特集 地球環境の変化を知る―技術はどのように貢献するか―
インタビュー 吉田 弘(海洋研究開発機構)
SDGs(持続可能な開発目標)の項目に「13.気候変動に具体的な対策を」「14.海の豊かさを守ろう」が設けられており、国際的な取り組みが期待されている。
海洋研究開発機構が2008年に掲げた長期ビジョンでは、「地球環境変動の観測を進め、変動原因の解析や将来予測を行うとともに、地球環境変動と地球生命システムの相互作用について理解を深め、温暖化に代表される地球環境変動から社会を守ることに積極的に貢献する」と謳われている。
気候変動、海洋研究のための技術動向について、海洋研究開発機構 海洋工学センター海洋基幹技術研究部 部長/北極環境変動総合研究センター北極観測技術開発ユニット ユニットリーダー 吉田 弘 氏にお話を伺った。
海洋研究開発機構 海洋工学センター
海洋基幹技術研究部 部長/北極環境変動総合研究センター北極観測技術開発ユニット
ユニットリーダー 吉田 弘
極域観測の目的
気候変動の危機的状況
−本誌特集「地球環境の変化を知る—技術はどのように貢献するか—」に関連して、お話を伺いたいと思います。JAMSTECでは、どのようなお仕事をされているのでしょうか?
所属部門としては、キーテクノロジー、基礎技術の研究、プロジェクトの技術サポートのほか、競争的資金プログラムも担当しています。私たちの研究テーマとしては、音響と、センサからロボットシステムまで広くやっています。
−多岐にわたりますね。
いろいろな研究をやっているという感じです。
−予算的には、どのプログラムが大きいのでしょうか?
一番大きいのは北極観測ですね。南極観測は新学術領域研究の科研費で進めています。
−極域観測はどういったことを目的にされているのですか?
主な目的は、最終的な生物、食物の変化を含めた「変動の観測」です。気候変動については、日本だけでなく世界でも関心が高くないのですが、本当に危機的な状況と私は捉えています。海底資源の話は皆さん興味を持たれているのですが、気候変動にはあまり関心を持たれないようです。
−環境問題に対処するためには産業の発展を犠牲にしないといけないから目を背けてしまうのでしょうか?
おそらくそうでしょう。しかし、もう産業の発展を止めても、大気中の二酸化炭素の量は数値的にまずいと考えられているところまで来てしまっているように思います。地球環境が変化するだけの温室効果ガスがすでに溜まっています。省エネでは対応しきれないレベルに達していて、積極的にジオエンジニアリングを行って、CO2を吸い取る技術を開発していく必要があるのではないでしょうか。これは持論ですが。
−かなり深刻だということですね。
地球環境の危機
環境把握のための極域研究
−省エネでは対応しきれないレベルという気候変動の現状について教えていただけますか?
2010年頃に地球温暖化に対する懐疑論が流行りました。CO2の温室効果を否定する言説が報道されたり、いろんな書物が出たりしました。そのため、この懐疑論は日本人に染み付いているように思います。世論としてトピックになったのはそれが最後なので、どちらかというとCO2は温暖化に関係ないという認識が世間一般ではほとんどだと思います。
−その懐疑論は今はどういう扱いなのでしょうか?
科学者の間では懐疑論は淘汰されました。地面に当たって跳ね返る赤外線の吸収波長はちょうどCO2やメタンのあたりにあるので、熱がたまらないほうがおかしい。ただし、CO2の排出量増加イコール地球温暖化とワンステップで片付けられないのが地球システムの難しさで、関係は少なからずありそうだが、それだけではないということでしょう。私は技術者なのでどちらかというと白黒つけたくなってしまいますが…。CO2の排出量を年代別に見ると、産業革命が終わって1900年代からすごい勢いで上がってきて、実はもう400ppmを超えてしまっています(図1)。
図1 History of atmospheric carbon dioxide from 800,000 years ago until January, 2016.
(出典 https://www.esrl.noaa.gov/gmd/ccgg/trends/history.html
−400ppmを超えるとどうなるのですか?
これが本質ではないと思いますが、分かりやすい例ですと、南極の氷が解けて水位が20mぐらい上がるといわれているのが400ppmです。あまりにも変化が早過ぎて、地球が応答していないというのが私の捉え方です。
−地球環境が応答していないだけで放っておけば必ずそうなるということですね。
そうなんです。だからCO2を回収して300ppm近くに落とさないといけないのではないかと勝手に思っています。
−これが世界の科学者の共通認識なんですね。
先の話は科学者の間では共通認識ですが、ジオエンジニアリングをした方が良いというのは私の意見です。ただ、温暖化の話は経済に関わる人はやはり否定してる人が多いようです。ちなみに南極の氷が解けて水位が60m上がったときの関東地方はこのようになります(図2)。北極の氷が溶けるとその下にあるメタンも溶けてメタンガスが放出されるので、温室効果ガスの排出量が加速されます。
図2 水位が60m上がったときの関東地方
(出典 http://flood.firetree.net/)
−これは何年後の予想ですか?
何年後かは分かりません。現在は年3mmのオーダーで水面は上がってきているという報告があります。これから急激に上がるかもしれません。元東京大学総長の有馬先生が4度上昇した世界の影響を予想されていたり、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最もローレベルでは0.67度しか上昇しないとされていたり、最悪なものだと7度上昇という予想もあります。4度上がると2100年までに世界人口の10分の1に減るという予想もあるので、最悪の7度上昇だともっとすごいことになるでしょう。食糧難、それから生活圏の縮小が主な要因なのではないでしょうか。北極や南極の氷が広大な面積で熱エネルギーを跳ね返していますが、CO2に覆われてしまうと吸収して蓄積されてしまうのです。
−気温上昇以外にも影響はありますか?
確実に問題なのは、極圏の温度が上がってくることで、氷が解けて熱が吸収されていることだと思います。一説によると地球規模の海流が弱くなってきています。特に赤道から北極圏への熱輸送が大きかったんです。赤道から表層を流れていきグリーンランドあたりで深海に入るモデルがありますが、その海流が弱くなると、赤道からの熱輸送が小さくなってきています。そうすると赤道側は熱がたまりっ放しになるので、どんどん空気中に水蒸気が上がって台風が大きく育つようになるということも考えられます。また、海流だけでなくジェット気流も弱くなってきているそうです。気流の速度が遅くなり、蛇行し始めて局地的にいろんな気候変動が起こっているという説もあるようです。これらはあくまでも一つのモデルですが、現実に起きている現象に当てはまっているものもあります。こういった海洋環境変化について、特集記事「海洋環境変化の自動観測−現状と期待」(本誌p.10)に詳しくまとめられているので、こちらもお読みいただきたいです。
−実際に世界的に異常気象が起きていますね。
温暖化の原因が100%確実にCO2であるとは言い切れませんが、人為的な急激なCO2上昇は明らかですから、空気中にたまったCO2を、使うエネルギーよりも効率良く吸い込むジオエンジニアリングが必要であろうと私は思っています。しかし、そういったことをやるにしても、その影響を調査するためにデータを集める必要があります。その中でも北極・南極のデータが重要です。というのは、もともとデータが少ないのは当然のことながら、広大な面積で氷に覆われている地域なので、特に氷の下の情報が必要だからです。そこで、氷床の下を見る海中ロボットの開発が世界中で行われています。ちょっと、話がジオエンジニアリングにそれてしまいましたが、これは私見であって、機構としては極域の氷の下のデータを集めることで、いま、そして今後の極地の変化を知りたいわけです。人類が対面している温暖化をはじめとしたさまざまな環境問題は、このあと河野さんが総論として解説してくれますので、是非お読み下さい。
海中ロボットの動向
通信とポジショニングが鍵
−海中ロボットの動向について教えて下さい。
極域の海中ロボットには、まず距離が求められます。それからどれぐらい深く潜るかということですね。例えば、北極の海底ですと一番深いところ4,000mです。浅い所から深いところまでの温度・塩分濃度や氷を観測することが目的です。氷の下にロボットを入れる時に一番課題となるのは、位置が分からないということです。そういった点で、先端を行っているのはイギリスのNational Oceanography Centre, Southampton(NOCS)でしょう。2018年の3月に南極の氷の下、深度900mを、通信なし、測位なし、完全自律で50km行って戻ってきました。ミッションのうちの9割はロボットがどうしているか分からない状態で行ったということです。
−そんなことが可能なんですね。
NOCSには、Gwyn Griffiths さんというAUV(自律型無人探査機)の大家がいまして、AUVの信頼性について過去15年ぐらい研究されてこられました。そして、ものだけではなくて、運用にもバスタブカーブ(故障率曲線)があるという結論を出されています。つまり、AUVの運用において、最初の数時間が最も故障が出やすくて、それを超えると故障率が急激に下がるというものです。その考えをAUVの運用にも取り入れて、いきなりミッションを行うのではなく、最初の数時間はオープンシーで問題があっても回収できるように走らせておいて、何も不具合が出なかったら氷下ミッションに行くというやり方です。
−運用にも適用できるというのは初めて聞きました。
一方で、有線ではカナダのInternational Submarine Engineering(ISE)という会社が、氷の上に1カ所1カ所穴を開けて、音響の灯台を入れて音波を捉えるという方法で1,000km以上走らせました。音波が通じるのは10km〜20kmですから、おそらく50km〜100kmごとに穴を掘って音響灯台を入れて行ったのだと思います。それ以外にも、もういろんな国がしょっちゅう南極や北極にロボットを入れている状況です。
−海中ロボットの今後の課題はどういったところですか?
データというのはxyzの座標が付いて初めて生きてくるのですが、先ほどのNOCSのロボットもどこを走ってきたか正確には分かっていないと思います。数キロの誤差という分解能でデータは取れているという感じです。海中ロボット技術、センサ技術、通信測位技術の三つが海中ロボットの技術的な柱になります。
−JAMSTECの開発はどのような状況ですか?
JAMSTECは以前北極氷下を縦断観測するためのプロトタイプとして「うらしま」を造っていましたが、コスト等の問題もあり、北極を目標とする開発は2010年以降中断しました。近年、航行レンジは短いですが小型のタイプというコンセプトで開発を再開したところです。コストをあまりかけない方式で、位置は分からないけれど、氷の下に行って戻ってくるロボットです。2016年に、アルゴフロートにプロペラ付けたものを7基作って北極の氷の下に入れました。浮き袋を縮ませて沈めて、あるところまで行ったら横に走って、また氷の下辺りで浮上して写真を撮って帰ってくるというものです。付いている航海計器は方位計と深度計のみです。
−それでよく戻りますね。
まだ数kmですけどね。ただ、塩分濃度や温度については正確な場所がやはり分からないです。通信とポジショニングが重要になってきて、特にポジショニングについては新しい方法を検討中です。音波は10kmぐらいしか届かず、氷は通らないんです。氷に穴を開ける方法はコストがかかるので、今は電波を使った氷上の海中用電波灯台という方法を研究しています。低周波の電波は氷をほとんど減衰せずに突き抜けますし、海中でも波長を長くしていけば100mぐらいは伝播します。
自身のキャリア
サイエンティストでエンジニア
−個人的なキャリアについてですが、工学から理学のほうに行かれたのはどういう動機だったのでしょうか?
高専卒業後に無線・通信の会社に入社したのですが、自分がプリプロダクションで作った回路基板がどんどん廃棄のためにプレスされていくのを見て、違和感を覚えました。そこで、この先やるならエネルギーか環境しかないと思ったんです。それからしばらくして退職しました。サイエンス系に行きたかったので、自分の専門分野とエネルギー・環境というキーワードで考えて、プラズマを大学院で研究することになりました。自分のベースは電磁気学なので。それで、ドクターを取ったのは35歳なんですが、当然どこも雇ってくれるとこはなく、地元のソフトウエアハウスにいながらポストを探していると、JAMSTECからあなたの経歴は面白いからと声をかけてもらいました。
−電磁現象に興味を持たれたきっかけはいつごろのことですか?
電磁現象といいますか、電磁気を使ったものに興味を持ったのは小学校4年生の時です。父に秋葉原に連れて行ってもらって、トランシーバーやらラジオやらごちゃごちゃしたものがいっぱいあるところで組み立てキットを買ってきて、目に見えない電波というのに触れたのがきっかけです。
−鉱石ラジオとかですね。
そうです。トランシーバーとかアンテナを自分で作ったりしていました。全然アンテナ理論なんて知らなかったので、めちゃくちゃでしたけど。
−目に見えないから不思議だと感じたんですね。
組み立てたり、分解したりしている最中が楽しいんです。今でも、作るプロセスとその手前のデザインが好きですね。プロセスには現象を突き詰めることが含まれているので。
−そういったご経歴から、エンジニアとサイエンティストの違いをどのように感じますか?
現実のものにするのがエンジニア、whyを解き明かすのがサイエンティストと、非常にシンプルな分け方で私は考えています。日本においては、エンジニアは理屈よりも、形ができてきちんと動くのが大事というふうにされていませんか?技術屋さんだと、例えばフーリエ変換とラプラス変換のその式自体の意味はないがしろにされていて、ただ使えればいいと考えられている気がします。
−それはちょっと耳が痛いです(笑)。
それを僕は理学系に行って習ったことなんですけどね。つまりエンジニアはどっちかというとwhyを持っちゃいけないんです。もちろん小さなwhyは持ってもいいんですが、根本的なwhyを持ってしまうとものづくりが進まなくなってしまうから。いつもhowをやってるんです。一方、サイエンティストはhowというよりはwhyをいつも持っていて、何で?何で? 何で?。だから逆に言うとすぐに製品にはなりません。そこが違うかなと。
−なるほど。エンジニアのwhyとサイエンティストのwhyは違いますね。そういう意味では、ご自身はエンジニアですか?サイエンティストですか?
意識して使い分けています。プロジェクトで要求されてるものに対してwhyを入れたら前に進まなくなるので。どうしてもwhyを入れないといけないものは、自分で期限を付けます。期限までに判断をして、いけるという確証がある程度得られたら、また次の期限までやってみるというやり方です。
学会に求めるもの
議論をガツガツやるのがあるべき姿
−どういう学会で活動されていますか?
メインはIEEEですね。
−ご自身にとって、学会とはどういうものですか?
自分のやっている学術的研究内容に関して、専門家の立場から徹底的に疑問を投げかけ、自分の研究をインスパイア、インプルーブしてくれるところ。そして新しいヒントを与えてくれるところだと考えています。
−そういう機能は、学会にしかないですよね。
昔、物理学会の講演発表の場には、何でも批判・反論する人がいて、学生がそれに頑張って反論したり、代わりに先生が答えたり、システム的な見地から理論的な見地、細かいところまで、喧嘩かと思うようなやりとりがあって、私は結構それが好きだったんです。そういった議論をガツガツやるのが学会のあるべき姿だと勝手に思っています。でも今はどちらかというと、ただやってることを発表するだけ。そして聞かれることの半分ぐらいは、それが何に応用されるのか?くらいで、発表しがいがないと思っています。
−日本機械学会は細分化してしまっているという課題を抱えています。
どこも細分化してしまっていますよ。ロボットはロボット屋さん、AUVはAUV屋さんだけでやっぱり集まっています。知ってる顔ぶれしかいない。関連するようなセッションも並行して組まれてしまっています。それぐらい細分化されていて、やはり問題だと思いますね。一方で、私は海洋理工学会の理事をやっていて、そこでは細分化させないのをモットーにしているのですが、昔の学者のように理論のことをジェネラルにわかっている方があまりいなくて、うまくいかないところがあります。
−本来あるべき姿と、社会の風潮が噛み合ってないのでしょうか。
お互いの批判を嫌がる世の中になってしまっていますね。学会はある意味、批判で成り立っているみたいなものだと思います。に反論していかないと修正されないので、学問としてそこはいまいちですよね。
−大学でも会社でも人の仕事に口出ししない世の中になりましたね。
特に若い世代なんか口を出すと嫌がりますね。でも厳しい議論をしていかないと、良い方向に修正されないと思います。それが学会の機能ではないでしょうか?
−なるほど。今後の学会運営の参考にさせていただきます。広くお話を伺えて、参考になりました。本日は有難うございました。
(2018年6月20日 海洋研究開発機構にて)
(インタビュー・構成 編集部 久保田・大黒)
キーワード:特集
A mine arms
菅原 紡宜 くん(当時11 歳)
深海の生物と共生して、生態の謎を解き、深海生物の不思議な力を集めて、地上で使える新しいエネルギーに変換できる機械。
地底からレアメタルを採掘したり、海底火山の調査から地震を予知することもできる機械。