効果的な意思疎通を行うこと。 ・海外における業務に携わる際は、一定の語学力による業務上必要な意思疎通に加え、現地の社会的文化的多様性を理解し関係者との間で可能な限り協調すること。リーダーシップ ・業務遂行にあたり、明確なデザインと現場感覚を持ち、多様な関係者の利害等を調整し取りまとめることに努めること。 ・海外における業務に携わる際は、多様な価値観や能力を有する現地関係者とともに、プロジェクト等の事業や業務の遂行に努めること。技術者倫理 ・業務遂行にあたり、公衆の安全、健康及び福利を最優先に考慮した上で、社会、文化及び環境に対する影響を予見し、地球環境の保全等、次世代に渡る社会の持続性の確保に努め、技術士としての使命、社会的地位及び職責を自覚し、倫理的に行動すること。 ・業務履行上、関係法令等の制度が求めている事項を遵守すること。 ・業務履行上行う決定に際して、自らの業務及び責任の範囲を明確にし、これらの責任を負うこと。 |
技術者のキャリア形成スキーム
技術士資格の獲得と技術者のキャリア形成を結びつけるものとしてコラム4のような例示がなされている。この技術者キャリア形成スキーム(コアスキーム)は、技術者の生涯を通じたキャリアパスの観点から、技術者の段階(ステージ)に応じた共通的な資質能力など(コアコンピテンシー)について例示することを目的に作成されたものである。詳細については、元の資料(4)を参照されたいが、技術者キャリア形成をステージ1からステージ5の5段階に区分している。そのなかで、ステージ3を、技術士などの専門職としての資格を獲得し、自立した技術者としての活動がスタートする段階として位置付けている。
コラム4 技術者キャリア形成スキーム(コアスキーム)の例示(要点を筆者がまとめたもの)(4)
ステージ1(技術者としてスタートする段階) 高等教育機関を卒業した時点で、専門の技術分野に関して一定の基礎的学識を有し、技術者としてのキャリアをスタートする段階。IEAの「卒業生として身に付けるべき知識・能力」を満たす段階ステージ2(初期能力開発を行う段階) 技術士(プロフェッショナルエンジニア)となるための初期能力開発を行う期間。基礎的学識に加え、実務経験、自己研さんを通じて専門職としての資質能力を備えるための段階。期間としては、4~7年程度の経験を積んだ上で技術士資格の取得を目指すことが望ましい。ステージ3(技術士となる段階) 専門の技術分野に関して専門的学識及び高等の専門的応用能力を有し、かつ、豊かな創造性を持って複合的な問題を発見して解決できる技術者として、この段階で、技術士資格を取得する。ステージ4(資質能力を向上させる段階)ステージ5(トップレベルの技術者として活躍する段階) 技術士資格の取得後、継続研さんや実務経験を通じて技術士としての資質能力を向上させ、自己の判断で業務を遂行することができる段階。国内のみならず国際的にも通用する技術者となる段階。トップレベルの技術者となる段階。 |
技術者のキャリア形成にはさまざまな形態があるが、このようなものを例示することは意義があると考える。特に、技術者の働き方はさまざまであることもあって、技術者(エンジニア)のキャリア形成が見え難くなっているように思われる。技術者(エンジニア)が次世代の人達が目指す専門職として良い目標となるためには、このような例示をさまざまに充実させていくことが望まれる。
むすび
我が国の技術者の国際的競争力を強化する方策として、大学教育の質を高めることはいうまでもないが、技術者の能力の水準を公的に保証することが重要であろう。海外では、プロフェッショナルエンジニアや国際エンジニアの資格保有者が格段に多く、また、平均的に30歳代で資格を取得している。技術者資格の国際的標準化は、工業分野において技術・規格の標準化が国際的な競争において重要なのと同様である。その意味で、我が国の技術士などの技術者資格制度の国際的通用性を高めることは必須である。専門職としてのエンジニアは「何ができるのか」を明確化し、我が国のエンジニアリング資格を国際的に競争力のあるものに高めていくことが求められる。
経済活動のグローバル化に伴って人々の国境を越えた移動が活発化しており、エンジニアリング分野では国境を越えた企業活動は日常的なものとなっている。資源に乏しい我が国は科学技術立国として、優れた技術者を育成し、その持つ能力を発揮できる社会を形成し、世界に先駆けてイノベーションを起こしていくことが求められている。我が国の将来を担う次世代の技術者達のために、産官学の英知を結集して、技術者人材の国際的競争力の向上に取り組んでいくことが望まれる。
コラム5は2019 年2月12日に制定された「日本機械学会ステートメント」である。2017年に本会が創立120 周年を迎えたことを契機に、新生「日本機械学会」としての本会のあり方について議論するなかで、本会のあり方について会員が共有できる包括的な文書を定めることへの機運が高まった。本ステートメントは、広く会員の意見を徴することを通じて定められたものである。作成に携わった著者の個人的な感慨としては、創立時に本会が技術に誇りを持つ者の集まりとなることを目指したことに繋がるステートメントを作成できたことである。本稿のなかで、卒業生として身に付ける知識・能力や技術士に求められる資質能力について触れたが、本ステートメントに示されている内容は、さらに、それを越えて技術者が目指すべき行動指針になっていると位置づけられよう。本ステートメントが多くの会員に共有され、具体的な行動が広がることを望みたい。
コラム5 日本機械学会ステートメント
本会の社会的役割と貢献 私たちは、科学技術の基幹分野を支える学会としての役割を認識し、学術技芸の進歩発達を率先して担うことを通じて広く社会に貢献することをめざします。 専門家としての自覚と責務 私たちは、機械及び機械システムに関する広範な学術分野の専門家と本会の活動に賛同賛助する会員のコミュニティとして、相互に協力して研鑽に励み、社会の一員である市民としての自覚とともに高い倫理観と責任感をもって行動します。 学術技芸の継承発展と文化の創造 私たちは、先人達によって培われた機械及び機械システムに関する学術技芸の価値を尊重し、継承普及に貢献するとともに、その発展を牽引し、豊穣な文化の創造を指向して行動します。 包摂的持続的成長への寄与 私たちは、世界に開かれた多様な活動が実践できるように意識改革と制度改革を常に心がけ、本会が包摂的かつ持続的に成長するように努力します。 |
参考文献
(1) 国際エンジニアリング連合 https://www.ieagreements.org/
(2) 日本技術者教育認定機構 https://jabee.org/
(3) 日本技術士会 https://www.engineer.or.jp/
(4) 技術士制度改革に関する論点整理 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu7/toushin/1413395.htm
(5) 日本機械学会ステートメント https://www.jsme.or.jp/about/statement/
<名誉員>
岸本 喜久雄
◎東京工業大学 名誉教授
◎専門:材料力学、破壊力学、計算力学
キーワード:プロフェッショナルとしての技術者特集
表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館
表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。