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2017/6 Vol.120

「オゾンホールの穴をうめて
地球温暖化STOP」
塚本 心汰くん(当時8 歳)
地球温暖化の原因ともなっているオゾンホールをうめて、もとのようなオゾン層を作る機械です。
太陽からのエネルギーをパネルで受けとめて動きます。
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特集「KAGRA ~時空のさざ波をとらえる~」

KAGRAにおける極低温鏡懸架システム

都丸 隆行(高エネルギー加速器研究機構)

はじめに

地上ベースのレーザー干渉計型重力波検出器で最も感度の良い100Hz 帯を制限してしまうノイズは、鏡および懸架ワイヤー(振り子)の熱雑音である。ここで言う熱雑音とはいわゆるブラウン運動に対応するもので、有限の温度を持つ物体がその固有モードで熱振動することで生じるノイズである(1)。また、広義には、熱揺らぎが熱膨張とカップルして振動が励起される熱弾性ノイズも含み(2)、どちらも重力波検出器で重要なノイズ源となる。これら熱励起の弾性振動のうちレーザー光軸方向に振動するモードは、レーザー干渉計での「変位」測定のノイズとなる。

KAGRAではこの熱雑音を低減するために極低温まで冷却した鏡および懸架系を用いる。図1は、極低温鏡およびその懸架システムの概要図である。これは日本オリジナルの技術であり、海外の次世代重力波望遠鏡でも注目されている。熱雑音を低減するために極低温まで冷却するという手法は物理的には自然であり、実際、共振型重力波検出器(3)では広く用いられてきた。しかし、これをレーザー干渉計に応用するのは技術的にかなり難易度が高い。極低温鏡を実現するための具体的な課題には下記のようなものがある。

①低熱雑音を実現する材料
②防振・制御と極低温の両立

本稿では、これら二つの要素について解説する。

図 1 極低温鏡懸架システムの概要

低熱雑音を実現する材料

有限温度Tの熱浴に接した物体では、kBT のエネルギーがその物体の各振動モードに分配され、機械的な振動を行う。ここでkB はボルツマン定数である。図2は、KAGRAで用いるサファイア鏡の振動モードの例である。これらは鏡の熱雑音と呼ばれている。また、鏡を防振のためにつるすファイバーも同様に振り子モードや弦モードで熱振動を行い、これらは振り子の熱雑音と呼ばれている。

図 2 KAGRA の鏡の振動モード。干渉計の光軸方向の振動を含むモードの内、
低周波の二つを図示したもので、Drum-head modeとButterfly mode と呼ばれる。

このような機械系の振動は図3のようなLow Pass Filter型の伝達関数を持つ。次章で説明するような、振り子やバネ状の防振システムはこの原理を利用したもので、共振よりも高周波側の振動を減衰させることができる。実際の物質では内部に振動エネルギーの散逸(機械的散逸φと呼ばれる(1))が存在するため、共振のピークが小さくなり、裾野が広がるような形となる。このとき、半値幅と機械的散逸の関係は、Δf0=f0φのようになる。重力波検出器のノイズとしては、特にこの裾野の盛り上がりが重要であり、図2のKAGRAの鏡の場合、Drum-head modeとButtery modeがそれぞれ16kHzと24kHzにもかかわらず観測帯域の100Hz帯に影響を及ぼす。

図 3 機械的共振系の伝達関数。機械的共振系は、Low Pass Filter と
して働く。内部に散逸がある場合はピークが下がり、裾野が広がる。

以上のような散逸のある系では、熱雑音による振動の振幅はのように温度と散逸の平方根に比例する。したがって、熱雑音を小さくするためには、温度を下げることと機械的な散逸の小さな材料を用いることが重要となる。また、鏡の場合には、Fabry-Perot 光共振器を構成するためにレーザー光(波長1,064nm のNd:YAGレーザー)に対して透明であるということも必須条件となる。

KAGRAでは、この要請を充たす材料として単結晶サファイアに着目し、長年研究を続けてきた。特にサファイアは極低温で機械的散逸が非常に小さくなり、バルクではφ=10-8(4)、懸架ファイバーなどでは
φ=10-7(5)に達する。したがって、極低温サファイア鏡は温度の低下と機械的散逸の低下の二重効果で熱雑音を大幅に低減することができる。

実際のKAGRA の系では図4 のようにサファイア鏡をサファイアファイバーで引っ掛けるようにして懸架するが、機械的散逸を小さく維持したままこのような構成を実現しなければならない。このため、各サファイア部品はHydoroxideCatalysis Bonding (HCB)とIndium Bondingという二つの方法で接合し、準モノリシックな状態を実現する。HCBはもともとSiO2系の光学部品の接合方法として開発されたもので、非常に強固な接合が得られる(6)。HCB では、よく研磨されたSiO2表面に水ガラスを塗布し、Si(OH)4 結合をさせることで接合する。この手法をサファイア同士に応用したところ、4K で50MPa 程度の大きな強度が得られることがわかり、サファイア鏡とEarと呼ばれる引っ掛け部分の接合に採用した。Earとサファイアファイバーの取り付け部分では、万一のファイバートラブルの際に交換可能なように、Indium Bondingと名づけられたハンダのような接合方法を用いている。これらの接合の機械的散逸φは、4Kでそれぞれ10-4、3×10-3 と、サファイアに比べてかなり大きな値であることが実測から明らかになったが、どちらも接合層の厚さが非常に薄く、系全体としての機械的散逸への寄与はあまり大きくないことが示されている(7)。このことから、これらの接合方法でKAGRA の熱雑音に対する要求値を充たすことが可能である。

図 4 準モノリシックなサファイア鏡懸架

防振・制御と極低温の両立

KAGRAで厄介な問題の一つは、鏡の防振・制御と極低温をどのように両立させるか? である。KAGRA では鏡懸架システムの上方に常温の高性能低周波防振装置を導入して徹底的な鏡の防振を行うが、一方で鏡の冷却も実施しなければならないという相反した要求がある。残念ながら、重力波で用いるような高性能の鏡であってもごくわずかなレーザー光の吸収(注1)が存在し、発熱が生じる。KAGRA ではトータルで400kW 程度のレーザーパワーをFabry-Perot光共振器内に蓄積するため、鏡での発熱量は数百mWにも達してしまう。しかし、極低温では熱輻射がほとんど機能せず、また、高真空環境では対流も期待できないため、伝導による冷却パスの確保が必要となる。実は、鏡の懸架にサファイアファイバーを用いる理由は、熱雑音対策以外にこの伝導冷却を実現することにもある。単結晶サファイアは40K程度の極低温で20,000(W/(m・K) )もの大きな熱伝導率を持ち(注2)、非常に良い熱導体である(8)。これにより、数百mWの熱を取り除くことが可能である。

しかし、このサファイア懸架部分から熱を取り出すためにはやはり何かしらの伝導冷却体(ヒートリンク)をサファイア懸架部に取り付けなければならない。この際問題となるのが、ヒートリンクから鏡懸架部への振動の流入である。これによりせっかくの高性能低周波防振装置が台無しになることが懸念される。この問題を回避するためKAGRA 低温グループでは、まず、超低振動の冷凍機システムを開発した。この詳細は本誌「KAGRA における極低温冷却装置」に譲るが、それでも重力波の鏡に要求される振動レベルは100Hz でと極小であるため、ヒートリンク自身の防振が必要となる。

KAGRA では図1および図5のような4段振り子構造の低温懸架システムを採用している。上からプラットフォーム、マリオネット、中間マスと呼ばれ、いちばん下がサファイア鏡を含むサファイア懸架部である。マリオネット、中間マスおよび鏡にはその外側を覆うようにリコイルマスと呼ばれる質量が同様に懸架されている。このリコイルマスは、鏡の位置制御に用いるコイル- マグネットアクチュエータのコイルの取り付けベースとして用いられる。一般に、重力波の干渉計では、鏡の位置を制御して干渉のフリンジを特定の位置にロックするような運転が行われるが、KAGRAではこの鏡の駆動方法に小さなコイルとソレノイド電磁石を組み合わせたコイル-マグネットアクチュエータを用いている。ここで、マグネットは鏡や中間マスといった鏡懸架チェーンに取り付けられ、ケーブルの接続されるコイルは鏡懸架チェーンの外部に設置されるが、コイルをチェンバー底面などに固定してしまうとその部分の振動を直接拾ってしまい、結果として磁石を介して鏡に伝播してしまう。このため、コイル自身も防振が必要であり、このコイル取り付けベースがリコイルマスチェーンとなっている。

図 5 低温懸架システムの構成

ヒートリンク防振もこのリコイルマスチェーンを利用し、クライオスタットからマリオネットリコイルマス、そこから各ステージにヒートリンクを接続して防振を行うよう設計している。上部のプラットフォームにはベリリウム銅製の板バネを導入し、縦方向の防振も実現している。

また、KAGRA では極めて熱伝導率が大きく、バネ定数の小さな超高純度アルミニウム撚り線型ヒートリンクを用いる。極低温において、高純度金属はサファイア同様に極めて大きな熱伝導率を有するが、純度が1桁上がると熱伝導率も1桁向上するという特徴がある(注3)。中でも高純度アルミニウムは、室温でもアニール効果が期待できるため歪みに強く、ヤング率も銅の半分程度であるため、KAGRA のヒートリンクとして適している(9)。すでに試作が完成し、現在性能調査を行っている最中である。

ヒートリンクの問題以外にも、極低温環境で鏡の位置や傾きを制御することが必要となるが、一般に極低温で駆動部を持たせることは容易ではない。まず、鏡の傾きを調整する機構として、Moving Massと呼ばれる機構を開発した。これは極低温で動作可能なステッピングモーター(Pytron,VSS 32.200.0.6-UHVC )と完全にオイルを除去したボールネジを組み合わせて錘を移動させ、重心移動により鏡を傾けるものである。Moving Mass は、リコイルマスチェーンの調整のためにプラットフォームに2個、鏡懸架チェーンの調整のためにマリオネットに2個取り付けられている。図6はMoving Mass を用いた鏡の角度調整試験結果で、最大24μrad、分解能0.4μrad が可能であり、KAGRAの要求を充たすことを確認している。

図 6 Moving Mass 傾き調整機構での鏡の角度調整試験結果

もう一つ、前述したとおり鏡の位置制御のためにコイル-マグネットアクチュエータが駆動部として必要である。コイル-マグネットアクチュエータ自身は単純な構造であるため極低温での動作はそれほど心配ないが、いくつかの点に留意して設計を行っている。極低温でも磁化があまり小さくならないSmCo 磁石を用いていること、コイルを巻くボビンには渦電流を抑制し、熱伝導率も比較的良いシェイパルを用いていること、コイル- マグネットのアラインメントのズレを想定してボア径の大きなソレノイドを用いていること、などである。また、特に重要なのはコイルドライバーの電気ノイズであり、図7に示すようにKAGRAの要求値(デザイン感度の1/10)程度になるようにコイル-マグネットの強さやドライバ電流を設計している。

図7 コイル- マグネットアクチュエータのノイズレベル(赤、 計算値)と
要求値(青、 KAGRA の感度の1/10 レベル)


(注1) 1064nm の波長におけるサファイアの光吸収率の実測値は、およそ50ppm/cm 程度であり、また、レーザーを反射する誘電体多層膜での吸収率は1ppm 程度である。
(注2) 極低温における単結晶の熱伝導率には、サイズの依存性がある。この値はφ2mm 程度のロッドの場合のものである。
(注3) これは電気伝導についても同じで、10K 程度以下の極低温では、Wiedemann-Franz 則と呼ばれる電気抵抗と熱抵抗の間の一対一相関関係がある。


まとめ

極低温干渉計型重力波検出器は、原理的にはシンプルである一方、技術的には難しい課題が多い。我々のグループでは20年にわたりこの課題に取り組み、2000年代には低温干渉計プロトタイプCLIO(10)で実証を行った。このような長年の開発研究がようやく今KAGRAとして結実しようとしている。また、この日本初の技術は、海外の次世代重力波望遠鏡計画(11)でも導入が検討されている。技術とサイエンスは両輪であり、どちらが欠けても科学の発展はなしえない。今後このような先進技術でさらなる宇宙の謎に挑みたいと考えている。

参考文献

(1)Levin, Y., Internal thermal noise in the LIGO test masses: A direct approach,
        Phys. Rev. D 57,( 1998) p659.; K. Yamamoto, Ph. D thesis( 2000).
(2)Braginsky, V.B. et al, Thermodynamical fluctuations and photo-thermal shot
        noise in gravitational wave antennae, Phys. Lett. A, Vol.264 (1999), pp.1-
        10..; Cerdonio, M. et al., Thermoelastic effects at low temperatures and
        quantum limits in displacement measurements, Phys. Rev. D, Vol.63(2001),
        082003.
(3)Suzuki, T., First Amaldi Meeting, E. Coccia, G. Pizzella, and F. Ronga( Eds.),
        World Scientific,( 1995), pp.115.
(4)Uchiyama, T. et al., Mechanical quality factor of a cryogenic sapphire test
        mass for gravitational wave detectors, Phys. Lett. A, Vol.261(1999), p5.
(5)Uchiyama, T. et al., Mechanical quality factor of a sapphire fiber at cryogenic
        temperatures, Phys. Lett. A Vol.273(2000), pp.310.
(6)Anna-Maria A et al., Hydroxide catalysis bonding for astronomical
        instruments, Adv. Opt. Techn., Vol.3, issue3(2014), pp.293.
(7)Dan Chen, Ph. D Thesis,( 2014) ,Univ. Tokyo.
(8)Tomaru, T. et al., Maximum heat transfer along a sapphire suspension fiber
       for a cryogenic interferometric gravitational wave detector, Phys. Lett. A,
       Vol.301(2002), pp.215.
(9)都丸隆行・ほか, 超高純度金属細線による伝導冷却I -高純度アルミニウム- , 低
        温工学, Vol.46(2011), pp.415.; Hoshikawa K. et al, Advances in Cryogenic
(10)Engineering( Cryogenics Engineering Conference), Vol. 57( 2012) p. 140.
         Uchiyama, T. et al., Reduction of Thermal Fluctuations in a Cryogenic Laser
         Interferometric Gravitational Wave Detector, Phys. Rev. Lett. Vol.108(2012),
         pp.141101.
(11)Einstein gravitational wave telescope conceptual design study, ET-0106C-10.


都丸 隆行

◎高エネルギー加速器研究機構 超伝導低温工学センター 
   准教授
◎専門:宇宙物理学、低温工学


 

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