特集 機械工学のフロンティアを切り開くバイオエンジニアリング
バイオミメティクスが拓く機械工学イノベーション その動向と今後の展望
はじめに
生物に学ぶバイオミメティクスとは
最近マスコミなどでよく耳にする“バイオミメティクス(biomimetics)”は、“生物模倣”と訳される“生物に学ぶ”考え方であり、実は鳥の飛行を研究して飛行機を発想したレオナルド・ダ・ヴィンチにまで遡る古くて新しい総合的な科学技術の領域である(1)。昆虫や鳥類、魚類や陸上動物を始め、地球上の生き物は、過酷な自然環境における長い自然淘汰による進化の結果、大きな生物多様性を獲得した。バイオミメティクスは、これらの多様性に富んだ生き物のもつ優れた形態や構造、機能やシステムなどを模倣、もしくは規範とする新しいテクノロジーとして、省エネルギー・省資源型ものづくりに基づく持続可能な社会実現への技術革新と産業展開をもたらすものとされている。
バイオミメティクスという言葉は、もともとギリシャ語“biomimesis”から由来しており、1957年に、アメリカの神経生理学者であるOtto Schmitt(1913~1998)が博士課程在学中、神経システムにおける信号処理を模倣して、入力信号からノイズを除去した矩形波に変換する電気回路として知られている「シュミット・トリガー」を発明するとともに提唱された。1974年に初めてウェブスター辞典(Webster’s dictionary)に掲載されるようになっているが、その後、バイオミミクリー(biomimecry)、バイオインスピレーション(bioinspiration)、バイオニクス(bionics)など似たような、しかし微妙にニュアンスの異なる言葉が多数創られてきた。そして、2015年に、ISO TC 266において“Terminalogy, concepts and methodology (ISO 18458: 2015)”として定義は国際標準化された(2)。しかしながら、近年バイオミメティクスは、生物の生き残り戦略に学ぶことで、資源やエネルギー、気候変動、経済発展や人類社会の秩序混沌等の現在社会が抱える喫緊の問題を解決するヒントを与え、持続可能な技術革新をもたらす救世主として期待されている一面もあり、世界的に注目されている。
バイオミメティクス関連の最初の製品は、VELCRO社が1940年に植物の種が動物の毛に付着することからヒントを得て開発された面状ファスナーである。さらに1935年にDu Pont社が発明したポリアミドであるナイロンは、ポリペプチド構造を有する絹糸を模倣した繊維と言われている。1970年に、このような繊維産業が天然繊維から始まり合成繊維の開発に至る高分子化学の歴史をもつ第一世代とも言われる“Biomimetic Chemistry”は、世界的な研究潮流になった。その後、生理学や分子生物学から生態学、動物学から植物学ありとあらゆるバイオ系の研究領域へ広がるとともに、材料系の新素材開発、機械系のロボット工学や工業デザイン、エネルギーや環境、暮らしや健康・医療などへの応用研究も雨後の筍のように、新しい潮流が絶えず生まれてきている。現在のバイオミメティクス研究は、一般的にシステムデザインと構造(system design and structure)、自己組織化と協同作用(self-organization and co-operativity)、生物活性剤(biologically active materials)、自己集合と自己修復(self-assembly and self-repair)、学習(learning)、記憶(memory)、制御構成と自己調節(control architectures and self-regulation)、運動とロコモーション(movement and locomotion)、センサシステム(sensory systems)、知覚とコミュニケーション(perception and communication)など幅広い分野を網羅している(3)。その中で、とくに期待されているのは、ナノスケールにおける要素小型化(component miniaturization)、 自己配置(self-coniguration)およびエネルギー効率化(energy eficiency)、そして自然環境下の陸水空を自由自在に移動可能な生物規範型ロボットのための完璧な行動システムの開発などがある。最近は生物神経系の知能を規範とするニュロミメティクス(neuromimetics)は、近い将来高知能かつ高ロバストネスのニューロロボティクスの開発につながるものとして、大いに期待されている新規分野も出ている。
キーワード:特集
【表紙の絵】
「なかまを増やすロボット」
乙成 華菜 さん(当時10 歳)
このロボットは、はんしょくするロボットです。人が少ない年齢はどこかをみて、大人でも自分より年上じゃなければうむことができ、少子化を防げます。(一部抜粋)