私の一冊
『新訳君主論』
著者:ニッコロ マキアヴェリ(1469-1527)、池田康 訳
ページ数:244
出版社:中公文庫、中央公論新社
言語:日本語
ISBN:4122040124
発売日:2002/4/25
本書は、中世イタリアフィレンツェの官僚で政治思想家のマキアヴェリが、一国のリーダーである君主について、自身の外交経験や古典の知識などから、統治の成功と失敗の要因について考察したもので、ご存知の方は多いと思います。乱読で欧州史にさして興味のなかった私が本書にたどり着いた経緯は割愛しますが、リーダーシップや組織を考える一つの見方を与えるとともに、このような思索、思想を生み出した古代ローマから中世ルネサンスにかけてのイタリア文化に興味を持つきっかけとなった一冊です。
マキアヴェリの語る君主論は、平素の心構えではなく、食うか食われるかの臨戦状態で国を興し維持するための君主の力量について考察をしているところが、他の同様の書籍と異なります。時には、手段を選ばず道徳的には受け入れがたい手段も意に介さない決断を要求する姿勢に、目的のためには手段を選ばない権謀術数、マキアヴェリズムとした、世に出てから長い間、悪徳の書のレッテルを貼られてきました。しかし、その後も読み継がれ、多くの権力者や知識人に影響を与え、19世紀に入りようやく再評価されて今日に至っています。
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よごれ0(ゼロ)ロボッ子
村越 心 さん(当時9 歳)
この‘よごれ0(ゼロ)ロボッ子’は、体が掃除機のようになっています。手は掃除のアイテムが出てくるようになっています。口はゴミを吸い込めるようになっています。そして、吸い込まれたゴミは大きなおなかに入り、それが‘よごれ0(ゼロ)ロボッ子’のごはんとなります。目はセンサーが付いていて部屋のよごれがあるとすぐに気づけるようになっています。足はモップで水などをふけます。モップは自由に動きます。頭にはアンテナが付いていて、電気に近づくと体全体が気づき、動くようになっています。これが‘よごれ0(ゼロ)ロボッ子’の仕組みです。