特集 “ものづくり”を革新する3Dプリンティング技術
電子ビーム金属積層造形装置の開発と造形品評価
はじめに
近年、金属粉末を利用した三次元積層造形技術(Additive Manufacturing)はパウダベッド方式以外の装置開発も盛んに行われ始めている。欧米では装置開発のみならず、製造ソリューションとして設計から後処理までの提案がされており、製造スループットの向上やトータルコスト削減による量産化への議論が活発に行われている。当社では、電子ビームを熱源とした造形装置の研究試作を通じて得られた知見から、必要な要素技術と造形品の検査手法について解説する。
パウダベッド方式金属積層造形の原理
当社では、平成26年度から電子ビームを用いたパウダベッド方式の金属積層造形装置の試作を技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構(TRAFAM)に所属して進めてきた。金属粉末を原材料として粉末床(以降、パウダベッド)を形成し、積層する厚さにスライスされデジタルデータで表現された図形をもとに、電子ビームで溶融と粉末供給を繰り返して所望の部品を作る装置である。造形後の未溶融部分の金属粉末は回収し再利用することが可能である。
この方法は多くの積層造形装置で用いられており、図1に造形の流れを示す。
図1 パウダベッド方式造形の流れ
金属粉末を平坦にするスクイーズ機構を用いてパウダベッドを形成する。デジタルデータで作成された図形を、熱源となるビームを照射して面内の溶融を進める。溶融終了後にパウダベッド面を下降させて粉末供給と溶融を繰り返す。すべての造形が完了した後、未溶融部分の粉末を除去する。除去に際して、レーザ方式では未溶融粉末は簡単に除去することが可能である。一方で電子ビーム方式は、粉末同士を接触させて電荷を逃がす仮焼結体が形成されていることから、造形に用いた同じ種類の粉末でブラストして除去をする。造形品は一般的に熱処理やHIP処理などの後処理を施す。
金属積層造形技術開発の背景
三次元積層造形技術は切削加工、鋳造などに次ぐ第三の加工法とされ、軽量で、これまでにない機能を有する製品の開発を加速するだけでなく、企画から設計・生産までの時間を大幅短縮、地理的、空間的制約から解放する実証の段階に入りつつある。すでに欧米では産業応用が実用化へ進んでいるのに対し、日本においての技術活用はまだ途上であったことから、積層造形技術の開発と産業応用を加速するために各省庁の国家プロジェクトの活動を積極的に行ってきた。結果、国産の積層造形装置の販売や産業活用の事例が報告されている。当社も電子ビーム技術を応用した積層造形装置を開発した経験と、計測・分析の両方のノウハウを積み上げてきた。
金属積層造形プロセス
パウダベッド方式の造形原理については前述したとおりであるが、図2に積層造形を用いた製造の流れを示したうえで、最適な造形条件のプロセス開発について説明する。
図2 積層造形のプロセス
造形作業の流れ
①造形データの準備
すでに生産されている部品は、機械加工向けにCADデータが準備されているので積層造形用のSTL(Standard Triangulated Language)やAMフォーマットに容易に変換が可能である。積層造形に用いるデータには、造形する部分以外に支持構造(以降、サポート)が図3のように付与され、残留応力の低減と自重による変形などを防ぐ。溶融に利用する熱源や金属材料に応じて最適なサポート形状が準備され、ソフトウェア側で自動付与の工夫がされている。造形後のサポートを取り外し、作業を容易にするために、設計者が画面上で削除や付与数の調整をするのが一般的である。
図3 JIS Z2241試験片と造形サポート付与例
②金属粉末の準備
金属粉末の管理は供給メーカーから同包される安全データシート(SDS : Safety Data Sheet)を熟読し、法規や取扱上の注意を十分理解したうえでの利用が必要である。また、造形品質への影響を最小限とするために、保管には湿気や酸素などに触れないよう注意が必要である。金属粉末はリサイクルが可能であるが、造形を繰り返すことにより粉末の表面に凹凸やサテライトが付着し、粒径分布が変化する。また、含有する元素比率が蒸発や酸素を含有して濃度が上昇するため、リサイクル粉末の元素分析を適宜実施して再利用の上限回数を決定する。図4にTi-6Al-4Vの元素分布と粒径分析の測定結果を掲載する。これらの計測・分析データは、造形品の不良が発生した際の原因分析に必要で造形品と紐づけて管理することが重要である。
図4 Ti-6Al-4V(分布45〜105μm、中心粒形75μm)の分析結果
③造形レシピの選択とパラメータ調整
装置の性能を計測するためにメーカーは標準試験片の作成向けに基本レシピを準備している。
新たな材料や新しく開発された部品において、造形条件を決めるには基本レシピを調整して、最適な条件を探索する。
図5に溶融熱量を変化させて条件出しの造形をする事例を掲載する。赤熱している部分はパウダベッド面を電子ビームで仮焼結体を形成するために加熱している部分である。電子ビームの走査速度を変化させて強度や組織の検査を実施して最適な投入熱量の決定をする。
図5 Ti-6Al-4Vの最適溶融条件出し造形例
④JIS試験片の製作
立方体の造形で溶融条件を決定した後は、JIS Z2241の試験片を用いて最適な強度が得られるかを決定する。造形方向による有意差が発生していないことを確認し、垂直、水平および0°、45°および90°方向の造形を実施してパウダベッドの形成方向や積層方向による変化が強度に悪影響を与えていないことを確認する。
⑤造形後のログ確認
造形が異常なく完了したかは装置のログデータから判断する。ログデータに記録された情報には電子ビームが安定照射されて所望の溶融温度が得られたかなどが確認できる。これらの造形中に記録された各種データが許容できる変動値の範囲だったことを確認して造形不良の判断をする。
造形プロセスのまとめ
材料と造形品に最適なレシピ開発の方法について述べてきた。レシピを決定するには、基本パラメータからの調整が必要であること、原材料である金属粉末が適切に管理され、造形時の装置記録が計測・分析データと紐づいて管理されていることが重要である。
電子ビーム積層造形装置の開発
当社では電子顕微鏡のビーム収束技術、100kWを超える高出力電子ビームを発生する技術、および半導体を製造する装置に必要とされるビーム補正制御を融合して三次元金属積層造形装置を開発した。これらの要素技術について紹介する。
積層造形用の電子銃開発
金属積層造形専用の電子銃およびカラムの開発を行った。特徴として、60keVで100mAの電流量を得ることができる6kWの電子銃を基本として、ビームサイズが100μm以下でカソードを加熱した状態で1,000時間を超える長寿命を実現した生産向けの仕様となっている。
積層造形用の電子ビームカラム開発
電子源より安定で品質の高い電子ビームを放出させるには、エミッタ部分を高い真空度に保ち、かつ吸着ガスやコンタミの発生を少なくする真空環境を維持することが必要である。電子ビームの経路には、電子ビームのクロスオーバ(収束点)を設ける光学設計としたうえで差動排気機構(電子源への差圧による不純物の逆流防止ならびにイオン衝撃の低減)を採用して真空を維持している(図6)。
図6 積層造形用の6kW電子ビーム発生装置
電子ビームを高速に走査する技術
電子ビームを用いてパウダベッド面上を走査するには電磁偏向アンプと高速に応答する偏向コイルが必要である。パウダベッド面の周辺部にビームが照射される際にビームボケや楕円形にビームが変形して位置ずれが発生する。これらを瞬時に補正する機能を開発した。
パウダベッドを作成する技術
Ti-6Al-4Vの金属粉末を均一に溶融するには、平坦でムラのないパウダベッドを形成することが重要である。電子ビーム方式では、真球度が高くサテライトが少なく、かつ流れ性が良いプラズマアトマイズ法で生産された粉末を用いられることが多い。当社が開発した試作機では、ガスアトマイズ方式で製造された金属粉末も定量計測する機構の開発に取組み使用可能としている。
電子ビームの計測技術
最適な造形条件を見出すには溶融池の形成に密接に関係する電子ビームのプローブ径を計測する必要がある。半導体製造装置で培ってきたビーム計測技術を応用して、高い温度にも耐えるファラディカップと校正用プレートを開発した。校正治具にビームを走査して得られる信号をもとに、ビーム径を計測して溶融に供する熱量を正確に計算している。
これら要素技術開発の結果、平成26年度には図7の1次試作、その後、平成29年度には産業向けを意識した2次試作機の開発を終えて産業部品の造形試験を進めている。
図7 試作機外観
計測・分析技術の応用
積層造形技術を用いて製作された金属部品が、量産で採用されるにあたっては、造形時に条件と原料である金属粉末の管理、および造形品の計測・分析データ結果が紐づけされ、問題が発生した場合に特定できる生産システムの構築が重要である。
造形品の検査
①非破壊検査(μフォーカスX線CT)
画像による欠陥有無を非破壊で検査する手法として広く一般的に利用され、積層造形に特有の自由形状における内部欠陥や充填率の計測で活用されている。透過能力はμフォーカスX線源の出力により、分解能は対象の試料サイズや材料の透過率で異なり数μm〜数百μmである。図8はJIS試験片の欠陥を発見した事例である。
図8 積層欠陥の空孔観察例(JIS 14A号試験片)
②強度試験
積層造形した角柱から機械加工で切削し、JIS試験片の形状を製作して強度試験機で計測をするのが一般的である。積層造形で作られた試験片が一般材に対して同等の強度を持っているかを比較して証明する。産業分野別に必要とされる強度には違いがあり、航空産業における規格(NADCAP規格)や人工関節などの医療に用いられる規格(ASTM F1108)のように産業別の規格に対応する造形レシピの開発を実施する。
③元素分析・組織観察
走査電子顕微鏡(SEM : Scanning Electron Microscope)は数十倍から数十万倍までの表面の観察ができる。電子プローブを材料に照射することで得られる特性X線などをもとに、数ナノ〜数十ナノの深さ方向の元素分析に利用する。積層造形は金属粉末を溶融して部品を製作するため、原材料に含有される元素が製作後の部品でも維持されていることを確認する。電子顕微鏡とX線検出器(EDS)を用いることにより、容易に元素の判定が可能である。溶融凝固した部品の金属組織の成長を判断するには結晶方位を確認する。計測方法としてはEBSD(Electron Back Scatter Diffraction)法を用いる(図9)。
図9 EBSD法を用いた結晶方位の判定(Ti-6Al-4V造形品の計測事例)
新たな技術開発への取り組み
要素技術として図10に示す異なる金属粉末を散布できるヘッド機構を新たに開発した。新たなソリューションとして電子ビーム方式の特徴を活かし、溶融熱量を変えながら異なる金属材料で構成する部品の試作を進めている。
図10 二種類の金属粉末を用いたパウダベッド形成例(茶色:純銅、白色:マルエージング鋼)
考察
当社では平成26年から国家プロジェクトで電子ビームパウダベッド方式の装置の試作を進めてきた。当社の開発した電子ビーム方式の利点としては、He+などのガス導入をしないで真空中で造形する事が可能な点である。酸素含有量が低減できること、造形面に熱を加えた環境下で溶融することから残留応力も少ないなどの特徴がある。
一方で電子ビームパウダベッド方式では仮焼結体をブラスト処理によって除去する手間が必要である。生産性を向上するには、残留応力を除去できて粉末の飛散現象が発生しない低い温度での加熱処理による容易な粉末の除去技術の早期開発が必要である。
謝辞
本技術開発は、平成26年度から平成28年度に実施された経済産業省委託事業「次世代型産業用3Dプリンタ技術開発及び超精密三次元造形システム技術開発」、および平成29年度から平成30年度に実施中のNEDO「次世代型産業用3Dプリンタの造形技術開発・実用化事業」 によるものである。
参考文献
(1)技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構,「ひらめきを形に!設計が変わる新しいモノづくり」シンポジウム講演集
(2)技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構, 金属積層造形技術入門セミナーテキスト
(3)μフォーカスX線CT(株)ニコンインステック http://www.nikon-instruments.jp/(参照日2018年12月4日)
(4)日本電子(株)ホームページ http://www.jeol.co.jp/(参照日2018年12月4日)
眞部 弘宣
◎日本電子(株) 開発・基盤技術センター センター長
◎専門:電子工学
キーワード:特集
【表紙の絵】
未来のファミリーレストラン
小原 芽莉 さん(当時10歳)
私の考えた機械は、これから起きるといわれている「食料危機」を乗り越えられる機械です。バクテリアの入っている機械に昆虫をいれると、バクテリアが昆虫をハンバーグやオムライス、カレーなどの味にします。色々な味になった物が穴からでてきます。最後に羽あり型ロボットが穴から落ちてきた物をお皿にならべてくれます。