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2017/6 Vol.120

「オゾンホールの穴をうめて
地球温暖化STOP」
塚本 心汰くん(当時8 歳)
地球温暖化の原因ともなっているオゾンホールをうめて、もとのようなオゾン層を作る機械です。
太陽からのエネルギーをパネルで受けとめて動きます。
機械本体で作ったオゾンを、ホールに流し込みうめていく仕組みです。
地球を守るために、大活躍。

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特集「KAGRA ~時空のさざ波をとらえる~」

インタビュー 大橋 正健(東京大学宇宙線研究所)

2015年9月、アインシュタイン最後の宿題といわれた重力波がついに直接観測された。その成果は、ノーベル賞確実といわれ、重力波天文学の幕開けだとスポットライトを浴びる。我が国でも重力波観測研究施設KAGRA がその新たな最先端科学の重要な一役を担うと期待される。

しかし、KAGRA のある奥飛騨神岡町は、そのような華やかさとは無縁の地であるように思える。その神岡町を訪れ、重力波観測研究施設の責任者である大橋教授に重力波観測にかける想いを聞いた。

 聞き手:常勤理事 久保田裕二

    *KAGRA 3kmの真空ダクト    

重力波はたまたま出会ったテーマ

久保田:本日はKAGRAの施設を見学させていただき、ありがとうございました。ここで、少しお話をお聞きしたいと思います。まずは、先生と重力波との出会いについてお聞かせください。

大橋:それは極めて簡単で、大学院の入試の発表を見に行ったら平川研究室ということになっていました。当時、平川研究室が重力波をやっていました。

久保田:特に重力波をやりたかったということではなかったのですか。

大橋:重力波のことは全く知らなかった。成績が悪くて志望の研究室に入れず、落ちるところを平川先生が拾ってくれたということです。

久保田:当時はそれほど人気のあるテーマではなかった?

大橋:人気はなかったと思います。当時、物理学科には64人いたのですが、重力波を志望する人は1人か2人でした。

成果を求める人には向かなかった

久保田:たまたま出会ったテーマとのことですが、今では人生を捧げているという感じなのでは?

大橋:そうでもなくて、奔流に巻き込まれているという感じです。自分のために、よし重力波をやってやろうというような感じはなかった。ないから続けてこられたのかもしれません。多分、一旗揚げたいという人だったら絶対にやらないテーマでした。

久保田:成果がでるかどうかわからないと。

大橋:はい。そのころ物理で重力波をやっているのは、趣味の人たちという感じで見られていました。だから、成果を出したい人には向かなかった。

久保田:でも、今はけっこう注目を浴びていますよね。学生にも人気があるのでは?

大橋:たしかに今は人気があります。マスコミにもかなり採り上げられていますし。しかし、それは他力本願的な人気です。一つは梶田さんのノーベル賞で、もうひとつはLIGO*1の成果です。残念ながら、今のKAGRA にはそれだけの実績はありません。

久保田:それは研究フェーズの問題ですか?

大橋:そうですね。もうちょっと研究グループとして成熟して、観測を始められればいいのかもしれません。今の棚ぼた的な人気で舞い上がってしまってはだめだと思います。重力波をやりたいという学生は多いですが、なかなか神岡までは来てくれません。これからは自力で人気を獲得していきます。

LIGOとの差は大きい

久保田:やはりLIGOは進んでいますか?

大橋:ダントツです。追いつくのに最低3年はかかります。

久保田:きっと彼らはノーベル賞をとりますよね。

大橋:はい、とるでしょう。まだ直接観測が噂であった時期に、彼らはこれだけ準備をしてきたのだから、最初に授かるのが自然だろうと感じました。

久保田:でも、次は重力波を測定したということだけでは、ノーベル賞級の成果にはなりませんね。

大橋:はい、それはもう普通のことになってしまいました。

久保田:それでは、次の目標はどういうことになりますか?

大橋:もともとKAGRAの目標は、連星・中性子星が合体してブラックホールができる瞬間を見たいということでした。それはまだLIGOでもできていません。

サイエンスにもエンジニアリングが必要

久保田:レーザー干渉計の基線長が3kmのKAGRAの前に、100m のCLIO*2 があり、その前もあって、いろいろな失敗もあったと思うんですけど。何か挫折みたいなものはありましたか?

大橋:挫折ですか? まぁ、順調だったと言っておきます。ただ、なんだろう、東大の理学部で、ちっちゃな実験室でやっていたときと、KAGRA の規模をつくるというのは全く違うと感じています。今、強く感じているのは、同じ人種ではできないと。つまり、プロジェクトができる人と、物理実験ができる人っていうのは、ちょっとカテゴリーが違う。それを一代でやらなくてはいけないということに難しさがあると思っています。

久保田:いわゆる研究能力と、プロジェクトマネジメント能力とは、なかなか一人の人間の中にはないと。

大橋:そうですね。LIGO はそこをうまく脱皮したというか、物理実験をやる人とシステムを造る人が別になっている。

久保田:システムを造るマネージャーみたいな人がいるのですか。

大橋:はい。システムエンジニアリングの組織があって、かなりの割合を占めているんです。LIGO では、物理実験屋さんけっこう少なくて、100人中に10人いるかいないかです。

久保田:それって、まさに日本とアメリカのサイエンスの進め方の違いみたいな感じがしますね。

大橋:そうですね。

久保田:日本では、マネージャーも物理屋がやる。

大橋:それが難しい。だから、KAGRA では高エネルギー加速器研究機構(KEK)の人にプロジェクトマネージャーとして入ってもらっています。彼らは、サイエンティストですが、システムを構築した経験があります。

久保田:例えば、CLIOの規模とKAGRAでは全然違う?

大橋:違います。まさにその間に境目があると思います。CLIO までは、自分で何とかなると思ってやってきました。だけど、KAGRA のレベルは全然ダメでした。だから、KEKの人に入ってもらいました。彼らと我々はだいぶ違います。


*1  LIGO(ライゴ):アメリカの重力波望遠鏡
*2  CLIO(クリオ):低温重力波レーザー干渉計。KAGRA のプロトタイプ。


物理屋と技術屋の違い

久保田:もっと違うのがエンジニアではないでしょうか。LIGOにエンジニアリングのメンバーがいることでうまくいっていることとつながるのですか?

大橋:KAGRAでは、そこまで分離できていません。

久保田:技術屋から見るとKAGRA に要求される精度はものすごく高精度だと思うのですが、物理屋より技術屋や工学部の先生の方が得意かなという気がします。

大橋:そうですが、物理屋だからできたという面もあるかもしれません。理学系は相対値でいいんじゃないかと、割と大まかに考えます。一方、工学系の人は、きっちりしていないといけないイメージがあります。直交ならやはり90度でないといけない。レーザー干渉計、重力波を受けるためには80度でもいいんです。物理屋は頭が柔らかいとはいいませんが、感度が何割も損をしないのなら、だいたいでいいんじゃないかと。

久保田:エンジニアも必要のないところの精度には拘らないと思うんですが、何か違うんですかね。

大橋:精度に対する考え方の違いでしょうか。

細分化されすぎた学会はつまらない

久保田:今日は日本機械学会としてのインタビューなので、学会のことについてお聞きしたいと思います。大橋先生にとってメインの学会は物理学会ですか?

大橋:物理学会がメインです。

久保田:先生にとって学会とはどういう存在ですか?

大橋:申し訳ないことに、あまり重視していないかも。物理学会は大きすぎるんですよ。それで、細分化されすぎている。

久保田:大きいから細分化されている。

大橋:細分化されているので、セッションが内輪のグループミーティングをやっているような感じがするんですよ。

久保田:なるほど。

大橋:もう一つ天文学会にもたまに顔を出しますが、こちらはもっとコンパクトです。今ではパラレルセッションになっていますが、昔は一個だけで、大勢でワイワイやって、それは楽しかったそうです。

久保田:「そうです」とは?

大橋:実は、その時代を知らないんです。今は、やはりグループミーティングみたいになっていて、重力波のセッションにはほとんど重力波をやっている人しか来ない。

久保田:でも、若い人には学会って大事だと思うんですけど。

大橋:学会そのものではなく、それに付随した夏の学校とか。そういうのは、すごく有益なんだと思います。他分野と一緒にやるとすごく有意義です。グループミーティングだと、発表してもそれわかっているからもういい、という感じになる。他の分野と一緒にやると、なんでも面白げに聞こえてくるんです。

これからも淡々と

久保田:ちょっと話が変わりますが、大橋先生は基本的にはこの神岡町で暮らしているのですよね。ここでの生活ってどんな感じですか?

大橋:かなり仕事漬けですが、東京ではできないちょっとしたレジャーはできます。たとえば、低いながら山に登る。宇宙線研には乗鞍観測所もあるので、乗鞍に登りに行くとか。

久保田:研究者としての夢みたいなのは何かお持ちですか?

大橋:ただただ、KAGRA をちゃんと造ることですね。それだけです。

久保田:それにはあと5年くらいですか。

大橋:そう、満足できるレベルに到達するには、そのくらいかかると思います。それで次の世代にバトンタッチです。

久保田:それまでに重力波が観測できたらいいですね。

大橋:そうですね。自分の造った装置で重力波が見れるっていうのはいいかもしれません。でも何かそういう思い入れみたいなものはあまり強くないです。

久保田:けっこう淡々とやっているのですね。

大橋:そう淡々と。

久保田:最初の話で、そうじゃないと続かないということなんですね。

大橋:それはあると思います。けっこう重力波から離れていく人がいました。何ていうのかな、自分の人生で得たい、獲得したい成果とそれにかかる時間が見合わないというか。そういうことを天秤に掛けてやめていく人はけっこういます。夢では食えないと思っている若い研究者は多いです。

久保田:今の若い研究者って、そういう意味ではちょっとかわいそうですね。研究を続けたくても、任期制になっていたりとか。

大橋:その中で、成果を出さないとダメとか。国際的に有名な研究者に、重力波は10年で成果を出せる自信がないので自分の研究機関のテーマには選べなかったと言われました。

久保田:世界的な研究機関でやっていることも短期で成果が出るようなものではないと思いますが。重力波の研究は、それだけ時間がかかるものだということですね。

大橋:そうですね。しかも、天体望遠鏡は作れば何らかの星は見えますが、重力波望遠鏡は何も見えないかもしれなかった。幸い、その心配は払しょくされましたが。

久保田:あくまでも淡々と、ということですね。今日はお忙しいところお時間をいただきまして、ありがとうございました。

大橋:こちらこそ、ありがとうございました。

久保田:KAGRA による重力波測定のニュースを楽しみに待っています。

(2016年11月15日岐阜県神岡町にて)

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