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2017/11 Vol.120

【表紙の絵】
「おばけたいじロボット」
白石 煌惺 ちゃん(当時7歳)
自分のお部屋で寝ようとすると、暗闇の中からおばけに見えてしまう服やクローゼットが出て来るのをビームでやっつけてくれるロボットが欲しいです。

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巻頭企画

座談会 「1DCAEでものづくりを変える」

多様化する現代社会では、アップルやダイソンに見られるように、新たな価値創造が求められている。
日本のものづくりの強みは、「擦り合わせ」による設計であるが、擦り合わせ」設計の現場では経験を定式化できていないという課題を抱えており、設計手法の変革、つまり擦り合わせ設計からの脱皮が求められている。

このような課題意識から、設計工学・システム部門では、講習会1DCAE 概念に基づくものづくり設計教育」の開催を重ねてきた。今回、本講習会の講師経験者が集まり、「1DCAE」の考え方・役割について意見交換を行った。


出席者プロフィール

<名誉員>

大富 浩一
東京大学 大学院工学系研究科 特任研究員
専門:機械力学、設計工学


<フェロー>

加藤 千幸
東京大学 生産技術研究所機械・生体系部門 教授
専門:流体工学、数値計算


<正員>

山崎 美稀
(株)日立製作所 日立研究所 機械研究センタ信頼性科学研究部 主任研究員
専門:機械情報工学、1DCAE 材料設計工学、マルチスケール設計工学など


<正員>

福江 高志
岩手大学 理工学部システム創成工学科 機械科学コース 助教
専門:伝熱工学、熱流体工学、電子機器の熱設計


1DCAEとは?

大富:日本機械学会は2007 年に技術ロードマップを作成しました。技術ロードマップの作成には、私も大きく関わりましたが、そこで「将来的に設計は変わっていく」というのを示したのをきっかけに、「1DCAE」という概念を始めることになりました。「1DCAE」は概念というか設計の考え方なので、やはり世の中に広めていくには少し教育的なことが必要です。そのため、2013 年から講習会を半年に1 回のペースで始め、2017 年12 月で第10 回を迎えます。そういう節目なので、これまでの10 年・5 年の総括と次に向かってのビジョンについて、今回、四力の各分野からご参加いただいて、意見交換をしたいと思っています。

加藤:私は講習会の講師として何度か参加させていただいています。「1DCAE」は経験則を重視するというイメージでいますが、実際の設計において、あまり実感が湧かないというのが正直なところです。これは実際にやろうとするとデータベースが必要になるんですか?

大富:「1DCAE」という言葉からはイメージを掴みにくいと思いますが、「アイデアを作るための考え方」の一つですね。全てのものには現象があるので、それを理解して多少粗っぽくてもモデリングして計算可能にすることで、上流側で新しい価値を生み出すことができるというものです。特にモデリングというところでは「経験則」を重視します。

加藤:私がスパコンのプロジェクトで目指しているアプローチとは全く逆ですね。今は、CAE は詳細設計が終わって、形状とか物性とかすべてのパラメーターが決まった段階での実現性を評価するという「下流」で使われていますが、スパコンの能力を駆使すれば設計の「上流側」で実現性を評価できるという考え方でプロジェクトを進めています。

大富:スパコンを使ってできればそれはそれでいいので、否定しているわけではありません。ただ、実現可能性とかコストの問題があると思います。多くの方はあまり分かってなくてスパコンを使っているというのが実情で、電気代を無駄にしているところも多いと思います。スパコンで計算するためにはスペックが必要ですよね?そのスペックを「1DCAE」の考え方・ツールで検討しましょうということです。

加藤:でも設計者は全体を俯瞰して、いわゆる擦り合わせ設計を行っていると思いますが、それとはどのように異なるんですか?

大富:みんながそれを見て「共有」できるというところです。

加藤:ということは、コンポーネントの境界を明確にしてその関連性を記述したというところが大事なわけですね。

山崎: 私も10 年前から「1DCAE」講習会の企画に携わってきて、「1DCAE」の定義について考えてきました。1DCAE は「もの」の価値を創出する最初の設計プロセスの手段になり得ると思います。企業は「もの」を作って「製品」を売るわけですが、突き詰めると「製品」の中にある「価値」を売っているのではと思います。そのため、企業にとって、製品を売る上でその「価値」を見抜くことがとても重要な課題になります。実はその製品の価値がなんなのか? 突き詰めていくと、製品の本質に辿り着くかも知りません。しかし、大量なモノや情報にさらされているこの時代では、簡単にはいきません。つまり、上流の設計段階において、大量なモノや情報による多様な設計選択肢から最適なものを選択することや新たな発想を導入することがますます難しくなってきていると言えます。また、詳細設計のような下流の設計段階で活用されている最適化支援法やCAD・CAEといった設計手段が、上流設計段階で十分に活用可能になっているとは言えないと思います。だからこそ、1DCAE は上流設計において本質を見抜くことで価値を創出する一つの手段となり得ると、大きな枠組で考えたいです。

福江:私の専門の熱設計の視点から、例えばフライパンの素材を考えると、熱伝導率は銅やアルミがいいわけです。しかし、実際はステンレスのフライパンも求められているわけで、熱伝導率以外のところにも価値があるということですよね。ものがつきにくいとか強度があるとか、熱以外の魅力も合わせて考えていく設計が「1DCAE」だと考えています。

大富:新しいものを作る時には「1DCAE」的な発想が必要になると思っています。

1D と3D の関係

山崎:「1DCAE」の考え方は、経験的な部分が強いので、まだ理解されにくいところがあると感じています。その理由の一つが上流設計における入力値(顧客のニーズ)と出力値(顧客の満足)など、定量的に表せない部分が多いからであると考えます。やはり、製品を具現化するためには詳細設計の下流段階で用いる3D による支援手法は必要になります。しかし、企業の価値を創出するためには、上流設計において製品全体のライフサイクルを考慮した発想と適正な判断を可能とする1DCAE のような新たな支援手段が必要であると考えます。また、1DCAE を用いることにより、経験に依存し試行錯誤的な設計であった過程を体系化することが可能になるのではと、1DCAE 活用への期待は大きいです。

大富:1Dと3D のコラボレーションは必要だと思います。「1D」という言い方をしていますが、「3D」を否定しているわけではないので。例えば、ファンの設計では、3D で計算する前に直径とか内径とか羽根枚数や入射角を考えますよね。でも実際にそういうプロセスを経ている人がどれくらいいるのか?という問題意識が根底にあるんですよ。

加藤:ファンの場合は、流体設計が基本になりますが、ファンの羽根の仕様だけでなく、モーターの効率とか発熱なども考慮するということですよね。一つの現象であれば、普通の設計としてやりますので、流体だけでなく材料設計もモーターとかの制御系も、「パラメーターで統一的に表して、そのパラメーターと起こる現象と性能との因果関係を明示的に数式で表す」ということですね。

山崎:不連続的な革新技術が、市場をリードし、企業のコアコンピタンスとして作用する今の時代では、現状の製品をシリーズ的に変えていく技術への投資は少なくなっていくのではと思います。一方で、革新的な技術と革新的な製品のR& D には多くの費用と時間を投資していくと思います。そこで、複雑な現象を一つにつなげるパラメーターを抽出するとか、物理量に集約する作業に進めて行くためにも、価値を生み出す上流設計の支援手段はますます必要になってくると思いますね。

福江:それぞれの部品の立ち位置というか、ステージによって考える設計思想は異なるので、その間の翻訳言語という役割でも必要になってきますね。

「1DCAE」の具体化作業

大富:やはり設計するためには、全部モデル化しないと、いいものはできないわけですよね。ある程度精度が低くてもモデル化しないとその先に進めないと思います。ただ、1DCAEの考え方で、よく言われるのは、「具体的にどうするんですか?」ということです。

加藤:ブレークダウンは自分でやらないといけないわけですよね?

大富:そうですね。医療機器の寝台の例ですが、1DCAEの考え方により大幅なコスト削減を実現したことがあります。寝台は被験者を乗せて所定の位置まで速くスムーズに移動することが求められます。基本構造は変えずに形状最適化による軽量化だけでは10% 程度のコスト削減効果しか得られませんでしたが、1DCAEを適用することにより駆動機構を根本的に変更することで40% 以上のコスト削減を実現しました。

山崎: 具体的にはどのようなことを行いましたか?

大富:まずは、顧客要求の分析にまで立ち返り、それに基づき複数のアイデアを出しました。次に、各アイデアに対して機能や性能を予測するためのシンプルなモデリングを行いました。メカ・エレキ・ソフトの統合解析を行うためのモデル化です。これが1D。1D の結果をFEM による詳細解析で確認し、それを1D に戻すということを繰り返して、最終的な機構を決めていきました。最初から詳細解析をしていてはこのような結果は得られなかったと思います。

山崎:うまくいったポイントはどういったところでしょうか?

大富:やはり、シンプルかつ本質的なモデル化ができるかということです。モーター、機構、ソフトを同じ土俵で表現して、ある程度のコスト見積もりもできるようにしました。

加藤:要はシステムを考える時に、熱とか電気とか流体とか材料とか信頼性とか、いろいろな物理現象が絡んできます。その中で重要な現象にブレークダウンした時に、性能とかの因果関係を適切に記述できるとコスト削減に効果が出てくるということですね。しかし、その作業は誰かがやってくれるわけではなくて、設計者がやるわけですよね。それができるかどうかということに尽きると思います。

福江:人間がやる部分が「1DCAE」のはずなんですよね。

大富:その人間がやる部分での教育が必要と考えて、こういった考え方の普及をかねて講習会を継続しているわけです。また、講習会の取り組みをレクシャーシリーズという形でテキストに集約して、機械学会から発行します。「新しい価値を生み出すための設計」という考え方に少しでも興味を持たれた方には、是非ご一読いただきたいですね。

新たな価値を創造するために

加藤:人間がやる部分が「1DCAE」という話が出ましたが、もしかしたら人工知能はブレークダウンできるかもしれないですけどね。AI は帰納的な方法論なので、経験を重視する1DCAEとは相性がいいかもしれません。

大富:AI はもしかすると使えるかもしれませんね。ただ、人間が得意なところと、AI が得意なところはあるでしょうから。AI を使えば、人間が考えないようなコンセプトを考えられるかもしれません。

加藤:AI がどんどん経験を積んで学習していけば、AI が人間の設計者にとって変わるかもしれませんね。

大富:問題なのは、設計の現場では、実は擦り合わせた「経験」だけで終わっているということなんですよ。「経験」の重要性が意識されていないので、「経験則」になっていないんです。やはり「経験則」にすることが大事だと考えています。例えば、ドライヤーを使うとなんで髪が乾くんだろうとか、ビールをジョッキに注ぐとなんで泡が出るんだろうとか、そういった経験をモデル化できる考え方ですよね。古代ローマ人はポンプがない時代に水道橋を考えたり、経験則が豊かなので、彼らの方がアイデアが豊富でしたよ。

加藤:そう考えるとAI なんかも出てきて、人間は退化していってるのかもしれないですね。

山崎:今後はAI による人間の退化に対する対応も考えていくべきですね。しかし、企業が対応する人、つまり、消費者はどんどん変わっていってます。この先、さらに変わっていく消費者や、複合的な問題を抱えている社会に合わせたものづくりって、AI でも対応できないくらい、難しくなっていくんじゃないかと思います。新たな価値を創造するためには、そのような時代を見据えた人材育成が必要になりますね。つまり、複合的な問題を創意的に解決する教育が必要になって
いくと思います。

大富:私が会社に入った時は、目の前には「対象」がはっきりありましたもんね。当時は一生懸命やっていれば効果が出たんですよね。しかし、家電製品がいい例ですけど、半導体が出てきて多様化してくると、一生懸命作っても売れなくなったと。これからの時代、そういったところを打破していかなくてはいけないわけです。

福江:自動車ですと、20 年前はスポーツカーなどいろんな種類がありましたが、今は絞られてきてその中から選ぶという形になってしまっていますよね。

加藤:世の中を見てると、本当にものが足りているんだなと実感しますね。足りているから要らないものが売れる時代です。

大富:「早く安く作りましょうよ」という時代は、そこを目指せばよかったので分かりやすかったんですよね。

加藤:何を作るか?機械屋が何をやるか?というのは、もっと広い観点で見ないといけなくて、やはりどこに向かうかという全体での目標が必要なんですよね。進む方向を皆で共有していかないと、世の中発展していかないと思います。

大富:何をどう作っていくかということが課題になっていく時代ですね。そこでの設計では新たな価値を創造していく必要があります。その考え方・ツールとして「1DCAE」が大事になってきますよ。この意見交換で、私自身「1DCAE」の定義や今後の役割がさらに明確になりました。今日は有難うございました。

 

(2017 年8 月2 日@日本機械学会)

 

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