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2017/7 Vol.120

「天気をこうかんするキカイ」
鬼塚 充暉 くん(当時8 歳)
雨のところと晴れのところをこうかん
するキカイ。雨がふらなくてこまって
いるさばくと、雨ばかりで外であそぶ
ことができない子どもたちのいるとこ
ろの天気をこうかんする。どっちもう
れしくなるゆめのキカイ。

バックナンバー

特集 未来マッププロジェクト ~子供たちの描く夢の機械の実現に向けて~

未来マッププロジェクトの位置づけ

日本機械学会創立120周年記念事業委員会 新しい未来マップ作成小委員会 テストプロジェクト検討会

はじめに

日本機械学会が創立120 周年を迎えるに当たり、これを記念する行事に加えて、いま何をなすべきかについて、創立120 周年記念事業委員会では真摯な議論を重ねてきました。ここでの議論の中心は、急速に変化しつつある科学技術分野の中で、我々がよって立つ「機械工学」とは何かを再定義しておくこと、そして次の10 年、20 年を展望して、これからの機械工学の方向性を模索することでした。前者については、「機械工学憲章」として議論がなされ、2017 年1 月号の日本機械学会誌で広く会員以外の方にも周知されたところです。一方、後者の将来の機械工学の方向性の模索については、その方法論から検討が重ねられました。

創立120 周年記念事業としてこれからの機械工学の方向性を模索することにした背景には、創立110 周年記念事業をきっかけとして開始された「機械遺産」が定着し、機械工学の“ 来し方” が見えるようになったことがあります。機械遺産によって我が国の社会の発展に対する機械工学の寄与を俯瞰できるようになりつつあることに呼応して、これからの機械工学とは社会に何をもたらすのかを予想しておこうという趣旨です。しかし、未来を見通すことは誰にとっても容易ではなく、特に“ どっぷりと” 現在の機械工学に浸っている我々にはきわめて難しいことは事実です。そこで、よりフレッシュな感性を有するであろう子供たちの力を借りて、これを実現しようということになりました。これが「機械工学の未来マッププロジェクト」です。

未来マッププロジェクトの具体的内容とは?

本会は2011 年度から、機械の日・機械週間の行事の一環として、「絵画コンテスト」を開催しています。このコンテストは、幼児から中学生までを対象に、子供たちの考える夢の機械、未来の機械を自由な発想で絵に描いてもらい、機械と機械工学に対する関心を呼び起こすことを目的にしています。毎年、多数の力作の応募をいただいていますが、こうした作品の中には機械工学の常識に凝り固まっている者には想像もつかない奇抜な発想と理念に基づくものがあり、こうしたアイディアを借りて未来の機械や機械工学を想像してみようというのが未来マッププロジェクトの内容です。もちろん、工学の基礎知識を充分に身に付ける前の子供たちの「夢」「未来」ですから、物理的に不合理な点も含まれていますが、せっかく子供たちが将来「あったらいいな」と思った機械ですから、それを実現するために我々に何ができるのか、実現までに何をしなければならないかを真剣に考えてみようということです。

類似の取り組みは社会でもいくつか見られます。例えば、富士ゼロックス(株)が主催している「四次元ポケットPROJECT」(1)は、中堅・中小企業が持つ技術やノウハウを組み合わせて、国民的人気まんが「ドラえもん」の「ひみつ道具」づくりにチャレンジしています。この取り組みの目的は、企業が連携してノウハウや技術を組み合わせ、新たな価値を生み出すためのコミュニケーションを活性化させることにありますが、未来の機械を実現するという意味では今回の未来マッププロジェクトと共通しています。また、鉄腕アトムやサンダーバードなど、数十年前の子供向けのアニメやSFドラマに描かれた未来社会のいくつかは既に実現されており、こうした概念があながち荒唐無稽ではないことも理解いただけるかと思います。こうした中であえて本会がこのプロジェクトに取り組むのは、本会が機械工学の専門家の集団であることから、現状の機械工学をもとに「未来の機械」を形にするためのアイディアを出し合えるだけでなく、それを実現するための学術の発展を主体的に担えるためです。

子供たちの描いた夢の機械、未来の機械を形にしていく作業は、機械工学を専門としていても、妙な「批判精神」を身に付けてしまった大人たちにとっては簡単なことではありません。そこで、まずは素直な目で子供たちの夢を描かれた絵から抽出し、それをゴールに実現するためのステップを現在にまでさかのぼって考察する、いわゆる「バックキャスト」の手法を取り入れることにしました。バックキャスティングでは、設定されたゴールに対して現状の科学技術が追いついていない部分を必要な「ブレークスルー」として仮置きできるので、現状の技術をベースに積み上げ式で未来を予測する方法より自由な発想を取り入れやすいことに加えて、残された「ブレークスルー」が必要とされる課題が次の機械工学の目指すべき方向のヒントを与えてくれるというメリットも期待できると考えたためです。機械工学の専門家集団が、ブレークスルーとして仮置きされた課題の解決を自らの問題として認識し、主体的にこれに取り組むことによってこそ、本当の意味での夢の機械、未来の機械が実現できるはずです。

テストプロジェクト

こうして「未来マッププロジェクト」の開始が決定されましたが、これまでに経験のない取り組みであるため、どのように子供たちの描いた夢の機械、未来の機械のバックキャストを進めるのか、どこから手をつけたらよいのか、全くの手探りの状況でした。そこで、これを担当する小委員会を創立120 周年記念事業委員会のもとに設置し、その具体的方法を検討することから始めました。小委員会では、120 周年に当たる2017 年度での実施を目指してバックキャスティングの方法やスケジュールについて検討を進めてきましたが、やはり初めての経験ということもあって具体的な手段や議論の進め方のイメージがつかみきれないため、2016 年度中に一度、バックキャストを試行してみる「テストプロジェクト」を実施することとしました。

テストプロジェクトでは、2015 年度の絵画コンテスト応募作品から対象とする作品を二つ選定し、これらを描いた子供たちの夢を実現するためにはどうしたらよいかを議論しました。この検討に際しては、小委員会のメンバーの知見だけでは充分ではないことから、本会会員から有志を募り議論にお加わりいただきました。この結果は本誌10 ページ以降をご覧いただければと思いますが、テストプロジェクトを通して感じたことは、バックキャストの難しさでした。

検討においては、子供たちの描いた絵のコンセプトを「荒唐無稽」と一刀両断しないこと、これを実現する際に物理的に不合理な仮定だけは排除することを確認したうえで議論を進めましたが、やはり現状の科学技術の水準から乖離した「ブレークスルー」を設定することに“ 居心地の悪さ” を感じてしまって、ゴールである絵画のコンセプトからどの方向に向かってバックキャストしてよいのかをなかなか決められませんでした。

もう一つ、このテストプロジェクトを通して感じたのは、子供たちの夢を実現するためには、世界的な協調が不可欠であることです。ビジネス界のグローバル競争や国際紛争とは無縁の子供たちが想い描く未来社会は、世界中の人々や子供たちが“ 仲良し” で、互いに尊敬し合い協力し合っていることが前提になっています。このような社会は現代を生きる我々にとっても理想的ですが、それが難しいこともまた事実です。したがって、世界的協調の実現も「ブレークスルー」が必要な項目として残すこととし、それが実現した社会を想定して夢の機械を検討しました。

本プロジェクトの実施に向けて

テストプロジェクトの経験を踏まえて、2017 年度の創立120 周年記念事業としての未来マッププロジェクトがスタートします。現在、2016 年度の絵画コンテスト応募作品からバックキャストを行う対象を選定し、具体的なバックキャストの作業を実施しています。その結果は、2017 年度に実施される創立120周年記念事業の中で発表することを予定しています。

さらに、このプロジェクトは本会の創立120 周年における単発の取り組みではなくて、機械遺産のように10 年単位で継続してこそ、本来の効果を発揮するものと考えています。すなわち、個々の未来マップの検討内容や残された課題にはさまざまな見方があり、多くのご意見・ご異論もあることでしょう。それでも、こうした取り組みを通して抽出されたブレークスルーが待たれる課題を積み重ね、その解決のための議論を深めていくことによって、これからの機械工学や、より広く科学技術、あるいは本会が進むべき道が明らかになることを期待する次第です。さらにいえば、こうして見えてくる学会の将来像の中には「社会の中の学会」としての振る舞いに関するものも出てくるでしょう。その解決には学会内だけでなく、広く社会の皆様との議論も必要とされるだろうと思います。これに真摯に向き合うことこそが、120 年の歴史を有する技術者集団としての本会にいま求められているものであると考えています。

本プロジェクトの実施に際しては、バックキャストの実施のみならず、その結果やブレークスルーが待たれる課題に対するご批判など、会員の皆様の積極的なご参画・ご協力を是非お願いいたします。また、こうしたことを考える機会を与えてくれた絵画コンテスト応募者の子供たちにも心からの敬意を表したいと思います。

参考文献:

(1) 富士ゼロックス(株),「 四次元ポケットPROJECT」広告シリーズ第三弾スタート!,
http://news.fujixerox.co.jp/news/2015/001191/


新しい未来マップ作成小委員会

佐藤 勲(東京工業大学)、井上裕嗣(東京工業大学)、阪上隆英(神戸大学)、高木 周
(東京大学)、高橋正樹(慶應義塾大学)、村上陽一(東京工業大学)

テストプロジェクト検討会

市川裕士(東北大学)、矢澤孝哲(長崎大学)、川島 豪(神奈川工科大学)、渡邉政嘉(経
済産業省)、渡部宏幸(オリエンタルモーター㈱)、荒平高章(福岡歯科大学)、戸塚幸孝(東芝ディーエムエス㈱)、伊藤孝宏(オリエンタルモーター㈱)、松尾宏平(海上技術安全研究所)、渋川哲郎(中部大学)、村瀬伸夫(東芝キヤリア㈱)

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