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2017/7 Vol.120

「天気をこうかんするキカイ」
鬼塚 充暉 くん(当時8 歳)
雨のところと晴れのところをこうかん
するキカイ。雨がふらなくてこまって
いるさばくと、雨ばかりで外であそぶ
ことができない子どもたちのいるとこ
ろの天気をこうかんする。どっちもう
れしくなるゆめのキカイ。

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特集 未来マッププロジェクト ~子供たちの描く夢の機械の実現に向けて~

プラズマを用いた大気中汚染物質分解技術 ~空気をきれいにする未来の車について~

大久保 雅章(大阪府立大学)

自動車の将来動向

HV, PHV などに重点がおかれる

2015年10月に、トヨタ自動車(株)の2050年に向けた環境に対する取り組み「環境チャレンジ2050」が発表された。その中では、トヨタが2050年に世界で販売する新車CO2 排出量を2010年比で90%削減する目標が掲げられている(1)。目標達成のために2050年時点での新車販売の100%近くをハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)、電気自動車(EV)が占め、エンジン(ディーゼルやガソリンエンジンなどの内燃機関を指す)車はゼロに近づくことになる。もちろんHVおよびPHV はエンジンを使用するので、排ガス中の大気汚染物質(エミッション)はゼロにならないが大幅な削減となる。このように電気エネルギーを車の主要な動力源とし、PHVやEVに電気エネルギーを供給する発電所の低エミッション化を図り、並行して車の低エミッション化を極限まで進める方向性は、大気のクリーン化のために画期的である。

環境プラズマ技術

省エネに伴いプラズマ浄化は有力になる

HVなどでは、エンジンを車の主要な動力としつつ、電気エネルギー駆動も併用するため、エンジン車に比べ多量の電気エネルギーを蓄積し利用できることになる。よって電気エネルギーにより容易に形成できるプラズマが、有力な後処理(あとしょり)(排ガス浄化)の手法の一つとなるであろう。

後処理で利用されるのは大気圧プラズマであり、これは大気圧下で気体(ガス)が電離し、ラジカル・イオン・電子が多数存在している反応性に富んだ状態を指す。例えばガス中に一対の電極を設置し、マイクロ~ナノ秒オーダの幅で波高が5 kV 以上のパルス高電圧を印加することで、ガス温度が常温に近く、電子温度が10,000 K 以上と高い、非熱プラズマ(Nonthermal Plasma)(2)を形成できる。ガス温度が常温より相当高い熱プラズマに比較して、はるかに小さい電力で形成できる。以下では大気圧非熱プラズマを単にプラズマと記すものとする。

プラズマを用いることで、通常、常温大気圧で実現できない化学反応を可能とする。例を挙げれば、一酸化窒素(NO)の二酸化窒素(NO2)への酸化は、白金を主成分とする酸化触媒を使用し300℃の高温で実現可能であるが、プラズマにより常温で同様の酸化反応が可能である。またディーゼル排気微粒子(DEP)の酸化除去は、酸化触媒を使用した場合は300℃、燃焼を利用した場合は600℃が必要であるが、プラズマにより、常温付近で酸化除去が可能である。

プラズマによる大気汚染ガス浄化の方法は、次の3種類に大別される。汚染ガスに直接作用させ浄化反応を実現する「直接プラズマ法」、別途準備したガスに作用させ、その活性ガスを汚染ガスに注入して浄化反応を実現する「間接プラズマ法」、触媒に汚染ガスを通過させ排ガスを浄化する際に、非熱プラズマで触媒を活性化する「プラズマアシスト触媒法」である。いずれの方法が適しているかは汚染物質によって異なるが、適切な触媒が見つかれば、「プラズマアシスト触媒法」が最も効率の高い処理法となる。

特に、エンジンからの排ガス浄化においては、燃費向上、HV 化、排熱回収、アイドリングストップに伴って、排ガス温度は低下の一途をたどり、100℃以下になる場合も少なくない。現在はエンジンの排熱が触媒の加熱源であるが、以上の理由より加熱が不充分になり得る。そこでなんらかの外部装置で排ガス自身の活性を向上させる必要があるが、通常の加熱より高速かつ省エネで、化学反応に主に寄与する電子温度のみが高いプラズマを印加する発想は必然のものとなる(2)

プラズマによるエンジン排ガス浄化法

省エネプラズマ形成が実用化の鍵である

次に、自動車エンジン向けの環境プラズマ技術の現状の到着点や将来に向けた課題について述べる。ここではガソリンエンジンに比べてCO2の排出量が少ないが、排ガス浄化がより困難なディーゼルエンジンの後処理を取り上げて説明する。エンジン排気ガス中の汚染物質の代表的なものとして粒子状物質(PM)、窒素酸化物(NOx、通常はNOとNO2 の総和を指す)、揮発性有機化合物(VOC)の三つが挙げられる。これらの分解を目的としたプラズマ技術について現状と課題について述べる。

ディーゼルエンジンから排出されるPMをディーゼル排気微粒子(DEP)と呼ぶが、通常、炭素微粒子や高分子炭化水素など可燃性の成分がほとんどである。これに電極間にナノ秒パルス高電圧をかけて発生できる非熱プラズマを印加することで完全燃焼でき、無害なH2OとCO2 に分解することができる。特に軽油駆動ディーゼル車の排気管の中に設置されたディーゼル微粒子フィルタ(DPF)にいったんPM を捕集させ、非熱プラズマを印加することにより、PMを100%完全に酸化除去できることは実証されている(3)。これまでは、白金などを主成分とする酸化触媒によってPM の除去が行われているが、「間接プラズマ法」によれば燃料中の硫黄の影響による劣化もなく、低温で効果的な除去が可能となる。排ガス処理のエネルギー効率をη =( 除去質量)/(加えたプラズマエネルギー)で定義すると、η = 6.6 g/kWh の値を達成しており、エンジン出力の0.3%程度の電力しか必要とせず、有望な技術と考えている(4)

一方、ディーゼル自動車から排出されるNOx は、そのほとんどは大気中の窒素が酸化されて形成されるサーマルNOx である。その浄化を有効なエネルギー効率で触媒や濃縮を用いず、プラズマ印加単独により行うことは極めて難しい。PM の酸化除去の場合と異なり、排ガス中の酸素濃度が高い(濃度2%以上)状態でNOから酸素を奪いとる還元反応を充分に行うことは、実用的な大きさのプラズマエネルギーでは困難なことが判明している(4)。このことから、アンモニア(NH3)、尿素水、炭化水素などの還元剤を排気管に注入しながら、V2O5 などの触媒上でNOx を還元する方法(選択触媒還元法、SCR法と呼ばれる)が将来にわたり有力な手段になるものと考えられるが、プラズマリアクターの中に触媒を設置し、電力印加によりプラズマを形成して、低温で排ガス浄化を活性化させる(5)「プラズマアシストSCR」はプラズマの将来の有力な利用法になりえる。

さらにはVOCの浄化に関しては、その代表的なものであるガス状ベンゼンの80%分解のためには、「直接プラズマ法」で700 J/L、Ag/TiO2 触媒を使用した「プラズマアシスト触媒法」では200 J/L 程度のプラズマエネルギー密度が必要となる(6)。200 J/Lという値を排気量2.2 L(回転数2,000rpm で出力100 kWとする)のディーゼル車向けエンジンに当てはめて概算してみると、出力100 kW のうちの約7%(7kW)をプラズマに使用する勘定となる。非現実的な数字ではないものの、実用化にはさらなる省エネ化が必要である。

プラズマを排ガス浄化に利用する手法について述べてきたが、プラズマを使用する化学合成も重要な分野である(7)。特に自動車排出NOx 浄化に不可欠な還元剤であるアンモニア(NH3)をプラズマにより触媒複合で窒素と水素より合成する研究(8)が報告されている。ただし収率は自動車の還元剤を化学合成するにはまだ低く、革新的な触媒の開発などのブレークスルーが必要であろう。

以上から、ディーゼルHVを想定した将来の自動車向けプラズマ後処理システムの形態を検討した結果を図1に示す。PM除去手段はプラズマ浄化DPFまたは電気集塵装置(EP)、NOx 除去はプラズマアシストSCRが主体となる。プラズマは触媒の活性を高めるために使用されるが、同時にアンモニアの化学合成も行われる。消費電力はエンジン出力の1%以下が目標となる。なお、プラズマEP技術は、小型ディーゼルエンジンを使用して高い性能を収めた実施例(9)が報告されている。

図1 将来の自動車向けプラズマ後処理システム

環境プラズマ技術は脱臭装置やオゾン浄水など既に実用化されている分野もあるが、自動車向けは実用化されていない。その理由としては、省エネなどの技術的課題以外にも現行の燃焼改善や排ガス再循環技術、および触媒技術で現在の規制値には対応可能であること、また内燃機関に電力を使用するための電力量の制限、装置開発の経済性の問題などがあるためである。前述のように、近い将来、HVの普及、排ガス低温時の触媒活性化、あるいは現状を上回る高度なクリーン化が要求される場合には実用化される可能性を有している。

「空気をきれいにする車」について

大気汚染物質の濃縮により可能となる

本特集のテーマである「空気をきれいにする車」のコンセプトを聞き、成立可能性検討の際に初めに考えたのが大気中に拡散している低濃度汚染物質の処理の難しさである。近年の日本国内の大気中のPM濃度およびNOx濃度は、後処理技術の進展などにより順調に低下してきているが、現在、PM濃度およびNOx濃度(共に年平均値)は、0.002mg/m3 程度および0.01 ~ 0.02 ppm 程度である(10)。一方、ディーゼルエンジン排気管内のPM濃度およびNOx濃度は一例として14mg/m3 および100ppm 程度であり、5,000~1万倍の開きがある。

汚染物質の濃度と処理速度の関係を述べると、例えばディーゼル微粒子をプラズマにより形成したオゾン(O3)により酸化除去する際の反応速度vは、

v = k [PM][O3]2             (1)

となる(3)。ここでk : 反応速度係数、[PM]、[O3] : 排ガス中のPMとO3の濃度である。式(1)より反応速度vはPMの濃度に比例し、したがって平衡論的にも速度論的にも排ガス中のPM濃度が高いほど、PM濃度を迅速に低下させることができる。NOxやVOC 処理に関しても類似の式が成り立つ。言い換えれば一定時間内に処理時の汚染物質の濃度が高いほど汚染物質の除去総量は大きくなる。以上のことは化学反応の基本原理の一つであり、大気中の低濃度汚染物質を自動車のエアインテークから吸入して、低濃度で処理することは、エンジンから排出される高濃度排ガスを処理することに比べて極めて効率が悪い。

このような低濃度汚染物質を効率的に処理する手段として、大気中の低濃度汚染物質の濃縮を行うことが考えられる。活性炭、酸化マンガンなどの吸着材を用いて、低濃度NOxをまず吸着させる。その後、汚染物質を吸着状態のまま、あるいは加熱脱離して高濃度化しプラズマで処理する装置の実例がある(2)。また、PMに対しては前述のDPFやEPも捕集・高濃度化処理の手段の一つである。

以上のことから、エンジンの寄与を小さくしたHVまたはEVのエアインテーク下流に、吸着装置またはEPを組み込み、プラズマ後処理装置を組み込んだ「空気をきれいにする車」が考えられる(図2)。例えば幹線の自動車道(東京では環八や環七、関西では国道43号など)では、ほぼ24時間車が走り続けている。排気ガスに加え、タイヤ等から出る有機粉塵等も、定常的に、比較的高濃度に滞留している空間である。そこにこのような機能を備えたULEV(Ultra Low Emission Vehicle)が一定割合通行することで、道路周辺のローカルな空間の大気クリーン化に貢献することが可能になると考えている。

図2 プラズマを用いた空気をきれいにする未来の車のコンセプト

参考文献:

(1)伊勢清貴, 新車CO2 ゼロチャレンジ, トヨタ自動車(株) https://www.toyota.
   co.jp/jpn/sustainability/environment/challenge2050/6challenges/pdf/
   presentation_1.pd(f 参照日2017年3月28日)
(2)大久保雅章・ほか, 燃焼機器排ガスのプラズマ複合処理技術, プラズマ・核融合
    学会誌, Vol.89, No.3( 2013), pp. 152-157.
(3)Kuwahara, T., Nishii, S., Kuroki, T. and Okubo, M., Complete Regeneration
       Characteristics of Diesel Particulate Filter Using Ozone Injection, Applied
       Energy, Vol.111( 2013), pp. 652–656.
(4)大久保雅章, 大気圧低温プラズマ複合プロセスを利用した大気・水環境保全技術,
        プラズマ・核融合学会誌, Vol.84, No.2( 2008), pp. 121-134.
(5)水野彰, 電気集塵および低温プラズマ化学反応によるディーゼル自動車排ガス処
        理, エアロゾル研究, Vol.30, No.2( 2015), pp. 100-107.
(6)Kim, H.H., Nonthermal Plasma Processing for Air-Pollution Control: A
       Historical Review, Current Issues, and Future Prospects, Plasma Process.
       Polym., Vol.1( 2004), pp. 91-110.
(7)野崎智洋, 21世紀に期待されるプラズマ研究, 日本機械学会誌, Vol.117,
        No.1148( 2014), pp.434-437.
(8)Kim, H.H., Teramoto, Y., Ogata, A., Takagi, H. and Nanba, T., Atmosphericpressure
       nonthermal plasma synthesis of ammonia over ruthenium
       catalysts, Plasma Process. Polym.( 2016), doi: 10.1002/ppap.201600157
(9)金允護, 沖野晃俊監修, 自動車の排出ガス処理, 大気圧プラズマの技術とプロセ
       ス開発( 2011), シーエムシー出版, pp.115-127.
(10)環境省, 平成28年版 環境・循環型社会・生物多様性白書(2016), pp.211-212.


<フェロー>

大久保 雅章

◎大阪府立大学 大学院工学研究科 機械系専攻 教授

◎専門:環境保全工学、プラズマの産業応用


 

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