日本機械学会サイト

目次に戻る

2019/2 Vol.122

【表紙の絵】
さがせ!タカラモノグラ
後藤 快 くん(当時7 歳)
タカラモノグラは化石や宝石をみつけるきかいです。
そうじゅうしているぼくは、きょうりゅうの化石やキラキラしている宝石をみつけようとわくわくしています。

バックナンバー

巻頭言

はじめに - 短中期的技術としてのCCS

赤井 誠(産業技術総合研究所)

背景

2015年12月12日、数年間にわたる議論を経て、200に近い国々が持続可能な低炭素社会の実現のための行動と投資を加速させることに合意した。このパリ協定は2016年11月4日に発効し、2018年12月にポーランド・カトヴィツェにおいて開催されたCOP24において、運営のためのルールである「パリ協定ワークプログラム」が採択された。このパリ協定が目指すのは、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」というものである。

COP24は、2018年10月に発表されたIPCCによる1.5℃特別報告書(SR15)に示された科学的所見を基に行われたが、本報告書においては、パリ協定の長期目標達成のためには、大規模排出源へのCCS技術の導入が重要であることが指摘されている。IPCC以外の中立的な分析においてもCCSは重要な低炭素化技術として位置づけられており、再生可能エネルギーや原子力とともに発電部門のCO2排出の削減に大きく寄与するとともに、これらの直接的な適用が困難な産業部門では特に重要とみなされている。

概観

CCSのアイデアは1970年代に遡るが、地球環境問題への関心の高まりに対応して、世界的にも国内的にもほとんど同じタイミングで1980年代末から研究開発が始まった。私事ではあるが、筆者自身の関与も30年を超えている。

研究開発当初は、CO2の海洋隔離に多くの研究者が着目し、1996年にSleipnerガス田で世界初の地中貯留プロジェクトを実施したノルウェーのStatoil(現Equinor)社も、1990年代前半は海洋隔離の国際共同プロジェクトを呼びかけていたという事実もある。その後、日・米・ノルウェーなどの政府の支援で国際共同プロジェクトが実施されたが、Sleipnerプロジェクトの成功により、関連技術を独占的に保有する石油・ガス産業界を中心として地中貯留への関心が一気に高まったこともあり、特に2000年代以降、海洋隔離は、科学的には根拠のない、いわば感情論で否定されたままとなってしまっている。しかし、地中貯留に伴うさまざまな課題が明らかになりつつある現在、特に我が国のように排出源が海岸線に多く立地している国では、海洋隔離の再検討があるべきと考える。

一方、CCUは、専門家が議論する場で有効な大規模削減技術として言及されることは皆無と言っていい。これについては、特に我が国における30年近く前の負の教訓が活かせず、近年になって再び、無知故か意図的にか、温暖化ガスの削減に寄与するといった主張をする向きが多く、世界の有識者からは嘲笑の的となっていることも認識しておくべきである。また大気からのCO2直接回収技術(DAC)については、イメージの良さから支持する向きもあるが、一般にCCSのリスク要因とみなされる貯留・隔離を伴わない場合には無意味であることに注意する必要がある。

期待と課題

商業規模のCCSは、設備当たりのCO2削減規模が年間数百万tと大規模なことに起因して、初期投資が多額となるが、IPCC第5次報告書などでも言及されているように、極めて費用効率の高い削減技術である。このことを考えると、CCSは、他の削減技術が成熟し、CCSに匹敵するコストで大幅削減に寄与できるようになるまでの期間に係る社会的費用を低く抑えるため、可能な限り早急に導入し、時期が来れば他の削減策に席を譲る短中期的技術とみなすことが適切である。

海外では大規模な事業が数多く実施されている現状を見ても、既に2005年に発行されたIPCCの特別報告書(SRCCS)にも記載されているように、CCSは既存技術の組み合わせで実施できることは明白である。もちろん、確立した技術ではあっても、さらなる普及のためにはコストダウンなどを目指す不断の努力が必要なことは言うまでもないが、CCSが真に気候変動対策技術として実効的なものとなるための課題は、世界的にも、法規制枠組みの整備、資金調達の仕組みの整備、社会的合意の獲得という3点であると認識されている。

CCSは、気候変動緩和への寄与という便益を除けば、直接的利益が得られる技術ではなく、投資額が大きく、プロジェクト年数が長いこと、さらには現世代あるいは排出源近傍の人々が効果を甘受できるものではないことを考えると、長期的にブレのない施策の存在が必須となるため、政府の役割が極めて重要である。しかし残念ながら、日本の状況は、EU、英国、米国、カナダ、豪州などと比べてかなり劣っていると言わざるを得ない。この意味では、東日本大震災の前に公表された原発の大量導入を前提とした、2010年エネルギー基本計画でさえ言及されていたCCSの導入に向けたアクションプランの策定と施策の早急な具体化が必要である。


<正員>

赤井 誠

◎産業技術総合研究所 名誉リサーチャー

 九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所

 WPI招聘教授 前グローバルCCSインスティテュート取締役

◎専門:エネルギー工学、CCS、技術評価

キーワード: