特集 Diversity & Inclusion
ダイバーシティ研究環境の実現に向けた北海道大学の取り組み
はじめに
北海道大学では、2004年中期計画に基づき男女共同参画の取り組みを開始して以降、自主事業と文部科学省補助事業により、①キャリア継続のための環境整備、②女性教員の採用促進・人材育成、③女性研究者の裾野拡大、④女性研究者支援における地域の連携、に向けた取り組みを進めてきた。
本稿では、北海道大学における女性研究者支援の歩みと具体的な取り組みを紹介するとともに、ダイバーシティ推進に向けた新たな課題と今後の対応について述べる。
女性研究者支援室の開設
1999年に男女共同参画社会基本法が制定・施行された後、2000年に、国立大学協会より「国立大学における男女共同参画を推進するために(報告書)」(1)が、日本学術会議より「女性科学者の環境改善の具体的措置について(要望)」(2)が出された。このような動きを受け、東北大学、東京大学、名古屋大学等の現国立大学法人において相次いで男女共同参画委員会や男女共同参画室が設置され、北海道大学においても、第Ⅰ期中期計画に基づき2004年に男女共同参画委員会を設置(3)し、キャンパス内認可保育園の開設、教育研究施設における女性を意識した環境整備、ハラスメントへの対策等、全学的見地からの取り組みを推進してきた。
2006年には、日本で初めての国家予算による女性研究者支援である、文部科学省振興調整費「女性研究者支援モデル育成事業」(以下「モデル育成事業」と表記)が創設され、採択された10大学を中心に、大学における女性研究者支援の取り組みが本格的に開始された。モデル育成事業は「女性研究者がその能力を最大限発揮できるようにするため、大学や公的研究機関を対象として、研究環境の整備や意識改革など、女性研究者が研究と出産・育児等の両立や、その能力を十分に発揮しつつ研究活動を行える仕組み等を構築するモデルとなる優れた取組を支援する」ものであり、政策誘導型の競争的補助金として、研究教育機関の組織変革を通じて女性研究者の増員と研究環境の改善を図ることを狙いとしている。これは、モデル育成事業の開始に先立って行われた調査研究(4)(5)等で明らかにされた「育児中の研究者に対する支援の必要性」に対応するよう実施されたものである(6)。
本学でも、学内の女性教員を中心に作成した申請がモデル育成事業に採択され、提案課題を推進・展開する拠点として2006年7月に女性研究者支援室を開設し、以降組織として女性研究者支援に取組んでいくことになった(図1)。以下、本学女性研究者支援室において取組んできた具体的な活動内容について紹介する。
図1 北海道大学女性研究者支援室パンフレット
①キャリア継続のための環境整備
女性研究者支援の最初の段階として、出産・育児期の研究継続のための支援等、研究環境の改善に係る取り組みを中心に実施してきた。社会環境や時代推移に応じて必要とされる研究環境も変化するため、継続的な実態把握と改善をしながら進めている。
研究補助人材支援
研究者が出産・育児、介護等と研究活動とを両立できるよう、研究補助者等を雇用する経費の一部補助を、2006年モデル育成事業において開始し、その後、現在に至るまで大学自主経費にて支援を継続している。本人のキャリア継続のためだけではなく、所属部局・研究室等への配慮としても重要な支援であり、実質的で効果の高い支援として定着している。
当初支援対象は女性限定であったが、男性研究者からのニーズも把握されたため、2016年より対象を男性にも拡大した。これまでのところ、出産・育児期における利用が中心であったが、今後は、介護やその他事由含め、多様な個人の状況における両立支援としての理解と定着を図る必要があろう。
育児環境の整備
本学札幌キャンパスには、現在三つの学内保育所(受け入れ園児数計170名)を有し、教職員の仕事と育児の両立を支えている。女性研究者支援室は、保育所設置にあたり、学内のニーズや意見収集、とりまとめ等の役割を担ってきた。
また、育児中の教職員にとって、子どもの急な病気の際の保育者の確保は大きな問題であったことから、2008年に緊急時に対応できる非施設型オンデマンドな保育システムを大学独自に構築した。その後、自治体においても同様の病児保育支援が実施されるようになったことから、2017年に同支援を終了した。
保活通訳支援
近年、外国人教員・留学生数の増加に伴い、日本での保育園探しや入園手続きに関する相談が増えたことを受け、2016年に「外国人の保活に係る同行通訳派遣(有償ボランティア)」を開始した(図2)。支援の目的と意義を理解いただける方に、保活に係る役所への相談や手続きに際し、通訳として同行してもらう。これにより日本語での細やかな情報入手が可能となり、できるだけ早期の保育園確保につながっている。これまでのところ年30件程度の通訳派遣支援を実施しているが、今後外国人比率の高まりとともに支数件数も増えることが予想される。
図2 同行通訳支援案内ポスター
②女性教員の採用促進・人材育成
キャリア継続を可能にする研究環境の整備を目的に、女性教員の採用を促進する組織としての施策や、女性研究者の育成に向けてさまざまな取り組みを行ってきた。本学の女性研究者支援の中心的な取り組みとして、組織と研究者のニーズに沿いながら継続的に進めている。
ポジティブアクション北大方式
女性教員の増員を目的に、2006年より「女性教員を採用した部局に対し、雇用経費の一部を、翌年度より一定期間、全学運用経費より充当(ポイント付与)する」ポジティブアクション北大方式を実施している。女性採用へのインセンティブを与えることで、ノルマではなく、部局による通常人事の中で女性教員を増加させることが狙いである。当初インセンティブは、雇用経費の1/4を3年間であったが、さらに女性採用を加速するため、2009年にポイント付与率を増加(雇用経費の1/2)、2015年には付与期間を3年から5年に延長した。
理・工・農分野に特化した女性教員採用養成プロジェクト
ポジティブアクション北大方式の導入以降、2005年には7.0%(151名)であった女性教員(正規教員)割合は、2008年には8.6%(182名)に増加した。しかし、女性比率が低い理工農分野での比率向上への効果は高くなかったことから、これら分野に特化した女性教員の採用強化と育成を目的とした取り組みを、科学技術振興調整費「女性研究者養成システム改革加速事業(2009-2013)」において実施した。
当該分野で女性限定公募を実施し、5年間で27人の女性教員を採用した。採用した女性教員に対しては、総合的なキャリアマネジメント支援の観点から教育・研究力を強化・向上するための各種プログラムを実施することで活躍の促進を図った。
女性研究者ネットワークの構築
女性割合が少ない現状においては、女性研究者の良きメンターとの出会いや自然発生的なネットワーク形成は起こりにくい。そこで女性研究者支援室では、セミナーや座談会等を開催し、女性研究者の分野や立場を超えたネットワーク形成を進めている。女性のリーダーシップ、人間関係のマネジメント、研究管理、研究と子育ての両立等、さまざまなキャリア・ライフステージで直面する課題について、安心できる場で話すことで、互いにロールモデルやメンターとなり、それぞれのキャリア展開に役立てている。
このような場は女性研究者支援室にとって、今後解決すべき課題を早期に可視化し、強化すべき取り組みを見出す仕組みとしても機能している。
国際共同研究・ネットワーキングの推進
2014年より、優れた国際展開力を持つ優秀な女性研究者の表彰WinGS Global Networking Awardを実施(2件/年)している。副賞として、国際学会等への出席に合わせて研究機関を訪問し研究交流を行う旅費を補助する。また、同年より、出産や育児のため海外渡航が難しい女性研究者に対して海外研究者の招聘費用の補助(2件/年)を行っている。受賞あるいは支援実施後の翌年以降、ネットワーキングの状況について追跡調査を実施した結果、研究費獲得、論文発表等の直接的な成果に加え、招聘者の紹介による新たな共同研究、研究留学、共同での学生指導等、ネットワークの継続と発展が見られた。
上記支援が個人の研究力と業績を向上させるだけではなく、成果を学内の他の研究者にも波及させるために、受賞者/被支援者が国際ネットワーキングの経験について課題やノウハウを共有するセミナーを合わせて実施している。
上位職女性研究者へのシャドウイング研修
前述の女性研究者ネットワークの中から、上位職へのステップアップに向けた自己研鑽の機会がニーズとして把握された。そこで、2017年に研究活動や業務のマネジメントについて学ぶために、すでに上位職で活躍している学内外の女性研究者(メンター)のジョブシャドウイングを行う自主研修を支援する取り組みを試行(3件)した。その結果、研究管理、共同研究の発展、研究室運営、人脈構築、意思決定、コミュニケーション、セルフマネジメント等、主に暗黙知として伝授される知識を学んだことが分かった。
研修を通じて、女性研究者の育成に理解と意欲のある上位職研究者とのつながりが作られたことも成果の一つとして、今後の取り組みに生かしていきたい。
③女性研究者の裾野拡大
すでに研究者として歩んでいる女性の活躍推進に加え、女子大学院生、女子学生、女子中高生を対象に、次世代の女性研究者となる人材の裾野を拡大し、育てるための取り組みを進めている。
理系応援キャラバン隊
児童生徒に科学の面白さを伝え、科学への関心を高めることを目的に、さまざまな理系学部の大学院生が中心となって小中高生を対象に科学体験ブースを出展する活動を、2006年より継続して行っている。学生にとっては、アウトリーチの実践機会であると同時に、イベントに参加する女子生徒にとっては、理系女子学生のロールモデルに触れる機会となっている。これまでに延べ10,000人以上の児童・生徒がイベントに参加した。
女子中高生の理系進路選択支援
理系進学や研究に興味がある女子生徒を対象に、女性教員による講義と実習を受ける機会を提供している。実習アシスタントとして理系(女子)学生を配置し、かつ座談会の時間を設けることで、生徒にとって身近なロールモデルである理系大学生/大学院生と十分に交流できるようにしている。
また、女子生徒とその保護者を対象として、理系出身の社会人女性による講演会を実施している。理系大学/大学院卒業後の仕事や生活の実際について伝え、将来への展望を持って進路を選択できるよう後押している。
北大理系女子コミュニティRinGS
学内でも理系女子学生は少数派になりがちであることから、2016年に進学や就職等、将来のキャリア設計について気軽に情報交換できるよう理系女子学生のコミュニティを立ち上げた。メンバー同士のネットワーキングの他、理系応援キャラバン隊や中高への出前講演、進学相談会への出展(図3)など、女子中高生のロールモデルとして活動を行っている。
また、メンバーには女性研究者ネットワークへの参加も積極的に呼びかけており、研究者を目指す女子学生を中心に女性研究者との交流が進み、緩やかなメンター・メンティー関係ができつつある。
図3 高校生進路相談での活動
学部生向け授業の開講
次世代研究者育成の一環として、研究者の仕事とキャリア開発をテーマに、学部生向けの授業を開講している。研究者という仕事への理解を深めるとともに、男女共同参画や研究者のキャリア形成上の課題について知ることで、学生の主体的なキャリア開発意識の向上につなげることを目指している。
博士課程女子学生の表彰
研究者を目指す女子学生を応援するため、博士号を取得し、かつ在学中に顕著な業績をあげた女子学生に対して、本学名誉教授の大塚榮子博士の名前を冠した「大塚賞」を授与している。これまでに延べ130名の女子学生が表彰され、大学や研究機関、民間企業等で幅広く活躍している。
④女性研究者支援における地域の連携
北海道大学において進めてきた取り組みの経験を生かし、北海道を拠点に研究を進めるすべての女性研究者の活躍促進を図ることを目的に、文部科学省科学技術人材育成費補助事業「女性研究者研究活動支援事業(拠点型)(2013-2015)」を、地域の大学や研究所、ベンチャー企業等と連携して実施した(図4)。
図4 女性研究者研究活動支援事業(拠点型)「研究者のためのタイムマネジメントセミナー」(2016年2月26日−27日開催)
連携の体制と方法
道内12の大学や研究機関等と連携し、組織の環境整備や意識改革、人材育成等、共通の課題について、対応策等を共有し、各機関で効果的に支援策を展開できるよう努めた。年1回の連絡協議会のほか、各機関または合同でのセミナーや人材育成ワークショップ等の企画開催に協力・協働し、本学の経験やノウハウの普及を目指した。北海道の研究機関は地理的に広範囲に分散しているため、研究者を対象としたセミナー等ではオンラインでの配信を積極的に活用した。事業終了年度には、合同シンポジウムを開催し、成果や課題、支援の方向性や政策等について幅広く議論がなされた。
その後、連携機関である室蘭工業大学とは、JST「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」(2006)で共同実施機関として連携して取組んだ。
現在、連携により形成されたネットワークのもと、組織間のセミナー相互配信や講師派遣、ならびに大学キャンパス内で研究活動を行うベンチャー企業への両立支援の共有等の連携を継続している。
人材育成における連携
女性研究者の研究力向上やリーダー育成を目的として、リーダーシップ研修や研究交流会等を実施した。延べ217名、うち連携機関からはオンラインを含め45名の参加があった。また、本学女性研究者と連携機関所属研究者との新規共同研究に対してスタートアップ研究費の助成を行った(計6件)。研究期間終了2年後の追跡調査の結果、論文投稿、共同研究の拡大、研究費獲得、大学院生受け入れ等、幅広い成果が見られた。
このように、組織間の連携を進めることで、支援を効率的に行えるだけはなく、共同研究の拡大や人的交流の促進等、地域全体の研究力向上に寄与できることが示されたといえよう。
おわりに
ダイバーシティ推進に向けて
ポジティブアクション北大方式やさまざまな支援策の結果、2018年における女性割合は、正規教員において13.1%(280名)、全教員(特任含む)において14.0%(340名)となった。また、教授、准教授/講師、助教/助手いずれの職階でも女性比率と人数が年々増加している。その結果、キャリアステージとライフステージの両面で女性教員の多様性が増し、個人が抱える課題の多様化への対応が必要になってきた。外国籍教員が増えていることも、課題の多様化を促進する要因のひとつである。
研究人材の多様化は、女性研究者支援の歩みから必然的な流れであると同時に、ますますグローバル化・複雑化する社会課題の解決に向けて不可欠な戦略でもある。女性を含め多様な人材が能力を発揮できる豊かな研究環境、すなわち「ダイバーシティ研究環境」が、人を惹きつけ優れた研究と教育を実践する基盤となるであろう。そのためには、組織の意思決定における視点の多様化も重要である。また、大学には多様な学問分野の研究者が集まっており、異質を理解・尊重し融合させて新しいものを生み出す異分野融合研究の推進も、大学らしいダイバーシティ推進の取り組みの形と言えよう。
以上、北海道大学における男女共同参画の現状や対応する取り組みについて紹介した。ダイバーシティの推進の一例ではあるが、本稿が、多様な人材が能力を発揮できる研究環境を作るうえで、共に考えるヒントとなれば幸いである。
参考文献
(1) 国立大学協会「国立大学における男女共同参画を推進するために」(2000) http://www.janu.jp/active/txt6-2/h12_5.html
(2) 日本学術会議「女性科学者の環境改善の具体的措置について」(2000) http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-17-k132-2.pdf
(3) 北海道大学「男女共同参画委員会の設置について」 https://www.hokudai.ac.jp/jimuk/soumubu/jinjika/kyoudosankaku/haikei_set.pdf
(4)男女共同参画学協会連絡会アンケート調査「21世紀の多様化する科学技術研究者の理想像〜男女共同参画のために〜」(2003).
(5)科学技術政策提言プログラム「科学技術分野における女性研究者の能力発揮」(2003).
(6)横山美和, 大坪久子, 小川眞里子, 河野銀子, 財部香枝「日本における科学技術分野の女性研究者支援政策:2006年以降の動向を中心に」ジェンダー研究, 第19号(2016). pp.175-191.
長堀 紀子
◎北海道大学 人材育成本部女性研究者支援室 特任准教授
◎専門:研究者のキャリア開発、糖鎖科学、バイオビジネス
長谷山 美紀
◎北海道大学 大学院情報科学研究科 教授
◎専門:AI・IoT・ビッグデータ分析に基づく実社会データ解析
キーワード:特集
【表紙の絵】
「素敵な薬を作る機械」
杉平 会利 さん(当時5歳)
私が薬剤師さんになったら、「素敵な薬を作る機械」を使って、患者さんの好きな色や形、好きな味や香りのする薬を作りたいです。虹色の薬を飲むと、心に虹が架かり晴れやかな気分になります。病気になったら素敵な薬を飲んで、心も体も元気になって欲しいです。