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2018/5 Vol.121

【表紙の絵】
空気をきれいにする車
須藤 二葉 さん(当時5歳)
走っても空気をよごさずにきれいにしてくれるから走るとみんなにこにこになるよ。


本誌2017年7月号に、「空気をきれいにする車」のテストプロジェクトを掲載しています。
合わせてお読みいただければ幸いです。

バックナンバー

未来マッププロジェクト 第2弾

地球を冷やす機械 1:地球規模でのエネルギーバランスの議論と方法の検討

佐藤 勲(東京工業大学)

図1 地球のエネルギー収支(NASA Langley Research Center(1)による)

 

1.地球を冷やす?

今回対象とする作品「地球を冷やす機械」(P.12図1)の作者コメントを読むと、「地球温暖化を止めるために・・」「地球も皆も幸せになれるように・・」という言葉があり、作者の意図しているところは、国連の持続可能な開発目標、いわゆるSDGsにも取り上げられている地球規模での気候変動への対処にも繋がる全人類的な課題解決に寄与する機械であろうと思われる。こうした理念の実現には、会誌2017年7月号のパイロットプロジェクトに関する記事にも記した通り、世界的な協調が不可欠である。また、地球規模での状況変化を生み出す取り組みは、予測できない副作用を生じる可能性も残されている。ここでは、前回のパイロットプロジェクト同様、こうした大きな課題の解決は将来の社会における議論に期待することとして、できる限りこの絵の作者の意図や夢を壊さない形で何ができるかを考えてみたい。

「地球を冷やす」という概念は、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出増による地球温暖化に対する社会の懸念を背景としたものと推察する。地球温暖化や気候変動については主にその原因とされる温室効果ガス排出の観点から国際的に議論が行われているが、この絵の作者の意図は、より物理的・直接的に温暖化を抑制する「装置」が欲しいということだと考えられる。機械として想定されるこうした「装置」のスケールは、必然的に大きなものになると考えられる。本稿ではまず、このような「機械」に求められるエネルギーの量的な議論を行い、続いて、その実現のための方法の検討と考察を行う。

2.全球規模で地球を冷やす:

 地球のエネルギーバランス

よく知られているように、地球の平均気温は太陽日射によるエネルギー供給と宇宙へのふく射放出のバランスで決まる。図1はこのエネルギーバランスを定量的に表したものである(1)。この結果によると、地球に降り注ぐ太陽日射の29.3%が大気あるいは地表によって反射され、太陽日射総量の70.5%に相当するエネルギーが地表や大気、雲などからの赤外線ふく射として宇宙に再放射されており、その差0.2%(0.68 W/m2が大気を含む地球を暖めている。この収支差がここ15年ほど目に見えて計測されるようになっており、これが「地球温暖化」の根拠とされるが、こうしたデータは地表面の植生などのわずかな変化で大きく変わるため、温暖化や気候変動の議論には慎重を要する。しかし、ここで注目すべきは、地球の平均気温を決定づけているエネルギーバランス(インバランスというべきか)が太陽日射のわずか1/1000オーダーであることであろう。言い換えると、太陽日射の1/1000のオーダーで入射日射を反射させるか、宇宙への再放射を増大できれば、「地球を冷やす」ことができることになる。

3.地球のエネルギーバランスを変化させる「機械」?

3.1.太陽日射を反射することによる平均気温制御

地球表面に降り注ぐ太陽日射を遮ることで平均気温が変化することはよく知られている。最も典型的な例は、恐竜を絶滅に追い込んだとされる小惑星衝突による大気中へのエアロゾル放出があげられる。これほど大規模でなくても、火山の噴火に伴う火山灰や、火山ガスに起因する硫酸エアロゾルが日射の遮蔽効果と温室効果を生み、気温や気候に変化をもたらすことが報告されている。図2は、1991年に発生したピナツボ火山の噴火による大気中の硫酸エアロゾル濃度(緑線)と北緯30°〜40°の15ヶ月平均気温変化(赤線)の関係を示したものである(2)。大気中のエアロゾルの増加に呼応して、この場合で約0.6度、気温が低下している。このように大気中に微粒子を拡散すれば、比較的容易(?)に平均気温を変化させられるが、その影響を人為的に止めることができないため、これでは「望んだときに望んだだけの効果を得る」機械としての機能は果たせない。

 

図2 ピナツボ火山の噴火による硫酸エアロゾル濃度と平均気温への影響(2)

平均気温に変化を及ぼす程度で日射を遮る装置を想定すると、どの程度の大きさになるのであろうか? 前章で述べたように、地球の平均温度を決定づけているエネルギー収支のインバランスは地表総面積当たりの太陽日射の0.2%程度、すなわち3.5×1014 W程度である。これに相当する「日陰」を作るための装置の大きさは、この装置によって吸収・反射された日射が地球のエネルギーバランスに影響をおよぼさないようにするため大気圏外に置くことを想定すると、インバランスのエネルギー量を太陽定数(=1366 W/m2から直接反射分(アルベド、図1のデータでは29.3%)を除いた日射量で求めることができ、約3.62×1011 m2(=602 km四方)である。きわめて巨大な装置であるが、図3(a)のように、地球の大きさから見れば小さな「日傘」であるともいえる。この「日傘」は日射を遮ることを目的とした装置であるが、同時に地表や大気からの再放射を遮ってはいけないので、光の透過方向によって透過率(反射率)の異なる材料や、日射と再放射の波長の違いを利用する波長選択性材料を用いるとともに、日射のない夜間の再放射を阻害しないよう昼夜で面積や姿勢を制御する必要がある。

この「日傘」をどのように大気圏外に保持するかが次の課題である。地上からこの装置を支えて保持することは現実的ではないから、大きな人工衛星として宇宙空間に設置するのが適当であると考えられる。こうすれば、外力の影響を受けることが少なくなるため、薄膜構造を採ることができるであろう。ただし、こうした装置を地球近傍の宇宙空間に「絶対静止」させることは物理的にできないため、地球を周回させる必要がある。その具体的方法やそれに付随する課題については次稿で検討いただくが、この装置が地球を周回する場合、「日傘」は常に日射に正対しないし、地球の裏側に入ったときにはその機能を失うから、これを考慮した面積が必要となる。例えば、図3(b)のように、地球を周回する軌道上に12基の「日傘」を設置し、その裏面が常に地球表面を向くように姿勢を制御したとすると、それぞれの位置における日傘面と日射の間の方向余弦から、1基当たりに必要な面積は約9.71×1010 m2(=312 km四方)と見積もることができる。なお、図3(b)では、赤道上空を一斉に周回する衛星として「日傘」を描いてあるが、局所的な日射の遮断による気候への影響を抑制するためには、「日陰」が地表面を満遍なく通過することが望ましいため、様々な軌道の衛星の組み合わせとしてこの機械を実現することが適当であるといえる。

さて、図3(b)のような装置を考えたとき、これを実現する際の課題にはどのようなものがあるだろうか? 第一には、一辺300 kmを越える膜構造物を宇宙空間で形作る工法が問題になろう。もし、こうした構造物を宇宙空間で形作ることができたとしても、その軌道や姿勢を適切かつ安全に制御する技術も必要である。このことについても、次稿において検討と考察いただく。

もう一つの技術的課題は、日射を遮り地表等からの再放射を透過させる薄膜材料の開発である。太陽日射と地表等からの再放射は、それぞれの温度レベルの違いによりピーク波長が大きく異なるが、いずれも広いスペクトルを有するため、適切な波長域で透過・反射を制御できる材料が必要になる。さらに、「機械」として「望んだときに望んだだけの効果を得る」ためには、透過・反射性能を外的に制御できることが望ましい。これについては、将来の材料開発に期待したい。

さらに大きな課題は、こうした機械を設置・運用するために必要な資金であろう。ソーラーセイルの実証実験として実施されている米国のLightSailプロジェクトでは32 m2の膜状構造物を持つ衛星を打ち上げようとしているが、そのコストは$5.45M(約6億円)といわれる(3)。もちろん、このコストには実験としてのオペレーションコストが含まれており、衛星本体と打ち上げのためだけのものではないが、一辺300 kmを越える衛星を宇宙空間に展開するには莫大な費用が必要となることは想像に難くない。こうした費用の捻出には、経済原理を活用することが適当であろう。

例えば、この装置の薄膜に太陽電池の機能を持たせると、いわゆる「宇宙太陽光発電」が実現できる。2010年にJAXAが打ち上げた小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSにはセイル上の一部に薄膜太陽電池が設置されており、太陽光による発電が確認されている(4)。いま想定している機械には3.5×1014 W程度の日射が降り注いでおり、その面積の50%に変換効率20%の薄膜太陽電池を設置して、発生した電力をマイクロ波送電などによって50%の効率で地上に送ることができるとすると、1.75×1013 Wのエネルギーを得ることができる。その一部をこの機械の制御に利用したとしても、得られるエネルギー量は、現在、地球上で使用されている一次エネルギー消費(約130億石油換算トン(5)=5.5×1020 J)の年平均値に匹敵するから、この装置が実現すると地球上のエネルギー消費をすべて宇宙太陽光発電でまかなえることになる。もちろん、こうしてエネルギーを地上に送ってしまうと、その分、地表のエネルギー収支はプラスに転じるが、地上で利用されている化石燃料などによるエネルギー消費が抑えられれば、「地球を冷やす」機能への影響は最小限に抑えられるし、化石燃料由来のCO2排出も減少して、原画の作者の意図する理念を実現することに寄与しよう。また、こうした大面積の「日傘」が上空を周回していることを利して、原画にある「雪の花や氷の花火」を地上からのプロジェクションマッピング技術によって描けば、日中でも上空通過を肉眼で観察できるであろうことから、作者のコメントにある「見ている人も楽しめる」という機能も実現可能である。

なお、これがビジネスとして成立するためには、例えばマイクロ波送電などの宇宙太陽光発電に関する技術課題の解決に加えて、初期投資などの経済的なスキームの確立が不可欠であることはいうまでもない。

 

図3 宇宙空間に置く「地球を冷やす機械」(装置の大きさは地球と同一尺度で描いてある)

 

3.2.地表からの再放射を増大することによる平均気温制御

一方、地表から宇宙への再放射を増大させることで地球のエネルギー収支のインバランスを是正する方法も考えられる。図1に示されている結果によると、地表から宇宙に向かう再放射は、地球に降り注ぐ太陽日射の117%に相当し、これだけだと地球のエネルギー収支はマイナスである。しかし現実には大気や雲による吸収・反射や再放射があり、宇宙に放出される量は70.5%に留まる。特に地表から放出されたふく射のうち大気や雲を通り抜けて直接宇宙に放出されるのは、太陽日射の11.8%(地表からのふく射の10.1%)だけである。したがって、もし大気や雲の状況を変えずに地表の状態のみを変えて地球のエネルギー収支のインバランス(太陽日射の0.2%相当)を是正しようとすると、地表における放射を1.7%増加させる必要がある。

地表の平均放射率は、図1の太陽日射の地表での反射分の割合から、約0.8775である。この放射率を増加させて地表から宇宙に向かう再放射量を1.7%増やすためには、地表表面の放射率を0.8924とすることが求められるが、地表すべての放射率を変化させるのは現実的ではないし、「地球を冷やす機械」としての成り立ちからも望ましくない。そこで、地表の一部分を高放射率の物体で覆うことで、平均放射率を求められる値にすることを考える。

高放射率物体として理想的な黒体を想定すると、これを地表の一部に設置することによって平均放射率を0.8775から0.8924に増加させるために必要な黒体面積は、地表総面積の約12.2%、すなわち6.21×1013 m2(7880 km四方)と求められる。この大きさは最大の砂漠であるサハラ砂漠の面積の6.75倍、陸地総面積の42%にあたり、「機械」として地上に実現するスケールを越えている。また、日射のあたる昼間部分の地上に高放射率物体を設置すると吸収エネルギー量が増大するから、夜間部のみにこれを展開することが必要となって、さらに実現可能性は遠のく。

これらのことから、地表から宇宙への再放射を増大させることで「地球を冷やす機械」は、今後期待される技術革新を踏まえても、想定しないことが適当であると判断できる。

4.「地球を冷やす機械」を実現するためのより大きな課題

本稿では、「地球を冷やす機械」の作者の意図を全地球規模で実現するための方法を、主にその原理と規模感の視点から論じた。こうした大規模な「機械」の実現に際しては、本稿で述べたような技術的課題・経済的課題の解決に加えて、さらに大きな視点で検討しておくべきことが残されている。前回のパイロットプロジェクト(6)で取り上げた「天気をこうかんするキカイ」と同様、日照を制御することに対する人々の受け取り方と、地球の大気循環・海洋循環のような複雑系の現象への予期せぬ影響の波及である。こうした事柄は本会の範疇を超えているように思われがちであるが、本来、機械とは人々や社会、地球環境に影響を及ぼしつつ機能するものであり、今回の「機械」はそれが顕著に現れた事例の一つであるといえる。

前回にも記したが、子供たちの「飛躍した概念」の実現に真摯に向き合うことで見えてくることは多い。こうした取り組みを通して得られる「わくわく感」が次の科学技術を模索するきっかけになることもあろう。人々や社会、環境との連携と対話に注力しつつ、現在は荒唐無稽と捉えられる「飛躍した概念」を形にするためのバックキャスティングに多くの人々が取り組む雰囲気と環境を作り出すことこそが、子供たちの夢を実現するための最大の課題であるように思われる。引き続き、会員諸兄のご批判と積極的な議論をお願いしたい。


参考文献

(1)NASA Langley Research Center, The Earth Radiation Budget Experiment:https://science-edu.larc.nasa.gov/energy_budget/pdf

/ERB_Litho_Edits_Percent_2016_v7.pdf)

(2)守田治, 火山噴火と気候変動(1)

http://www.museum.kyushu-u.ac.jp/publications/special_exhibitions/PLANET/05/05-8.html

(3)The Planet Societyホームページ

http://www.planetary.org/explore/projects/lightsail-solar-sailing/lightsail-faqs.html

(4)宇宙科学研究所ホームページ

http://www.isas.jaxa.jp/missions/spacecraft/current/ikaros.html

(5)資源エネルギー庁 平成28年度エネルギーに関する年次報告 第2部 エネルギー動向

http://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2017html/2-2-1.html

(6)佐藤勲, 天気をこうかんするキカイ, 日本機械学会誌, Vol. 120, No. 1184(2017), pp. 20-23


<フェロー>

佐藤 勲

◎東京工業大学 工学院機械系 教授

◎専門:熱工学、生産加工、光学計測

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