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2017/11 Vol.120

【表紙の絵】
「おばけたいじロボット」
白石 煌惺 ちゃん(当時7歳)
自分のお部屋で寝ようとすると、暗闇の中からおばけに見えてしまう服やクローゼットが出て来るのをビームでやっつけてくれるロボットが欲しいです。

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ほっとカンパニー

(株)エフ・シー・シー 高い開発力で業界を牽引する世界的クラッチメーカー

日本にはこんなすごい会社がある

“2 輪用クラッチ世界シェアNo.1!” 摩擦材の開発からクラッチの組立までを一貫生産するクラッチメーカー、エフ・シー・シー(以下、F.C.C.)。ロードレース好きなら、その名前を聞いたことがあるかもしれない。技術研究所に足を踏み入れると、鈴鹿8 時間耐久ロードレースで使われたレース用バイクのレプリカが目に飛び込んできた。レースという過酷な条件下で耐えうるクラッチを開発できるのは、同社の技術と品質力があってこそ。

1939 年に浜松で誕生した同社が、クラッチの製造に関わったのは、戦後間もない1948 年のこと。ホンダがオートバイの製造を始める際に、当時の社長が、親交のあった本田宗一郎氏にクラッチ製造を持ちかけられたのがきっかけだった。以来、ホンダを筆頭に国内主要完成車メーカーはもちろん、ハーレー・ダビッドソンやトライアンフ、ドゥカティ、フォードなど、世界の名だたるメーカーの二輪車やフォード車にもそのクラッチが使われている。現在、生産拠点は日本に8 カ所、海外22 カ所。売上の9 割近くを海外が占めるグローバル企業として、他の追随を許さない技術を有するクラッチのリーディングカンパニーである。その同社の心臓部にあたるのが、今回訪れた浜松の技術研究所だ。

開所は1963 年に遡る。「単なる“ 部品屋” ではなく、自分たちで提案して開発することを目指して設立したそうです」と語るのは、二輪研究開発統括・技術研究所所長の野村明史。「お客さまからのニーズに応えるほか、世の中の動向から生まれる将来的なニーズを捉え、我々なりにその方向性に対し、製品面でどんな進化をしたらいいか分析し、開発・提案を進めています」。

 

湿式多板アシスト&スリッパークラッチ

 

二輪車用エンジンカットモデル
左下部分がトランスミッションと湿式多板クラッチ

 

革新を実現した「摩擦材」と「セグメントディスク製法」

エンジンとトランスミッションの間に取り付けられ、動力を伝達する役割を果たすクラッチ。その性能は、マシンの安全性や操作性、フィーリング、耐久性などに大きく関わってくる。近年では、四輪用クラッチで、燃費向上のために従来品に対し約30%の小型軽量化に成功。二輪用では、アシスト&スリッパー(A&S)クラッチが好評だ。これは、エンジンのトルクが大きくなるにしたがって、重くなりがちなクラッチレバー操作を軽くできるようにアシストする機構を設けたもの。さらに強いエンジンブレーキがかかったときに生じるバックトルクを逃がすスリッパー機能を付けている。今ではほぼ標準仕様として、同社のクラッチ製品に搭載されている機構だ。

そのクラッチの要となるのが、摩擦材。摩擦材に求められる性能は、「耐摩耗性能」「摩擦特性(クラッチ容量)」「強度」の三つ。種類としては、大きく分けて摩擦面にオイルが介在する「湿式摩擦材」と介在しない「乾式摩擦材」の2 種があり、車種や用途によって使い分けられている。材料としては主にコルクモールド、ゴムモールド、ペーパーベース、ガラスヤーン、セミメタリックなど5 タイプがあるが、同社がアドバンスを持っているのが、ペーパーベースの摩擦材だ。「その耐久性など品質の高さはもちろんですが、抄造から樹脂の含浸・硬化、芯板への接着までを一貫して生産しているからこそ、あらゆるニーズに対応できるのが強みです」(野村)。

また、摩擦材とともに、同社に革新をもたらしたのが、独自の「セグメントディスク製法」だ。かつてはシート状の摩擦材をくり抜いて芯板に接着させていたが、くり抜いた以外の部分は再利用が難しく、材料の歩留まりは約15%。一方、セグメントディスク製法は、テープ状にした摩擦材をコマ状にカットして芯板に接着させる製法。この発明により、材料歩留まりは約60 ~ 100%と、劇的なコスト低減と廃棄物の削減が実現できたのだ。さらに、この製法のメリットはコスト面や環境面だけではない。「クラッチに求められる性能は、乗り心地やフリクション低減による燃費の向上など多岐にわたります。自由度の高い油溝形状の実現によって、あらゆるニーズに細かく対応できるようになりました」(野村)。

クラッチは“ 乗り心地”という、人間の感性の部分にも影響する。それを調整するのは非常に難しそうに感じるが──。「そうですね。最終的には人が使うものなので、完成車でテスト走行して調整を重ねます」(野村)。適した乗り心地もバイクによってさまざまだ。例えばスポーツ系ならば、クイックにつながるクラッチが求められるが、ビギナー用の車種の場合は優しくつながるフィーリングが求められる。「摩擦材と機構、両方のバランスを取りながらセッティングし、チューニングします」。

 

ペーパー系摩擦材では原料を漉く段階から自社で手掛ける

 

クラッチディスク(摩擦板)の生産方式を根底から変えたセグメント製法による

さまざまな溝形状のクラッチディスク

 

開発者たちが共有する「志の高い目標を持つ」精神

1980 年代前半にペーパーベースの摩擦材を、80 年代後半にはセグメントディスク製法を確立し、その技術を前進させることによってコンペティターから大きくリードを広げてきた同社だが、次なる進化はどこにあるのだろうか。

「実は今、進化版を仕込み中です。レバーフィードバックの感触をより良いものにしながら、性能的には現在のものと同じ“ ご利益” を出せる構造はないものか追求しています。また、スリッパーとトルクにはまだバランスの取りにくい領域があるので、そこを進化させたいと考えています」(野村)。開発者を束ねる野村には、若手開発者に常々言うことがある。「次の進化を考える時に、着地点が見えるようなものを想定してもダメなんです。他社に1 ~2 年で追いつかれるようなものでは意味がない。もっと志の高い目標をもつことで、開発のアプローチの仕方や発想が変わってくる。最近、それがようやくカタチになってきたと感じています」。常に高い志を持ち続け、自分たちで自分たちを追い越して進化する精神が根付いていることが、何よりも同社の開発の強みなのだろう。

将来的にはEV(電気自動車)が普及することも予想されるが、現段階ではバッテリーやエネルギー面、電費等でまだEV の持つ弱点は多く、変速機等のニーズに対してクラッチができることもあると野村は語る。EV に対しても対応できる技術の研究も進めているという。「むしろ力を入れているのは、燃料電池の基礎研究です。もしかしたら15年、20 年先のF.C.C. はクラッチではない別のものを作っているかもしれませんね(笑)」(野村)。

(取材・文 横田 直子)

 

今回、取材にご協力いただいた野村さん(左)と佐々木さん(右)

バイクは2016 年FIM 世界耐久選手権 ル・マン24 時間耐久ロードレース

3 位表彰台を獲得したレース車両のレプリカ。

 

シャーシダイナモ

車両の発進・走行・停止に至る全ての状況をシミュレートするとともに車両状況を数値化する。

 


株式会社エフ・シー・シー

所在地 静岡県浜松市
http://www.fcc-net.co.jp/

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