機械屋の数学
第4回 演算子の固有値問題とフーリエ級数展開 Part 1
4. 波動方程式の初期値・境界値問題
前号では,区間[0,L][0,L]において定義された波動方程式
∂2u∂t2=c2∂2u∂x2∂2u∂t2=c2∂2u∂x2 | (17) |
を,両端固定の境界条件
u(0,t)=0,u(L,t)=0u(0,t)=0,u(L,t)=0 | (18) |
のもと,微分演算子の固有値問題として解き,解が次式の形で与えられることを示した。
u(x,t)=∞∑j=1aj(t)vj(x)=∞∑j=1(βjcosjπctL+γjsinjπctL)√2LsinjπxLu(x,t)=∞∑j=1aj(t)vj(x)=∞∑j=1(βjcosjπctL+γjsinjπctL)√2LsinjπxL | (19) |
ここでは,この問題を区間[0,L][0,L]で与えられる以下の初期条件のもとで解くことを考える。
変位:u(x,0)=f(x)変位:u(x,0)=f(x) | (20) |
速度:∂u(x,0)∂t=g(x)速度:∂u(x,0)∂t=g(x) | (21) |
ここで,∂u(x,0)∂t∂u(x,0)∂tは時刻t=0t=0における∂u(x,t)∂t∂u(x,t)∂tの値を表すこととする。式(19)より
u(x,0)=∞∑j=1aj(0)vj(x)=∞∑j=1βjvj(x)u(x,0)=∞∑j=1aj(0)vj(x)=∞∑j=1βjvj(x)
となる。したがって,式(20)を用いると,
∞∑j=1βjvj(x)=f(x)∞∑j=1βjvj(x)=f(x) | (22) |
vj(x)vj(x)は,前回説明したとおり,正規直交化した基底なので,基底どうしの内積に関して,次の関係を満たす。
<vj,vk>=∫L0vj(x)vk(x)dx=δjk<vj,vk>=∫L0vj(x)vk(x)dx=δjk | (23) |
ここで,δjkδjkは,クロネッカーのデルタと呼ばれ,
δjk={1(j=kのとき)0(それ以外)δjk={1(j=kのとき)0(それ以外) | (24) |
の関係を満たす。すなわち,vj(x)vj(x)は,自分自身との内積が1,他の基底とは直交し,内積の値は0となる。
この関係を用いて,式(22)の両辺に
vk(x)=√2LsinkπxLvk(x)=√2LsinkπxL | (25) |
をかけて,内積を計算すると,
<∞∑j=1βjvj(x),vk(x)>=<f(x),vk(x)><∞∑j=1βjvj(x),vk(x)>=<f(x),vk(x)> | (26) |
(左辺)=<∞∑j=1βjvj,vk>=∞∑j=1βj<vj,vk>=∞∑j=1βjδjk=βk(左辺)=<∞∑j=1βjvj,vk>=∞∑j=1βj<vj,vk>=∞∑j=1βjδjk=βk
∴βk=<f(x),vk(x)> | (27) |
を得る。また,γjについても同様にして,
∂u(x,0)∂t=∞∑j=1jπcLγjvj(x)=g(x)
∴γj=Ljπc<g(x),vj(x)> | (28) |
を得る。式(27),(28)の関係を式(19)に代入すると,与えられた初期条件(20),(21)に対する,境界条件(18)を満たす,波動方程式(17)の解u(x,t)が得られることになる。
では,実際に具体的な例を用いてこの問題を解いてみる。初期条件として,図7に示すような変位が与えられたとしよう。また各点の初期速度は0とする。
図7 変位の初期条件の例1(中央で最大値をとる場合)
この場合の初期条件は,以下のように与えられる。
変位:u(x,0)≡f(x)={2hLx(0≤x≤L/2)2hL(L–x)(L/2≤x≤L) | (29) |
速度:∂u(x,0)∂t≡g(x)=0(0≤x≤L) | (30) |
式(29)を式(27)に代入すると,
βj=<f(x),vj(x)>=∫L/202hLxvj(x)dx+∫LL/22hL(L–x)vj(x)dx=2hL√2L{∫L/20xsinjπxLdx+∫LL/2(L–x)sinjπxLdx} | (31) |
ここで,
∫L/20xsinjπxLdx=[−LjπxcosjπxL]L20+∫L/20LjπcosjπxLdx=−LjπL2cosjπ2+(Ljπ)2sinjπ2 | (32) |
同様にして,
∫LL/2(L–x)sinjπxLdx=LjπL2cosjπ2+(Ljπ)2(sinjπ2) | (33) |
したがって,式(32),(33)を用いると,式(31)より,
βj=4hL√2L(Ljπ)2sinjπ2 | (34) |
また,式(30)より,g(x)=0なので,
γj=Ljπc<g(x),vj(x)>=0 | (35) |
したがって,式(34),(35)を式(19)に代入すると,次式を得る。
u(x,t)=∞∑j=1βjcosjπctL√2LsinjπxL=∞∑j=18hj2π2sinjπ2cosjπctLsinjπxL | (36) |
=8hπ2cosπctLsinπxL–8h9π2cos3πctLsin3πxL+8h25π2cos5πctLsin5πxL+⋯ | (37) |
さて,ここで注目すべき点は,式(22)の関係式,
f(x)=∞∑j=1βjvj(x)
および,係数βjを決めるための計算式(27)
βj=<f(x),vj(x)>
である。これは,まさしく関数f(x)をフーリエ級数展開したときの関係である。すなわち,図7で示した例で述べるならば,両端で0の値をとる式(29)で与えられる関数f(x)を,
f(x)=∞∑n=1βnvn(x)=∞∑n=18hn2π2sinnπ2sinnπxL=8hπ2sinπxL–8h9π2sin3πxL+8h25π2sin5πxL⋯ | (38) |
としたものは,両端で0となるsin関数,sinnπxLによるフーリエ級数展開となっている。通常のフーリエ級数では,級数展開の基底として用いる三角関数は,特に正規化せず,
f(x)=12a0+∞∑n=1{ancosnπxL+bnsinnπxL} | (39) |
と表すが,上に示した例では,区間[0,L]で単位基底に正規化された関数vn(x)=√2LsinnπxLを用いて級数展開している。そのため,単位基底vn(x)への射影<f(x),vn(x)>がそのまま,成分になり,単位直交基底を用いてf(x)は次式で与えられる。
f(x)=∞∑n=1<f(x),vn(x)>vn(x) | (40) |
ところで,初期条件の変位を図8のようにした場合には,図7の場合と何が違ってくるか?
図8 変位の初期条件の例2(左端から1/4のところで最大値をとる場合)
このときには,
変位:u2(x,0)≡f2(x)={4hLx(0≤x≤L/4)4h3L(L–x)(L/4≤x≤L) | (41) |
となり,
βj=<f2(x),vj(x)>=∫L/404hLxvj(x)dx+∫LL/44h3L(L–x)vj(x)dx | (42) |
を用いて,さらに計算を進めると,
u2(x,t)=∞∑j=1323hj2π2sinjπ4cosjπctLsinjπxL=163√2hπ2cosπctLsinπxL+83hπ2cos2πctLsin2πxL+1627√2hπ2cos3πctLsin3πxL+⋯ | (43) |
を得る。また,図7の場合と同じように,この式より
u2(x,0)≡f2(x)=∞∑j=1323hj2π2sinjπ4sinjπxL=163√2hπ2sinπxL+83hπ2sin2πxL+⋯
と,関数f2(x)を区間[0,L]にて,三角関数によりフーリエ級数展開した形になっているのがわかる。
さて,式(43)を式(37)と比較すると,式(37)には含まれなかったj=2のモードが含まれているのがわかる。すなわち,最低次j=1の基本モードは同じでも,引っ張る場所により他の高次のモードが現れ,また,j=1のモードに対する振幅比も異なってくる。
前号では,直線上に連なったばね・質点系を考え,粒子数を無限大としたときの離散系の極限として波動方程式の導出を行った。物理モデルで考えると,これは縦波の伝播にあたる。音波が伝わるイメージである。この波動方程式は,横波の伝播のモデルとして考えることもできる。横波の伝播として,たとえば,ギターやバイオリンなどの弦の振動を考えてみる。両端を固定された弦で,最初に弦のある位置を引っ張り,その後,手を離した後の弦の振動は,まさしく上の問題と同じように定式化される。さて,弦を引っ張る位置を変えたとき,音が違って聞こえるのを経験している人も多いだろう。これは,式(37),(43)で表されるように,初期変位に依存して,u(x,t)=∞∑j=1aj(t)vj(x)のaj(t)のところが変わってくるからである。すなわち,振動の基本モードvj(x)でフーリエ級数展開したときに,各振動モードの成分の比率が変わるために音が違って聞こえてくるのである。では,弦と膜ではどうであろうか? このことを調べるためには,膜に関しては2次元の波動方程式の解を調べる必要がある。これについては,次回以降説明していく。
<フェロー>
高木 周
◎東京大学・大学院工学系研究科・機械工学専攻 教授
キーワード:機械屋の数学
【表紙の絵】
「あいするこころロボット!!」
齋藤 佑陽 くん(当時5 歳)
人間ができないことが何でもできる
ロボットがあったらいいな。