人と機械の新しい関係
三菱電機と産総研が熟練者の技術をAI化 新たな技術革新のサイクルが回り始めた
取材・文 森山 和道 http://moriyama.com/
三菱電機(株)と(国研)産業技術総合研究所(以下、産総研)は2019年2月5日、工場での生産前に必要なFA機器の調整やプログラミングなどの「生産準備作業」を効率化するAIを開発したと発表した。従来は1週間以上かかっていたサーボシステムの位置決めを自動調整で1日まで短縮できた。また、熟練技術者に頼らずにレーザー加工の品質を自動判定したり、組立作業にロボットを使用する時の異常処理プログラムの作成時間を1/3に削減することができるようになった。2017年5月に立ち上げられた三菱電機のAI技術ブランド「Maisart」(マイサート)の一つとして同社のFA機器・システムに実装を進める。研究開発成果披露会で紹介された技術も合わせてレポートする。
■生産準備作業時間をAIで短縮化
切削加工を例とすれば、設計と生産の間では、どの部分をどの順番で加工するかといった工程設計、そのために工具をどう動かすかの工具経路生成、そして加工品質を調整するための加工条件を設定し直しては試加工と評価を繰り返す作業などが必要だ。これらが生産準備作業で、多くの手間がかかる。多品種少量生産になると生産準備作業の割合が高くなるので、その時間短縮の重要性は増している。
そこで今回は、パラメータの最適調整をAIによる最適化に、熟練技術者の目視による判定をAIによる画像判定に、異常判定方法のプログラミングをAIによる異常判定に置き換え、効率化を狙った。
三菱電機先端技術総合研究所 水落隆司所長は、今回の発表について「この技術は三菱電機のFA機器・システム関連技術と産総研のAI技術を融合させたもの」と紹介した。
技術の詳細については同駆動制御システム 佐藤達志技術部長と産総研人工知能研究センター(AIRC)麻生英樹副所長が交互に解説した。三菱電機側から課題をあげ、それに対して産総研がソリューションを出す流れで進めた。
■位置決めサーボのパラメータ調整をベイズ推定で
まず、位置決めサーボシステムのパラメータ調整について、位置決めサーボシステムとは電子部品をプリント基板の決められた場所に載せる実装機などに搭載される精密位置決めを行うシステムだ。機械の振動や目標位置への位置決め時間はアンプやコントローラーのパラメータ次第で精度が変わる。従来は熟練技術者が2種類18個のパラメータを一週間以上かけて設定していた。
そこで今回のAI化では「ベイズ最適化」という手法をとった。あるパラメータを試しに設定してみて、位置決め時間を測定する。その結果を踏まえて、次に試すべきパラメータを決める。これを繰り返すことで最適パラメータを求めていく。この方法によって、8種類720個のパラメータをおよそ1日で自動最適化することができ、位置決め時間も最大二割短縮できた。
次に、試すパラメータの値を前回までの試行結果から学習した予測値と、その「予測値の不確実さ」の両方からバランス良く次に探索すべき値を決めるところがポイントで、これによって位置決めのための移動距離が4mmの場合、従来法の時間では46.6msかかっていたところが、約24%短縮し35.5msとなった。試行回数でいえば、従来ならおおよそ1億回の試行が必要だったところを、わずか数百回の試行で終えることができるようになったという。
位置決めサーボシステムのパラメータ自動調整システム
■深層学習を用いたレーザー切断加工の評価
AIによる画像判定では、レーザー切断加工の品質向上を狙った。レーザー切断での加工面を荒れないようにするためには加工条件の適切な設定が必要だ。従来は熟練技術者が試しながら加工をしていたが、熟練者の目視による技能を置換えるために、加工面画像の判定の自動化を目指した。
まず、ある加工条件で試し加工を行う。そして加工面の画像を取得し、AIが加工品質を判定する。その結果に従って条件を変更し、適切な加工条件を求めていく。
画像認識には深層学習を用いた。深層学習には大量のデータが必要だが、できれば現場の少数データから効率よく学習させたい。そこで今回は画像特徴量の一つで、積和演算のみで抽出でき認識精度に優れる高次局所自己相関(HLAC、Higher-order Local Auto-Correlation)を用いた。これに加えて加工プロセスの知識、加工面の評価に関する知識を合わせて使うことで、従来よりも学習データ数と計算を削減することができた。開発した技術はPC上で動作するレーザー加工品質自動判定システムとして実装される。画面上には条件補正が提示されるので、ユーザーはそれを見ながら設定すれば熟練技術者並みの加工品質が容易に出せるようになる。
レーザー加工品質自動判定システム(右上がパラメータの指示)
■組立作業の異常動作判定を自動学習
三つ目は産業用ロボットを使った組立作業における異常判定だ。力覚センサを用いた産業用ロボットを使って、コネクター挿入のような、力加減が必要な組立作業への導入が進められている。ただし実装するには異常動作への対応が必要となる。欠損や混入などの異常が起きた場合のロボットの対応をあらかじめプログラムしておかなければならない。
だが、これまではどんな異常だったかを力覚センサのデータから判定するのは大変だった。あらゆる異常を実際に発生させてそのセンサ出力を測定し、それぞれを判定する方法を試行錯誤してプログラム作成しなければならないからだ。
そこで今回は異常動作判定方法を学習で自動生成することで、プログラムの作成時間を1/3に削減できた。
具体的にはこうだ。力覚センサのデータは時系列データである。そこでLSTM(Long Short Term Memory)のように時系列データ分析向けの機械学習技術を適用したところ、比較的短時間のセンサデータから異常が識別できることがわかった。なお、LSTMを使った学習には産総研が2018年8月から運用中のAI橋渡しクラウド「ABCI」を用いたという。これによってコネクター挿入時の判定が可能になり、試行錯誤でのプログラミングが必要なくなった。
■作業改善のサイクルに人はいつまで必要なのか
三菱電機はこのほか、生産設備立ち上げ調整時間を短縮するために強化学習を用いてロボットの軌道を自動生成する技術も発表している。徐々に軌道を最適化することで、人手に比べて1/10の時間でチューニングが終了するという。
産総研AIRC 辻井潤一センター長は、この技術を使うことですでに一部は人間の熟練者を超える性能を出すことができるようになっていると述べた。何よりも、このような取り組みによって、熟練者が何をやっているのか、本当はどこを見ているのかといったことが、ようやく客観的にデータで捉えられるようになる。それによって、初めて仮説生成と検証、仮説の修正といったサイクルが回せるようになる。これが今回のような取り組みの本当の価値だ。
つまり、これまでは暗黙知だった世界を、形式知化して理論的に取組めるようになる。そうすることで、単純な熟練者の置き換えを超えた可能性が見えてくる。革新的な好循環が回り始め、AIを利用する前提で作られる工作機も出てくるだろう。
もっとも、作業改善のサイクルに人がどこまで必要なのかといった新たな問題が起きてくる可能性も高い。現在は、システムがパラメータ設定の提案をして、人がそれを見て設定を入力している。だが多少の判断はするにせよ、機械の提案を見て入力するだけならば人は本当に必要なのだろうか。
十分な観測精度と動作精度を持つ機械が、自らの動作を改善するためのモデルを自ら生成できるのであれば…。そんな可能性も頭に浮かんでくる発表だった。
加工品をデジカメで撮影して判定する
動作異常判定方法をAIに学習させることで異常処理プログラム作成時間を1/3に
強化学習を用いることでロボットの軌道調整時間を1/10に短縮することが可能に
キーワード:人と機械の新しい関係
【表紙の絵】
魚が空を飛べる「まく」をつけるそうち
山本 波璃 さん(当時9歳)
魚は水の中でしか、生活ができないけれど、 このそうちでまくの中に入ると、水の外で も生きていけます。そうすればいっしょに 魚たちと遊べます。