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2018/4 Vol.121

【表紙の絵】
「あいするこころロボット!!」
齋藤 佑陽 くん(当時5 歳)
人間ができないことが何でもできる
ロボットがあったらいいな。

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特集 オリンピック・パラリンピックに貢献するスポーツ工学

障がい者スポーツへの貢献 ~競技用義足を例にして~

田中 克昌〔工学院大学〕

はじめに

障がい者スポーツとの接点

2016年リオデジャネイロ、そして本稿が学会誌に掲載される直前まで開催されていた平昌オリンピック・パラリンピックの開催前には、テレビ等のマスメディアにおいて選手たちの記録や成績にまつわる要因を特集する番組や記事が、これまでの大会以上に増えているように感じる。これは、各競技の世界大会における日本選手の好成績から、オリンピック・パラリンピックでの活躍が期待されていることの証であると思われる。同時に、その好成績には選手自身の努力はもちろんであるが、選手やコーチに対する医・科学、情報などの側面からのサポートが貢献していることも、関心事のひとつになっていると考えている。そして、何よりも東京2020オリンピック・パラリンピックを迎えることが、これらの関心を、より一層強くしているのだろう。

筆者は、2016年リオ大会に向けて、スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス(SHD)部門内の「パラリンピック支援研究開発委員会」の構成員として、研究開発の面から日本選手のサポートに携わってきた。本稿は、その中のひとつとして、陸上競技の義足(以下、競技用義足)を対象に、競技用義足の取り巻く状況を含めて、機械工学の観点から貢献した事例を中心に解説する。

競技用義足を取り巻く現状

健常者をもしのぐ競技記録の向上

“8m40” これは、マルクス・レーム(Markus Rehm)選手(ドイツ)が持つ、片下腿切断などのクラスにおける男子走り幅跳びの世界記録である。2016年リオ五輪における男子走り幅跳びの金メダリストの記録は8m38であり、レーム選手の世界記録の方が上回っている。ちなみに、レーム選手のリオパラリンピックでの記録は8m21であった。この記録だけを見れば、「もし、レーム選手がリオ五輪に出場していれば、義足ジャンパーが五輪のメダリストに・・・」という声も聞こえてくる。現に、レーム選手は、パラリンピック選手の競技力への理解や認知度を高めることを主な目的として、リオ五輪出場への明確な意思と希望を示した。一方で、彼の記録が健常者をしのぐようになるにつれ、「踏切足に装着している義足が、人間の脚よりも有利に働くのではないか」という疑念が高まっていくこととなった。五輪出場の希望に対して国際陸上競技連盟は、「義足に有利性がないことを選手自身により証明する」ことを五輪への参加条件として付けた。さまざまな科学的データをもとに証明が試みられたが、「義足は、助走時は不利に、踏切時には有利に働く」という内容にとどまり、義足に有利性がないことを完全に否定することができなかったため、五輪出場を断念した。

レーム選手の記録向上の背景には、単に義足の高性能化のみによるものではなく、彼のたゆまないトレーニングによる身体能力の向上と、義足を使いこなすスキルの向上にもあると考えられる。しかし、このような事例は、パラリンピアンの努力や記録向上への称賛が、選手自身ではなく、用具に向けられた典型的なものであるといえる。

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