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2018/6 Vol.121

【表紙の絵】
「くもをすいこんでたべものにかえるきかい」
井岡 武志 くん(当時6歳)
うえのえんとつからくもをすいこんで、きかいのなかでたべものや、おさら、スプーンにかえるきかいです。
できたたべものはベルトコンベアーではこばれて、おきゃくさんのどうぶつたちが、たのしみにならんでまってます。

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特集 ユーザーエクスペリエンス

特集に寄せて

細野 繁〔NEC〕

グローバル化や高齢化が進むなかで、ユーザーのさまざまな特性に配慮し、多様な環境や状況でも使えるようなデザインが一層求められている。また、商品やサービスには、「利用できる」「使いやすい」だけでなく、「使いたくなる」新しい経験や価値を提供することも求められる。このような課題意識のもと、本特集「ユーザーエクスペリエンス」を企画した。

ユーザーエクスペリエンスを議論するにあたり、これまでどのような研究がなされてきたか、振り返ることから始めたい。製品や情報システムの開発においては、ユーザーインタフェース(User Interface; UI)やユーザビリティ(Usability)の向上、ユニバーサルデザイン(Universal Design; UD)といった、さまざまなユーザーの使い方を基点にしたデザインが研究されてきた。さらに、ユーザー中心設計(User Centered Design; UCD)、人間中心設計(Human Centered Design; HCD)など、ユーザーの振舞いに注目したデザインのあり方について研究されてきた。本特集で議論する、ユーザーエクスペリエンス(User Experience; UX)は、さらに体験と体験から得られる価値まで、人と商品・サービスとの関わり方の考慮がより深化したものと言えるだろう。

これらの深化は、国際規格(ISO9241-210:Human-Centred Design for Interactive Systems)での定義など、ルーツを辿ることではっきりとしてくる。「ユーザビリティ」は、あるシステム、ある製品、またはあるサービスが、指定されたユーザーによって、指定された利用状況下で、指定された目的を達成するために用いられる際の、有効さ、効率およびユーザーの満足度の度合いである。「ユニバーサルデザイン」は、1980年代に米国で提唱された考え方で、全ての人が可能な限り最大限に利用できるように考慮された製品や環境の設計を指す。UDでは、高齢者や障がいのある人が、製品やサービスを利用できない状態からできる状態にするアクセシビリティと、先に述べたユーザビリティを考慮する。「ユーザー中心設計」と近い概念の「人間中心設計」は、利用状況の把握と明示、ユーザーの要求事項の明示、ユーザーの要求事項に合った設計による課題策の作成、要求事項に対する設計の評価といったプロセスでデザインのあり方が示される。そして、「ユーザーエクスペリエンス」は、製品、システムまたはサービスを利用したとき、そしてその利用を予測したときに生じる人々の知覚や反応のこと、とされる。このように、時代が進むと共に、デザインの視点は、迷わず等しく効率よく使えることから、利用したくなる気持ちや利用した結果得られる効果に広がってきたと言えるだろう。

以上に示した視点の広がりと深化は、アカデミアおよびインダストリで現在、どのように研究・実践されているかを本特集でお伝えしたい。各記事は、機械やロボットとユーザーのインタラクションや、感性や経験、価値の時間変化、創造し得る将来の体験など、多彩な観点とタッチポイントでユーザーエクスペリエンスを捉えていく。

まず、「ユーザーエクスペリエンスの課題と測定(福住、谷川)」では、ユーザビリティとユーザーエクスペリエンスが異なる概念であることを示した上で、測定するための必要事項を示す。「人と機械の調和とインタフェース(五福)」では、自動運転の乗用車での事故を題材に、人と機械が調和したインタフェースの実現に向けた取り組みを紹介する。「心が通う身体的コミュニケーション(渡辺)」では、うなずきや身振りなどのリズムをロボットなどへ導入することで、場を盛り上げ、豊かな体験・コミュニケーションが可能なことを示す。「タイムアクシスデザインとUXデザイン(松岡)」では、手工芸品のように時間の経過と共にその利用体験から価値が成長するデザインを紹介する。「感性やユーザー行動に基づく設計(柳澤、村上)」では、ユーザーの感性、感覚、期待のモデル化と、設計者の想定外を含めたユーザーと設計者との差異を発見する方法を解説する。「サービス、プロダクトとUXデザイン(山崎)」では、サービスデザインとプロダクトデザインにおけるUXデザインとの関わりを紹介する。「未来の社会と人にとって魅力的なサービスを考える(河野)」では、未来のサービスアイデアを考えるために活用しているソーシャルバリューデザイン・ツールと共創型ワークショップを紹介する。

以上のように、本特集では、設計工学や情報工学など異なる工学分野から、また、アカデミアでの研究やインダストリでの実践から、多様な立場でユーザーエクスペリエンスの今を語っている。本特集が、その理解の一助となれば幸いである。世の中に「コトづくり」という言葉が一般化しつつある今、改めてユーザーエクスペリエンスの重要性を考え、ソーシャルバリューやソーシャルエクスペリエンスのデザインへと進化していくことを期待している。


<正員>

細野 繁

2016年度 設計工学・システム部門 部門長

◎NEC サービス事業開発本部 エキスパート

◎専門:設計工学、サービスシステム、ライフサイクル、サービス標準化

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