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2019/1 Vol.122

【表紙の絵】
「素敵な薬を作る機械」
杉平 会利 さん(当時5歳)

私が薬剤師さんになったら、「素敵な薬を作る機械」を使って、患者さんの好きな色や形、好きな味や香りのする薬を作りたいです。虹色の薬を飲むと、心に虹が架かり晴れやかな気分になります。病気になったら素敵な薬を飲んで、心も体も元気になって欲しいです。

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座談会

イノベーションを生み出す「幸せ因子」と「多様性」

サイバーフィジカルシステム、AI、協業ロボットなど、機械と人間の関係が変容していく中で、ものづくりの新しい姿が問われている。このような変化において、ものづくりや機械工学は、潜在価値をどのように見出し、課題設定するべきなのか。本号特集に関連して、「多様性」をキーワードに、幸福学研究者 前野教授を迎えて、「幸せ因子」から見たイノベーション創出環境について意見交換を行った。

 


写真左から

<フェロー>

田中 真美

◎東北大学 大学院医工学研究科医工学専攻 教授

◎日本機械学会 広報情報理事


<フェロー>

佐々木 直哉

◎(株)日立製作所 研究開発グループ 技師長

◎日本機械学会 会長


<フェロー>

前野 隆司

◎慶應義塾大学 大学院システムデザイン・マネジメント研究科 教授

◎日本機械学会 技術倫理委員会前委員長


ものづくりの課題

ものだけでなく人をもっと掘り下げる

田中:まずは自己紹介から。私は東北大学で触覚・触感の計測などを医療機器に応用する研究をしています。今年から大学で総長特任補佐として共同参画も担当しています。

前野:私はもともと機械力学やロボティクスを専門としていたのですが、その後、技術者倫理教育もするようになって、最近は幸福学の研究もしています。ロボットから幸せに移ったというよりは「設計変数の中に幸せを入れるべきだ」と考えたんです。今も機械工学の中の設計論として、幸せを含めたものづくりやサービスづくり、あるいは組織づくり、まちづくりを行っています。

佐々木:私の専門としては計算科学です。最近はデザインなどの感性や潜在価値などに興味があります。

田中:それでは、まず本会が今後取り組んでいくべきものづくりの課題についてお聞かせいただけないでしょうか?

佐々木:「Society5.0」「超スマート社会」や「AI」などの言葉が示すように、国はサイバーフィジカルシステムという形で、実際の世界と仮想空間をつないで新たな価値を生み出す社会を提唱しています。経済成長と社会課題の解決の両立を目指すという言い方をしていますが、その中で、これからのものづくりは「潜在価値」「新しい課題」をどのように提案していくのかが課題となります。例えば「人が幸せに感じる機械とは何か?」と考えるときに、機械工学がそれにどう対応できるのか。昔は洗濯機や掃除機の性能に対して、人が使って一方的に情報を得ていましたが、これからは人が動いていることをAIが感知して勝手に洗ってくれるなどのさまざまな相互作用を持つ、新しい機械と人間の関係性が出てくるでしょう。そういったものづくりの技術とは何か、ということがこれからの課題だと私は感じています。

田中:先ほど前野先生が、設計変数の中に幸せを入れるという話をされていましたが、それに至った動機は何ですか?

前野:私は、システムデザイン・マネジメントといって学問分野を超えてものごとをシステムとして見るということを行っています。例えば、カメラでいえば「便利だから」「シャッタースピードが早いから」というふうに、人が物に求めるスペックがありますよね。それを追求していったところ、心地良いから、安全だから、便利だから、楽しいから、幸せだから、世界の平和につながるから…と「幸せ」や「平和」が最も深いニーズだということがわかったんです。ところがものづくりでは、つい目の前の「シャッタースピードが早い」といったところにとらわれがちです。「人間中心設計」と言われますが、その「人間」をもっと深く掘り下げていくと、本当に必要な製品やサービスが出てくるのではないかと思っています。幸せの他にも満足、心地良さ、感動などについても研究しており、その結果、今に至ったというのが私の研究の背景です。ですから、ハードを一生懸命掘り下げると同時に、そのニーズを持っている人間も掘り下げることができると、これからの機械が生まれるのではないかと思うんです。田中先生もそうではないですか?

田中:はい。触覚の研究では「物」だけでなく「人」も測っています。人のほうは個人差がありますから、この人はどういうものが好きなのか? その順位は? 何が心地いいのか? などを見ていかないと触感のいいものはできないと今まさに考えているところです。

佐々木:機械の性能と人の動きには相関があって、人が製品を使っていくにしたがって愛着を感じて、使えば使うほど良くなるといった心地良さもあるんですね。昔は機械の性能を達成しようと技術者は開発してきましたが、これからは機械が周りに及ぼす影響に対してどうあるべきかという技術開発が必要です。しかし、それがどういう手法かというのはまだよくわかりません。ゲーム機なんかはそこまで考えて作っているのでしょうね。以前は一人で楽しむためのゲームがほとんどでしたが、家族が楽しむゲーム機が出てきました。そういう視点を、作る側の人が持たないと「いつまでも機械は性能だけ」という認識の域を出ません。しかし、どうすればそれを体系化できるかが、すごく難しい。

前野:デザイン志向や人間中心設計などの方法で、目の前の使い心地ではなく、その結果がどう影響するかの深い分析をやるべきですし、機械工学をやっている人はそれが得意だと思います。ハードがわかっているから、アナロジーで人間の心の動きを分析できるんですね。要求工学や、デザイン志向に広がっていくといいと思います。サービス工学や感性工学も近い分野です。

超上流設計としての幸せ

機械工学が幸せを生み出すには?

 

前野:私は設計論として幸せの研究をしているのですが、幸せを因子分析すると、①やりがい、②感謝、③楽観性、④独自性の四つになります。つまり、幸せを感じる製品を設計するのであれば、この四つを満たすものを作ればいいんです。しかし、これはハードのことだけで考えてもさっぱり思い付きません。例えば、カメラを買った人がインターネットでカメラサークルに入って腕を競い合うというようなシチュエーションがあると、みんながやりがいを感じて、サークルでつながり合って、前向きに自分らしく腕を磨けるんです。まさにこれが大事なところで、どんな「ハードウェア」も「サービス」とつながると、幸せとつながると思うんです。

佐々木:その場合、データの取り方はどうやるのですか?

前野:アンケートで無意識に感じていることを取ります。皆さん、意識して自分は利他的なことをすると幸せになれるとは思っていないですよね。でも、統計データを取ると、幸せな人は利他的なんです。

佐々木:統計的な手法なんですね。

前野:そうです。設計者は心理学のデータを使いながら、前向きになれる製品を設計する。そのように幸せを含んだ設計学を構築中です。

田中:物に落としこむのが難しそうですね。

前野:幸せが難しいのは、概念として広いので、パラメータが100個も200個もある点です。また、統計的に有意であるという言い方しかできません。

佐々木:今、上流志向なので、そういう研究会をつくって、研究が進むような環境が整えばいいですね。

前野:超上流設計の研究会ですか。

佐々木:超上流というのは難しそうですが、いい気がしますね。

前野:学問的にやることはいくらでもあると思います。

田中:幸福って概念として広いから扱うのが難しく感じてしまいますね。超上流設計という言い方ならわかりやすいかもしれません。

前野:「超上流設計としての幸せ」。

佐々木:機械工学は学問として成熟してきていますよね。これまでと同じ分野で頑張ろうと思っても、すでに研究はかなりのところまで進んでいるので、上流の違うところに新しいニーズがあるんだということを言ってあげないと、簡単に視点を変えることはできない。そういうことを、機械工学全体でうまく言えていないんですよね。機械工学の新しい役割と言うと、AIなどの手法論的にはたくさん出てくるのですが、それは何を目指した上での技術かということは言えていない。それをひとつの例として、機械学会がオープンに「超上流設計としての幸せ」と言えると、具体化できる気がします。

前野:手法と学問と現実社会とがつながれば、水が流れるように活性化していくでしょうね。

佐々木:世の中の幸せは何パターンもありますが、それとこの機械工学の間をどうつなぐかという議論がなされると、意外とたくさん出てくると思うんですよ。ただ、それらをつなげようとしてこなかった気がするんです。そういうつなげる活動を、機械学会として、もっと前面に出してもいいかなと思っています。

社会に不可欠な機械工学

産業への貢献とその指標

 

佐々木:やはり機械工学は世の中に役立つことが重要なので、こういった上流設計の手法と学問と産業ニーズがつながると機械工学として新しい方向に進むのではないかと思います。「世の中にどう貢献するか」となると自分の専門分野を深めるだけではなくて、それが社会にどう有効に使われるかも重要になってきます。これは、論文のインパクトファクターや評価とは独立したものになります。

前野:産業インパクトファクターのような指標があると素晴らしいですね。学術インパクトファクターと産業インパクトファクターの両方を測れるといいですね。特に工学は工業に貢献することが最終目的ですから。

佐々木:例えばソフトウェアを維持していくことは、論文のインパクトファクターとはかけ離れているので、評価されにくいと思います。学会がそういう評価を担う必要があるのではないかと感じます。

前野:多様な価値基準があるといいですよね。

田中:そうですね。大学の先生はご自身の専門領域を深掘りしますが、世の中がそこを求めていないとなると、それに気付かなければならないと思います。そういうファクターがあれば「違うところもやらなければ」と思えるようになるのではないでしょうか。やはり大学の先生は論文でしか評価されないんですよね。

佐々木:そういった協調領域のところが問題で、学会の役割としてはその間をどう取り持つかが大事です。

田中:産業界のニーズをどう拾っていけるかですね。

佐々木:2018年4月に公表された経済産業省の「理工系人材需給状況に関する調査」では、「現在の業務で必要とする分野」は機械工学だとする回答が一番多かったそうです(技術系職で27.8%)。また、5年後に不足する技術者も機械工学が一番多いとされています。やはり機械工学はまだまだ必要なんですよね。

田中:機械に関しては学生の数も多く感じないですよね。

前野:まだ女子が少ないですね。

田中:前よりは増えてきていますが、そうはいっても簡単に増えないという印象はありますね。

佐々木:「超上流設計としての幸せ」を進めると、女子学生はもっと増えるかもしれないですね。

田中:感性工学などは女性は結構好きだと思いますね。そういう分野も入ってくると、機械工学のイメージが変わるかもしれないです。

幸せの条件≒ダイバーシティ≒イノベーションが

生まれる環境

 

田中:幸せって主観的なものでそれこそ多様ですよね。先ほど、幸せな人は利他的だという話がありましたが、どういう意味なのでしょうか?

前野:アンケートで幸せかどうかを聞いて、利他性も調べた結果、幸せと利他性に相関があったということです。

佐々木:結果論として相関があるということですね。

前野:また、自分を他人と比較する傾向が強い人ほど不幸なんです。人と比べて勝ったというのは、実はあまり幸せではないのです。統計データから言えることは、人と比べずに人のためになることをしたほうが幸せですよということですね。

田中:そういう意味で、倫理と幸せには相関があるのですか。

前野:すごく大ざっぱに言うと、性格のいい人が幸せです。だから、何か悪いことをする人よりも、誠実さや前向きさがある人のほうが幸せ。幸福学ってそもそも倫理学なんです。倫理学と言うと、「不正はすべきではない」というネガティブなほうに目がいきがちですが、「人間は幸せに生きるべきである」と考えると、まさに倫理学のポジティブな側面が幸福学なんです。

田中:幸福学の視点から、ものづくりの現場を活性化する方法ってありますか?

前野:私の研究では、因子分析によって心の要因による幸せを「四つの因子」に整理しました。

①「自己実現と成長」(「やってみよう」因子)

②「つながりと感謝」(「ありがとう」因子)

③「前向きと楽観」(「なんとかなる!」因子)

④「独立とマイペース」(「あなたらしく!」因子)

の四つです。先ほど触れた「デザイン思考」では、プロジェクトのメンバーが協力して創造するんですよね。チームでやると、一人の天才がアイデアを出すよりも良いアイデアが出るという研究が『Science』に載っています。これはまさに協力して創造するわけですから「やってみよう」因子と「ありがとう」因子の掛け合わせなんです。ですから、幸せの条件とイノベーションの条件は類似していると言えます。また、デザイン思考では、多様なメンバーがいるほど良いアイデアが出ると言われているんです。さらに私の学生が行った研究では、友達が多様なほうが幸せという相関がありました。まさにダイバーシティがあるほどイノベーティブで幸せになる。アメリカの研究で、幸せな社員は不幸せな社員よりも創造性が3倍高いというデータが出されています。幸せになるとアイデアが3倍出るわけですから、ダイバーシティを推進して幸せになると、創造性も高まって会社が活性化するという結論です。

田中:その反対にあるのが、データ改ざんかと。

前野:はい。改ざんというのは、嘘で固めて取り繕うことです。日本の悪事は「組織のため」というケースが多いですね。アメリカの倫理問題では、自分だけがお金を持って逃げてしまうようなケースが多いのに対して、日本は「会社を守るため」と言って悪いことをしてしまう風土があるんです。多様性の不足というか、均一化してみんなで隠そうという空気が蔓延している組織は幸福度も低いし、創造性も低いですよね。創造性があって幸福度が高ければ、隠蔽などといった倫理に反する行為はしないと思います。もちろん教育は必要ですが、私は幸福というものは倫理問題解決のひとつの手法だと思っています。

田中:創造性が低いから、起きてしまうということですか。

前野:そうです。疲弊して不幸になっているから創造性も低くなり、ずるいことをする以外にソリューションが見つからないんです。私が倫理学で教えている「創造的第3の解決法」というのがあるんです。社会のためか会社のためか、どちらを選択するかの状態に陥ったとき、どちらかではなく、技術開発をして解決するといったイノベーティブな方法です。

佐々木:弁証法でいうアウフヘーベンですね。相反するものをらせん状に上げていくと。科学の発見もそういうパターンではないでしょうか。相反するものが、両方とも満足しようと思って悩み続けて、何かふっとひらめくと、一歩上がっているという。

前野:まさにそうだと思います。

佐々木:今はどの組織も目標設定が高いので、それで疲弊しているのも一因かと思います。フロー体験と言いますが、自分がやりたいと思ったことが達成できると満足して、それが続くとさらに良い方向に行くという考え方もあります。やりたいと思ったことができない状態が続くと、ストレスがたまっておかしくなるというのはありますよね。目標値を100%に上げると苦しいから80%ぐらいでやっていくといいけれど、最初から100を目指さないと競争に負けてしまう。

前野:本当は非効率ですよね。自分がチャレンジできるギリギリのところにいると、一番フローに入るわけです。でも、それを超えるタスクになると苦痛とストレスで折れてしまう。簡単過ぎても、もちろん退屈になってしまう。

佐々木:日本語的に言うと「良い加減」っていうのが大事ですね。「いいかげん」じゃなくて、「良い加減」。

学会は多様なつながりを得られる環境

佐々木:今、世の中のものづくりは相当高い目標が設定されているにもかかわらず、結構単独でやっていて、その人にかなりのプレッシャーがかかってしまっていると思います。実は学会はそういうところを緩和できる場なんです。いろんな人と共感しあって、新しい気づきもあって、技術者がちょっとホッとして次に行こうというささやかな幸せを得られる。

前野:そうですね。多様なつながりが得られて、そこでヒントを得られるわけですから。学会はうまく回っていると、まさに幸せの条件を満たしている場ですよね。

田中:まさに多様な場所ですね。

佐々木:だから学会が終わった後の懇親会は必ず出たほうがいいと思います。講演が終わるとさっと帰ってしまう人が多いので。懇親会では潜在的な情報が交わされるのですが、今はそういう場が少なくなりました。

前野:そうですよね。懇親会も行かないというのは、多様性を拒否して、自分の気の合った人だけでいいというマインドだとすると、それはまさに幸福の条件を自らカットしていることになりますから。

佐々木:SNSではつながっているのですが、リアルな世界ではつながらない人が多い。つながり過ぎると今度はがんじがらめになるので「つながり過ぎない」となると、学会はちょうど良い環境だと思います。

前野:はい。心理学でも弱いつながりがあると良いとされています。

田中:学会ってとっつきにくいイメージを持たれているかもしれませんが、いろんな人と出会えて、割と気軽に参加できます。それは学会のコミュニティがちょうど良いつながりだからかもしれません。もっといろんな人に参加してもらいたいと思います。

 本日は普段研究している機械工学とは少し違ったお話を聞けて、参考になりました。ありがとうございました。

(2018年10月31日@品川プリンスホテル会議室)

 

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