特集 未来マッププロジェクト ~子供たちの描く夢の機械の実現に向けて~
天気をこうかんするキカイ
1. はじめに:作品の意図とバックキャスティング
図1 天気をこうかんするキカイ
図1に示した「天気をこうかんするキカイ」の原画の趣旨は、雨が降って外で遊べないところと、乾燥して雨が降らないところの天気を入れ替えて、外で遊べなかった子供たちも、乾燥地帯で暑さと植物の生育などに困っている人々も、どちらもが幸せになるための道具が欲しいということだろうと解釈できる。まさに夢のキカイであるが、この実現をバックキャストする作業は難航を極めた。その第一の要因は、どのスケールで「天気をこうかんする」かの設定である。この絵を見る限り、雨降りで遊べない子供たちのいる場所はグラウンド程度で、さほど大きくはない。これに伴って、乾燥地帯で天気をこうかんするスケールも同程度と想定されるが、「天気」という現象は物理的により大きな範囲で生じることから、これをどう実現するかに悩まされた。作業が難航した第二の要因は、絵の中に描かれている天気交換後の乾燥地帯での植物の生育状況である。雨が降って遊べないところを晴天にする時間スケールと、乾燥地帯に雨を降らせて植物を育成させる時間スケールを比べると明らかに前者の方が短く、子供たちの要望に応えるためだけに「天気をこうかん」しても、乾燥地帯にこの絵に描かれているような効果を及ぼすには別の工夫が必要だろうと考えられることである。さらにもう一つ、バックキャストを難しくした理由があるが、それについては具体的なイメージを示した後に述べる。
本稿では、こうした状況を踏まえつつ、できる限りこの絵の作者の意図や夢を壊さない形で何ができるかを考えてみたい。ただし、上記のような制約のもとでのバックキャスティングであることから、技術要素の詳細を抽出することまでは行わず、作者の夢を形にするための方策とその運用方法を議論することに留める。
なお、以下の議論においては、気象を変化させることに対して、当事地域・国だけでなく、国際社会が一致して了解することを前提としている。また、気象を含む環境制御の軍事的利用については、国連の環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的使用の禁止に関する条約(1)において禁止されていることを付記しておく。
2. 天気をこうかんする?
「天気をこうかんする」ことを実現するための基本方針には、いくつかのものが考えられる。その第一としては、気象現象が地球の大気循環に依存することから、大気循環を変える方法が考えられる。例えば、田崎(2)や村松(3)の書籍では、ヒマラヤ山脈を削るとジェット気流の状況が変化して、日本近傍における梅雨が生じなくなるとしている。これらの書籍には具体的な効果・影響が示されていないので、この結論の妥当性は判断しかねるが、大気循環を変えるとなんらかの影響を気象に与えるであろうことは予想してもよさそうである。ただし、「山脈を削る」ことで気象変化を起こすことが「キカイ」と呼べるかについては、はなはだ疑問である。図1の原画の趣旨を振り返ってみると、子供たちは雨が降って遊べないときに「キカイ」を運転して天気を入れ替えたいのであって、遊び場をずっと雨が降らないように改変したいわけではない。だとすると、「キカイ」として必要なときに運転できる機能を有していることがこの作者の意図、夢に応えるために必要なことであると判断する。
もう一つの気象制御の方法は、大気中に凝縮核を散布したり、温度分布を局所的に制御することで、気象を変えようとする方法である。前者の方法は古くから「人工降雨」として長年研究されており、一定の効果が報告されている(4)。後者については研究の事例もあるようで、映画(5)にもなったのでご覧になった方もあるだろうと思う。こうした方法は、現状の制度的な課題はともかく、必要なときに必要な場所で気候を制御しうるという点で、図1の趣旨に合致したキカイの範疇に入りそうである。ただし、「こうかんする」という趣旨からすると、雨を止ませ、あるいは乾燥地帯に雨を降らせることができたとしても、物質収支的には、ある場所の水を乾燥地帯で雨の形で降らせているわけではないことから、「こうかんするキカイ」としてよいか、やや疑問が残る。
さらに、より直接的に、雨の降っている場所から水を集め、それを乾燥地帯で雨の形で降らせることも考えられよう。図1の趣旨に沿えば、遊び場の上に天井を張って雨を防ぎ、ここで集めた雨水を乾燥地帯まで輸送して散水することで、作者の「夢」はかなえられる。遊び場としての「天気の良さ」は天井へのVRによる晴天映像の投影で実現できそうだし、乾燥地帯への人工降雨は散水を工夫することで可能だと思われる。この際問題になるのは雨水の輸送手段で、例えば極端な事例を想定して時間当たり降水量50 mm/h の雨を0.1 km2(300 m 四方)の範囲で3日間集めたとすると、雨水量は36万トンにもなり、大型タンカー1隻分に相当する輸送手段が必要となる。つまり、子供たちの夢を叶えるためには、現状の技術では1回ごとに大型タンカーを運転する必要がある。降雨地域を日本、乾燥地域を中東諸国と想定すると、日本に原油を運んでくるタンカーは、帰りは空荷のため、こうした雨水を積載することは物理的には可能であるが、タンカーによる遠隔地までの輸送には日数がかかるため、必ずしも「天気をこうかんする」イメージにはならない。一方で、パイプラインを使って雨水を輸送することにすると、輸送先が限定されるため、適時に必要な場所との天気の交換を実現することが難しくなる。
3. 本稿で想定する「天気をこうかんするキカイ」
上述のような疑問や懸念があるものの、本稿では図2ならびに図3に示すような2通りのコンセプトで「天気をこうかんするキカイ」を考えることにしたい。
図2 降雨地域から雨水を回収し乾燥地域に運ぶ
図3 特定の場所の気象を適時に制御する
すなわち、第一の方法は、気象そのものには手を加えず、降雨地域から雨水を回収し乾燥地域に運ぶ方法である(図2)。降雨地域で雨水を回収し子供たちが遊べる環境を提供するためには、その地域に「屋根」をかけるのが最も簡単であろう。ただし、建造物としての屋根ではなく、あくまでも必要なときに必要なところへ設置でき、使用終了後は撤収することが可能な「キカイ」としての屋根である。現状の技術でいえば、膜構造の屋根に近いイメージであろうと考えられる。こうした屋根によって集められた雨水をタンカーなりパイプラインなりで遠隔地まで輸送し、所定の乾燥地域において散水することで、湿潤な環境を実現する方法である。雨水の輸送路をこの目的のためだけに確保することは、所要エネルギー的にもコスト的にもきわめて難しいであろうが、近未来における飲料水や食糧生産のための水資源確保がビジネスになり得ることを想定すると、その一環にこのコンセプトを組み入れることで実現可能性は高められるものと考えられる。
もう一つの方法は、気象そのものに手を加える方法である。気象に手を加えるといっても、地球規模での大気循環を変えるのではなく、特定の場所の気象を適時に制御するため、局所的な(といっても子供たちの遊び場からすると広範囲の)風況を人工的に制御して、雨雲の発達を抑制・促進することを想定するものである(図3)。局所的とはいえ、大気の流れを変えるためには大がかりな送風装置が必要となるが、これも他の用途のための道具立てを活用して実現することを考える。例えば、米国MIT 発のベンチャー企業であるAltaeros Energies 社は空中浮遊型の風力発電機を提案している(6)。同様のコンセプトはディズニー映画の「ベイマックス」にも登場しているので、ご覧になった方も多いだろう。こうした風力発電機が普及した近未来を想定すると、これらの風車を電力によって駆動することで大気の流れを変化させられるであろうし、このために必要なエネルギーを他の風力発電機からの電力でまかなえば、エネルギー消費拡大の心配もなくなる。もちろん、どの地域でどの程度、風況を変化させれば所望の気象の変化を生じさせられるかには未知の部分が残されているし、それに伴う他の地域への影響も懸念されるためハードルは高いが、一つの可能性として検討してみたい。
4.「 天気をこうかんするキカイ」を実現するために必要なブレークスルー
前章で述べた二つのコンセプトによる「天気をこうかんするキカイ」を実現するためには、当然、現状の技術では解決できない課題が山積しており、それらを突破するブレークスルーが求められる。これらを想定することは容易ではないが、上記二つのコンセプトに対して考え得る技術的課題を述べておきたい。
4.1. 降雨地域から雨水を回収し乾燥地域に運ぶ
「天気をこうかんするキカイ」の場合
雨水を回収し乾燥地帯に輸送するための方策は、タンカーを利用するにせよ、パイプラインを敷設するにせよ、将来の水ビジネスの発展に期待することにしたい。ビジネスとして雨水輸送が成立する状況下では、降雨地域と乾燥地域を結ぶ水輸送ネットワークが構築されているであろうから、これを活用すれば技術的な課題は少ないと考えられる。また、輸送された雨水によって乾燥地域に「天気をこうかん」した状況を作り出すのも、現状の雨水の散布技術によって実現可能であると想定される。とすると、解決すべき技術的課題は、雨水を集め子供たちが遊べる空間を作り出し、乾燥地域に雨水を散布することで効率的に湿潤環境を提供するための屋根構造の実現にあるといえる。
大空間に屋根をかける技術としては、前章で述べたように、膜構造の屋根が実用化されているが、これを任意の場所で、しかも子供たちが仲間と遊びたいと思うような比較的住宅が密集しているところに設置し、使用後に撤収するには、従来の建造物としての概念は適用できない。すなわち、膜屋根を支える構造物を移動可能な形で展開する技術と、それを実現するためのきわめて比強度の高い材料開発がまず必要とされる。また、降雨を伴う荒天下で、小さくてもグラウンド規模の面積の膜屋根を安全に維持するためには、刻々と変化する風に対して屋根構造を適切に維持するための制御方法とそれに必要な風況の観測態勢も必要である。さらには、こうした屋根構造を適時に必要な場所に展開し、使用後に撤収するためのロジスティクスも課題になろう。これらの解決には大きなブレークスルーが必要であることは間違いないが、いずれも材料力学や機構学、流体工学や計測制御、交通物流といった機械工学に関連した学術分野がカバーすべき課題であるといえる。
4.2. 特定の場所の気象を適時に制御する
「天気をこうかんするキカイ」の場合
この場合の技術的課題はきわめて多岐にわたる。まずなによりも、局所的にせよ「天気」を変化させるためには、どの範囲の風況をどの程度変化させる必要があるかを知らなければならない。現在、スーパーコンピューターを利用して地球規模での天候予測が行われているが、この予測精度と時空間分解能を飛躍的に高めるとともに、期待する気象の変化を実現するための風況制御を逆問題的に予測できる手法の開発が不可欠である。幸い、コンピューターの性能は指数関数的に向上しつつあり、数十年のスケールで考えれば、こうした予測もあながち夢物語ではないであろう。
もし必要な風況制御を予測できたとして、それを現実のものとする道具立てが必要となるが、このための装置としては、前述のとおり「浮遊型風力発電機」の活用を想定する。浮遊型風力発電機はまだ実用化の段階には至っていないが、ベンチャー企業がそれを目指していることから、効率や価格面をさておけば、基本コンセプトとしての技術的課題は解決されていると考えてよいだろう。また、風況を制御するために、発電機をモーターとして使用することについても、技術的ハードルはさほど高くないと思われる。だとすると、「天気をこうかんするキカイ」の一要素としてこれを利用するための技術的課題は、雨雲の発達を抑制・促進するに充分な強度の風況制御が行える高効率なタービンの開発、高々度に発電機(送風機)を浮遊させるための高強度な牽引索の実現と、必要な風況制御を行うための姿勢制御、さらには風況制御によって発生する騒音問題の解決などに集約される。これらはいずれも、材料力学、機械力学、流体工学や計測制御などの機械工学関連分野の発展に伴って解決可能であると想定できる。もちろん、こうした装置を多数、高々度の空中に設置するためには、多額の資金と法整備が不可欠であるが、これについては浮遊型風力発電のビジネスとしての成功に期待することとしたい。
5. むすび:子供たちの夢の実現に向けて
本稿では、図1の作者が想い描く夢を実現するための課題を主に技術的側面から「前向き」に分析することを試みた。ここで述べた分析は必ずしも作者の夢を実現するために必要なものすべてではないであろうが、関連するブレークスルーが見出されれば、これらの実現は不可能ではないと思われる。また、本稿で想定した「天気をこうかんするキカイ」はかなり大がかりなものとなるため、その設置や運用には多額の資金とエネルギーが必要とされるが、これについても関連する水資源ビジネスや浮遊型風力発電ビジネスが成功して、これらの経営者や利用者が「子供たちの夢」のために貢献する気持ちをもってくれることに期待する。
ただし「天気をこうかんするキカイ」の実現の前に我々は慎重に考えておくべきことがある。それは、気象を制御することに対する社会の人々の受け止め方と、気象を制御することの副作用についてである。子供たちは雨が降ると外で遊べないから雨をやませたいと思うであろうが、当然、降雨を期待している方々もあり、「天気をこうかんする」地域内にこうした異なる思いをもった人々が混在していると、この「キカイ」の運転は人々を必ずしも幸福にしない。また、局所的とはいえ、空気や土壌の湿潤状態を含めて気象を変化させると、それ以外のところになんらかの波及効果を及ぼす恐れもある。本稿で想定している「キカイ」は、第2章で述べたヒマラヤ山脈を削る方法のように「後戻り」できないものではなく、いつでも運転を止めることは可能であるが、気象のような複雑系の現象では短時間・局所の変化がきっかけとなって想定外の結果が生じる可能性を否定できない。さらにいえば、気象を含む環境制御の軍事的利用は国連条約で禁止されているものの、子供たちの夢とは無関係に、別の意図を持ってこのキカイを利用しようとする向きが現れないとも限らない。こうした意味で、本稿で検討した夢のキカイは、もう一つの対象作品である「空気をきれいにする車」とは決定的に異なる。すなわち、「空気をきれいにする車」は、車としての機能と安全性が担保されていれば、使用者が「空気をきれいにする」というファンクションのために生じるデザインや価格、快適性などの制約を納得することで、誰も不幸にしない。この点が本作品のバックキャスティングを難しくしている最大の要因である。
それでも、こうした飛躍した概念の実現に真摯に向き合うことで見えてくるものは少なくない。なによりも、子供たちの夢に触れていると「わくわく」することが多い。この感触こそが次の世代の科学技術、はやりの言葉で言えばイノベーションを生み出す源泉であるように感じる。会員諸兄のご批判と継続的な議論をお願いしたい。
参考文献:
(1)外務省ホームページ, http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/B-S57-0129.pdf
(2)田崎久雄, わが家のエコロジー大作戦: 子どもの疑問に答える(2003), 日本教文社.
(3)村松照男, 天気の100不思議(2005), 東京書籍.
(4)小沢行雄・小元敬男・八木鶴平・米谷恒春, 気象調節に関する研究 – 総合報告,
防災科学技術研究資料, Vol.34, 1978, pp. 1-20.
(5)ジュリアン・シンプソン監督, 映画 Superstorm(2007), 英国放送協会(BBC)制作.
(6)Altaeros Energies 社ホームページ, http://www.altaerosenergies.com/
energy.html
<フェロー>
佐藤 勲
◎東京工業大学 工学院機械系 教授
◎専門:熱工学、生産加工、光学計測
キーワード:特集
「天気をこうかんするキカイ」
鬼塚 充暉 くん(当時8 歳)
雨のところと晴れのところをこうかん
するキカイ。雨がふらなくてこまって
いるさばくと、雨ばかりで外であそぶ
ことができない子どもたちのいるとこ
ろの天気をこうかんする。どっちもう
れしくなるゆめのキカイ。