特集 未来マッププロジェクト ~子供たちの描く夢の機械の実現に向けて~
日本が誇る環境浄化材料・光触媒
1.光触媒実用化の歴史
本多・藤嶋効果(1970 年代) → 環境浄化(1980 ~ 1990 年代) → 室内用途への展開(21 世紀現在)
二酸化チタン(TiO2)が光触媒として知られるようになったのは、1970年代初頭の日本人の報告にさかのぼる(図1)。本多と藤嶋は、水中で酸化チタンに紫外線を照射すると水が分解して酸素と水素が発生することを見出し、水素エネルギー製造の観点で世界から注目された(1)。 近年では「人工光合成」として再び脚光を浴びるようになったが、当時から我が国は化石燃料や原子力発電などの安価なエネルギー資源に頼っていたため、光触媒による水素生成用途はいまだ実用化していない。一方、1980 年代の深刻な環境汚染の背景から、光触媒による環境浄化、すなわち、水質浄化や空気浄化材料として研究開発が盛んに行われ、現在では空気清浄機が実用化されている。
図 1 光触媒研究開発の歴史
その後、1990 年代にTiO2 表面の光誘起親水化反応とそのセルフクリーニング機能が開発され(2)(3)、 建材分野での応用が進んだ。現在では、タイル、窓ガラス、テント材料等、さまざまな用途にTiO2 薄膜が利用され、市場規模は飛躍的に伸長した。これらのTiO2 光触媒は、洗剤などの化学薬品を使わずとも、生活環境に存在する太陽光などの光エネルギーや雨水によって機能を発現することができることから「環境にやさしい材料」といえる。すなわち、20世紀に得た消費型の便利な生活を、環境に負荷をかけないで持続的に得ることを可能とする現代技術とみなすことができる。
21世紀に入り光触媒の外装用途が広がる一方、室内用途の方がマーケットは大きいと期待され、室内照明で機能する光触媒の実用化が望まれた。しかしながら、TiO2はバンドギャップが3eV 以上あり、機能を発現するためには紫外線の照射が必要である。すなわち、光触媒を室内照明で機能させるためには、可視光型光触媒の開発が必須となる。これまで多くの研究者が可視光型光触媒の開発に挑戦してきたが、残念ながら室内照明でその効果を実感できるほどの性能は得られていなかった。このような背景のもと、NEDO 循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクトが発足した。このプロジェクトでは可視光での性能を従来のものと比較して10倍以上向上させるという高い目標を立て、サイエンスに遡って新しい原理に基づく光触媒の研究開発に取り組んだ。その結果、二つの新しいコンセプト、すなわち、界面電荷移動遷移と多電子還元触媒を提案し(4)-(7)、 従来の性能を凌駕する可視光型光触媒を開発した。
開発した光触媒の作動原理を図2 に示す。TiO2 の表面に大きさが数ナノメートルの銅酸化物ないし鉄酸化物クラスターを担持したきわめて単純な構造で、かつ、安全・安価な物質から構成される。可視光の照射下で界面電荷移動遷移(IFCT)によりTiO2 の価電子帯にある電子が表面のクラスターに励起し、TiO2 に酸化力の強い正孔を生成することができる。ところが、この光吸収を起こすだけでは充分な光触媒活性が得られず、銅酸化物に遷移した電子が有効な還元反応に使われなければならない。そこで二つ目の作動原理である「多電子還元反応」が重要となる。光触媒を大気中で使用する場合、光励起した電子は空気中の酸素と反応する必要があるが、銅酸化物のクラスターは酸素の還元反応を著しく促進することができる。その結果、これまで知られていた可視光型光触媒である窒素ドープ型酸化チタンと比較して、10倍以上の性能を実現した。
図 2 可視光型光触媒のエネルギー構造(a), 透過型電子顕微鏡像(b),
反応スキーム(c)
開発された可視光型光触媒は既に粉末、コーティング液として量産化が確立され、さまざまな部材に適用されている(図3)。空港や病院での実証試験も行われ、室内照明による顕著な抗菌・抗ウイルス効果を発揮した(図4)(7)。 従来の外装用途に加え、室内用途へと市場の拡大が進み、空港や病院などさまざまな場面で、ガラスやフィルムなどのさまざまなアイテムに、「安全・安心」「省メンテナンス」「快適」などのさまざまな付加価値を提供できるようになった。日本国内に限らず、EUやアジア諸国でも光触媒の応用が広がっている。
光触媒がここまで実用化したポイントとして、安価で安全な物質を用いること、そして、製造コストが大幅アップしない範囲でユーザーにわかりやすい付加価値を提供できたことにある。2020年に東京でオリンピックが開催されることも決まり、今後、日本の豊かな観光資源を求めて世界中から多くの人々が来日する。空港やスタジアム、ショッピングモールなど、人が多く集まる施設における感染症のリスク削減という新しい付加価値がこれまで以上に期待されるであろう。
図3 NEDO プロジェクトで開発した光触媒商品群
図4 ベトナム・ノイバイ国際空港トイレでの実証試験
2.光触媒にできること、できないこと
希薄なフォトンのエネルギーを用いること、
そして、表面反応であることが基本的な制約となる
さまざまな場面でさまざまな付加価値を提供できる光触媒であるが、当然実用化には制約もある。制約として考えておくべきこととしては、①バンドギャップ以上のエネルギーをもつ光照射が必要であること、②表面反応であること、③用途によって分解対象物質の量が異なることの3 点である。太陽から地表に届く全フォトンのエネルギーは、約1 kW/m2で、水素生成量に換算して 0.004 mol/ m2/ s にすぎない。たとえ量子収率100%の光触媒を開発したとしても、処理すべき物質がフォトン数よりもはるかに多い場合には実質的な効果が得られない。光触媒に使う光源として、太陽光のように無尽蔵なものと水銀ランプや室内照明もあり、目的や要件により選択する必要がある。また、光触媒は表面反応のため、広い空間に拡散した大量の物質を処理する用途には向かない。
こうした制約を考慮すると、合理的な光触媒の使い方は二つある。一つは浄化の対象を空間とせずに表面のみとする使い方、すなわち、セルフクリーニングと抗菌・抗ウイルス機能である。二つ目は、吸着剤や抗菌剤と組み合わせ、対流機構も使って空間を浄化する用途、つまり、脱臭や抗菌機能をもつ空気清浄機や水質浄化機器である。特に、我々を取り巻く汚染物質のうち、微量でも困っているものを対象とするのが適している。例えば、半導体産業の製造プロセスで必要な超純水を精製する工程において、最後まで残るごく微量の有機物が問題となる。低濃度の有機物の分子を通常の吸着材で除去する場合、吸着速度と脱離速度が等しくなったときに平衡に達し、それ以上有機物分子の濃度は減少しない。一方、光触媒表面では表面吸着濃度が反応により減少するので、吸着平衡が崩れ、原理的には濃度がゼロにな
るまで水中から不純物を取り除くことが可能である。微量でも人間に致命的な健康障害をきたす菌やウイルスも光触媒にとっては格好のターゲットといえる。とりわけ、毒性が強く薬剤耐性のある黄色ブドウ球菌(MRSA)や鳥インフルエンザ等のウイルス拡散は我々の生活を脅かす深刻な問題である。
光触媒の応用に際しては、その環境でのフォトン数と量子収率、そしてそれらに見合った用途とのマッチングが重要である。光触媒反応に利用できるフォトン数が分解対象物よりも充分に多ければ機能するが、その逆であれば効果は得られない。水銀ランプや紫外LED などで能動的な光エネルギーを投入し、光照射強度を適切に選択すれば、設計の自由度は拡がる。
3.今後の展望
新しい環境浄化用途と人工光合成
既に実用化が進んだ光触媒ではあるが、筆者はまだまだ新しい応用分野開拓の余地があると考えている。例えば、本特集号の園児の描いた絵にもあるように、自動車は移動媒体であって大量の空気を内部に吸い込むため、光触媒のシステムを搭載することで大気浄化する用途には適している。光触媒の酸化力は大変強いため、NOx、VOCs などを完全に分解することができる。また、自動車のボディー表面に光触媒をコートすることで、洗車のいらない省メンテナンス機能を付与することもできる。しかしながら、自動車ボディーの塗装は有機物でできていて、光触媒による塗装の分解が懸念されるため、ボディーへの応用には中間層となる膜の開発が必要である。車体表面と太陽光の組み合わせによる空気浄化も考えられ、汚染物質と車体表面の接触効率を向上するなどの工夫が期待される。また、自動車内の部材に可視光型光触媒を施工することによって、車内スペースの脱臭や抗菌・抗ウイルス性を訴求することもできる。
近年、光触媒の新しい用途として「蚊取器」が提案された(図5)(8) 。 光触媒はこれまで有機物を分解する環境浄化触媒として利用されてきたが、この応用は分解生成物であるCO2 に注目した発想の転換から生まれた。CO2 濃度を上げるべく空間は大きくないので、CO2 源となる有機物をサプライする仕組みを導入すれば光触媒にとってはそれほど難しい応用ではない。デング熱やジカ熱のウイルス拡散防止策として殺虫剤を用いないので、小さな子供のいる家庭、病院、食品関係施設、オープンエアーのレストラン、空港やスタジアムなどの大勢の人が集まる場所等の蚊取対策として応用が期待されている。
図5 光触媒の原理を用いた蚊取器
最後に、光触媒の今後の夢として人工光合成に触れないわけにはいかない。もともと光触媒の歴史は本多・藤嶋効果から始まったが、近年の再生可能エネルギー普及への機運から、再び研究開発が活発化している。半導体光触媒を使った人工光合成の反応として、主に水の分解による水素生成と、CO2の還元によるC1燃量の生成の二つの反応が知られる。人工光合成の開発事例や課題についてはさまざまな報告があるので、そちらを参照していただきたい(9)-(11)。近年、水素自動車が普及されつつあるが、今のところ水素源は苛性ソーダ製造の副生成物か、化石燃料の水蒸気改質に頼っている。光触媒を用いることで水素製造に再生可能エネルギーを投入することができ、低炭素化に貢献できる。そのためには、植物と同等の量子収率の達成と低コスト化が人工光合成開発のポイントとなる。前章で述べた「できないこと」から「できること」へのブレークスルーを期待したい。
参考文献:
(1)Fujishima, A. and Honda, K., Electrochemical Photolysis of Water at a
Semiconductor Electrode, Nature, vol. 238, 1972, pp. 37-38.
(2)Wang, R., Hashimoto, K. et al., Light-induced amphiphilic surfaces,
Nature, vol. 388, 1997, pp. 431-432.
(3)Miyauchi, M. et al., A Highly Hydrophilic Thin Film Under 1 μW/cm2 UV
Illumination, Adv. Mater., vol. 12, 2000, pp. 1923-1927.
(4)Liu, M., Miyauchi M. et al., Energy-Level Matching of Fe(III) Ions
Grafted at Surface and Doped in Bulk for Efficient Visible-Light
Photocatalysts, J. Am. Chem. Soc., vol. 135, 2013, pp. 10064-10072.
(5)Liu, M., Miyauchi M. et al., Enhanced Photoactivity with Nanocluster-
Grafted Titanium Dioxide Photocatalysts, ACS Nano, vol. 8, 2014, pp.
7229-7238.
(6)Liu, M., Miyauchi, M. et al., Visible-light sensitive Cu(II)–TiO2
with sustained anti-viral activity for efficient indoor environmental
remediation, J. Mater. Chem. A, vol. 3, 2015, pp. 17312-17319.
(7)Miyauchi, M., Hashimoto, K. et al., Visible-Light-Sensitive Photocatalysts:
Nanocluster-Grafted Titanium Dioxide for Indoor Environmental
Remediation, J. Phys. Chem. Lett., vol. 7, 2016, pp. 75-84.
(8)宮内 雅浩・ほか, 自壊性二酸化炭素発生体および二酸化炭素発生システム,
特許第5779288 号.
(9)Maeda, K., Domen, K. et al., Photocatalyst releasing hydrogen from
water , Nature, vol. 440, 2006, pp. 295.
(10)Kudo, A. and Miseki, Y., Heterogeneous photocatalyst materials for
water splitting, Chem. Soc. Rev. vol. 38, 2009, pp. 253-278.
(11)Yin, G. , Miyauchi, M. et al., Photocatalytic Carbon Dioxide Reduction by
Copper Oxide Nanocluster-Grafted Niobate Nanosheets, ACS Nano, vol.
9, 2015, pp. 2111-2119.
宮内 雅浩
◎東京工業大学 物質理工学院 材料系 教授
◎専門:無機材料科学、光電気化学
キーワード:特集
「天気をこうかんするキカイ」
鬼塚 充暉 くん(当時8 歳)
雨のところと晴れのところをこうかん
するキカイ。雨がふらなくてこまって
いるさばくと、雨ばかりで外であそぶ
ことができない子どもたちのいるとこ
ろの天気をこうかんする。どっちもう
れしくなるゆめのキカイ。