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2019/1 Vol.122

【表紙の絵】
「素敵な薬を作る機械」
杉平 会利 さん(当時5歳)

私が薬剤師さんになったら、「素敵な薬を作る機械」を使って、患者さんの好きな色や形、好きな味や香りのする薬を作りたいです。虹色の薬を飲むと、心に虹が架かり晴れやかな気分になります。病気になったら素敵な薬を飲んで、心も体も元気になって欲しいです。

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特集 Diversity & Inclusion

ダイバーシティとインクルージョンの理解に向けて

山尾 佐智子(慶應義塾大学)

元来ダイバーシティ(diversity)とは、多様性を意味する英単語である。これがグループや組織などの集団に使われる場合、一般的にその集団がさまざまなバックグラウンドを持つメンバーから成り立ち、その多様性が認識されていることを指す。ダイバーシティの定義はさまざまあるが、例えばThomasとElyは、「異なるアイデンティティを持つメンバーが職場にもたらす、多様なものの見方や従来とは違う仕事へのアプローチの仕方」(1)と定義した。この定義には、ダイバーシティとインクルージョンを理解するうえでの重要なポイントが二つある。

属性とアイデンティティ

一つ目は、構成メンバーの「アイデンティティが多様」という点である。アイデンティティ(identity)は日本語で「同一性」と訳されるが、アイデンティティとは属性への帰属のことであり自分自身が何者かという問いへの答えである。つまり「自分とは○○である」の「○○」のことだ。「○○」には通常、性別、国籍、年齢、出身地、出身校、専門能力、性格、信仰、などのさまざまな属性が当てはまる。

属性について重要な点は、気付きやすいものとそうでないものがあるということだ。気付きやすい属性には性別、国籍、身体的障がいなどのデモグラフィ型属性を多く挙げることができる。ダイバーシティについて語られる際に女性活躍、外国人採用、障がい者雇用などのデモグラフィがフォーカスされるのは、これらの属性が誰にとっても明らかに気付きやすいものだからであろう。

逆に気付きにくいデモグラフィ型属性の例としては、LGBTや、精神障がい(例えば発達障がい)などが挙げられる。LGBTとは 「Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー、性別越境者)の頭文字をとった単語で、セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)の総称のひとつ」(2)である。正確な統計があるわけではないが、日本におけるLGBT人口、ならびに学習障がいに悩む人の割合は、それぞれ全人口の6〜7%程度と推計されている(3)(4)。気付きにくい属性には誤解や偏見が生じ易い傾向があるため、それぞれの属性に対する正しい知識や、最新の情報に基づいた適切な配慮は不可欠である。

また、デモグラフィ型属性とは異なる属性の捉え方もある。いわゆるタスク型とか専門領域に関する属性がそれだ。技術系と事務系など専門領域に関するものや、研究開発、営業、管理部門などの部署による属性もある。

このように属性はさまざまあり、そこから成る一人の人間のアイデンティティは重層的で多面的であるから、特定の個人にとってどの属性が重要かは、場面ごと、文脈ごとに変わる。例えば、近頃ある中間管理職(男性)の方からこういった話を伺った。「自分の営業チームには女性メンバーがいる。ある時顧客の接待があり、二次会でカラオケに行くことになった。女性メンバーを夜遅く帰宅させるのが憚られたので、彼女を二次会から外そうとしたところ、本人にチームの一員として一緒に行きたいと強く反論された。」この上司は女性というデモグラフィ型属性(女性)を念頭に、良かれと思って家に帰そうとしたわけだが、顧客との関係構築という業務上きわめて重要な場面において、営業職というタスク型属性から成るアイデンティティの方が、このメンバーにとっては重要だったわけである。

ダイバーシティとフォルトライン

ThomasとElyの定義の二つ目のポイントは、メンバーの属性が多岐にわたり、さまざまなアイデンティティを持つ人々が集まれば、異なった考え方や仕事の進め方が職場にもたらされる、という点だ。ダイバーシティが注目されるのは、この点がポジティブに働くことが期待されるからである。つまり、メンバーの多様性が増すに伴い、より多くのアイデア、知識、視点、経験が集まるので、意思決定の際の情報がより包括的になり、その中から最適の選択肢を見つけられるというものである(5)。ダイバーシティは組織の創造性や革新性を増し、パフォーマンスに寄与するという見方の基盤となっている考え方だ。しかし、メンバー属性が多様化すると、その集団をまとめにくくなったり、対立や意見の食い違いが起きて物事を進めにくくなったりするなどの、ネガティブな効果も知られている。その根拠は、基本的に人間は自分と似通った属性の者に親近感を覚える傾向があり(6)、異なる属性の者に対してはステレオタイプなどのバイアスを持つ傾向にある(7)ためだ。

では、ダイバーシティのポジティブな効果を得るためにはどうすればよいのだろうか。糸口の一つとしてフォルトライン(faultline)(8)という概念を提示したい。フォルトラインは断層線と訳され、集団内のサブグループ間の溝を指す。集団構成のあり方によってはフォルトラインが弱くサブグループ間の溝がさほど感じられない場合と、フォルトラインが強くサブグループ間の溝が深く感じられる場合がでてくる。例えば性別、専門性(理系か文系か)、年代の三属性で、多様性のレベルとフォルトラインの強弱を見る場合の四つのパターンを考えてみる。

グループ1は四名のうち三名が男性で、この点で圧倒的マジョリティである。メンバーDだけが異質なので、サブグループさえできることなくマジョリティに吸収される可能性が高い。すなわち女性が入ったからと言って、ダイバーシティが確保されたとは言い難い。グループ2は性別でバランスはとれているが、性別と専門性がリンクしているので、「理系+男性」と「文系+女性」のサブグループ間に溝ができる可能性がある。同様にグループ3も性別でバランスが取れているが、今度は年代と専門性がリンクしており、やはり「文系の年配層」と「理系の若手」サブグループに分断する可能性がある。この四つの例の中で最も安定していると思われるのがグループ4である。最も多様性が高く、また最もフォルトラインが弱い。各メンバー間の共通項が一属性しかないためである。

以上の例は単純化されたものなので、実際の人材配置にはより多くの要素が絡み合う。ここでは考慮に入れなかったメンバーの国籍や文化、価値観や性格も加わるので、チームダイナミクスのマネジメントは、上述のように簡単にはモデル化できない。ただ、フォルトラインの可能性を意識しておくことや可能な限り予見することは、今後リーダーの立場に就く者にとって必要不可欠なスキルだと言える。

ダイバーシティとインクルージョン

最後にインクルージョン(inclusion)という概念をお伝えして拙稿を締めくくりたい。インクルージョンとは、組織やその構成員が、どの程度多様なメンバー同士を連携させ、参画させ、効果的に使いこなせるかということである。フォルトラインの四パターンの例から、単にデモグラフィ型属性が異なるメンバーを集団に加えれば、ダイバーシティの効果が発揮されるわけではない、ということがお気付き頂けたかもしれない。メンバーがどれだけアイデアを出し合い、経験に基づく知識をフル活用して効果的に働けるかは、組織やチームが多様なメンバーの存在を認知し、互いに尊重しながら協働できるかにかかってくる。

その際、特に重要になるのが、メンバー自身がどのようにインクルージョンを経験しているかということだ(9)。先に述べた営業チームの上司と部下の例に戻ると、二次会のカラオケに呼ばれないことによって女性部下はインクルージョンの反対のエクスクルージョン(exclusion、排除)を経験した。上司に悪気はなかったが、自分とは価値観が異なると思われるメンバーとともに働く際には、個人的な経験値や価値観だけに捕らわれず、相手の意思を確認する作業が必要となる。相手を問わず新たに学ぶ姿勢が大切だ。実際、ThomasとElyは単に法令順守や外部の評判を気にしてダイバーシティ組織を作ろうとしてもあまり意味はなく、多様性から学ぶことのできる組織づくりが重要だ(1)と述べている。フォーマルな制度作りももちろん重要だが、インフォーマルな話し合いや集まりを促進するような、組織の中の雰囲気づくりも重要だ。


参考文献

(1)Thomas, D.A. & Ely, R.J., Making differences matter. Harvard Business Review, Vol.74, No.5(1996), pp.79-90.

(2)LGBTについて, 特定非営利活動法人東京レインボープライド https://trp2017.trparchives.com/lgbt(参照日2018年11月1日)

(3)電通ダイバーシティ・ラボが「LGBT調査2015」を実施—LGBT市場規模を約5.9兆円と算出—(電通ニュースリリース), 電通 http://www.dentsu.co.jp/news/release/2015/0423-004032.html(参照日2018年11月1日)

(4)発達障害者支援に関する行政評価・監視(結果報告書,2017年1月), 総務省 http://www.soumu.go.jp/main_content/000458761.pdf(参照日2018年11月1日)

(5)Bunderson, J.S. & Van der Vegt, G.S., Diversity and inequality in management teams: a review and integration of research on vertical and horizontal member differences. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, Vol.5(2018), pp.47-73.

(6)Byrne, D., The attraction paradigm, (1971).

(7)Tajfel, H., Human groups and social categories: studies in social psychology, (1981).

(8)Lau, D.C. & Murnighan, J.K., Demographic diversity and faultlines: the compositional dynamics of organizational groups. Academy of Management Review, Vol.23, No.2(1998), pp.325-340.

(9)Ferdman, B.M., Diversity at work: the practice of inclusion, (2014).


 

山尾 佐智子

◎慶應義塾大学 大学院経営管理研究科 准教授

◎専門:国際人的資源管理論、国際経営論

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