特集 未来マッププロジェクト ~子供たちの描く夢の機械の実現に向けて~
光触媒を用いた空気浄化技術の未来
空気浄化技術としての光触媒技術の発展と現状
光触媒技術は、1990年代後半に多くのメーカーが開発と商品化に参入し、特に家電空気清浄機への搭載によりその人気と知名度は2000年頃に高まりを迎えた。「光」という響きの良いキーワードと、光を当てるだけで身の回りのニオイが低減される手軽さとが消費者に受けたと考えられる。一方、正しい反応原理に基づかない製品の販売が一部で続けられたことで消費者の信用を徐々に失ったことに対して、各業界団体(のちの光触媒工業会)が経済産業省などの協力のもと、JIS 評価試験方法(のちにISO 化)・光触媒製品の製品規格を制定した。これに加え、業界の努力もあり、現在では本技術のマーケットは正常化し、成長を続けている。今では、中学・高校の教科書にも記載されるほどの一般的な技術となっている。
家電空気清浄機への搭載と前述したが、当時対象としていたのは「脱臭・抗菌」効果であり、特に生活臭や生物由来の臭気の脱臭が中心で、今回の特集で考える大気汚染を引き起こす原因物質、VOC(揮発性有機化合物)やNOx(窒素酸化物)などは、2000年当時の光触媒技術ではまだ分解が困難であった。特にVOC分解については、光触媒の代表的原料である酸化チタンの活性不足と紫外線の強度不足とによる副生成物発生のため、化学物質過敏症問題を扱う消費者団体などから副生成物による症状悪化などを懸念されていたほどである。しかし、現在では、学術界と材料メーカーの開発努力により、他金属のドーピングなどで触媒活性を上げることにより、副生成物の発生を抑え、かつさまざまなVOCに対応できるようになった。例えば、多くのVOCを含むタバコの副流煙についても分解・浄化が可能となり、盛和環境エンジニアリング(株)とJR 東海が共同開発した光触媒セラミックフィルターは、東海道・山陽・九州新幹線のN700 系型車両の喫煙室(図1)の空気清浄ユニットに採用されており、「ニオイのしない喫煙室」として乗客から好評を博している。
図1 東海道・山陽新幹線N700系車両の喫煙室内外の天井に設置さ
れている光触媒セラミックフィルターが使用された空気清浄ユニット。
光触媒フィルターを搭載した空気浄化システム
光触媒は、しばしば外装材(建材や道路舗装など)に使用され、太陽光による大気中のNOx 分解などの浄化を行っている。これはいわば受動的な分解であるが、より高いレートで浄化を行うためには、能動的に光触媒表面に汚染物質を接触させる必要がある。光触媒は表面反応であるため、フィルターの表面積が大きいほど接触面積が増大し、効果は向上する。また、紫外線照射強度が高いほど分解活性が上がることから、紫外線によって劣化を起こさない材料で製作することが要される。それらの要素を検討して開発されたのが、図2の光触媒セラミックフィルターである。
図2 光触媒セラミックフィルターとその構造。
拡大写真(左)と模式図(右)。
その特長は、メンテナンスにより繰り返し使用することが可能で、「水洗い→天日干し」によるセルフクリーニングという簡単なメンテナンスで済む点にある。このフィルターを空気清浄システムとして使用するためには、フィルターを密閉性の高い構造体に入れ、送風機等で強制的に空気を送る必要がある。密閉した場合には効率的に太陽光を当てることはできず、そもそも太陽光の紫外線では弱すぎる。そのため、紫外線の発生光源を内蔵する必要がある。それらを考えたうえで開発した構造体が、図3である。これは光触媒フィルター、紫外LED光源、送風機からなっており、図では矢印の向きに左から右に空気が通過する。
現状の技術である図2・図3 のシステムでは、処理する汚染空気の種類によって光触媒フィルターを通過させる速度(面風速)を設定し、例えば厨房から排気される臭気を処理する場合はおおむね1.35 m/s で設計を行う。処理風量が毎時1,000 m3 とすると1,000m3/h÷3,600 s/h÷1.35 m/s=約0.21 m2 のフィルター断面積が必要となる。その必要断面積分のフィルターと光源とを装置内に設置する。工場や商業設備等から排出されるVOC や悪臭物質やNOx も同様に、各物質に対応する面風速から断面積を計算し、設計することになる。例えば、名古屋駅前のある商業ビルでは、1時間当たり約150,000m3 の厨房排気を浄化することにより、ビル外部では臭いを感じない。これを単純に大型化すれば大気の浄化効果は得られるであろうが、大気全体を対象とする大型の空気清浄装置を設置するのは、さまざまな点から非現実的であろう。そこで今後考えられるのは、自動車への搭載である。今後、自動車は化石燃料を用いる内燃エンジン車から、二次電池や燃料電池を用いる電気モーター車へ切り替わっていくだろう。そこから一歩発展して「空気を浄化する車」ができれば、特定の場所だけではなく、自動車が向かう移動先すべてが空気浄化の対象となるであろう。
図3 開発した光触媒空気浄化システム
(内部構造視認用アクリルモデル機)
紫外LED(UV-LED)による装置の小型化と課題
これまで自動車への光触媒の搭載には多くの課題があり、特に空気清浄装置としての搭載には小型化が必須であった。光源に太陽光を使用できれば、日照時であればフリーコストで光エネルギーが得られる。しかし、自動車の内部では(例えば乗員空間ではUVカットガラスにより紫外光が遮られ)太陽光を使用することは難しい。そのため、車体内部への搭載には紫外線の照射光源が必要となる。紫外光源としては、従来、蛍光管や冷陰極管が一般的だが、水銀を使用しているため自動車への搭載は不適当と考えられ、また光源の大きさと形状に装置の設計が左右されるために設計自由度が低いという問題があった。しかし近年、UV-LED が量産化され、特に光触媒フィルターへの照射に最適な365 ~375nm のナローバンドを持つLEDもコストが下がってきている。LEDは省電力であることが長所であり、また単位面積当たりの紫外線強度の増大が可能であり、紫外線蛍光管に比べ消費電力が1/3 程度といわれているにもかかわらず、紫外線強度はその100~120%を確保でき、光触媒効果の向上が期待できる。一方、短所であるが、光放射角が120度程度と限られ広角には拡がらないため、フィルター面を平均的に照射するにはLEDの数を多くする必要がある。また、照明用の可視光LEDと比較して、紫外線による自己破壊により、寿命は一般に1/3程度といわれている。
自動車が移動型空気清浄機になること
自動車に搭載された際は、走行によって車体前面から空気供給がなされるため、図3の現状技術で必要な送風機とその電力供給が不要となるメリットが考えられる。自動車のエアインテークから入る外気の浄化を行う空気清浄ユニットでは、その小型化は必須であろう。今後自動車へ搭載していくためには、「光触媒の材料自体の汚染物質分解効率の向上」、「光触媒フィルターの表面積の増大と強度向上」、「LED 等光源の発光効率および発光強度の向上と長寿命化」などが、必要な条件として挙げられる。
さらに、車載の条件下では、光触媒表面における反応速度が関係する。時速数十km で走る車においては、吸気開口からの取り込み風速は毎秒最大数十メートルに達する可能性がある。特に燃料電池車では、空気自体が燃料の一部となるため、大量の外気を車体内に吸気することになる。現状ではそのような大風速を処理することは非常に困難だが、フィルターの構造や組合せの最適化、触媒ナノ粒子の担持方法の改善による表面積の増大など、技術的な改善が積み重ねられれば、将来はより厳しい条件にも適用可能になると考えられる。車体内に設置可能なLED 光源ユニットの消費電力を20W 程度とすれば、自動車の電源負担はそれほど大きくない。さらにもし太陽電池を搭載した車であれば、日照時はそこからの電力供給も可能と考えられる。
世界の四輪自動車台数は約12 億台(1)であるが、もしこれらのすべてが無公害動力車に置き換わり、それらに空気清浄ユニットが搭載され、吸気が浄化されるならば、全世界で有意な体積の空気が浄化されてゆくものと考えられる。一方、光触媒技術が発展して自動車が空気清浄の役割を担うとしても、環境汚染物質の排出量が低減できなければ、環境への負荷は減ることがない。今後、全世界において、汚染物質の排出量が低減されることを深く願う。
参考文献:
(1)世界各国の四輪車保有台数(2014年末現在), 一般社団法人日本自動車工業会,
http://www.jama.or.jp/world/world/world_2t1.htm(l 参照日2017年3月31日)
栗屋野 伸樹
◎盛和環境エンジニアリング(株)代表取締役
◎専門:空気清浄装置
キーワード:特集
「天気をこうかんするキカイ」
鬼塚 充暉 くん(当時8 歳)
雨のところと晴れのところをこうかん
するキカイ。雨がふらなくてこまって
いるさばくと、雨ばかりで外であそぶ
ことができない子どもたちのいるとこ
ろの天気をこうかんする。どっちもう
れしくなるゆめのキカイ。