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2020/1 Vol.123

表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館

表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。

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特集 プロフェッショナルとしての技術者 -子供たちが夢見る職業か?-

技術者って誰?

大橋 秀雄

みんな技術者

2014年、青色LEDでノーベル賞に輝いた天野浩教授はこう語っていた。「私は技術者として受賞したと思っている」。技能五輪の国際大会で金メダルを獲得した若者たちはこう語っていた。「技術者として誇らしく思います」。テレビの具合が悪くなって修理を依頼すると、「技術者を伺わせます」という答えが返ってくる。技術者が担う仕事は果てしなく広く、イメージが定まらない。

本特集「プロフェッショナルとしての技術者~子供たちが夢見る職業か?~」の話を聞いたとき、それはまさに私が夢見た状況であり、その実現のためにかなりの努力を重ねたので、趣旨には深く賛同した。しかしそのゴールはいまだ遠く、達成感よりは挫折感が強い状況が続いてきた。

主題の「プロフェッショナルとしての技術者」と、副題の「子供たちが夢見る職業か?」は一体である。前者を達成すれば、後者の?は消えてYesと胸を張れる。そして科学技術の担い手が、次々に育ってくる体制が確実になる。

欧米の状況は、日本よりかなり良い。それにはエンジニアリングを無から育て上げた歴史と伝統が味方しているのだろう。ゴールへの道を阻む最大の敵は何か、私は長いこと考え続けてきたが、いまはそれを一つに絞っている。敵は、プロフェッショナルといえる技術者とは誰か、対象が定まらないことである。冒頭の一節に描いたような状況が続く限り、技術者はいつまでも茫漠とした職業名に留まり、プロとはほど遠い。

医療従事者と技術従事者

医療従事者には、医師から始まり看護師、薬剤師、臨床工学技士、理学療法士などさまざまな職種があり、それぞれに対応した教育や資格が決められている。子供が将来医療に関わる仕事をしたいと思うとき、医療従事者になりたいとは決して思わない。医師になりたいのか看護師になりたいのか、具体的に自分の将来を重ねて職種を選択する。

しかし子供が技術に関わる仕事に就きたいと思うとき、技術者という言葉しか浮かんでこない。この技術者は実は技術従事者(Engineering Practitioner)と同等であり、冒頭で述べたように科学者から技能者まですべてを網羅している。夢を抱きたくとも、あまりにも捉えどころがない。我々は医療の場合と同様に、子供たちが夢見る職種をもっと具体的な形で示さなければならない。

若者の認識

もう10年ほど昔になるが、私は工学院大学付属の中学、高等学校の生徒約千人(中1から高3)を対象に「技術者あるいはエンジニアと聞くと、どんな人の名前が頭に浮かびますか?3人挙げてください」というアンケートを配って集計したことがある(1)。結果は無残だった。回答者の39%は誰も名前が浮かばなかった。残りは1名以上の名を挙げたが、平均して1.6名に留まった。しかし挙がった名前は、エジソン、ライト兄弟のような伝説的発明家が記名票の53%、次いでアインシュタイン、ニュートンのような科学者が18%、本田宗一郎、ビル・ゲイツのような創業者が14%と続いた。これぞ技術者という名前は鉄道技師、宇宙飛行士、建築家など僅か1%強、残りは理科・工作の先生やアニメの主人公など、頭を捻る名前の続出だった。アンケートを通じて浮かび上がったのは、若者の意識の中に技術者は実像として存在しない、という哀しい現実だった。

技術者を、発明家、創業者などに分類すれば子供の夢と直結するかもしれない。でもそれは、職能を基盤とする職種とは別次元の話である。どのような職種で若者にアピールするか、それを真剣に考えなければ、若者の意識に食い込むことは至難の業である。

プロとは

ここで、プロフェッショナル(専門職)とは何か確認してみよう。先ずプロフェッション(専門職業)は次のように定義される。

社会が必要とする特定の業務に関して、高度な知的訓練と技能に基づいて独占的なサービスを提供するとともに、独自の倫理規定に基づいた自律機能を備えている職業

それに従事する人がプロフェッショナルである。その代表として医師を考えればよい。医学教育は6年、工学教育も近頃主流になってきた修士課程を加えると6年である。高度な知的訓練ではひけを取らない。医療が人々の健康を通じて生命を守っているように、技術は人工物の信頼性と安全性を通じて人々の命と生活を守っている。社会が必要とする業務としても対等である。

医師に比肩する専門職を技術の分野で持ちたいと思うのは当然である。欧米では、それをEngineerに対応させることがほぼ定着している。我が国でそれを技術者と呼ぶと、技術従事者全体に広がってしまう恐れを避けられない。どのような名前でこの集団を識別するか、まだ議論が始まっていない。

欧米のEngineerでも、業務独占権や自律機能が欠如しているため、プロフェッショナルとしてまだ道半ばとされている。産業革命によりEngineerが新たな職業集団として台頭して以来300年、ひたすら追い求めてきたプロフェッショナルの地位を、我々も加わって追い続けねばならない。

資格との関連

プロといえる職業を考えるとき、資格との関連が欠かせない。医学部医学科を卒業するだけでは医師として働けない。国家試験を経て医師免許を取得して始めて、命と向き合う仕事に就ける。大部分の医学生は、卒業と同時に免許を取得する。法曹の分野でも事情は似ている。法科大学院を終えてから司法試験を受け、研修を経て免許を取得する。免許という業務独占権を持っている職業は、難関であっても夢の対象として描きやすい。

技術の分野では、国家資格として技術士がある。その数は徐々に増えているものの、現在11万人強と、300万と推定される技術従事者の中では少数派である。建築分野では、建築士制度が業務免許として活用され、37万人の一級建築士が働いている。技術士を遙かにしのぐ数である。建築家が子供の夢に挙がりやすいのは、資格との関連が分かりやすいことも貢献している。

技術の分野でも、プロと呼べる職種は資格と明確な関連性を担保しなければならない。そのためには、技術士の改革もあわせ進める必要がある。

科学技術系人材の構成

日本の科学技術系人材の量的構成を、最新の数値に基づき図1にまとめてみた。高度成長期以来、毎年10万人ほどの学卒が工学系学部、研究科を卒業して就業してきた。国勢調査で技術者として集計される250万人ほどに技能者を加えると、現在約300万人の技術者こと技術従事者が働いていると推測される。その大集団の中に、11万人の技術士と37万人の一級建築士が、有資格者の代表として存在する。一方総務省の統計によると、科学者、具体的には研究に従事するものは87万人と推定されている。その中には技術開発に関わる多くの工学研究者が含まれるから、二つの領域は図に示すように大きくオーバーラップする。

重なった紫色の領域には、技術開発を通じて技術を牽引する人材が満ちている。彼らは当然専門学協会の会員としても活躍しているから、その総数は工学系学協会の会員総数約40万人に近いと推計される。この数は医師と歯科医師の総数に近い。

図1 科学技術系人材の構成

これからの取り組み

私はこの集団に大きな望みを託している。プロとしての技術者を考えるとき、彼らはゴールへの最短距離にいる。高度な知的訓練を経たことは明確である。幸い主要な学協会には倫理規定が備わっているから、倫理の要求もクリアできる。日本技術者教育認定機構(JABEE)、継続教育(CPD協議会)など支援態勢も先行している。プロという以上、この集団は基本的に有資格者となるよう、技術士の拡大も見据える必要がある。既に存在するこの40万人の集団に適切な名前を与え、それをプロと呼べる技術者の先駆けとする。これがゴールに至るもっとも現実的な方法ではなかろうか。

我々は、技術の分野を子供が夢見るように願っている。その願いは技術以外の分野でも同じだろう。これは競争である。公平を旨とする国家は、たとえ国策とはいえ特定の職業に肩入れするには限界がある。競争の実行役は、その職業集団を取りまとめる組織に委ねられる。

機械学会をはじめとする工学系学協会は、英文ではSociety of Engineersと称しているように、職業集団であり組合でもある。互いに連携を取りながら、プロフェッショナルとしての技術者を、我が国でも確固たる存在とするように、難題を一つ一つ取り除いてゆかねばならない。お得意のデザイン力を活かしながら。


参考文献
(1)大橋秀雄, 技術者が見えない, 工学教育, Vol.56, No.4(2008), pp.10-14.


<名誉員>
大橋 秀雄
◎日本機械学会 元会長
◎東京大学名誉教授、工学院大学名誉教授、元日本工学会、JABEE会長
◎専門:流体工学、技術者教育

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