特集 プロフェッショナルとしての技術者 -子供たちが夢見る職業か?-
座談会 「技術者は楽しい!」
技術者という職業は、社会からどう見られているだろうか。
技術者という職業はやりがいがあって面白い?!
技術者の地位向上や技術者の育成のために何をすべきか、学会が担うべき役割は何かについて意見交換を行った。
写真左から、森下、田中、渡邉、原、山本
職業としての技術者
山本(司会):本日は技術者の職業について、やりがいや魅力を子供たちにどう伝えられるかという話をしたいと思います。今の子供たちはもっぱらゲームのようなバーチャルな世界に浸かってしまっていて、リアルのメカに触れる機会が少なくなっています。子供たちにもっとリアルな世界に目を向けてもらって、機械や工学系の職業に目を向けてもらいたいんです。まず、職業としての技術者の魅力という点から、技術者として原点になった仕事についてお聞かせいただけますか?
原:私にとっては、東海道新幹線N700A車両の設計に携わったことが技術者として非常に大きな経験になりました。メーカーさんと一緒に台車設計の計算・試験を進める中で、自分たちの設計思想が図面・形になって、実際の車両で検証するというプロセスはやはり醍醐味でした。
山本:初めて自分たちがつくった台車を乗せた新幹線が走った時はどうでしたか?
原:自分が関わった装置が実際の新幹線車両に付いて、お客様を乗せて走っていく姿を見た時は感慨深いものがありました。ただ、当社では「廃車になるまで設計者がしっかり面倒を見る」と言われていて、廃車を迎えて初めて設計として成功があり得るという認識なので、最後まで面倒を見るという意味で大変な仕事だと気を引き締めました。東海道新幹線は1日45万人以上のお客様に利用していただいているので、やはり社会貢献という観点から魅力ある技術者の仕事だと実感しています。
山本:なるほど。初めての仕事は感動よりも心配の方が大きかったんですね。
原:そうですね。忙しい日々が続き、苦しい場面もありましたが、その一方で自分が成長していく感覚があって、自信に繋がりました。
渡邉:私も成長できた、自信になった経験が技術者としての原点かもしれません。日立の研究所に在籍していた時に、HDDのコンタクトレコーディングの開発を担当していたことがありました。最終的には製品化に至らなかったのですが、実験を繰り返した約2年半で、新たな現象を見つけたり、それを説明する理論を考えたり、日々試験をやって今までにないものをつくり上げたことは非常に楽しかったです。私はもともと物理出身で、機械工学もトライボロジーも全然勉強したことがなかったので、技術屋としての知識を少しずつ学んで、自分が技術屋になれた気がしました。理系の女の子が手伝っているという感覚から、自分でマネジメントして役に立てるところまでなれたのは大きな経験だったと思います。
山本:そういった経験が渡邉さんを技術者にしたということですね。どのぐらいのスパンで製品開発を繰り返していたんですか?
渡邉:1年半ぐらいのオーダーです。1番良いスペックを出しても、次の年には他社に抜かれるような、ものすごいスピードの業界でした。
田中:私もその業界を見てきた一人です。私にとっては、HDDの垂直磁気記録を世界で初めて実用化して世の中に出したというのが、技術者としての最大のエポックです。原理が提唱されてから製品が世に出るまで、四半世紀かかったので、世界中の研究開発チームの浮き沈みを見てきました。技術者という仕事は、ずっと苦労して二十数年かかって、最後に実用化できた時にやっと報われる。ちょっと語弊があるかもしれませんが、技術開発ってほとんどが失敗なんですよね。コンタクトレコーディングは我々もやりました。でもその失敗の中にも、技術屋としての喜びとかやりがいがあるのは非常に大事なことです。
渡邉:成功ばかりじゃないんですよね…。本当になかなか成功しないですよ(笑)。
田中:成功するのはもう本当に一部です。
山本:日々の仕事の中に、喜びも悲しみも見つけられるからこそ、皆さん技術者の仕事を続けていけたんでしょうね。そういう面では、大学の教員の仕事はちょっと寂しいですね(笑)。
子供たちは技術者の夢を見る?
山本:技術者という職業は子供たちからどう見えていると思いますか?
原:インターネットで最近の「なりたい仕事ランキング」を調べてみました。技術者という項目はないのですが、関連するところでは小学生男子の4位にゲーム制作関連、10位に科学者・研究者が挙がっています。また、中学生男子の1位にITクリエーター、2位にゲームクリエーター、5位にものづくりエンジニアが挙がっています。ものづくり関連は10位圏外かと想定していたので意外でした。
山本:原さんは今日のメンバーでは若手ですが、子供の頃はどんな遊びをしていましたか?
原:プラモデルとかミニ四駆とか。ミニ四駆はモーターやタイヤの材質、装置やギア比を変えると全然スピードが違ったりして、そういうオプションに夢中になりました。
森下:今の大学生はミニ四駆をあまり触ったことがないようです…。
山本:身近なところにそういうものがなくなっているんですよ。
渡邉:最近、ショッピングモールでミニ四駆のコースを見かけましたけどね。
森下:それはお父さん世代が一生懸命やっているのではないですか。
渡邉:プラレールは相変わらずありますよね?
原:プラレールは出来上がったものをただ走らせるだけなので。
田中:あれをカスタマイズしたら?
渡邉:Nゲージの世界になっちゃいますね(笑)。
山本:今の大学生に聞くと、自動車よりも列車の方が好きなんですよ!いわゆる鉄ちゃんがものすごく増えました。乗り鉄か撮り鉄かどっちかです。
渡邉:きっとメカを見てないんでしょう。うちの子供たちは全員理系なんですけど、小さい頃からミニ四駆もプラレールもカスタマイズしたり、工作も大好きでした。やはりメカの部分に興味を持つかどうかだと思うんですよね。なんで動くんだろうというカラクリに興味を持つかどうか。強制的に興味を持たせるのはなかなか難しいと思います。うちの家族は全員理系で、ものが壊れるとすぐ「分解しよう!」という話になります(笑)。
田中:家庭の環境は結構大事ですね。みんな男の子ですか?
渡邉:5人のうち女の子が2人です。二人とも展示会の工作体験コーナーに連れていくと、ボードにはんだ付けをする工作を喜んでやっていました。
山本:子供の頃にそういう体験をした子は、将来の道として考えてくれるんですかね?
渡邉:興味も印象も残るでしょうね。仕組みが分かると純粋に面白いですから。
山本:私の世代だと、子供の頃は町工場が近所にあって、今と違って町工場の中に入って遊べたんです。身の回りにいろんな機械の部品があった時代です。ものづくりが身近にありました。今はものづくりが子供たちから離れてしまって身近じゃないんですよ。
子供たちの「興味」を「憧れ」に
森下:さきほど女の子かどうかという質問がありましたが、機械工学科の女子学生を増やしたくていろいろな取組みを進めているものの、苦戦しています。全国の大学をみても平均的に3〜4%だという統計があります。
渡邉:スタートラインは男女一緒だと思うんですよ。
田中:うちは子供が3人いて、1人は理系に進みました。娘が中学生の頃に、親の仕事を紹介する一環で、研究の話をして欲しいと学校から依頼があって、HDD記録技術の研究開発の話をしに行ったことがありました。聞いてくれた生徒が後で感想文を書いてくれてたんですが、「先生の話はとても面白かったです。うちの親は銀行とか保険会社に勤めなさいって言うのですが、僕は研究者になりたいと思いました」と。それを読んで、子供たちは研究や技術開発の話に触れる機会がほとんどないんだと感じました。「自分の中でうすうす持っていた興味を後押ししてくれた」と書いてくれたんですよ。中学生は将来の進路の話が出てくるタイミングですが、職業の話を聞く場は少ないんでしょうね。
渡邉:安定した公務員になりなさいとかよく聞きますが…。そういうことを言う親が問題ですよ!
田中:また、小学校でも外部講師として理科の授業をやったことがあるのですが、磁石で楽しい実験をやると、子供たちがびっくりして喜んでくれて、感性がぱっと開くような感じがありました。私たち研究者、技術者が子供たちのところに行って、そういう瞬間を作り出してあげる機会が増えるといいですね。
山本:機械学会の小学生向けイベントをやっていて、小学4年生ぐらいまでは男女半々で、すごく興味を持ってくれるのですが、小学5年生くらいから急に女の子が興味を持たなくなってしまって、男の子ばかりになる印象です。そして中学生になると男女ともほとんど来ないんです。男女同じ割合を維持して興味を持ってもらう方法を考えないといけないです。
渡邉:難しいですね。小学4年生ぐらいまでは本当に純粋無垢なんですが。
田中:小4から上は「格好いい」がないと駄目ですね。「触ってみよう」じゃなくて「格好いい」が大事です。中学生ぐらいになると「憧れ」みたいなキーワードで刺激したほうがいい。
山本:小学生には技術に触れる機会をつくって、その後に憧れを持ってもらうというステップが必要なのかもしれないですね。
森下:高校生に対してですが、経産省のプログラムで早期工学人材育成事業というものをやりました。企業の若手技術者と機械学会のシニアにペアになってもらって、神奈川県内の高校10校程度の生徒の皆さんに対して「工学とは何か」を彼らのお兄さん、お姉さん世代から説明するというものです。高校生は工学が何か分からないじゃないですか?実は先生だって予備校の担当者だって分かっていない。だから機械工学科で何をやるか、高校生の段階では誰も分かっていないんです。
田中:高大連携が大事だということですね。
森下:物理とか化学とか授業課目になっているから、科目名がついている学科は分かるんですよ。でも機械とか工学は全然分かってもらえてないんですよね。
技術者の社会的評価
山本:技術者が社会からどう評価されているかについて、ご意見を伺いたいと思います。まず企業での技術者の処遇についてどう感じられますか?
田中:技術者の処遇ですか…。それはもう「仕事の報酬は仕事」ですよ。仕事は英語では”opportunity”とも表現されます。私は仕事を通して社会にポジティブな結果を出せる機会だと考えるようになりました。
森下:先ほど話にでましたが、親が子供に銀行に就職しろというのは何のためなんでしょうね。
田中:そういう親は仕事の報酬は”お金”だと暗に言ってるんでしょう。技術者をずっとやってきた私からすると「仕事の報酬は仕事」ですよ。
森下:でも社会一般で、それを理解してくれますかね?
田中:アメリカ社会は結構分かっていると思いますよ。シリコンバレーの研究開発チームを率いたこともありますが、彼らはお金だけでは動かないですよ。やはり自分の役割がどれぐらい重要かきっちり判断して転職します。
山本:本誌特集の大橋先生の記事(P.12)でも言及されているのですが、医者とエンジニアを比較したときに、医者には責任とともに処遇も付いてきますが、エンジニアは社会的責任と比較して処遇が必ずしも十分ではないという指摘があります。それについてはどうでしょうか?
田中:技術者が製造責任を負うという仕組みが、社会一般から見えにくいからだと思います。医者と違って、製品を作り上げる途中段階の功労が見えないんでしょう。
山本:それを見えるようにするのは可能でしょうか?
田中:技術の中身を見せるというよりは、技術者の役割を発信するのが大事なんだと思います。
渡邉:世の中にある製品にどれだけの技術が詰まっているか、ほとんどの人が知らずに使っていると思います。知らないから有り難みもないし、すごさも分からない。逆に言えば、中身が分からないように使える凄さもあると思いますが、その中身を知ってもらうところがスタートになるんじゃないでしょうか。
森下:それを発信するのは学会の役割だと思うんですが、なかなか良い媒体が見つからないんですよ。小中学校では、学校で学ぶことだけが勉強だと思われているので。どこに出してもあまり見てくれません。
田中:一般メディアと学会のタイアップぐらいやらないとダメかもしれませんね。
渡邉:かつては「科学と学習」という雑誌がありました。そういう教育媒体と連携できるといいのですが。
山本:技術者の仕事の見える化・可視化をやらないといけないですね。これからもっと技術が見えなくなっていきますから。
森下:エスカレーターやエレベーターをみんな使っているのに、どうやって動いているかほとんど知らないわけですよ。
原:エスカレーターをスケルトンにするだけで興味を持ってもらえそうですよね。
渡邉:スケルトンにするとけっこうお金がかかりますけどね(笑)。
山本:原さんは今、社会人ドクターなんですよね?
原:頑張って取ろうとしているところです。今D3で、なかなか苦しんでますが…。
田中:私も社会人ドクターの時、苦しみました。でも最終学歴のところにちゃんと書けますし、学割ももらえますよ(笑)。ドイツでは家の表札にドクターと書かれたりしていて、ステータスがすごいです。私は社会人ドクターを取って名刺に書いてから、技術説明で訪問したお客さんの対応が全く違うことに驚きました!そういうことを海外で実感したので、処遇というか自分のステータスをつくるためにドクターは目指したほうがいいと思います。
技術者への道標
山本:ここまで小・中・高校生の話でしたが、大学生への技術者教育についてはいかがでしょうか?
森下:大学の授業だけではもはや足りなくなっています。工学の教育は一応やっていますが、技術者教育はあまりできていません。
田中:私の恩師の言葉なのですが、「工学はマネーメイキングの学問である」と。マネーアーニングじゃなくて「マネーメイキング」。つくり上げたものが世の中に出て、それを買う人がいるということです。マネーメイキングの学問と考えると、大学の研究者も実は技術者です。学生にはこれを勉強しなさいと言われて技術者になるのではなくて、これまでの先人の志や背中を見て付いて来てもらいたいと思います。
渡邉:子供を育ててきた立場から言うと、高校生が進学先を考える段階では、何がしたいかはっきり分かってないんですよね。理系科目が得意だから工学部か理学部かな?ぐらいの感じです。だから大学に入る前に職業教育をアピールできれば、大学に入ってからの意識や姿勢が変わるのではないでしょうか?
山本:今、機械学会の人材育成・活躍支援委員会という組織で、「機械系技術者のキャリアモデル」を作ろうと考えています。どういうことを勉強して、どういう教育課程に進めば、将来こんな職業に就けますよというマップです。そういうものを高校生、中学生あるいは小学生に見せられれば、変わっていくと思うんですね。
田中:『13歳のハローワーク』技術者編ですね。
山本:小学校、中学校、高校、大学を1本でつなごうとしているんです。技術者のモデルがなかなか見つからないのが問題なんですけどね。
渡邉:格好いい実際のモデルが載っているといいですね。
森下:今の若い子は「夢」とか「憧れ」を持ちにくい世代のようですので、「憧れ」が自分のビジョンや志に進化していくような取り組みを目指したいですね。学会をあげて皆さんに取り組んでもらいたいと思います。
山本:ぜひそういった活動に協力してもらえると助かります。皆さん本日はありがとうございました。
(2019年10月30日 フクラシア八重洲にて)
<フェロー>
森下 信
◎横浜国立大学 大学院環境情報研究院 教授
◎日本機械学会 会長
<電子情報通信学会 会員>
田中 陽一郎
◎東北大学 電気通信研究所 教授
(株)東芝在籍時の2005年に垂直磁気記録方式を採用したHDDを世界で初めて実用化。
<正員>
渡邉 恵子
◎日立オートモティブシステムズ(株) 技術開発統括本部技術企画部 部長
◎日本機械学会 広報情報理事
<正員>
原 聡
◎東海旅客鉄道(株) 総合技術本部技術開発部 解析技術チーム車両運動・構造グループ
◎日本機械学会「若手の会」委員
<フェロー>
山本 誠
◎東京理科大学 工学部機械工学科 教授
◎日本機械学会人材育成・活躍支援委員会 委員長
キーワード:プロフェッショナルとしての技術者特集
表紙写真 北原一宏
撮影地協力 日本工業大学 工業技術博物館
表紙の機械は、本田技研工業が1959年に4輪車用エンジンの歯車を製造するために同社の鈴鹿製作所に設備導入した6ステーションを有するロータリ形のホブ盤で、米国のリーズ・ブラッドナー社製である。この工作機械は、日本の自動車産業の発展に大きな役割を果たした機械と言える。